10.聖竜の油断
フュノが目を覚ますと、そこは柔らかいベッドの上だった。しばらく半野宿生活だったので、ふわふわベッドが身に染みる。
天井に手を伸ばして、腕の火傷の様子見た。あれから何日経過したのか分からないが、怪我は殆ど治っているようだ。
(回復しているのに、体がすごく重い……)
「あぁ、よかったわァ……やっと起きたわねェ」
窓の枠から外を眺めていたタルマウスがフュノに気づくと、飛び降りてベッドへと駆け寄った。フュノもゆっくりと体を起こして、ベッドの縁に座る。
足元では、ポメラニアン姿のポチが嬉しそうに尻尾を振っている。
フュノはタルマウスとポチの姿を見て安堵すると、部屋をぐるりと見渡した。
窓枠に小さな銀の鈴が置かれているくらいで、他に目立つ物も無く殺風景ではあるが。きちんと掃除が行き届いた、綺麗な部屋だった。
「ここはどこだろう……?
……なんだか、ゼロン様の匂いが……する?」
タルマウスが、当然でしょと笑い声をあげる。
「そりゃそうよォ。ここはゼロン様の寝室だものォ」
「えっ!?……え? なんですと……んぉおっ!?」
ゼロンの匂いがするというよりは、ゼロンの匂いしかしない。
突然の事態に堪えきれず。
フュノは、豪快に鼻血を吹き出した――。
◇◇◇
タルマウスに鼻栓を詰めてもらったフュノは、完全に動揺をしていた。
鼻血が飛び散った床は、ポチが器用に拭いてくれている。
ゼロンの匂いが充満しているこの部屋は、本当にゼロンの寝室と言う事で間違いないだろう。
だけど、結界で襲われた時は、本当にゼロンに殺される事も覚悟していた。それなのに、次に気が付いた時はゼロンの寝室でヌクヌクと寝ていた、とは一体。
この流れが、一切理解できない。
「えぇ……? 一体……どういうこと?」
「さァ?アタシも理由はわからないけどォ?
瀕死のアンタを、何故かゼロン様が連れ帰ったのよォ」
タルマウスによると、フュノは三日間も眠り続けていた。
酷い火傷を負っていたはずだが、今ではそれも殆ど治っている。三日もあれば、そろそろ完全回復していてもおかしくないのだが……。
それにしては、妙に体調が悪い。
フュノはプルプルと頭を振る。
「どうしたんだろう。怪我は治っているみたいなのに。
頭が痛くて体も重くて……全然動けそうにないの」
何かの病気にでもかかったのだろうか、と心配するフュノだが。タルマウスは、それは当然というようにあまり心配した素振りもない。
「それは当たり前よ。アンタが起きても、すぐには動けないようにって。
ゼロン様、結構な量の魔素を、毎日アンタに流し込んでるわよォ」
起きた瞬間に、ここまで動ける方が不思議だわ、とタルマウスは言った。
「……なるほど」
地下牢に入れられた時より、おそらくその魔素の量は多いのだろう。これでは、殆ど自由に身体を動かせない。
オリハルコンの鎖をも素手で切る聖竜を捕らえるためには、確かに魔素が一番有効な方法かもしれない。
これは……寝ている間に、直魔素のご褒美があったという事だろうか。
仕方無いとはいえ、直魔素というご褒美の最中、完全に意識が無かった事が悔やまれる。
「くぅっ! 直魔素中に寝ていたなんて……なんて失態なのかしら!?」
悔しがるフュノだが、それをタルマウスは鼻で笑う。
直接魔素を送り込むためには、相手に触れている必要がある。
寝ている間もずっと直接相手の一部に触れて、魔素を送り込める方法は何か。それは、ある程度限られている。
「失態どころじゃないわ。アンタ、一晩中、ほぼ腕枕されてるのよォ?」
とんでもない事態に、勢いよくベッドの上へ飛び起きるフュノ。
無理に動いたので頭がクラクラするが、もういろんな意味でグラグラする。
「うっ……ぅう腕枕ぁ!?」
その姿を妄想しただけで、堪えられない。
再度、豪快に鼻血をまき散らした時……鼻栓は綺麗に弧を描き、空を飛んだ。
◇◇◇
フュノが意識を取り戻してから、既に数日が経過していた。
フュノは目が覚めた後も、ゼロンの前では『起きていないふり』を続けている。
ゼロンが戻りそうな時間になると寝たふりをはじめて、ゼロンが戻ってくる時には『まだ意識を取り戻してない』という状態を保つ。
就寝前にゼロンが、フュノの額に手を添えて魔素を送り込み始めると、フュノはその膨大な魔素の威力に気を失い――次の日、目が覚めると既にゼロンは執務で不在。
そんな、よくわからない毎日を過ごしている。
タルマウスの情報によると、ゼロン就寝中は、ほぼ腕枕状態らしい。だが、その間はフュノが絶賛気絶中の為、未だに腕枕の感触を味わえたことはない。
ゼロンが、何故フュノを城へ連れ帰ったのかは、まだよく分からない。
でも、フュノの意識が戻ると、きっとここから追い出されてしまうのだろう。
……フュノが『起きていないふり』を続ける限りは、ここに居ることができる。
この一時的な幸せを、フュノはどうしても手放したくなかった。
――そんな生活が、フュノの身体に変化をもたらせる。
◇◇◇
「……アンタ、最近、魔素に慣れてなィ?」
何となくフュノもそんな気はしていたが、タルマウスに言われると少し確信が持てた。
「あ、やっぱり? ……実は、わたしもそんな気がしていたの」
フュノが『起きていないふり』を続けて、数日。
フュノが目覚める時間は、始めの頃は夕方過ぎあたりだったのだが。それは日々早くなり、最近は昼前には目が覚めるようになってきている。
それを『慣れた』というのかは分からないが、身体が魔素を浄化する速度は、確実に以前より早くなってきている。
最近では、魔素の浄化が完了すると、身体が生まれ変わったように軽くなる事にも気が付いていた。
体内で『聖なる力』が『魔素』と戦う事で、フュノの『聖なる力』が徐々に増しているような感触すらある。
「んふふ。きっと、聖竜にとっても、ゼロン様の魔素は体にいいのよ」
「アホねェ。魔素が聖竜の体にいいはず無ぃ……やばァっ!」
この時、フュノは完全に油断をしていた――。
時は既に、夜。
それは、ゼロンが戻る時間帯。
「そんなことないわよ。だって、こんなに……」
両手をバッとフュノが広げた、その時。
扉が軋む音に合わせて――部屋に、低い声が響き渡る。
「――こんなに……?」
「……ひっ!?」
タルマウスは素早く、扉から死角となるベッドの影に隠れている。
だが、フュノは完全に手遅れ。ベッドに座って元気に両手を広げたまま、「ぎぎぎ」と首だけ声の方へ回す。
「……やっと起きたか」
そうなるだろうとは思っていたが。
しっかりと、ゼロンと目があってしまった。
「お……起きていません」
フュノは倒れるようにベッドへ寝転がる――が、時すでに遅すぎる。
少しの間、寝たふりを試みたが――ゼロンはその場からピクリとも動かない。
(み、見逃してくれないかしら……)
薄目でちらりと覗き見をしてみる……が、やはりゼロンは動かない。
むしろ、冷たい視線が刺さって痛い。
(……ですよね……)
無言の圧力に敗北し、フュノは起き上がるとゼロンへ綺麗な土下座を披露した。
「すみません。今、起きました」
起きたのは『今』という事を猛烈にアピールしつつも、起きている事をフュノが認めると、ゼロンは少し警戒したままで、フュノへと近づいた。
ゼロンは未だに、フュノを『呪師』だと考えている。敵意はないとしても、『呪師』はその能力を隠すことが多く、基本的に得体が知れない存在だ。
「もう、身体は回復したようだな」
フュノは一つ一つ言葉を選んで、慎重に回答をする。
「怪我は、大丈夫です。でも、体調は……」
「体調は悪いだろうね。ボクの魔素を入れてあるから」
ゼロンはフュノの言葉を遮るように――。
俯いたフュノの顎を掴み、強制的にフュノの顔を上げさせた。
フュノの目の前に、整ったゼロンの顔が現れる。
「…………っ!?」
フュノとゼロンと視線が交わる。
鋭い金色の瞳に、フュノの顔が映り込んでいる。
「キミには、色々聞きたい事がある」
(か……顔が、近いっ)
再びこんな至近距離で顔が拝めるとは、思っていなかった。
フュノの心臓が、一瞬で限界近くバクバクと高鳴っている。
「キミの狙いは、一体何なの?」
この至近距離は有難いが、心臓に悪いので早く顔を背けたい。だが、顎を押さえつけられているので、簡単に視線を外す事はできない。
ぐぐっと顎に力を入れて、どうにか視線を逸らそうとしたが――、ゼロンは手に力を込めて、フュノの視線を自分へ戻させた。
「ねぇ。あそこで、何をしていたの?」
問い詰めるように、囁くように、ゼロンはさらに顔を近づける。
ふんわりとした銀色の前髪が、フュノのおでこに触れる――。
(近い……近い近いっ近いっ!!!!!!!????)
ここで、フュノの心臓が限界突破する。
「……もっ……もう、だめ……」
ふしゅぅぅと、空気が抜けるような音を立てて、フュノはパタリと気を失った。
突然力が抜けてしまったその体を、ゼロンが慌てて両手で支える。
「…………ええぇ?」
何が起きたか分からず、困惑しているゼロンを横目に。
ピエロのぬいぐるみが慣れた手つきで聖竜をよじ登ると、無言で鼻栓を詰めていた。
読んでいただけてありがとうございます!!
フュノさん貧血気味です!




