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軟禁生活六日目。
悪魔の誘惑に打ち勝った俺は、心身を鍛えるべく筋トレに励んでいた。
あれから、結晶石が目に入る度に女の子の裸体を見たいと言う欲求に駆られて仕方がない。
これでは駄目だ。
男として、その欲求は仕方がないとは思う。
しかし、犯罪は犯罪だ。
この鬱屈した生活を送る俺にとって、結晶石で外の世界を見るのはいいリフレッシュになる。それなのに、毎度毎度余計な誘惑に駆られていては精神もすり減るというものだ。折角の結晶石が台無しである。
そんな訳で、俺は己の軟弱な精神を頑強な鋼へと変える為に筋トレをするに至った。健全な魂は健全な肉体に宿るってどっか漫画で描いてあったから、筋トレに間違いはない。
因みに、俺を軟禁している張本人は用事があるのか朝から外出している。
あの野郎がいないだけで俺のストレスは軽減されるから、居ないのに越したことはないんだけど......奴が何故外出するのかが少し気になる。まさかフェルムット達を襲いに行ったんじゃないかと思うと気が気じゃない。......まぁ、いつも外出から帰ってくると食材を抱えて戻ってくるから、今日も買い出しだとは思うんだけどさ。あいつの行動が読めないってのが怖いんだよ。つーかなに考えてんだか本当にわかんねー。意味不。
何で俺の名前を知ってるのかって謎も解けてないし......。
そんなもやもやを胸に残したまま、現在俺は腹筋をしている最中である。
「12......13......14......」
呪いが弱まったお陰か、前は十回もままらなかった腹筋が見事に十回を上回っていた。しかも、頑張ればまだ出来そう。
これは嬉しい変化だ。
これでもやし体型を卒業出来る!
ふっふっふっ......今に見てろよあの野郎......。
いつかムッキムキになって倒してやるんだからな......!ハーグの仇討ちじゃい!
......ハーグの身体を殴ると考えると躊躇ってしまいそうだが......中身が違うと言い聞かせて倒すしかない。この有り余った時間を、奴をぶちのめす為に使うと考えれば力も湧くぜ(悪い顔)。
腹筋、背筋、腕立て伏せと一通り筋トレをしたら無駄に長い廊下を走り込みする。
フローリングの廊下にはニスが塗られてピカピカで、ターンする度に靴が擦れて独特の音が鳴る。体育館で走ってるみたいだ。人様の廊下でトレーニングする俺。しかし、誰もいないから叱られない!!
罪悪感とちょっひりの優越感......。
「......ふぅ、こんなもんかな......」
おおよそ五十メートルはありそうな廊下を三往復して今日のトレーニングを終了する。
久々に身体を動かしたから気分がスッキリした!いい汗かいたぜ。
さーて、シャワーでも浴びて汗を流すか!
この屋敷は二階建てで、俺は一日の大半を二階の右端にある一室で生活しているのだが、風呂に入る時だけ一階に降りる。屋敷には色々な部屋があるが、俺はそれらに一切興味も無いのでほぼ風呂場と部屋の往復のみだ。
階段を降りれば吹き抜けの天井からぶら下がるシャンデリアを頭上に残し、そのまま左手の廊下を進めば浴室に着く。
鼻歌混じりに脱衣場で服を脱ぎ、曇りガラスで仕切られた扉を開けた俺はその場に凍りついた。
浴槽に、湯が張られていたのだ。
「え? なんで??」
今は俺しか居ないはずなのに......。
浴室に入って湯に手を入れてみれば、丁度いい湯加減だった。
薄気味悪い現象に、俺は浴室に取り付けられている魔道具を怪しげに見つめる。
教会の入浴ではわざわざ井戸から水を汲んできて、薪で炊いて沸かしていたのだけど、ハーグの実家は金持ちのようで風呂には水晶石と火晶石が施された魔道具が設置されていた。浴槽に設置されているそれは金色のダイヤルで、ツマミの部分は水色と赤色に別れた大きな石が埋め込まれている。
右の火晶石側に捻ればお湯は熱くなり、左側に埋め込まれた水晶石側に捻ればぬるくなる。そしてツマミを押せばお湯が浴槽に涌き出る仕組みだ。操作はとても簡単で、シャワーとも連結されてるから温度設定さえしてればシャワーヘッドのボタンを押すとお湯が出る。
この魔道具はマーシュマロウ邸にもあったもので、貴族や商人の金持ちではポピュラーな魔道具らしい。
妙に(貴族だけ)近代化している異世界の風呂事情だが、流石に勝手に風呂を沸かしてくれる機能はついていない。
必ず誰かがツマミを押さなければお湯は湧かないのだ。
なのに、誰もいないはずの浴槽に湯が張っている......。
あいつが出掛ける前に用意して行ったのか......?
いや、そんなはずは......。
............。
「ま、いっか」
ちっちゃい事は気にすんな♪
それワカチコワカチコ〜♪
折角風呂できてんなら入ろうぜ!
一汗かいた後の一っ風呂は気持ちが良いしな!!
俺はこの時、特に気にせずその風呂に入ったのだった。
しかし、奇妙な現象はこの後も続いた。
いつも外出したら昼前には戻る男が、今日は昼時を過ぎても帰ってる気配がなかった。
腹も減って来たし、台所で何か漁るかー、と、初めて風呂以外の用事で一階に降りた時だった。
何処からか......良い匂いがする......。
それは食べ物の匂いだった。
なんかこう......すげー旨そうな匂い。
匂いに釣られてある部屋に入れば、そこはダイニングルームで長いテーブルには真っ白なクロスが敷かれ、その上には旨そうな料理が乗せられていた。
冷たいトウモロコシのスープとバターのソースがかけられたヒラメのムニエルに、トマトのサラダ。パンは柔らかそうな真っ白いパンで、焼きたてなのか僅かに湯気がたっていた。
......え?誰か居るの?
こんな料理、俺は勿論作れないし、あの男も留守にしているから昼飯作れる人なんて居る筈がないのに......。
どうなってるんだ?
俺の脳内で世にも奇妙なBGMが流れる。
なんか......怖......。
でも、旨そう......。
「............うん、食うか」
このまま捨てるのも勿体無いし〜。
大丈夫だろ。
考えるのを放棄した俺は椅子に座り、ナイフとフォークをもってヒラメのムニエルを切り取って口に運んだ。
しっとりとしたヒラメの身にバター風味のソースが合う......。
「ウメー!」
旨い!美味しいは正義!
なんでこんな料理が出来上がってるのは謎だけど、多分あの男が魔法で何かしてんだろ。
ほら、ディ〇ニーでもあんじゃん?
フライパンとかの調理器具が勝手に動いて料理が出来上がってくやつ。
あんな感じの魔法かけてたんだろ。
あいつ、魔術師として規格外みたいな感じだし。そんなとこだろ。
考えるのが面倒くさかった俺は、この謎の現象を夢の国みたいなおとぎちっくな話しにさっさとまとめて、旨い料理に舌鼓を打ったのであった。




