13.魔竜の気まぐれ
「……貴様っ!?」
瞬間、怒りに我を忘れたゼロンがフュノに掴み掛かった――が、それをタルマウス本人が慌てて静止する。
「ちょっと、ちょっとォ、アタシが捕まってたのは、事故よォ。事故ォ!
この子は……(そんなに)……悪くないのよォ」
「タルマウス……」
ちらっと小さい声で『そんなに』という言葉が聞こえたような気もするが。本人にそう言われてしまうと、これ以上は責められない。
少し落ち着きを取り戻したゼロンは、フュノから手を放す。
ゼロンにとって、タルマウスは共にこの国を建国した片腕であり、腹心であり、親友であり、稀に母親にもなる。
タルマウスの言う事を信じるなら、まずは無事に戻った事を喜ぶべきではあるが――。
まだ怒りが収まらず、息を上げるゼロンの様子を見て、タルマウスが挑発を仕掛ける。
「うフフ。やっだァ!ちょっと何よォ、ゼロン様ってばァ。
アタシが居ないと何もできなかったのねェ!?
それとも、寂しがり屋さんなのかしらァ?」
ははんっ、と鼻で笑うタルマウスに、ゼロンは不機嫌さを残しつつも椅子に座りなおした。ゼロンも、ここまでタルマウスに言われてしまうと、それを否定することしかできない。
タルマウスとゼロンとの付き合いは長い。タルマウスは、ゼロンのあしらい方も、落ち着かせ方も、完全にツボを把握していた。
「ふん。お前が戻ってきたのなら、もうそれでいい」
タルマウス拉致の罪を許されたフュノは、タルマウスと視線を合わせるとお互いほっとした表情を浮かべた。
内心、フュノが『ゼロン様の怒った顔も素敵すぎる!』なんて思ってしまった事はタルマウスには内緒だけれども。
そんな二人の表情に、ゼロンも少したじろいでしまう。
この表情からして、おそらく青竜が言っている事も、タルマウスが言っている事も、真実なのだろう。
タルマウスはフュノの後ろに回り込むと、肩に手をまわしてそっとフュノを抱きしめた。
ポチも直立不動のままで、心配そうにチラチラと事の行く末を見守っている。
「ねェ、ゼロン様。この子を許してあげて?
『テイム』以外何もできないのは本当だし、ただの可愛いアホ竜なの。
ゼロン様も、きっとこの子を気に入るわよォ?」
『各地の主』には、それなりにゼロンが信頼を寄せたモノを任命している。
タルマウスはもちろんだが、『森の主』に対しても、ゼロンはそれなりに信頼を寄せている。
『テイム』は、その行動は自由に操れるが、心まで操る事はできない、と聞く。
それなのに、タルマウスと『森の主』が、ここまでフュノに対して心を開いている事に、ゼロンは驚いていた。
あの、甲斐甲斐しくフュノの鼻血を拭いていたぬいぐるみがタルマウスだったのなら、タルマウスは相当この青竜に肩入れをしている事になる。
タルマウスがゼロン以外のモノに対して、ここまで密着している姿も、ゼロンはこれまで見た事はなかった。
(奇妙な……聖竜だ……)
『竜』として、一人前の力もなく、それを補えるほどの能力もない。追い掛け回されて、甚振られるしかできない、無力な竜。
ヒャクマをただ追い払っただけなのに、それを『助けてもらって嬉しかった』と言い、さらに、聖竜という存在で魔竜を慕っていると言う。
タルマウスの言う事を鵜呑みにするわけではないが――確かに、近くで様子を見てみるのも、面白いかもしれない。
ふわりとゼロンの表情が緩む。
タルマウスはゼロンからフュノを庇うようにしっかりと抱き着いて、ゼロンの様子を伺っていたが――ゼロンの表情が緩んだのを確認すると、「良かったわネェ」とフュノの頭にそっと頬ずりをして、優しく頭を撫でる。
フュノも安堵したのか、涙をほろほろと流しながらも力を抜いて、心地よさそうにタルマウスへ身を委ねている。
その様子を見て、ゼロンの心がモヤりと疼いた。
(いや……この二人、距離感近くないか?)
ゼロンの気のせいでもなく、この二人の距離感は異様に近い。
ゼロンの知る由も無い事ではあるが――。
タルマウスは最初こそフュノの事を嫌がってはいたが、途中からそのアホ竜精神を叩きなおすため、めっきり母親気分で接していた。
フュノも聖竜以外で初めての話し相手となったタルマウスに、最初から完全に心を開いている。
今の状況をお互いに喜び、中々離れる気配もないフュノとタルマウス。
ゼロンの事が好きだと全力で語っていた割に、妙にタルマウスとの距離感が近すぎるフュノを見て――ゼロンの中で、モヤモヤと、何かが腑に落ちなくなってくる。
さらに、二人が全く離れようとしない事態に、徐々に苛つきすら覚え始める。
ゼロンは不機嫌気味に立ち上がると、フュノからタルマウスを力一杯引き剥がした。
突然首根っこを掴まれて引き剥がされた事に、タルマウスが驚いて抗議をする。
「ちょっと何よォ!?ゼロン様ってば、強引ッ!?」
何故か突然不機嫌になってしまったゼロンに、フュノも驚いて目を開く。
ゼロンは眉間に皺をしっかり寄せて、不機嫌な顔でフュノにも攻め寄る。
「タルマウスは仕事が溜まっているので、少し借りたいのだけど?」
フュノはゼロンの勢いにコクコクと頷くと、一息吐いて、そのまま晴れた空を見上げた。
『狭間の大地』は天気が変わりやすいというのに、今日はとてもいい天気だ。
(これから、どうしようかな……。お城から出たら、次は何をしよう)
そのフュノの視線に、ゼロンも気が付く。
(この青竜、どこかへ行くつもりなのか――?)
ゼロンの心に妙な焦燥感が生まれる――。
ゼロンは、タルマウスの真似をするかのように、フュノの頭にポンと手を乗せてみる。
それが恥ずかしかったのか、意外にもゼロンの顔が赤くなっていく。
「え、ゼ、ゼロン様……っ?」
突然の事態に、フュノは驚いて飛び跳ねると、ゼロンを見上げた。
もうゼロンは不機嫌そうな顔をしていなかったが……何か気まずそうに、フュノから視線を外して、ただフュノの頭をポンポンと叩く。
きょとんとするフュノを見て、ゼロンは少しずつ、困ったような表情になっていく。
ゼロンも、この青竜に対してどう接していいのか、今自分が何をしたいのか、正直よくわからない。
頭をポンポン叩きすぎたせいで、フュノの青い髪の毛はぼさぼさだった。
ゼロンは一息吐くと、今度は優しい手つきで頭を撫で、乱れてしまった髪を整えた。
その手が今度はフュノの頬に触れ、まだ乾いていない、涙の跡を拭く。
フュノは目を丸くして……まだ頬に残るゼロンの手に、自分の小さな手を重ねてみた。
これは夢のような気もするが。ひんやりとしたフュノの手で、ゼロンのぬくもりをしっかりと感じられた。やっぱり、夢ではない。
ゼロンが、頭を撫でて、涙を拭いてくれている。
この瞬間が現実なのだと気づき、フュノの顔が爆発するように赤く染まる。
「え……え?ゼ……ゼロン……様?」
ゼロンは、そんな真っ赤に染まって慌てるフュノの様子を見て、柔らかく微笑んだ。
ただ、それだけなのに。ゼロンの心の奥も、じわりと暖かくなるのを感じる。
ゼロンにとって、これは初めての感覚だった。
「大丈夫だ。このまま、城に居ていい」
タルマウスとポチは、ゼロンが初めて見せた柔らかい顔に驚愕し、揃って言葉を失っている。
『城に居ていい』
フュノの脳に、ゼロンの言葉がゆっくりと到達すると――。
「……ほ、本当ですかっ!?うわぁぁん、ゼロンざまっ!本当に、大好きでずぅ!」
あまりにも嬉しい言葉。フュノはゼロンに抱き着いて号泣した。
読んでいただけてありがとうございます!
フュノさん、やっとゼロンさんと仲良くなれました!




