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呪いとかもうへっちゃらな感じなんだけど......まだ浄化はしなくちゃいけないんだろうか。
いい加減、普通の身体になりたい。
「俺の呪いって、後どれくらい残ってんの? いつ無くなる?」
ちょっと気になって聞いてみた。
体調を考えても随分無くなったんじゃないかなと、軽い調子で聞いてみたら男の顔つきも難しそうに強ばった。眉間に薄く皺も寄っている。
あれ? 改善どころか思ってたより深刻っぽい?
「うーん......確かに浄化は出来てるんだよ......でも......」
「で、でも......?」
な、なんだよ......。変に溜めるなよ......不安になっちゃうだろうが......。
ややうつむき気味に考え込む男の返答をつい急かすように聞き返すと、一通り考えがまとまったのか、悩ましげにしていた男はその表情を明るい物に変えた。
その表情に、奇しくも俺は安心してしまう。
「そんなに難しい問題じゃないから大丈夫だよ。皐月の魂を呼び寄せた時に大量の魔力を使ったから、その副作用も大きいんだ。そんな面倒な物でもないから安心して」
「......そうなのか?」
「うん。まぁ例えるなら、なかなか落ちない頑固な油汚れだとでも思ってくれてら分かりやすいかな? 大元の魔力に核みたいなのが出来ててね。それが少し厄介なんだ」
「ふーん......」
いや、その例えもどうよ......。
何となくとしか理解出来ないけど。
「核って、中心部ってことだよな? ボールの芯みたいな?」
「そうそう、そんな感じだよ」
そうか......俺の身体にある呪いには核があるのか......。
漠然とした存在でしか認識していなかったけど、そんな物があると聞かされると不思議な感覚になる。まるで、身体の中に異物が入ってるみたいだ。
今更なのかな?
呪いって言われてもいまいちピンとこないし、元々俺ってオカルト系興味ないんだよな。テレビの心霊番組も「はいはいヤラセ」ってな感じで全然信じてなかったし。
そもそも、俺の呪いって最初は毒って言われてたのをフェルムットが呪いって言い直したんだったよな。なんだっけ、残留してる魔力に意思に近い物が出来て、そのうち俺を殺しにかかるとか何とか言ってたような......?
意思......か。もしかして、核ってのはフェルムットがいってたその意思かも知れない。
あの時は殺しにかかるって言葉にビビりすぎて良く考えてなかったけど、その意思ってやつはどうやって生まれたんだろう。
......心霊系は信じてないが......もしかして、儀式に使われた子供たちの怨念が......?
「皐月」
「ふぇっ!?」
呪怨の白い子供を想像してガクブルしていた俺に、いきなり男が名前を呼ぶもんだからつい変な声が出てしまった。
なんだよ、急に話しかけんなびっくりすんだろ!!
と、顔を上げると男が眉毛を下げてどことなく切なそうな顔をしていた。
え......? なんぞ??
「......まさか皐月がそんなに不安そうな顔をするとは思ってなかった......ごめん、俺の配慮が足りなかったよ......」
俺、そんな顔してた?
最恐映画の子供の方を思い浮かべてはいたが、別に不安にはなってないけど......。
思い返してみても、あれからも今までも一度だって心霊経験なんてしてないし、殺しにかかるって言われてもちゃんと浄化をしているから何ら障害もなく生きている。
考えすぎは良くないな。
ポジティブ思考で行こう。俺そんな賢くないから難しい事とか論理立てて考えるとか出来ない。うじうじ悩むのも好きじゃないし。
頭空っぽの方が、夢詰め込めるんだぜ!!
「不安がってねーよ。呪いはあんたが何とかしてくれるんだろ?」
俺をここに閉じ込めるなら、それなりの責任を取ってくれなきゃ困る。
もしそれが無理なら教会に帰してもらうなり、それなりの対応をして欲しい。死ぬのはごめんだ。
そんな意を込めて告げた言葉に、男は僅かに目を見張ると微かにだが嬉しそうに微笑んだ。
「......そうだね、俺が必ず皐月を助けるよ」
............。
..................あれ?
ちょっと待てよ、今の発言もしかすると俺がコイツを信用してるみたいになってね?
そうだよね? あなたの腕前を信用してるから何も怖くありませんって言ってる感じじゃね?
そう思ったら鳥肌が! 訂正! 訂正をば!
「勘違いすんなよ。お前を信用してるんじゃない。俺をここに連れてきたんなら、それなりの責任取れって言ってるんだ」
「うん、そうだね......ふふ」
男が何かを堪えるように笑った。
おいふざけんな。言ってから気付いたけど今の発言ツンデレじゃねぇか!!ちょっと言い方変えたら「勘違いしないでよね!! べ、別にあんたの事信用してる訳じゃないんだから!」 になるじゃねぇか!!何やってんだ俺!
くそ......奴には笑われるし......。
格好つかないのは相変わらずだ......。もっとクールに冷たくあしらいたいのにどうも空回りしてしまう。そもそも、クールってのが俺のキャラじゃないし......。
あーくそ!むしゃくしゃする!!
イライラした俺は皿に残った目玉焼きを豪快に掻き込んだ。
リスみたいに頬を膨らませながら咀嚼し、一気に飲み込んだら少しだけすっきりした。食い物でもストレス発散できるって、こんな感じなのか......。一時的な物だけどストレス発散出来るのはいい。でも、それが食べる事だけに片寄るのは危険な気もする。接触障害とかって良く聞くしな......。
筋トレとかして身体を動かせれば発散出来るだろうか。この家、マーシュマロウ邸ほど広くは無いけどそこそこ大きいから、運動できそう。
そうと決まれば実践だ。
結晶石で外の景色見せて貰ったら軽く廊下をランニングしてみよう。
「食べ終わった?」
「あ、うん......」
「それじゃあ、浄化を始めようか」
男は椅子から立ち上がり、俺は椅子ごと身体を横に向けて男が処置しやすいように動く。
男はスッと膝ま付き、俺の左胸に手を添えて念じ始めた。
「............」
暫くすると、胸の辺りがぽかぽかと温かくなっていく。
同時に、身体が少しずつ楽になっていく気がした。
..................。
コイツ、人殺しなのに、どうしてこんなにも優しい魔術が使えるんだろう?
男から与えられる温もりを感じながら、俺は少し寂しい気持ちになった。




