9.謎の聖竜
命の危険に晒されながらも、想定外のゼロンとの急接近に、フュノは大混乱状態に陥っていた。
「……っ!」
(吐息がっ!息がかかるっ!これは最高のご褒美か!我が生涯に、もう悔いは無くなったかもしれないわ!)
フュノの脳内はお祭り状態なのだが、興奮でその顔は引き攣り、声は出ない。
「ふん。言わないなら、アレを壊すまでだ」
ゼロンはフュノの髪を放り投げると、手に力を集中させる。
手の上に、一瞬で大きな白銀の炎の渦が生成される。
フュノは慌ててゼロンを見上げた。
何故かは分からないけど、ゼロンは祭壇を壊すつもりだ。
自分は殺される運命なのだろうからそれは仕方がないが、せめて、折角作った祭壇だけは守りたい。
「や、やめ、て……っ!」
フュノは必死に、炎を生み出しているゼロンの腕にしがみつく。
しかし。ゼロンの前で、フュノは無力に等しい。
ゼロンは腕についた虫を払うように――無造作にフュノを振り払うと、フュノは弧を描くように大きく飛ばされる。ゼロンは生成していた白銀の炎の標的を、祭壇からフュノへ変更し、フュノ目掛けて打ち放つ。
フュノは白く輝く炎に巻き込まれながら、数メートル投げ出された。
「う……ぐぅぅっ」
フュノが竜の姿に戻れば、少しはまともに戦えるかもしれない。だけど、最強魔竜ゼロンの前では、最弱聖竜フュノの力は何の意味も無い。
それに、竜の姿に戻れば、折角の首輪が壊れてしまう。
それは嫌だった。どうせ死ぬのであれば、首輪を残して、人の姿のままでいい。
ゼロンは、祭壇を守るフュノはやはり呪師なのだと、盛大に勘違いをする。
「弱いな……やはり、道具がないと何もできないのか」
流石に『竜』だけの事はあって、ゼロンの攻撃を受けてもまだ息はあるようだが――もう、殆ど動けはしないだろう。
ゼロンは禍々しい雰囲気を醸し出す祭壇へ向い、それらに手をかざす。
実際は愛にまみれた『愛の祭壇』なのだが。全てを知っているはずのポチですら、これを『呪いの祭壇』と命名したぐらいなので、初見のゼロンには確実に呪いの道具として映っていた。
自分の肖像画を燃やす事には若干の抵抗はあるが、呪いの類は呪具が残ると面倒なことになる。早々に片付けておいた方がいい。
「全部、灰にしてやる」
ゼロンが手に力を集中させると、再びそこに白銀の炎の渦が生まれる。
その渦は次第に大きくなり、肖像画を飲み込んでいく――。
「だからっ!それは、絶対、だ、めぇっ!」
フュノは残った力を振り絞って立ち上がると、全力で祭壇へと走る。
肖像画を庇うように、祭壇とゼロンの間へ――激しい炎の渦へと飛び込むと、炎を全身で受け止める。
「あぁぅ……っ!!」
フュノの絶叫と共に、肉が焦げる匂いが辺りに充満する。
殆どの炎はフュノの身体で受け止める事ができた。だが、受け止め損ねた炎が肖像画へ燃え移る。
フュノには、ゼロンが生み出した炎を消すだけの力も、特殊な能力もない。姉達のように、空気中から氷も水も生み出すことはできない。
できる事と言えば、その身を使う事だけ。
フュノは全身を使って炎を消すように、燃える肖像画を強く抱きしめた。
「「フュノ!」」
沈黙を守っていたタルマウスとポチだったが、あまりの悲痛な状況に叫び声をあげる。だが、その声はフュノの呻き声にかき消されてしまう。
ぶすぶすと鈍い音と、肉が焦げる匂いを残して、炎は収まった――。
フュノは鎮火できたことを確認して、肖像画を一目見る。焦げている個所はあるが、ゼロンが描かれている箇所は殆ど無事だった。
「ゼロン様……無事でよかった」
フュノはそう呟くと、肖像画を抱きしめたまま、その場に崩れ落ちる。
ゼロンには、フュノが何をしているのか、理解が追い付かない。
「それを守ったのか? 一体、何がしたい……?」
フュノは肖像画を強く抱きしめてはいるが、その意識は朦朧としており、目の焦点も合ってはいない。
だが、ゼロンの質問には、はっきりと答える。
「だって……。だって、ゼロン様が……焼けちゃいますよ?」
ゼロンはその言葉を、明確に聞きとったが――。
「うん…………あれ?」
さっぱり事態は呑み込めず、フュノを見下ろしたまま、頭を大きく傾けた。
◇◇◇
(さて……一体これを、どうしたものだろうか)
ゼロンは意識を失った聖竜を見下ろして、長い間考え込んでいた。
思い返せば……最初に城で追い詰めた時から、この聖竜から敵意を感じた事が一度もない。
それであれば、この聖竜は一体ここで何をしていたのか。
不法侵入で捕まって、脱獄もしたというのに、繰り返し城に侵入しては泥棒の真似事をしていた。その意図は全くもって不明。
ゼロンが戦意喪失したことを察したのか。ピエロのぬいぐるみがパタパタと聖竜の元へと走り寄ると、頬を叩いてその生存を確認する。
ぬいぐるみはゼロンの方をちらちら見て、様子を伺ってはいるが。このぬいぐるみからも敵意は見られず、純粋に聖竜を心配しているだけのように思える。
……そもそも。思いだせないが、このぬいぐるみをどこかで見た事があるような気もする。
小さなポメラニアンも、尻尾を振って、心配そうに聖竜の周りを走り回っている。
聖竜とぬいぐるみと犬の関係性は、全くもってよく分からない。
(ああ、深く考えるのが面倒になってきた……)
ゼロンは謎の光景に、額に手を当てて軽く頭を振った。
おそらく、これ以上考えても答えは出ない。きっと考えるだけ無駄だろう。
――竜の回復力は、異様に高い。
いくら弱いとはいえ、一応は聖竜。この聖竜も、『竜』として最低限の、回復力を持つ。
まだこの聖竜には息がある。きっとこのまま放置したとしても、いずれ回復してこのまま死ぬことはないだろう。
実際に、いくつかの外傷はすでに治り始めている。
(しかし……)
何が目的だったのかわからないまま、ここに聖竜を置いて行くのは後味が悪い。
というより、後々気になってしまう事は間違いないだろうし、懲りずにまた城に侵入されても面倒臭い。
(仕方ない……連れて帰るか)
ゼロンは意識の無い聖竜を、軽々と片手で持ち上げる。
実際に持ち上げてみると、それは想像以上に小さくて軽かった。
ゼロンは空を見上げて、ふっと息を吐く。すると、その背中に、銀色に光る大きな翼が現れる。
聖竜を連れて、城に戻ろうと……翼を広げた、その瞬間――。
ピエロのぬいぐるみが、そうはさせまいとゼロンの足をガシリと掴んだ。
「何だ……?」
ぬいぐるみは無言でゼロンの足をよじ登り、聖竜まで到達すると、聖竜の服にぺったりと張り付いた。
ポメラニアンも、自分を連れていけと言わんばかりに足元でキャンキャン吠える。
ゼロンは片手で手を覆い、深く息を吐いた。
(全く状況が読めない……)
状況は一切飲み込めないが、この謎の聖竜、ぬいぐるみ、犬の三体はセットなのだろう。
今はこれ以上深く考えるのが面倒臭い。聖竜が目を覚ましたら話を聞けばいい。
ゼロンはポメラニアンを拾い上げ、聖竜に張り付いているぬいぐるみの上に乗せると空高く飛び立った。
◇◇◇
フュノにしがみついて空を飛ぶ、タルマウスとポチ。
二人とも聖竜フュノを心配してしまった手前、自分達の正体をゼロンに明かすタイミングを完全に失っていた。
ゼロンに声が届かないように、そっと囁き合う。
『うぅ……完全に、アタシだってゼロン様に言う機会を失ったわァ』
『これ、後でバレたら俺達怒られるのかな』
『確実に、機嫌は損ねちゃうでしょうねェ』
『やべえな。怖……っ』
もう城は目の前に迫っている。仲良く二人揃って、空の上でため息を吐いた。
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