16.茶色の魔竜
フュノはポチと『愛の祭壇』を片づけるために森の結界へ向かっていた。
ポチは城に自分の個室を貰えたらしい。部屋には何も物が無いし、特に持ち込むつもりも無いというので、しばらくフュノのコレクションを置かせてもらう事にしていた。
何度か狼女の秘書姿でポチと往復した、見覚えのある小道。つい最近の事だが、妙に昔のような気がして少し懐かしい。
ポチは昨晩、タルマウスから魔竜と聖竜の戦況について色々聞かされたようで、道すがらフュノにもその状況を教えてくれた。
「緑色の聖竜は、早々に黄色の魔竜に負けたんだってよ」
後継者争いの竜達は、聖竜も魔竜も、基本的には名前が知られていないので『狭間の大地』では、その『色』で呼ばれる事が多い。
黄色の魔竜の名前は分からないが、緑色の聖竜は次女ナツキの事だ。
聖竜は、桃竜・長女コハル、橙竜・三女シュウカ、緑竜・次女ナツキの順に強く、大差をつけて青竜・四女フュノがいる。
フュノが地下牢に捕まった頃には既に決着がついていて、ナツキは『聖なる大地』へ逃げ込んでいたらしい。
フュノが『魔の大地』へ入る事ができないように、魔竜達も『聖なる大地』へ入ることができないので、その先はナツキにとって安全地帯となる。
ナツキもそこまで弱い竜というわけではない。
ただ、特に黄色の魔竜は、魔竜の中でも狡猾な竜のようで、ナツキは何かしらの策略か不意打ちを受けたのではないか、というのがタルマウスの推測だった。
「橙色の聖竜と茶色の魔竜の戦いは長引いているらしいが、若干橙色の聖竜が優勢らしいぜ。
ここもぼちぼち決着がつくんじゃないか、っていう噂だ」
一体どうやってその情報を仕入れているのかは分からないが、この国には立派な偵察部隊が揃っているようだ。
確か、フュノが結界内でゼロンに攻撃された時も、聖竜達が魔竜へ勝負を挑んでいる事をゼロンは把握しているようだった。
「うええ、茶竜……」
茶色の竜に、フュノは心当たりがある。確かその名はヒャクマ。
ヒャクマからゼロンに助けてもらったというのは幸せな記憶。だけど、その姿を思い出すだけでもゾっとして身震いがする。
ここは、是非とも、橙竜シュウカに勝ってもらいたい。
「桃色の聖竜と黒色の魔竜は、桃色の聖竜がかなり優勢らしい。
黒色の魔竜は素早い竜だから今の所まだ逃げ回っているらしいが……力に差がある分、厳しいだろうな」
到底ゼロンには及ばないが、桃竜コハルは聖竜の中では一番強く、次期『聖竜王』の最有力候補だ。
後継者争いなんて止めて、次期『聖竜王』は満場一致でコハルに決めちゃえばいいのに、とフュノは考えていた。
だけど、聖竜の後継者争いは、ちょっとドロドロとしていてどす黒い。
――打倒コハル。
開戦直後に、ナツキとシュウカは裏で手を組んでコハルに集中攻撃をしていた。二体は協力して先にコハルを倒し、その後ナツキとシュウカで戦うという作戦だった。
おそらく、魔竜と聖竜の戦いが終わって後継者争いに戻った時、ナツキとシュウカはまた同じ事をするのだろう。
その前にフュノは殺されてしまうか、後回しにされてどこかのタイミングでさっくりと殺されてしまうだろうけど。
いずれにせよ後継者争いにおいて、フュノは常に蚊帳の外だった。
魔竜達も怖くて嫌いだけど、フュノはそんな姉達を今はあまり良く思ってはいない。
『聖竜王』とは神に近き神聖なる存在。だけど、そんなドロドロした戦いを繰り広げる、今回の聖竜王候補達が、神聖な『聖竜王』に相応しいとは思えない。
「ちなみに、我らが青色の聖竜と銀色の魔竜は、タルマウス様が言うには『引き分け』だと。わははは!」
「ああ、姉様たちにバレたらその場で殺されちゃうかも」
どうか、今の状況が姉達にはバレませんように――。フュノは空を仰いだ。
◇◇◇
久しぶりの『愛の祭壇』は、殆ど当時のままだった。
色々と焦げた跡はあるが……それが今のゼロンとの生活の始まりだと思うと、それすら懐かしい。
ふと、タルマウスを初めて見つけた草むらが目に入る。
あの時、タルマウスの奇妙な姿に心臓が止まるかと思ったけど。付き合ってみると何だか気のいいオネェだった。たまに、母親のように感じる時すらある。
本人がどう思っているかはわからないけど、ぬいぐるみ姿も可愛くて、フュノは結構気に入っている。
「俺、ちょっと森の中見てくるわ」
最近はフュノのペットと化してはいるが、一応ポチは『森の主』。
最低限、森の状況は確認をしておきたいようだ。
「じゃぁ、わたし片付けているから、終わったら戻ってきてね」
ポチは白いオオカミ姿に戻り、ワフンと鳴くと森の中へと消えていった。
そこまで広い森でもないので、片付け終わる頃には戻ってくるだろう。
◇◇◇
少し焦げてしまったけど、わが身を呈して守った肖像画。罠だと分かって持って帰ってしまった、銀色のスカーフ。
一つ一つが、フュノにとって大事なコレクションだ。
城のメイドさんから貰ってきた大きな袋へコレクションを丁寧に詰めると、最後に結界を解除する。
これで、もうこの場所に戻って来る事は無いだろう。
丁度、ポチも帰ってきたようだ。草を分けて走る音が聞こえてくる。
「おかえり、ポチ――」
――その時。
突然の爆風が巻き起こり、砂埃で視界が遮られた。
何が起こったのか理解できず、フュノは砂埃の中で咳込む。ただの爆風ではないようで、その熱風で息もできない。
一方、少し離れた所に居て、『全ての状況を理解できてしまった』ポチは、瞬間、フュノを置いて踵を返した。
(う……嘘だろ!?なんでここに!?)
ポチは、この状況において、自分では何もできない事を知っていた。
フュノの無事を祈りつつ、ただひたすら、城に向かって全力で駆けるしかなかった。
◇◇◇
爆風が収まった時、フュノはポチが巻き込まれなかったか心配したが、その場に居ないことを確認して、ほっと安堵する。
(……今のは、一体何……?)
ぐるりと周囲を見渡して――。
フュノは愕然とする。
「よぉ。チビ竜」
その声。
ゾッと身震いがする。
人の姿をしているが、その茶色い瞳と髪の色。この気配、そして、嫌な匂い。
「……!!」
フュノは、ジリと後退る。
忘れもしない。間違いない。
こいつは、竜だ。
茶竜、ヒャクマだ。
「オマエ、なんでここに居んの?」
ヒャクマも、ゼロンにやられた時の青竜の匂いをしっかり覚えていた。
人の姿をしているが、これも間違いようがない。
そのヒャクマの口元が、凶悪に嗤う。
橙竜との闘いは苦戦をしていた――が、一瞬の好機を見逃さず、ヒャクマはその形勢を逆転させた。
橙竜をあと少しで仕留められるという所で、橙竜はヒャクマの隙をついて『聖なる大地』へ逃げ込んでしまった。
魔竜は『聖なる大地』へ入れない。
あと一歩だったのに、橙竜を完全に逃がしてしまったのだ。
戦い相手を失ったヒャクマが、フュノを見つけたのは本当に偶然だった。
――『あの時』。
ヒャクマからゼロンに助けられた後、フュノはその場からすぐに逃げたので、その先何があったのかは知らなかったが……ヒャクマは、ゼロンに致命傷に近い攻撃を受けていた。
あの時のヒャクマの恨みの矛先が、ゼロンではなく、完全にフュノへと向く。
橙竜は逃したが、これは面白いおもちゃを見つけた。
「今日はゼロンも居ないから、俺がしっかり遊んでやるよ」
ヒャクマはそういうと、舌なめずりをして嗤う。
「……っ!?」
怖い。
何故この茶竜は執拗に自分を狙うのか、フュノには一切わからない。
ここに居るということは、ヒャクマがシュウカを降しているということ。そんな魔竜に、フュノが勝てるはずない。
もしフュノが竜へ戻れば、勝てる見込みは微塵もないけど、運が良ければ『聖なる大地』へ逃げ切れるかもしれない。
人の姿のままでは、逃げ切れる可能性すらない。
だけど、もし竜に戻って『聖なる大地』へ逃げ切れたとしても、『契約の鈴』の契約は破られる。
もう、ここには居られなくなる。
フュノは、震える手で、首元の鈴を強く握りしめた。
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