7
人は何かの犠牲無しになにも得る事は出来ない。
何かを得る為には同等の対価を払う必要がある。
力《筋肉》を得る為には対価が必要なのだ。
そして俺は、その対価として辛く厳しい試練に耐えていた。
軽くなった身体、思うように動く事の喜び、理想への憧憬。
その対価代償は、俺の身には余りにも重すぎた。
そう、筋肉痛である。
「皐月......大丈夫?」
「......」
人体錬成でもやりそうな重々しい出だししたけどただの筋肉痛です。調子に乗って筋トレをしまくった結果、その翌日身体中が痛くて動けなくなりますた。
ペース配分間違えた。つーか運動部でも無かったのにそんなの分からないですしおすし。
順調に筋トレを進めていたから欲張ってしまったのがいけない。早くマッチョになろうとしたらこのザマだ。
今朝は起き上がるのもやっとで朝食も口に運ぶのに一苦労したし、俺の様子がおかしい事に気付いた男から自棄に心配される。でも、筋肉痛で動けないだなんて死んでも言えない。俺のちっぽけなプライドがそれを許そうとせず、男の問いかけを適当にはぐらかしていた。
「どこが悪いのか教えてくれたら、魔法で治せるよ?」
「い、いらねーよ!」
ちょっと心が揺れたが、こいつを倒す為に筋トレした筋肉痛を当の本人に治して貰うだなんてそれこそ俺の沽券に関わる。
耐えてやるさ......この痛みの先に理想が待っているなら、いくらでも。
なんて格好つけてみてけどやっぱり痛い......。
無様にベッドで横にされた俺は身動きが取れないまま男に手厚く介護される始末......。大丈夫って言っても心配性なのか、男は「身体が痛むだって!? 何が原因か分かるまで大人しくしてて!」なんて言って俺をベッドから下ろそうとしない。
......ただの筋肉痛なんだよ......変な病気じゃなくてスミマセンね......。
「どう痛いの? 骨? 内臓? 確実な箇所があるなら治癒魔法を使えばすぐ治るよ? でも、もし何かの病気だったら......」
「だから大丈夫だって! 寝てれば治るから!!」
「でも」
「本当に大丈夫だから! ほっといてくれ!」
「............」
少し語尾を強めに拒絶したら、男は見るからにしょんぼりした。
......ざ、罪悪感なんかないんだからな......。
「分かった......皐月がそう言うなら余計な手を出すのは止めるよ......でも、いつも通り浄化魔法はするからね」
「おう......」
そう言って男は俺の胸に手を当てて浄化魔法をかける。
じんわりと胸が温かくなると、心が落ち着く。
この男は嫌いだけど、この魔法は好きだな。
温かくて、優しい魔法だ。
「よし、終わったよ」
男が手を離すと、心なしか身体が楽になった気がする......。
ちょっと身動きすれば激痛が走ったのに、痛みが緩和しているような気がした。てか、絶対楽になってるんだけど......まさかこいつ。
「治癒魔法使っただろ」
「まさか」
例の笑顔でけろっと嘘つきやがったぞ。
いらねーっつったのに。
「浄化魔法使いながらこっそり治癒魔法を使う程俺は器用じゃないよ。良くなったならいいじゃないか」
どうだか......。
こいつならやれそうだけど......魔術の仕組みとか知らないから口出しは出来ないか。
完璧に治った訳でもないし。
「体調が優れないなら、果物を食べた方がいいね。ちょっと買い出しに行ってくるよ」
「あ......そう」
俺が筋肉痛って教えてないから体調不良だと思い込んでいるけど......ビタミンって筋肉痛にいいんだっけ?良かったらいいな......。
余談だが、この男は初めて服を買ってきたあの日から、色んな物を買ってきて俺に与えるようになった。
服の他に靴や髪留め、本も買って来て俺に使わせる。
どうやら、ここにあった物を俺が使うのが気にくわないらしい。
俺があの服を着てからアイツは複数の服と下着を新調し、今まで俺が使っていた服はさっさと片付けてしまった。別にあるもの着ればそれでいいのに。
変なやつ。
「直ぐ戻るから、じゃあ行ってきます」
「......」
いつもように黙っていると、男は部屋を出ていき俺は部屋に一人残される。
はー!せっかく一人になれたのにまともに動けないとか超暇ですわーーー!!!
いつもみたいに筋トレも出来ないし......大人しく小説でも読んでようかな......。
俺はぎこちない動きでゆっくりとベッドから降りると、本棚に向かい一冊の本を取り出す。おっと、その前に小便しよう。
動いたついでに行っとかねーと、したい時に身体動かすの億劫になっちゃうからな。
本をテーブルに置き、部屋を出て二階の一番右奥の突き当たりにあるトイレに向かう。
その時、俺は視界の隅で何かが動いた事に気が付いた。
「............ん?」
一階の、吹き抜けになっている玄関ホームで何かが横切った気がするんだけど......。
手すりに手をかけ、目を凝らして一階を見回すが何も居ない。......気のせいか?
カタンッ
と、思った矢先に物音がした。
......え? な、なんなん??
あいつ、まだ出掛けてないのか?
もう一度、耳を澄ましてみるが何の音もしない。
やっぱり気のせい?
......この場合、ホラー映画だと気になって調べに行くのは死亡フラグなんだよな......。
毎回、バカだな何見に行ってんだよ逃げろよって思いながら観てたけど、いざ直面すると行ってしまうのが分かる。
正体不明の存在を放置するのが怖いのだ。
不可思議な現象を知りたい。知って安全を確認し、安心したい。
そんな理知的欲求がそう行動させるのだ。
そして俺も、その欲求にかられてゆっくりと階段を降りる。




