12
*第三者視点*
皐月の呪いは進化している。
彼を一目見た瞬間に男はそう感じ取った。
皐月の身体を蝕む呪いの正体。
それは、皐月の魂を異界へと導く為に使われた幼い命霊魂の怨みだ。
だが、それにしては強大すぎるほど成長している。
彼を蘇らせた時、確かに黒魔術の後遺症が残っているのには気づいていた。黒魔術によって出来た後遺症は、どう変質するかはわからない。しかし、それは早期に対処すれば消え失せる程度のもののはずだった。
実際、皐月は教会に連れられ司祭達の判断の元、浄化の儀式を受けて後遺症の回復を図っていた。
それなのに、いつしかそれは皐月の命を脅かす呪いへと変貌していたのだ。
それは、核の出現だ。
バラバラで、不安定だった怨みは核によって束ねられ強力な呪いへと姿を変えた。
一体何時から、どうして、何処からやって来た?
正体不明の核は、幻影の如く不自然に現れた存在だった。
不気味だと、そう感じ取った男は早急に核を調べようとした。だが、核の存在は周りの呪いに邪魔されハッキリと見る事が出来ない。黒い霧に覆われ、視界を遮られているようだった。
核。
これさえ浄化してしまえば、皐月は助かる。
焦る気持ちを抑え、彼に気取られないよう振る舞いながら、男は皐月を助ける為に一人奮闘していた。
そして、ついにその核が姿を表した。
男の愛する彼を殺そうと、動き出した。
―――アハハハハハハハハハ!!!!!
影だ。
突如として、皐月の影から子供の小さな手が触手のように伸び、彼に巻き付いて大きく広がった影の闇に引きずり込もうとする。
「皐月!!!」
また、彼を失ってしまう。そんな焦りと共にいつぶりかの焦りを覚えながら、男は魔術を行使した。
「ラウ・クラルテ!!」
光魔法の最上級魔法。
かつてネフェリーナが大地を浄化するのに使ったと言われる古代の強力な光魔法だ。
魔力の消費が激しいのと、あまり使えない馴れていないこの魔法は最後の手段として取っておいた魔法を男は迷わず使った。それほど、現状は切迫していた。
瞬く間に、白い光が屋敷を包み込む。
同時に、からからとした子供の笑い声は甲高い悲鳴へと変わった。
手の動きも鈍り、呪いの気配も幾分か減る。しかし、完全には消えていない。
未だ残る呪いは弱々しくも皐月の身体にまとわりついていた。それでも、呪いの力が弱まったのは確か。畳かけるなら今しか無いと、男は更に魔術を行使しようとした。
時だった。
影から、一人の人影が姿を表した。
黒い泡を発てながらゆっくりと形作るそれは、まるで泥人形のように真っ黒で顔も黒く塗り潰されている。
完全に、影だ。
その姿は子供ではない。
一人の大人の形をしていた。
そして男は、漸く核の正体に気づく。
「そうか......君だったのか」
これは、とんだしっぺ返しだ。
男は両腕をだらりと下げ、一人自嘲する。
一見、誰か分からない影。それでも、男には確かにその影に見覚えがあった。
これは、自分がどんなに強力な光魔法を使っても消え失せる事はないだろう。
呪いは、自分が招いていたのだ。
彼を死に追いやっていたのは、紛れもない自分だった。
「仕方ない」
だからと言って、皐月を諦めるつもりは無い。どんなものを犠牲にしてでも、今度こそ彼と共に居る。そう決意したのだから。
「この身体は、諦めよう」
男は、その人影に歩み寄ると頬に優しく触れた。
皐月の呪いは、この身体が代わりに引き継ごう。
大丈夫、この身体が無くなっても、また他の身体に代えればいい。
「さぁ......この身体をあげるから、もう彼を苦しめるのは止めてくれ」
人影が、苦しそうに泣いた気がした。
深夜、マーシュマロウ邸。
かつての主人を失ったこの屋敷には、現在はルキウスの弟ユリウスとその妻が暮らしている。
ルキウスとローザリーが罪人として処刑される折り、使えていたメイドや執事達は解雇となるはずだったが温情を与えたユリウスによって、数人の使用人達が残る事となっていた。
その使用人の一人である従僕が業務を終え、部屋に戻ろうとしていた時。人が寝静まる夜更けに、不自然にも呼び鈴が鳴った。
こんな夜更けに誰が?
今日は夜中に誰かが訪ねて来る予定は無かった筈だと、いぶかしみながらも玄関へと赴く。
「どちら様でしょうか?」
返事は無い。
従僕は首を小さく傾げるとゆっくりと扉に手をかける。慎重に、玄関の扉を開けた侍従は大きく目を見開いた。
玄関先に、人が倒れていたのである。
「ど、どうなさいました!?」
人の良い従僕は慌ててその人を抱き上げると、更に驚愕した。
その人は、半年前にこの屋敷を去った、貴族の一人息子だったからだ。
「ニ、ニベウス様!?」
それも、魔術師に連れ去られ行方知れずとなっていたはずなのに、どうしてここへ!?
一体何が起きたと言うのだろう。
生きているのか不思議になるほど顔色が真っ白だが、息はしっかりしている。身体も冷たくない所を見ると、長時間外に居た訳では無さそうだ。
混乱しそうになりながらも、冷静に観察をした従僕は一刻も早く新しい主人に伝えるべく、ニベウスを屋敷に入れた。




