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*ユリウス視点*
やぁ! 僕の名前はユリウス・マーシュマロウ。今は訳あって甥っ子の代理で伯爵の地位を預かっているごく普通の紳士さ。
伯爵って身分ははやりと言うか、楽な身分では無いね。
兄の領地はシーマ帝国の中でも五本の指に入る都市だから、やる事が沢山ある。
領民の管理や工場の視察は実務として当然の仕事だから慣れないながらもこなしてはいるけれど、問題なのはひっきりなしに誘われるパーティーだ。
僕自身、今の地位はあくまでも代理で時が来れば甥っ子のニベウスに譲る気でいるのだけど、周りはそうとは考えていないらしい。まぁ無理もない。甥っ子は何と言うか、少しやんちゃな所があってね......そのせいであまり良い噂も聞かないし、他の貴族達はニベウスが伯爵になる事はないと践んでいるようだった。
新しいフレア領の領主。
しかも右も左も分からない赤子同然の名ばかり領主に、漬け込むなら今だと言わんばかりに連日貴族の使いや商人が屋敷に訪れて来て、食事を取る暇も無かったよ。
領主となった以上、貴族のパーティーや商人との取引も仕事の内。それでも一人では到底裁ききれない量だった。
そんな僕を助けてくれたのは、兄の元執事であるレイヴィルだ。
あの優秀な兄の右腕だっただけあって、レイヴィルは非常に有能だった。
こう言っちゃ悪いけど、貴族の気取ったパーティーって凄く詰まらないんだよね。高飛車な男爵のごますり聞いてるくらいなら愛する妻と趣味の庭いじりをしたほうがずっと有意義って話さ。
代理で伯爵になる前は教員を勤めていたんだけど、毎日が忙しいながら充実した毎日だったのに、伯爵ってのは窮屈な仕事だ。兄さんはよくやっていたよ。やっぱり僕には貴族の仕事は向いてないな。
そんな僕の与太話は置いといてだ。
その甥っ子なんだけど、数ヵ月前に誘拐された。
身体の毒を浄化するのにプリヒュ教会に移っていたが、そこで魔術師に拐われたと知らせがあったのが夏の日差しが眩しい昼下がりの事。氷の製造に関わる魔道具が盗まれたと工場から知らせがあり、憲兵の手配をしていた所に国軍の兵より一報が届いた。
僕はニベウスが幼い頃としか接点が無かったものの、それでも大事な甥である事に変わりはない。とても心配したよ。
しかも、話を聞けばニベウスを拐ったのはロビンソン男爵のハーグ卿と言うじゃないか。心底驚いたよ。教会の神官が貴族の嫡男を誘拐するなんて、気が触れたとしか思えない。彼、そんな愚行を犯すような軽率な人間では無かったと思うのだけど。
思惑はどうあれ、マーシュマロウの嫡男が誘拐されたとあっては国にとっても大きな問題となる。しかも、渦中のハーグ卿は実家の"屋敷ごと"行方を眩ませ、家族の消息も絶った。
様々な憶測が飛び交う中、国はニベウスとハーグ卿の捜索に辺り国軍を出動させた。それほど、此度の事件は重要視されたって事だ。
ハーグ卿は確かに優秀な魔術師ではあったけど、果たして屋敷を消し去る程の魔術を行使出来る魔力を有していただろうか。それも、報告では空間転移魔術を使ったとされているし、貴族の中では本当にそれはハーグ卿だったのかと疑問を抱く者もいる。
僕もその内の一人だが、その時はハーグ卿の審議よりもニベウスの安否が気になってしまって、ろくに国会の義談に参加できなかった。公私混合はするなと言われるけど、僕には難しいな。
所が、そんなニベウスが突然帰って来た。
見つかったのではなく、帰って来たんだ。
夏が過ぎ、秋も終わりを告げようと枯れ葉が落ちる季節。肌寒い夜中にニベウスは屋敷の玄関前で倒れているのを使用人が見つけた。
外傷は無かったが、顔色が悪いのを心配した僕は夜中にも関わらず直ぐに医者を呼び、眠っているニベウスを診てもらった。僕の心配を他所に、至って健康だと診断されほっと胸を撫で下ろしたのは記憶に新しい。
何故ニベウスは戻って来たのか、ハーグ卿は何処に行ったのか、疑問は沢山残っているけど無事にニベウスは帰って来たんだ。これは非常に喜ばしい。
僕は早速息子のシリウスに手紙を書き、久々の従兄弟に顔を見せるように書き付けた。シリウスとニベウスはあまり良好とは言えない仲だが、流石のシリウスも今回の事件は心配していただろうし、何より、こうしてニベウスが屋敷に居るうちにゆっくりと会話をして打ち解けて欲しいと僕は考えていた。
ニベウスには兄弟が居ない。
将来的に彼が爵位を継いだ時、支えとなる右腕が必要になる。
親バカだろうが、息子のシリウスは中々優秀だ。きっと、ニベウスの助けとなってくれるだろう。その為にも、二人には良好な関係でいてほしい。
シリウスは妹のマリアには優しい兄として接している。きっと、ニベウスにとっても良い兄のような存在になってくれる筈だ。
......期待しすぎかな?
いや、シリウスは少し気難しい子だが根は優しい子だ。
腹を割って話し合えば、ニベウスを受け入れてくれるだろう。
僕とリリーも久しぶりに息子に会いたいしね!
さて、仕事も一段落した事だし、我が家の姫達にでも会いに行こうかな。
執務室を出て、僕は愛する愛娘と甥っ子がいるであろう部屋へと向かう。部屋の前には娘の侍女が控えていて、僕が目に入ると小さくお辞儀をした。
「ご苦労だね。姫達は相変わらずかな?」
「はい。御二人とも実に微笑ましいですよ」
そうかそうか!
従妹なんだし、将来はニベウスとマリアが婚姻するのも悪くないかも知れないな!と、まぁ、そんな冗談は置いといて。僕は部屋の扉を開けた。
「僕の可愛いマリア。いい子にしていたかい?」
「お父様!」
僕が声をかければ、可愛らしい声と共にリリーと同じ赤毛を揺らして碧双が煌めく。小柄な身体は直ぐ様僕の腕に飛び込んで来た。
「お仕事はもうよろしいの!? だったらこれから私と"アネット"でお茶をしましょう! 丁度喉が渇いていた所なの!」
「おやおや、そうかい! だったらリリーも誘おうじゃないか。ニベウス、良いかな?」
甥っ子に確認の為その名を口にすると、途端にマリアがむくれた。垂れ目の碧を吊り上げ、白い頬を蒸気させる。
「お父様! ニベウスだなんて呼んでは駄目! あの子の名前はアネットよ!」
ああそうだったね。ニベウスは今、娘のお気に入りになっていたんだった。
僕は直ぐにマリアに謝罪し、訂正をする。
「構わないかな。アネット」
目前には、リボンが沢山付いた薄紅色のドレスを身に纏った綺麗な少女、改め甥っ子が、疲れを隠しきれない風貌で床にへたりこんでいた。髪にはいくつもの飾りを付けられ、おおよそ遊ばれていた最中なのだろう。
「あ、はい。ダイジョーブデース」
棒読みで答えた甥っ子の顔は、僅かにひきつっていた。




