18.青竜の死
「ゼロン様ァ! フュノは……フュノは、無事ィ!?」
タルマウスとポチがその場へ駆け付けた時、既に茶竜の姿はなかった。
そこには、横たわるフュノと、そのフュノを見守るゼロンの姿があるだけだった。
オオカミ姿のポチがフュノの匂いをスンスンと嗅ぐ。その尻尾は元気なく、だらりと垂れ下がる。
「無事かは……分からない」
ゼロンが自信無さげに呟く。こんなゼロンの姿は、タルマウスも初めて見る。
竜は回復力が強い。息さえあれば、普段はどんな傷でも自然回復をする。
だが、今回フュノは心臓をかなりやられている。
かろうじて息はしているが、それは細く、いつ止まってもおかしくはない。
心臓の回復が先か、死ぬのが先か。今は、瀬戸際の状態だ。
ギリ、とゼロンが宙を睨みつける。
ヒャクマは『魔の大地』へ逃げた。すぐにでも追いかけて、その息の根を止めてやりたい。
だが、今はそれよりもフュノが心配だ。ゼロンには、ここから離れる事ができない。
この世界には、回復魔法という便利な力は存在しない。
フュノが生き残れるかどうかは、フュノの回復能力のみに委ねられている。
――何故、フュノを城に閉じ込めておかなかったのか。
結界なんて、放置しておけばよかったのに。
結界へ行くなら、一緒に付いて行ってやればよかったのに。
ゼロンの頭を、グルグルと後悔の念が駆け巡る。
「――!」
突然、ポチが甲高く遠吠えをした。
「いやよ!フュノ、フュノォ!」
タルマウスも青ざめて、フュノを強く揺さぶる。
ゼロンはそれを確認することができず、ただ黙ってその光景を眺めていた。
「嫌だ……フュノ!もう一度、俺を『テイム』してよ!」
ポチとタルマウスは、瞬間的にわかってしまった。
自分達の『テイム』が外れてしまった事に。
――それは、フュノの死を意味していた。
◇◇◇
呆然と、状況を認識できないゼロンの頬を、タルマウスがパチンと叩く。
「……様!ゼロン様ァ!!」
その衝撃でゼロンが意識を取り戻す。
タルマウスが、目の前で鬼気迫った表情をしていた。
「タル……マウス」
「ゼロン様!雷よォ!雷!アタシ……フュノを、諦められない!」
以前、タルマウスは『雷の力で生き返った人間がいる』という書物を読んだ事があった。
雷に撃たれて人が死ぬ事もあるのに、その雷で生き返る事があるものか……と、その時は鼻で笑ったのだが。今は、それに可能性があるなら、藁にも縋りたい。
ゼロンも、タルマウスから笑い話としてその話を聞かされていた。
瞬間、ゼロンもタルマウスの意図を理解し、頷き返す。
「……わかった」
ゼロンが手の上に小さな雷を生み出す。静寂な森に、バチバチと小気味よい音が鳴り響く。
ゼロンはその手をフュノの胸に当て――少し弱めに調整した雷を、その胸に撃ち込んだ。
ドン、とフュノの体が反射的に持ち上がる……が、それだけだった。
「やはり……ダメか」
諦めようとするゼロンだが、タルマウスは全力でそれを阻止する。
「まだ、まだわからないわ!ゼロン様、やめないで……!」
ゼロンはタルマウスに促されて、一回、もう一回……と、無心で雷を撃ち続けた。
◇◇◇
――『魔の大地』に、フュノを連れて行く事はできない。
『狭間の大地』に残され、この小さな聖竜は、いずれ死んでしまう。
死ぬ時が、今なのか先なのか、という話でしかない。
――だけど。それでも、まだ生きていて欲しい。
隣で、笑っていてほしい。
あの笑顔を、まだ見ていたい。
――何故、今、気づいてしまったのだろう。
フュノに、隣にいて欲しい。
死んで欲しく、ない。
――もう遅いかもしれないのに。
この得体の知れない感情は何だろう。
フュノを失うのが、『怖い』。
――フュノ……戻って来てくれ――。
◇◇◇
「……!……!ゼロン様!!止まれ!」
無心で、ただ雷を打ち込み続けるゼロンを、ポチが全力で羽交い絞めにして制止した。
「フュノ!フュノォっ!?」
タルマウスがフュノの顔を覗き込み、その名を繰り返し呼んでいる。
「どう……なった?」
ポチが背中で震えている。泣いているようだ。
青ざめていたフュノの頬に、血の気がさし始めていた――。
◇◇◇
その後は、全員無言で、ただフュノを見守るしかなかった。
最初は微かだったフュノの呼吸が、次第にしっかりとした呼吸へと変わっていく。
呼吸が整うに連れて、全身の怪我も回復を始めている様子が見て取れた。
「……もう、大丈夫だろう」
ゼロンが大きく安堵の息を吐くと、タルマウスがその場に崩れ落ちた。
「あぁ良かったわァァ! ……うああんっフュノォッ」
「うっうっ……フュノ……良かった」
タルマウスとポチは抱き合って号泣し、フュノの生還を喜んだ。
ゼロンはそっとフュノの上半身を起こすと、耳元でその呼吸を確認し――フュノを強く抱きしめる。
その小さい身体が、必死に生きようと、徐々に温まっていくのを感じる。
(フュノ……生きていてくれて、良かった)
この考えが無責任だという事は、ゼロンが一番よく知っている。
いずれゼロンは『魔の大地』へ戻り、この小さな竜を見捨てないといけない時がくる。
それでも、この小さな青竜を、他の竜には渡したくない。
誰にも殺されないように、自分の手で守ってやりたい。
フュノには笑って生きていて欲しい。そう願った――。
ブックマーク頂けた方ありがとうございます!
今回はちょっと不吉なタイトルになってしまいましたが、しっかりと最後はハッピーまでいきますので、よろしくお願いします!




