19.青竜の生還
一週間経過しても、まだフュノは目を覚ましていなかった。
とは言え、傷跡は殆ど完治して、顔色も戻っている。意識が戻って目が覚めるのも、時間の問題だろう。
ゼロンは眠るフュノの側に座ると、首元で光る『契約の鈴』にそっと触れた。
タルマウスに『『契約の鈴』があったから、フュノは意図的に竜の姿へ戻らなかったのよォ』と、本気で怒られた。
フュノはオリハルコンの首輪の時も、同じように……頑なに、人の姿から戻らなかったのだという。
フュノがゼロンと共に居る事を望み、最後まで契約を破らなかったという事は、素直に嬉しい。
だけど、そのために命を危険に晒してしまった事が酷く悔まれる。
もし、フュノが竜の姿に戻っていれば。『聖なる大地』へ逃げ込めていたら、ここまで酷い状態には、ならなかったのかもしれない。
ゼロンはフュノの頬に手を添えて、その後悔の念に深く目を瞑る。
今、フュノが寝ている間に『契約の鈴』を解除してしまおうとも考えた。これがあると、また同じような事が起きてしまうかもしれない。
だけど、目を覚ましたフュノが『契約の鈴』が無い事に気付いた時、ショックで心臓を止めるだろうから、それだけは本当に絶対やめて頂戴、とタルマウスに全力で止められたので、それも断念していた。
扉がノックされて、不安気な表情のポチとタルマウスが、ゼロンの寝室へ入って来る。
二人とも『テイム』は外れたようだが、未だにフュノの事を慕っている。
以前のゼロンには、その気持ちは分からなかったと思う。だけど、今ならその気持ちは痛いほどわかってしまう。
ゼロンは立ち上がると、二人と入れ替わるよう、執務室へと向かう。
「後は頼む」
「はぁい」
「ワフゥ」
ゼロンもフュノの容態が気になって仕方がないが、傍にいると色々考えてしまう。自分の行動を、延々と後悔してしまう。
心を落ち着かせるためにも、今は他の事を考えていた方が良い――。
ゼロンはフュノが目を覚まさない間も、休む事無く――いつも以上に、仕事に没頭していた。
逆に、タルマウスは、フュノが心配すぎて仕事なんて手につかない。しばらく休みを貰って、ゼロンが居ない間はポチと一緒にフュノから離れないようにしていた。
◇◇◇
それは、ゼロンが扉を閉めた直後の事だった。
ゼロンを見送った、タルマウスとポチの背後から、何か――微かではあったが、呻き声が、聞こえた。
タルマウスとポチが、ピタリと動きを止める。何の音も聞き逃すまい、と。部屋に、静寂が訪れる。
「………………れ……こ……は?」
掠れてはいるが――久しぶりの、その声。
タルマウスとポチが目を合わせ……お互い聞き間違いではなかった事を確信して、同時に振り替える。
フュノがうっすらと目を開けて、天井を眺めていた。
もう二度と見ることはできないかもと覚悟をした、フュノの澄んだ青い瞳に、光が宿っている。
その瞳は、もう一度、しっかりとこの世界を見つめていた。
「フュノっ……フュノっ!!」
ポチが全力で尻尾を振って、フュノへと飛びつく。
「……ポチ」
フュノは上半身をゆっくり起こすと、どこか懐かし気にポチの頭をふんわりと撫でる。ポチは気持ちよさそうに、ぐるぐると低く喉を鳴らした。
タルマウスは慌てて廊下に飛び出ると、ゼロンの後ろ姿に向かって叫び声を上げる。
ゼロンがタルマウスの声に気が付いて引き戻した気配を確認すると、タルマウスも急いでフュノの元へと駆け寄り、フュノへ抱き着いた。
「あぁ!フュノ……良かった、良かったわァ!」
タルマウスは涙をたっぷり浮かべて、フュノの手を両手で強く握りしめる。フュノはタルマウスの震える手を握り返し、そっと自分の頬に当てた。
「……タマちゃん」
二人とも、『テイム』が外れている。
(そっか、わたし……死んだのか……)
この二人の狼狽ぶりからも、きっとそれは間違いないだろう。
開いたままの扉の向こうから、足音が聞こえてくる。
早歩きなんて、とても珍しい。けど、顔や姿が見えなくたって、その足音が誰のものかは、分かってしまう。
「……ゼロン様っ!」
フュノは目を輝かせて、扉の向こうのゼロンへと微笑みかけた。
人の姿でもゼロンは素敵だけど……今日はいつもと少し印象が違う。どことなく、若干やつれている感じがする。
「……ッ!」
フュノを見て、張り詰めていたゼロンも顔を歪めた。
フュノが生きて、動いている。言葉を発している。ただ、それだけの事なのに、ゼロンの心が握りしめられたように苦しくなる。
ゼロンもフュノに駆け寄ると、その身体を強く抱きしめた。
「ふ、ふおぉ……ゼ、ゼロン様っ!?」
目が覚めたら、何故か皆に抱き着かれるという、突然の出来事に戸惑うフュノ。
顔を真っ赤にしてワタワタと手をばたつかせるが……ゼロンは、離れる様子がない。最強魔竜の力は強すぎて、最弱聖竜の力では力任せに離れる事も、できそうにない。
「……フュノ」
「ゼ……ゼロン様?」
フュノの名を呼んだゼロンの声は、今までに聞いた事がないくらい、弱く消え入りそうな声だった。
フュノは戸惑いながらも。そっと、ゼロンの背中に手を回す。
ゼロンも、フュノの生を確かめるように、抱きしめる腕に力を入れた。
少し苦しいけれど。ゼロンが、自分を心配してくれている。
それが、フュノにも、痛いほど伝わってくる。
これまで、誰かに心配をされるという事も無かった。これは中々、くすぐったくて、嬉しいものだ。
だけど――。
「……わたし、まだ……生きているんですね……」
思わず、フュノの口から本音が漏れてしまった。
――ヒャクマの魔素が心臓に流れてきた時、フュノの視界は暗転した。
もう、これで終わりだと、全てを悟った、あの時――。
死ぬ前に。一目だけでいい。
『最期に、ゼロン様に会いたい。声が聞きたい』
そう、思った。
……でも。
これで終わるなら。
これで終われるのなら。
この先、辛い事は、もう無い。
『ああ、よかった。これで、全部終わったんだ』
とも、思ってしまった。
まだ、生きている。
それは、この先、また同じぐらいの辛い事がある、ということ。
「そんなこと、もう言うな」
ゼロンは強く、狂おしいほどに、フュノを抱きしめた。
読んでいただきましてありがとうございます!
フュノさんは無事です!




