17.銀色の魔竜
「いいから早く!タルマウス様を……ゼロン様を、呼んでくれ!」
ポチは待合室で、数人の憲兵に取り押さえられながらも絶叫をしていた。
しばらく共に行動をしていたタルマウスではあるが、本来の姿はゼロンの片腕。ポチが簡単に会える存在ではない。
受付嬢に『タルマウス様に会いたい?……え?アポは無いんですか?それなら、早くて三時間後ですね~』と言われ。さらに『ふふ、思ったより早く会えますよ。良かったですね~!』なんて、のほほんとした笑顔で言われた瞬間、ポチは頭に血が上り、逆上してしまった。
その結果。大いに暴れて、憲兵に取り押さえられ、今に至る。
ポチもフュノも、タルマウスやゼロンが、普段どこで何をしているのかまでは知らない。その為、ポチには、日中にタルマウスと会う方法が分からない。
『森の主』として、正規のルートで呼び出そうとした結果が、この状態だった。
「森の主殿、落ち着いてください!」
普段暴れる素振りもない温厚なポチが暴れている非常事態に、憲兵達も絶賛困惑中なのだが……ポチも、それどころではない。
「三時間も経ったら、フュノが死んじまう!」
ポチは取り押さえている憲兵を引き剥がし、力任せに壁へ投げつけた。手当たり次第、視界に入る憲兵を捕まえては投げまくる。
「森の主殿――!!」
悲鳴と怒号が入り混じり、何事かと野次馬が待合室から溢れかえる。
その野次馬達の様子に、中庭の奥から、何事かしらとメイド達まで集まり始めた所で――。
「ちょっとォ。何ィ? どうしちゃったのよォ」
それは、本当に奇跡だった。
野次馬とメイド達が、その声の主にざっと道を開ける。
◇◇◇
たまたま、中庭の奥、渡り廊下を歩いていたタルマウスとゼロン。
普段は、渡り廊下から中庭側へ出る事はないメイド達の様子を不思議に思い、その先の妙に人が溢れ返っている待合室を覗いた所……そこに居たのは、発狂して暴れているポチだった。
「タ……、タルマウス様!ゼロン様!」
ポチも二人に気付くと、憲兵達を振り払って駆け寄った。
ポチはフュノと一緒に森の結界へ行ったはずなのに、何故一人でここにいるのか。
取り乱したポチの尋常じゃない様子に、ゼロンの心もざわつく。
「何があった?」
ポチは震える手でゼロンへと縋り付く。その声も、微かに震えている。
「フ、フュノが危ないっ……!茶竜が、森に……!」
「――!」
ポチの言葉を最後まで聞くこともなく。
ゼロンはその身を翻して、中庭へ駆け戻る。
あの様子だと、ポチが暴れてしばらく時間が経っている。
既に、フュノがどうにかなっていても、おかしくない。
ゼロンは中庭へ到着するなり、その背から銀の翼を生やすと、森へと飛び去った。
「や、やだァ!フュノォ!?」
残されたタルマウスも、慌ててポチの手を掴むと、外へと駆け出した。
◇◇◇
フュノには、もう立つ力も残っていなかった。ねっとりと甚振られ、全身から流れる血。手足は痺れて、その感触もない。
「なんだオマエ、竜に戻る事すら忘れたのか?」
ヒャクマは面白がるように、魔素を込めた足でフュノを蹴り続けた。
結局、フュノは、竜の姿には戻らなかった。
ヒャクマから逃げるより、ゼロンの近くに残りたいという気持ちの方が勝った。
「こんなに弱い竜が居たとはな!?あの時、俺がゼロンより先にオマエを見つけていれば、もっと楽しめたのによ!」
ヒャクマの蹴りがフュノの鳩尾へ入り、フュノの口から血が吹き出す。
フュノも朦朧とした瞳で、ヒャクマを睨みつける。
「おいおい何だ、反抗的だな?
弱竜のオマエには、俺をそんな目で見る資格すらねえんだよ!」
さらに強く蹴りを入れられ、フュノは小さく蹲る。
ヒャクマは橙竜を逃がした事に相当苛ついていたが――それも、青竜を甚振る事でかなり発散できていた。
この青竜も、橙竜のように、いつ『聖なる大地』へ逃げるかは分からない。
そろそろ終わりにしておいた方が良いだろう。
「さぁ、終わりだ」
ヒャクマはねっとりと嗤うと、フュノの首を握り、片手で持ち上げた。
この青竜、あの時と比べて、妙に力が強くなっている気がする。
だが、力の容量が増えている割に、中身がスカスカ。歪で違和感がある、奇妙な弱い竜。
(ここで殺すなら、気にする事もないか)
ヒャクマがフュノの首を握る手に力を込める。
フュノにはもう力が残されておらず、反抗する事もできない。
――その時だった。
ヒャクマの背中が、本能的にゾクリと震える。
「ヒャクマ……その手を放せ」
静かな――怒りが滲んだ声が、空から響き渡る。
ヒャクマはゆっくりと、空に浮かぶ『それ』を見上げた。
(何故、ここに――?)
最強の魔竜が、そこにいた。
「聞こえなかったのか。今すぐ、その手を放せ」
何故かゼロンは、怒りに満ち溢れている。
さらに、その怒りの矛先は、間違いなくヒャクマへと向いている。
だが……ヒャクマは、ブルりと身を奮い立たせる。ここで素直にゼロンの言いなりになるというのも、面白くない。
既に、『魔竜』と『聖竜』との争いも終盤に入っている。
今ここで『聖竜』である青竜を殺すのは、ゼロンでもヒャクマでも『魔竜』であればどちらでもいいはずだ。
「いいじゃねえか!どうせゼロンが殺すんなら、俺が代わりに殺ってやるよ。
俺の遊び相手は『聖なる大地』へ逃げ込みやがって、今、最高に暇なんだ」
そう言うと、ヒャクマは嗤い、フュノの左胸に手を添える。
「ヒャクマ、何を――」
焦るゼロンを無視し、ヒャクマはフュノの左胸ぐっと押える。その手がフュノの胸を侵食し、肉の中へと潜り込む。
もう動くこともできないはずのフュノが、その痛みに反応して体を捻じる。
「弱いと言っても竜だからな。確実に、息の根を止めてやるよ」
フュノの苦痛に歪む顔に、声を失うゼロン。
ヒャクマはゼロンが何も言わない事を肯定ととらえ、そんなフュノの顔を見て嗤った。
ヒャクマの手は徐々に侵食を深め、フュノの心臓に到達すると――それを直接握りしめる。
「うぅ……ぁあ」
フュノが声にならない悲鳴を上げる。
ヒャクマに、心臓が握られている感触が、しっかりと分かる。
息ができない。
全身を、血が逆流する。
苦しい。
「ははっ! やっぱり、竜ってなかなか死なねえんだな」
ヒャクマは同時に、『竜の殺し方』を考えていた。
竜は回復力が強いので、たとえ死にかけていたとしても、息がある限りは最終的には復活してしまう。
心臓と言っても、その肉は頑丈。フュノの心臓を握るヒャクマは、それを素手で握りつぶす事は難しいのだと悟る。
この先、魔竜側の後継者争いに戻った時、どうやって他の魔竜達を殺せばいいのか――。
「少なくとも聖竜は、これが致命的になるだろ?」
ヒャクマは試しに、フュノの心臓へ自分の魔素を送り込んでみた。
「…………!!」
フュノの身体がビクンと跳ねる。
心臓に、直接ヒャクマの魔素が流れ込んでくる。
ゼロンの魔素とは全く違う。すごく熱くて、嫌な感じがする魔素だ。
(……気持ち……悪……)
フュノの視界が暗くなり――全身から、全ての力が抜けた。
◇◇◇
その瞬間、何が起きたのかヒャクマには分からなかった。
気が付いた時には、死んだはずの青竜がどこかに消え、その代わりに、全身が白銀の炎に包まれていた。
「ぐああっ、ああぁぁあっ!!」
白銀の炎の威力は半端なく、肉を貫通して内臓まで、全てを燃やしにくる。
竜の回復力は高いはずなのに、全く回復が追い付かない。このままだと、ヒャクマは簡単に燃え尽きて死んでしまうだろう。
(舐めていた……格が違う)
ヒャクマは、やっとその事実に気が付いた。
これまでのゼロンは、後継者争いにおいても、聖竜との争いにおいても、何一つ本気を出していなかった。
その力を、何故かゼロンはずっと隠してきたのだ。
一方、ゼロンはヒャクマから奪い返した青竜を大事そうに、愛おしそうに抱きしめている。ゼロンは青竜に顔を埋めて、その無事を確かめる――。
微かだが、青竜はまだ生きている。
しばらくして――ゼロンはゆっくりと顔を上げると、ヒャクマを鋭く睨みつけた。
そのゼロンの視線による威圧だけで、ヒャクマの息が止まる。
(これは、や……やべぇ……)
声帯が燃やされ、ヒュ―ヒューと風のような音しか出ない。
「……二度と、フュノに触れるな」
ゼロンの言葉に反応するように、全身を覆う白銀の炎がさらに勢いを増す。まだ、ゼロンの力が全力ではなかったというのか――。
炎を通じて、ゼロンからの、深い怒りの感情が伝わってくる。
何故、ゼロンがここまで怒っているかは分からないが、とにかく状況が最悪だという事だけは、ヒャクマにも理解はできる。
(あの青竜、一体何なんだ……!?とにかく今は、ヤツから離れねえと!)
ヒャクマは最後の力で『魔の大地』への入口を開き、その中へと滑り込んだ。
読んでいただいてありがとうございます!
ポチくんよくがんばりました。




