6
俺が過ごすこの部屋は、マーシュマロウ邸で暮らしていた頃の部屋に比べると手狭だけど、一通りの家具が揃っているから過ごしやすい。本棚には幾つもの本がぎっしりと詰まっていて、現在ニート生活を強いられている俺は筋トレ以外の時間をこの本を読むのに費やしていた。
取り出しやすい中段には地理やら歴史やら物理やらと、一見中学の教科書みたいな題材の本が並んでいたが、内容はずっと小難しく、辞書並みに厚くて勉強が苦手な俺は読む気にはなれなかった。興味本意で開いた一冊の本をソッと閉じ、本棚に戻して見なかった事にしたけど......つくづく、こんなんでよく高校に受かったなと、自分でも呆れるくらいの勉強嫌いだ。
しかし、部屋の主の趣味なのか、下段には冒険小説ばかりが置かれいた。色んなシリーズの小説が揃えられていて、あの『魔術剣士ダリーの冒険』もあった。
魔術剣士ダリーの冒険。
確かこの本て、スギナが好きな本だったよな。
あいつ......今頃何してんだろう......。
別れた友人の安否を気にしつつ、俺は『魔術剣士ダリーの冒険』を手取った。
骸骨顔の男が子供の頃にあったらしいダリーの冒険は、多分ロングヒット作品なんだろう。読んでみると、王道小説らくし困難に立ち向かいながらも仲間を増やしながら成長していく主人公が書かれている。
小説の舞台はシーマ帝国がまだ植民地を持たない時代で、国の名前もシーマ国と表記されていた。
時代背景は魔術軍とシーマ国軍の内戦が終わって間もない頃で、国政が安定してない時代。明日も分からぬ日常を生きる人々の中に、夢と希望を忘れず前へ突き進む主人公は爽快ながらも快活で読み手に勇気を与えてくれる。
なるほど、これならスギナも憧れるのも頷けた。
ロングヒット作品なだけあって、色んな山場があって面白い。ヒロインとのやり取りも楽しくて、自然と読むページが早まる。
ヒロインがさー......幼なじみの世話焼きキャラなんだよなー......ちょっとツンデレ入ってんのがミソだよねー......。
どこの世界、時代でもツンデレって需要があるのね......。
そこはかとなく親近感を覚えつつ、黙々と読書にふけってどれくらい時間がたっただろうか。
おもむろに部屋の戸が開き、あの男が帰って来た。
......またプレゼントみたいな箱持ってきてるんだけど.....何買ってきたんだ?ちょっとデカイし。
「ただいま、少し遅くなっちゃったよ......ランチは食べた?」
「うん......」
視線は小説に落としたままおざなりに返事をすると、男は安堵したような素振りをみせて両手でかかえていた箱をベッドにおろした。
......そういや、昼飯が勝手に出来てたやつ......あの時はディ〇ニー展開で決めつけたけど、本当にこいつが魔法で飯とか風呂とか用意したのかな......?
一応聞いておくか。
「......あの......」
「今日はね、これを買いに行ってたら遅くなっちゃったんだ」
タイミングが悪く男と声が被ってしまい、俺の声に気付かない男は箱の包装紙をバリバリと外し始める。
バリバリ音うるせぇw
包装紙を外して箱の蓋を開けた男が取り出したのは、一着の服だった。
純白の服は銀糸で刺繍されており、紫色のビーズに似た石がちりばめられている。首もとはタートルネックになっていて、袖口には金色のカフスボタンがついていた。
普段着にしては上品すぎる気がするし、今の季節は夏だから、少し季節外れな服だと思うんだけど......。
「どう? 皐月に似合うと思うんだけど......着てみてよ!」
「......夏服にしては暑そうだな......」
まぁ、ここは季節関係なく気温は丁度いいんだけどさ。
外出してきた男が半袖のシャツを着ているのを見ても、こんな秋物が店で売ってたとは考え難い。でも俺、この世界の市場事情とか知らないから何とも言えないけど。
「夏服が欲しかった? じゃあ、職人に仕立て直して貰おうかな......?」
「別にいいよ。外に出る訳じゃねーんだから」
ここに来てから、教会での服装であるワイシャツ黒のパンツから屋敷にあった服を適当にお借りしているのだけど、金持ちなだけあって服の種類は豊富だ。
しかし、どれもギンギラギンに装飾された服ばかりで、ようやく見つけた普段着は今着ている白のシャツにグレーのベストと黒の半ズボンくらい。
替えで似たセットが三つあるけど、それ以外は男物女物含めて全部が舞踏会にでも行くの?と聞かずにはいられない程豪勢な服ばかりだった。
屋敷の内装はそこまで派手じゃないのに、なんで服にはこんな豪華にしてたんだろ。
それは今はよしとして、男が買ってきた服は確かにニベウスの容姿にぴったりな服だと思う。石も紫色でニベウスの瞳の色と同じだし......。
「そっか。本当は皐月の好きな青色にしようと思ったんだけど、今の姿は白が似合うからね。この紫晶石なんて、瞳の色とそっくりだ」
「......」
......こいつ、本当に何者なんだ?
どうして俺が好きな色知ってんだよ。一言も言った覚えねーぞ。
「せっかくだから、着てみてくれないかな? 皐月の寸法に合ってるか確かめたいし」
「えー......」
面倒くさ......。
着れればそれで良くね?
わざわざそれの為に着替えるとかダルいし気分的に嫌なんだよな。こいつが買ってきた服着るとか、精神的に拒否反応が......。
だったら昔母さんが買ってきた「焼肉定食」Tシャツ着たほうがマシだわ。
「ほらほら、せっかく職人に仕立てて貰ったんだから着て見せてよ! 絶対似合うからさ!」
「ちょ......」
渋る俺に業を煮やしたのか、男は少し強引に腕を引いて俺を椅子から立たせる。全く痛くはないが、男の異様なテンションに思わず面食らってしまった俺は、男のなすがままにベッドサイドに連れていかれてしまった。
基本、俺の嫌がる事はしない男なのだが、よっぽどその服を着てほしいのか一歩も譲ろうとはしない。
「見た目より動きやすいよ! 軽いし!」
「えー......」
「デザインが嫌だった? なら、次は皐月の希望を聞いてから職人にお願いするよ。だから、今回だけ! 今回だけこれを着て! ね?」
あーもう、面倒くせーなー。
「分かった分かった! 着ればいいんだろ!」
俺がそう言うと、男は本当に嬉しそうな笑顔を見せた。
な、なんだよ、服着るって言ったくらいでそんなに嬉しそうな顔されてもどう反応したらいいか分からないんですけど......。
「ありがとう皐月......じゃあ、俺は部屋の外で待ってるね」
「お、おう......」
男に服を手渡され、唖然と立ち尽くしていると男は部屋を出ていった。
......俺、アイツに何か聞こうとしてたけど、何だったけ。
なんか、もうどうでもいいや。
男とのやりとりに疲れてしまった俺は、早くこのどうでもいい話題を終わらせようとベストのボタンを外し始めたのであった。




