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美少年に転生したら男にモテる件について  作者: しらた抹茶
学院生活編
74/79

5

*ジャン視点*



 シリウスと初めて会ったのはネフェリ学院に入学してからである。


 貴族や大商人の子息女が通うこの学院で、彼はまさに嚢中のうちゅうきりであったのが私の第一印象だった。



 次男ヤンガーサンの息子で後ろ楯の無い身でありながら、そのカリスマ性で入学して1ヶ月もたたぬ内にクラスを纏める代表格となり、皆が認める中でロジィエとなった。


 勉学や芸術に関しても突出した才気は目に見張る物があった。


 試験では常に学年首位を守り、演奏会では指揮を務め、絵画のコンクールでは特賞を受賞する。まさに才色兼備。眉目秀麗を体現したような男だった。



 生徒の羨望を集める中、そんなやつと親身な関係になったのは、図書室で同じ本を手に取ったのがきっかけだったのを覚えている。


 以来、勉学だけでなく遊戯も共に過ごした私達は自ずと心内を打ち明けあえる無二の友となっていった。


 そんな彼がある時、私にこう洩らした時があった。




「俺は、マーシュマロウ家の威厳を取り戻したいと考えているんだ」




 シリウスの言わんとしているのは察しがついた。


 マーシュマロウ家。


 代々フレア領を治める伯爵家で、貴族の中でも指折りの名家だ。


 そのマーシュマロウの嫡男であるニベウス・マーシュマロウが、跡継ぎとして些かお粗末であるという事は貴族の中でも周知の事実であった。


 嫡男としての務めを果たさず、下々の者達と遊び呆ける一族の面汚し。



 シリウスは確かに秀才ではあるが、それは並々ならぬ努力あってこそだと言う事を私は知っていた。それ故に、身内としてシリウスはニベウスを許せなかったのだろう。



 努力もせず、力も着けず、その地位に胡座をかき何もせずとも家督を継げるニベウスを、何処か恨んでいるようにも見えた。



 だからこそ、シリウスは決意したのかもしれない。




「俺はいつか、ニベウスからあの座を奪ってみせる」




 望蜀ぼうしょく尽きぬとは違うかも知れぬが、シリウスは次男ヤンガーサンの出から貴族の嫡男に成り代わる野望を抱いている事を私に打ち明けた。



 不遜な野望かもしれない。



 しかし、私にはシリウスのその野望が至極全うに思えた。




「その為には味方が必要だ......ジャン、君には、俺の一番の味方になって欲しい」




 無論、私はそれを受け入れた。



 友として、そしていずれ受け継ぐ家門の長として。


 シリウスならば、爵位を受け継ぐのになんら遜色はない。血筋も、才能も、彼には申し分ない実力もあった。


 だからこそ、私は自分の持てる全てを使ってでもシリウスのサポートをすると決めた。


 いずれ訪れる未来。議会で肩を並べる日を夢見て。



 ......それだと言うのに。



 ある日を境にシリウスは変わってしまった。



 あれだけ疎んでいたニベウスの入学を首を長くして待つようになり、奴が入学すると熱心に務めていたロジィエの活動を放り投げ、ニベウスの元へ通うようになった。


 ニベウスから嫡男の座を奪おうと野心を抱いていたはずのシリウスは、常に勉学教養共々努力を怠らなかったのに対し、今のシリウスはニベウスにうつつを抜かしてまともに本も読んでいない。



 まるで別人だ。



 何があったらこんなにも人は変わるのか。



 私を差し置いて、なぜそいつに肩入れをする。




「来たぞジャン、用件があるなら手短に済ませてくれ。部屋でニベウスを待たせているんだ」




 食堂を出たあと、シリウスを待っていた私に彼が言い放ったのはあまりにも冷徹な科白だった。


 シリウスは私の大切な友である事に変わりはない。しかし、最近の彼は目に余る物がある。




「シリウス......何故ロジィエの集会をサボった?」




 私の問いに、シリウスは面倒そうに溜め息を吐くと怠慢な動きで腕を前に組んだ。


 私に向ける視線が、何度も言わせるなと非難めいた色を帯びる。




「さっきも言ったが、ただの茶会に俺がどうしても居なくてはいけない決まりもないだろ。あんなのに時間を潰すより、ニベウスと居る方がよっぽと有意義だ」




 確かに、ロジィエの集会は一流貴族の集まりでやる事と言えば茶会やボードゲームだ。


 しかし、ロジィエ内で友人関係を作るのはシリウスの野望を現実にするためには必要不可欠。恋情も道具として使い、王族と連なる公爵家の娘と友人以上の関係になりつつあった矢先だと言うのに、行く必要が無いとは何事だ。


 

 シリウスの空とぼけた言い分に、私はいい加減腹をたて始めた。




「シリウス! 一体何がお前をそうさせたと言うんだ!? あのローズリーナとようやく二人きりでディナーが出来る仲になったと、あれだけ喜んでいたと言うのに、ここまで来て何故足を止める! 何のために今まで努力して来たんだ!?」




 ずっと腹に溜めていた思いをぶつけた。


 

 何故、何故、何故。



 シリウスに目を覚まして欲しくて、私は彼の両肩を掴み有らん限りの気持ちを込める。



 どうか、あの野望に燃えるシリウスに戻って欲しい。


 あの、気高く、強い、だが勤勉で努力家の......私の憧れるシリウスに帰って来て欲しかった。




 それなのに。




「ああ、あの事ならもう止めたぞ」


「......な、に......?」


「マーシュマロウ家の嫡男に成り代わるのは止めた。将来は父と同じ教師になろうと思う。進路も教師に渡したし、来年はここの実習生として過ごして居るだろうな」




 ......何の......話しだ......?



 止める......? 止めると言ったか?




「バカな......っ」




 よろめきながら、私は思わずシリウスから後ずさった。



 こいつは、本当にシリウスなのか?



 今まで何度も、以前のシリウスとは別人だと思って来た。



 だが、今日ほど彼の姿を信じられなくなった日は無い。



 私の知るシリウスが、野望を諦めるのでは無く、止めるなど絶対にあり得なかった。



 まるで、全くの別人がシリウスの皮を被っているかのようだ。




「話しはそれだけか? なら、俺は失礼させてもらうぞ」


「ま、待て!」




 部屋を出ようとするシリウスの腕を慌てて掴み引き止めると、シリウスは眉根を寄せて煩わしそうな表情で私を睨み付ける。


 その排他的な視線は氷のように冷たく、私の背筋を凍らせた。



 視線だけで、私はシリウスと一線を引かれた気がした。




「......シリウス......私は......」


「......」




 自然と、上手く言葉が紡げなくなる。


 彼から拒絶されたのが衝撃的で、気持ちの整理がつかない。



 嫌われたくない。



 私の中で、幼稚な思いがふつりと頭をもたげた。




「私は友として、お前を案じているだけなんだ......」




 出てきた言葉は、あまりにもお粗末な物だった。


 案じている。


 本心だとしても、我ながらとって繕ったような科白だ。これではまるで、シリウスの言い分を呑むようでは無いか。


 しかし、その言葉は意図せずシリウスの態度を軟化させていた。皺の寄っていた眉間も緩み、立ち去ろうとしていた身体を私の方へ向き直らせる。




「............憂慮に感謝するよジャン。だが、今の俺が望むのはニベウスと共に生きる事だ。お前とは変わらず友でいたい、だから、以前俺が言った言葉は忘れてくれ」




 シリウスはそれだけを言い残すと、私の部屋から去って行った。



 もう、引き止める気力もなかった。



 ......忘れる? 何故、そんな残酷な事が言える。



 あの野心家であったシリウスは、もう居ないと言うのか?



 一体何が......誰がシリウスを彼処まで変えた。




「ニベウス......!!」




 誰か。そんな者は決まっている。



 ニベウス・マーシュマロウ。



 あいつしか居ない!


 庶民とばかり遊び呆ける知力の低い俗物だと思っていたが、あのシリウスを懐柔したとなると見方を変える必要がある。



 ......シリウス。お前は忘れろと言ったが私は忘れるつもりはない。今のお前は乱心しているだけだ。



 必ず私がお前を元に戻してみせる。



 シリウスが去った部屋の扉を見詰めながら、私は硬く誓った。




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