11.聖竜の正体
フュノが次に目を覚ました時、外は既に昼近くになっていた。
昨日あんな事があったというのに、部屋にはゼロンの姿も監視もない。
フュノの意識が戻った事がゼロンにバレたという事は、この先、いつ城から追い出されてもおかしくないという事。
フュノは気持ちを整理して、大きく深呼吸をして立ち上がる。
身体に魔素は殆ど残っていない、今日も順調に魔素は浄化済だ。
まだ少しだけ身体に魔素が残っている感はあるが、城内に満ちている魔素の密度とそれは、ほぼ同じぐらい。
空気と身体の魔素密度が同じ水準になっていることで、聖竜の身体が感じていた、城内独特の熱帯雨林のようなモワモワとした不快さが、一切消えている。
つまり……何もかもが、絶好調。
フュノは力強く頷いて、タルマウスとポチを見る。
「よし、タマちゃん、ポチ。行くわよ!」
「いや、行くってドコにだよ!?」
ポチの突っ込みに、フュノは二ヒヒと笑うと、見慣れたメイド服へと変身した。タルマウスとポチもストラップ姿に変えて、手際よく腰からぶら下げる。
フュノには城から追い出される前に、どうしてもやっておきたい事があった。
「んふふ。追い出される前に、ゼロン様の『竜姿の肖像画』も見ておきましょう!」
ここを追い出された後、もうゼロンと会う機会は二度と来ないかもしれない。
そうであれば、最後に竜のゼロンも拝んでおきたい。
タルマウスとポチは、フュノの気持ちを察する。
確かにいつまでフュノがここに居られるのかは分からないし、フュノの事だから追い出された後に、やり残しがあったと再び城に侵入したいとも言いかねない。
「本当、懲りないわね。いいわよ、道案内してあげるわよォ」
案内はするけど、今度は絶対盗むんじゃないわよ、とタルマウスは何度もフュノに釘を刺した。
◇◇◇
廊下に人気が無い事を確認し、フュノはそっと部屋を出る。
ずっと部屋に籠っていたので、城内をうろつくのは久しぶりだ。
メイド達の目を盗んで、タルマウスが指し示す方向へズンズン進む。もはや城の移動も慣れたもの。
(でも……こんなに魔素が気にならないのは初めてだわ)
『魔の大陸』寄りのモノがこの城内で不快さを感じないのは、体内で微量なりとも魔素を生成しているからなのかも……これは、大発見かもしれない。
フュノの身体も魔素を作ることができればよいのだが……聖竜の体では、どう足掻いても魔素は作れない。
でも、ある程度の一定の魔素を身体に残す事ができれば、ここで快適に暮らす事ができるということだ。
「フュノ……フュノ、行き過ぎよ。さっきの角を曲がった所よ――」
悶々と考えていたら、通路を通りすぎてしまった。
慌てて戻り、タルマウスの言う通り角を曲がる。
その突き当りに、それはあった。
美しい、銀の竜。
フュノは肖像画に向かって全力で走り、滑り込むように五体投地を披露する。
「…………っふぉお!」
(おああぁっ尊い!尊い!美しいっ!狂おしいっ!)
人の姿も悪くはないけど、竜の姿はもっと素敵で、神々しい。
生死を掛けた戦いの中、執拗に追いかけられて、いたぶられたりもしたけれど……その圧倒的な力で、ヒャクマからフュノを助けてくれた。
あの時の、銀の後ろ姿を、二度と忘れる事はできないだろう。
聖竜の後継者争いが始まってから、聖竜の姉達からも、魔竜達からも、常にフュノは逃げてばかりだった。
誰かが助けてくれるなんて、考えたこともなかった。
フュノはふらふらと立ち上がると、吸い寄せられるように肖像画へと近づいていく。
美しく輝く銀の鱗、立派で大きい翼、鋭く光る金色の瞳。
何をとっても、どの角度から見ても、これは完璧すぎる肖像画だ。
あの美しい銀竜の姿をここまで忠実に再現できるとは、この絵描は天才だと思う。もはや神絵師の域。
「よし、これは急がないとっ」
寝室から出る前にタルマウスに刺された釘は、肖像画を見た瞬間に脳内から消えた。
デジャヴのように、フュノは肖像画を掴むと、持ち帰るべく壁から外しにかかる。
「『よし』じゃないィ……ちょっと本当にやめてっ!?」
「わはは、懲りねーな!……あれ?」
ポチが、ふと思う。
以前も、これと同じような流れがあった。
「確か前回はここで……」
ポチが何か妙なフラグを立ててしまったのかは分からない。
だが……完全なるデジャヴが起こる。
「何をしている――」
廊下に響いたその言葉に、三人が動きをピタリと止める。
この冷たい声、この匂い。その主なんて見なくともわかる。
フュノは肖像画に手をかけたまま、「ぎぎぎ」と首だけ振り返る。
「ゼロン……様……」
「……何を、している?」
その金色の瞳に捕らえられては、もう逃げられない。フュノの動揺が最高潮に高まる。
何か言わなければと焦るが、一切脳も働かず、気の利いた言葉は浮かばない。
「あ、あの。わたし、この神絵が欲しくてっ……はっ!」
混乱で思わず本音を吐き出してしまい、慌ててフュノは両手で自分の口を塞ぐ。
何か今すぐにでも弁明をしなければ。また不審者扱いされて、今度は本当に殺されてしまうかもしれない。
「違います!竜のお姿を拝みたくて!いや、本当に拝んでいたんですよ!?
そうしたら、ちょっと持って帰りたくなったというか、欲しくなって……あぁ!」
身振り手振りで言い訳をしようとしても、言い訳ではなく本音が口から流れ出ていく。これはもうダメだと、フュノは顔を覆い、天を仰いで自分に絶望する。
(……拝む?……持って帰りたい?)
ゼロンはフュノの様子に、眉を顰める。
前回は不審者と判断して、この場ですぐに捕らえたのであまり気にしていはいなかったが。この聖竜は、言動が謎すぎる。
とりあえず、怪我も意識も回復しているのは間違いないだろう。
未だにどう取り扱えば良いのかは見えないが、この謎深い聖竜を警戒する事も、徐々に馬鹿らしくなってきた。
ゼロンは片手で顔を覆い、大きく息を吐く。
「……ついて来い」
ゼロンは呟くようにそう言い残し、踵を返す。
「すっ、すみませんでした」
もはや寝たふりもできないフュノ。
一度綺麗な土下座をすると、素直にゼロンの後を小走りで付いて行った。
◇◇◇
フュノが連れてこられたのは、花に囲まれ綺麗に整備された広い庭だった。
庭と言っても、フュノがポチ達とメイド姿へ変身した時の薄暗い中庭とは違う所で、ゼロンが執務の間に一息つけるように作られた、広く静かな場所だった。
とはいえ、最近はタルマウス失踪によりゼロンも多忙。一息つくこともできず、ゼロン本人もここに来るのは久々だ。
庭の中央には白いテーブルセットが置かれており、ゼロンはフュノへそこに座るよう促した。
フュノが素直に従うと、ゼロンも無言で対面に座る。腕と足を同時に組むと、目を細くしてフュノの様子を眺めた。
(あぅ……空気が重い)
とても良い天気なのに、テーブル周辺の空気は妙に冷たい。
意外にも――丁寧な事に、テーブルの上に美味しそうなクッキーと紅茶が並べられる。
ゼロンは紅茶を一口飲んで、話を切り出した。
「それで……キミは、一体何がしたいの?」
聖竜に敵意が無い事はわかる。だが、行動が謎すぎて信用もできない。
フュノは緊張をほぐすように、ふぅぅと全身から空気を抜く。
魔素が含まれた新鮮な空気を目一杯吸うと、頭も少し冴えてきた。
(もう、いいや……素直に、言おう)
ここで嘘をついても、取り繕っても、そこに何の意味もない。
何を言った所で城を追い出されて、これでお別れとなるのなら、素直に自分の気持ちを伝えた方がマシだ。
フュノが自分を励ますように、ぐっとお腹に力を入れる。
「わ、わたし……。ゼロン様を、見たかったんです」
『見たかった』というのも、またよくわからない。
フュノの告白に、ゼロンが怪訝な顔をする。
このままでは何の説明にもなっていない。気持ちが何も伝わっていない。
フュノはカラカラに乾いた喉を、少し紅茶で潤した。
「わたし……青色の聖竜です。
あの時、ゼロン様に助けられた、青竜です」
言わないと。伝えないと。でも、言葉はうまく出てこない。
フュノは紅茶を一気に飲み干して、自分に勢いをつける。
「わたし、あの時、ゼロン様に助けられたことが……嬉しくて。
もう一度、ゼロン様の姿を、見たくて――」
一気飲みした紅茶が想定以上に熱かったのと、気持ちを吐露して恥ずかしいのと、上手く言葉にできず伝えきれなくてもどかしいのとで、フュノの顔は真っ赤に染まる。
顔からモクモクと湯気が出ているかもしれない。
「……ボクが……助けた、青竜?」
ゼロンはフュノの拙い言葉を、ゆっくりと咀嚼して考える。
青竜と言えば……先日の、魔竜と聖竜のつまらない戦いの中で、時間つぶしに青竜を使って遊んでいた記憶は、確かにある。
「ゼロン様は覚えていないかも、ですけど。
わたしが茶色の魔竜に襲われた時、ゼロン様が助けてくれたんです」
実は。ゼロンは、後継者争いにも、聖竜との争いにも、殆ど興味がない。
それほど他の竜達と比べると、ゼロンの力は圧倒的すぎる。その気になれば、ゼロン一人で魔竜も聖竜も瞬時に全滅させることはできるので、ゼロンにとってそれらの争いには、何の意味も無い。
ゼロンが未だにそれをせず、魔竜達と聖竜達を放置しているのは……この『狭間の大地』での戦いが終わると、魔竜王となり『魔の大地』へ戻らないといけなくなるからだ。
魔竜王になるより、『狭間の大地』での国作りの方が断然楽しい。
この間、聖竜達と争いになった時も、時間つぶしに青竜を追いかけて遊んでいたが……確かにあの時、遊びを邪魔したヒャクマに苛ついて、追い払った気がする。
――ゼロンは、改めてフュノを見た。
真っ赤になって俯いている聖竜から、ふわりと風に乗って香る匂い――。
この匂いは、確かにあの時、ゼロンに怯えて逃げ回っていた青竜の匂い。
そうか……やっとわかった。
「ああ。キミは、あの時の青竜なのか」
初めて、ゼロンはフュノを認識した。
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