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暫く騒がしかったクラスだったが、俺の話題なんて大した話しでもない。先生が諦めずに生徒を宥め続けてくれたのも相まって、クラスは落ち着きを取り戻した。
今日は始業式で顔合わせのような日だ。
全員の自己紹介が終わると、ロフィリア先生は「それでは皆様! 明日から一年間、このクラスで頑張っていきましょうね」と、両手を合わせて嬉しそうに語っていた。明日から本格的に学院生活が始まる。
とりあえず、新入生はこれで解散らしい。チラチラと視線を感じるのを無視しつつ、帰ろうと席を立つカルロットに話し掛けようと近寄った。
せっかく友達になろうとしてくれた奴だもんな。さっきの自己紹介で誤解は解けただろうし、話しもスムーズに行くだろう。
「あのさ、カルロット君、俺―――」
「気安く話し掛けないでくれるか」
............あれ?
何だろう......。さっきまでバカにしたような目付きで見ていたカルロットが、今はゴミを見るような目で俺を見てるんだけど......。
しかも今、気安く話し掛けるなって、言わなかったか?
「見ない顔だからてっきり田舎から出てきた商人だとばかり思っていたが......まさか名ばかり嫡男と名高いあのニベウス・マーシュマロウだったとはね......情けで声を掛けた自分が怨めしいよ」
えっと......もしかして、俺嫌われてる?
「あの......なんか怒ってる?」
「はっ! 怒ってるだって? ああ怒ってるさ。安直な憶測で君のような惰性の人間を友にしようとした自分にね!」
「だ、惰性って......」
俺、これでも四ヶ月間頑張って勉強したんですけど......。
何も知らない癖に勝手な事言ってんなこいつ。
「とにかく! ボクは君とは関わりたくないから今後近づかないで欲しい。後、これはクラス全員の気持ちだと受け取ってくれ。君はボクら貴族にとって汚点そのものなんだ」
そう言い残してカルロットは颯爽と去って行った。
......俺が、汚点......?
今の言葉が、クラスの気持ちだって?
俺は恐る恐る、クラスメイト達を見渡した。
すると、全員が慌てて俺から目を反らし、蜘蛛の子を散らしたようにその場から離れていく。
チラッ
ササッ
チラッ
ササッ
............そうして誰も居なくなった。
うはwwwつらたんwwwwww
俺の、最悪な学院生活の幕開けだった。
その日の夜、部屋で予習をしていた俺を誰かが訪ねて来た。
ドアをノックした音に顔をあげる。
俺の部屋に来る人なんてこの学院内には一人しか居ない。
俺は足取り軽くドアの前まで歩くと、迷う事なく扉を開けた。
「ニベウス、これから一緒に食堂で夕飯を食べよう」
思った通り、そこにはシリウスが朗らかな笑顔を浮かべて立っていた。
あの後、寮に直帰した俺は人の視線が怖くて一歩も部屋から出ずにいた。だからこそ、不特定多数の人達がいるであろう食堂に行くのは気が引けてしまう。
気にしない......と決めたが、ああもハッキリ自分が周りに嫌われてると告げられると少なからずショックは受ける。
黙って渋る俺に、シリウスが「どうしたんだ?」と心配そうに声を掛けた。
「俺......そんなにお腹空いてないから、軽食でいいや」
本当は普通に腹空いてるんだけどね。
でも背に腹は変えられないし......。幸いニベウスは少食だから、軽食を三品も頼めば腹も満たされるだろう。
「そうなのか......? じゃあ、俺もそうしよう」
「へ?」
シリウスの思わぬ科白に俺は間の抜けた声をあげた。
夕飯に誘ったって事は、シリウスも腹が空いているはずだ。それに、彼はニベウスと違い少食でもない。軽食で足りるとは思えなかった。
俺に付き合わせて我慢させるのは悪い気がする......。
「いや、いいよ......俺に構わずシリウスは食堂で食べて」
「俺がニベウスと夕食を共にしたいんだ......ダメか?」
うう......そう言われると断り辛い。
食堂に行かないのは俺のわがままみたいな物だし......。
......仕方ない......。
「やっぱり、食堂で夕飯を食べようかな......シリウス、一緒に行こう」
「......! ああ!」
その時のシリウスの笑顔は、子供みたいに無邪気だった。
一階に降りて食堂に向かうと、案の定沢山の男子生徒が集まっていた。
ニベウスの容姿が目立つせいか、入って直ぐに注目が集まる。
高級ホテルのホールみたいな食堂は丸い円卓が幾つも並べられていて、ボーイさんが食事を運んで生徒に提供していた。
シリウスに促されるまま適当な席に着くと、テーブルに設置されている呼び鈴を鳴らしてボーイさんを呼んだ。
すげぇ、マジでレストランみてぇ。
「お待たせ致しました。ご用件をお伺いいたします」
「今日のディナーを二つ頼む」
「かしこまりました」
皿に飾られるように乗せられているナプキンを膝にかけ、料理が来るまでの間シリウスと他愛のない会話を楽しんだ。
マリアンヌに人形として着飾られた時の話しとか、勉強は頑張れたけどバイオリンがなかなか上達しなかったとか、そんな話しをした。
「バイオリンか......ネフェリ学院は毎年秋に学年ごとの演奏会を開いているから、それまでにはある程度弾けるようになっておいた方がいいだろうな」
「え! 演奏会......か......そんなのが」
あるのか......。
だとしたら不味いな......俺の演奏破壊的に下手だからな。不協和音を体現しちゃってるし。
「シリウス!」
演奏会とやらに内心焦りを覚えていると、何処からかシリウスの名前を呼ぶ声がした。間を置かず、インテリメガネを掛けた神経質そうな男がシリウスの元にはや歩きでやって来た。目をつり上げ、なにやら怒ってる風体である。
その男の姿に、シリウスは小さく溜め息を吐いた。
「また集会をサボったな! あれだけ今日こそは参加しろと言ったのに、一体どういうつもりだ!?」
「集会といっても、あんな物ただの茶会じゃないか......俺が一人欠けた所で問題ないだろ」
「シリウス......! 最近のお前はどうかしているぞ!」
何やら問題でも起きたのだろうか?
彼の言い方は怒りと言うより、どこかシリウスを案ずるような口振りだった。身を乗り出して肩を掴むメガネに対し、シリウスはどうでもよさそうな顔をしている。
「そんな事よりも、ジャンに紹介したい子がいるんだ」
「......なんだと?」
シリウスがサッと手で俺を指し示すと、男が自然と俺の方に顔を向けた。そこで初めて俺の存在に気づいた彼は、少し驚いた表情を見せる。
「紹介しよう。この子は俺の従兄弟のニベウスだ。話しだけなら知っていると思うが、こうして顔を合わせるのは初めてだろ? ニベウス、彼は俺の友人のジャンだ。挨拶をしなさい」
「ニベウスです。よろしくお願いします」
シリウスの友達か......。
明るい茶髪をオールバックにしているインテリメガネは知的そうなイケメンで、男前なシリウスと並ぶと絵になる。
軽くお辞儀をしてから顔をあげると、ジャンの目付きは卑下した物に変わっていた。
「ニベウス......こいつが......?」
やっべ、この人もニベウスの噂聞いてて嫌ってるとかかな?
ニベウス敵多すぎワロリンヌ。
「何故ニベウスとお前が同じ席で食事をしようとしているんだ......」
「俺が誘ったからだ。何か問題でもあるのか?」
「シリウス......! 本当に、どうしてしまったと言うんだ!」
信じられないと言わんばかりに目を見開くジャンだが、それを見るシリウスの目は何処か冷ややかだった。
わざとらしく溜め息まで吐いたシリウスは、そこで初めてジャンの方へ顔を向ける。
「ジャン、君がニベウスをどう思っているかは分かる。それは半分俺のせいでもあるからな。だから君の態度を責め立てるつもりはないが......もしニベウスを傷付けてみろ......俺はお前を決して許さない」
「............っ!」
近くの席に座っていた男子生徒が、小さな声で「修羅場?」と言った。
おい、こんな時に笑わせようとすんじゃねぇ。
「......後で話しがある......食事が終わったら俺の部屋に来てくれ」
心無しか、悲しそうに肩を落としながらそれだけを言い残すと、ジャンは食堂を去って行った。




