12.聖竜の告白
「キミは、あの時の青竜なのか」
フュノは真っ赤な顔のまま、コクコクと何度も頷いた。
ゼロンは改めてフュノを見る。
当時より少しは強くなっている感はある――それでも、竜の中では最弱ぐらいだろう。
「あの時は……ありがとう、ございました」
フュノの目には、たっぷりと涙が溜まっている。
この会話が終わると、きっとフュノは城から追い出される事になる。
でも、せめて。少しでも近くに――森に住み着く事くらいは許してくれないだろうか。
瞬きに併せて、ポロリと一筋涙がこぼれる。
この先、魔竜達や聖竜達の戦いに巻き込まれた時……きっと、フュノは一番最初に狙われて、その命を落としてしまうだろう。
フュノは弱い。この運命の結末は、もう避けられない。
けれど、許されるのであれば、もう少しだけ。あと一日でもいい、ゼロンの近くに居たい。
最初は肖像画を一目見るだけで良かったし、今こうして話をしている事は奇跡に近い。
それなのに、もう少しお話しがしたい、あと少し一緒に居たい、と欲が出ている事に気が付いて、フュノは自分の気持ちに驚いていた。
「わたし、聖竜として、戦う能力を持っていなくて。 力も、少なくて……。
さいごに、ゼロン様を……もう一度見たかったんです」
(……先が短いのか)
フュノが置かれている状況を、ゼロンも察する事ならできる。
あの時、空でフュノを追い掛け回している時に、気づいてはいたが。この青竜は、聖竜固有の『聖なる力』も殆ど持っておらず、異様に力が弱い。
さらに、能力も無いとなると……真っ先に他の竜から狙われるだろう。
この青竜が、この先を長く生きる事は、困難だ。
しかし、それが呪師であれば話は別。戦わずして相手を殺す事もできるはず。
狡猾かつ上手く呪いを利用して相手を嵌めれば、どんなに弱くても聖竜王にすらなれる可能性はある。
呪師とは、そういう類の能力者だ。
「でも、キミは呪師でしょう? 能力的には、十分では?」
「…………は?」
突拍子もないゼロンの質問に、何を言われているのか理解ができず、首を傾げるフュノ。
そんなフュノに釣られるように、思わずゼロンも首を傾げてしまう。
確かに、呪師は自分の能力を隠そうとするが……今ここで、まだこの青竜が自分の能力を隠す必要はあるだろうか。
「キミ、森で祭壇を作っていたよね? あれって、呪いの道具でしょ?」
ゼロンの勘違いに気が付いて、ストラップがプルプルと震えている。
きっとゼロンは、例のフュノ作『愛の祭壇』を呪術用の道具一式だと勘違いしているのだろう。
それに気が付いて、フュノも「あわわ」と顔を覆った。
ポチに『呪いの祭壇』と言われて否定はしていたが、あれのおかげで、ゼロンにまで呪師に間違われているとは思っていなかった。
自分のセンスを疑ってしまう勢いで、ちょっと恥ずかしい。
「あ……アレは、呪いとか、そういうのではなくて…………」
はっきりしないフュノに、ゼロンが続きを促す。
青竜が嘘をついているようには見えない。そうなると、あの邪気に満ちた祭壇は一体何だったというのか。
「呪いじゃないなら、アレは何なの? あそこで、何をしていたの?」
「わ、わたし――」
フュノは震える手を押さえて、自分の空いたカップに紅茶を注ぐと、もう一度それを一気に飲み干した。
(もう、覚悟を決めなければ)
フュノは、バンと机を叩いて勢いよく立ち上がる。
これははっきり言わないと、呪師と疑われっぱなしで、何もゼロンに伝わらない。
「わたし、ゼロン様が、好きです!」
「………………えぇ?」
ゼロンの口から、空気のような気の抜けた声が漏れた後――気まずい沈黙が流れた。
◇◇◇
ゼロンは興奮気味のフュノを落ち着かせるため、クッキーを一つ摘んで、フュノの口に押し込んだ。
フュノも他にできる事はなく、黙ってクッキーを咀嚼する。
何から話せばよいのかはわからない。
フュノは椅子に座り直して、ぽつりぽつりと語り始める。
「わたし、持っている能力は『テイム』だけです。
あの祭壇は……。ゼロン様の顔を見たくても、わたし聖竜だし、会ってもらえないから……」
フュノは俯いて、顔を真っ赤にする。
呪師と思われていた事が、考えれば考えるほど恥ずかしい。だが、自分の行動を改めて口で説明をしようとすると、それはそれでまた恥ずかしい。
「その……あそこで、肖像画を飾って、眺めていました……」
(……『テイム』?)
ゼロンは口に手を当て、フュノの言葉を咀嚼し、考える。
『テイム』は圧倒的に無敵な能力ではあるが、格下相手に対してのみ有効だと聞く。
竜の中でも最弱の青竜では、竜相手に『テイム』の能力は一切無効となるだろう。他に何の能力も持っていないのであれば、実質的に能無しの竜という事になる。
能無しの最弱竜が、ゼロンに単身で挑んでくる理由は、見当たらない。
(だが……)
ゼロンは未だに疑いを含んだ瞳でフュノを見つめる。
『テイム』というのは、本来、実在するのかすらわからない、希少な能力。この青竜が本当に『テイム』という能力を持っているのかは、疑わしい。
フュノは、そのゼロンの視線に気づくと、ストラップのタルマウスとポチを、見覚えのあるぬいぐるみとポメラニアンへと一旦戻してみせた。
タルマウスはゼロンのフュノへの勘違いがツボっているようで、未だにお腹を抱えてプルプルと震えている。
「……それは、傀儡ではないのか?」
無機物なぬいぐるみと、動物を操る力。それは呪師の能力の一つと聞く。
だが、フュノはフルフルと首を横に振る。
「これは『テイム』の能力です。タマちゃん、ポチ、元の姿へ――」
「まじかよ、ここで……っ!?」
フュノの命令に呼応するように、まずはポチが元の姿へと戻る。
ポチは貴族風狼男の姿に戻ると、応援団のように手を後ろに回して直立した。
ゼロンと視線が合わないよう、遥か遠くを見つめている。
キャンキャンと可愛らしい子犬の姿でゼロンの足元を走り回っていた、自分の記憶を今すぐにでも消してしまいたい。
「な、森の主――!?」
最近『森の主』から、異様な数の報告がなされている事は、ゼロンも知っていた。だが、それが全て、この聖竜に操られての事だったとは、思いもよらなかった。
目を見開いて驚くゼロンを横目に。
ポチに続いて、タルマウスも。久方ぶりに、元のヒョロリとした紫のピエロ姿へと戻される。
タルマウスも、ポチと同じく、ぬいぐるみ姿で甲斐甲斐しくフュノを世話していた手前、ゼロンに会うのは非常にバツが悪い。メイド達の噂話によると、自分が失踪したことでゼロンが体調を悪くしていたとも聞いている。
ゼロンと極力視線が合わないように、タルマウスも遠い空に流れる雲をじっと見つめる。
「……タルマウス……!?」
長期失踪中のタルマウスの登場に、さらに驚きの声をあげるゼロン。どこを探しても見つからないと頭を抱えていたが、こんな目の前にいたとは。
どこかで見た事があるぬいぐるみだとは思っていた。あの姿で気が付くべきだった、と瞬時にゼロンが後悔をする。
「う、うふふ。ゼロン様、久しぶりィ」
タルマウスは若干顔を引き攣らせつつ――視線を逸らしたまま、ゼロンへ手をヒラヒラと振って再会の挨拶をする。
「……貴様っ!?」
『森の主』はともかく。腹心であるタルマウスを捕えていたとなっては、話は別。
もし青竜が策略的にタルマウスを『テイム』していたのだとしたら。これは、許せるものではない。
瞬間、怒りに我を忘れたゼロンがフュノに掴み掛かった。
読んでくださってありがとうございます!
折角フュノさん告白できたのに、ちょっとここではキリが悪いので、もう一話投稿します!




