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*スギナ視点*
オッサンは状況が上手く呑み込めないのか、ボケッとした顔で辺りをキョロキョロと見回すと、隣でのびているフェルムの存在に気付いた。
その瞬間、おっさんは焦った表情でフェルムに飛び付き肩を揺さぶる。その巨体も相まって一瞬襲いかかっているかのように見えてしまったけど、おっさんは純粋にフェルムを心配しているみたいだ。
「フェルムットさん! フェルムットさんしっかりして!」
揺さぶられているフェルムの顔が悪夢にうなされてるみたいに苦しそうだけど、きっと気のせいだな。
「気絶してるだけだから、大丈夫だってリディが言ってたぞ」
フェルムの横で座っていたボーンがおっさんを落ち着かせようと声をかけた。ボーンの肩にはトニーが頭を乗せて眠っていて、膝には泣き疲れたアンジュが眠っていた。
俺が憲兵を呼びに行っている間、しっかりと二人の面倒を観ていてくれていたようだ。ボーンも眠いのか、こくりと船をこいでいる。
「ボーン、もう部屋に行って休め......アンジュは俺が運ぶから」
「オレ、まだ起きれる......」
「明日には魔術憲兵が来て忙しくなると思うから、今は眠って休むんだ。ほら、トニーを起こして部屋に戻るぞ」
さすがに二人も持ち運べないから、アンジュを抱き上げながらトニーの肩を揺すって起こそうとすると、横から俺の手を止めるようにゴツい手が重ねられた。
顔を上げると、腕を伸ばしたオッサンがゆっくりと首を横に振って俺と視線を合わせた。以前の険しい目付きと違い、優しい穏やかな目付きになったオッサンは、本当に人が変わっているように思える。
「せっかく眠っているのに、起こしたら可哀想だわ......この子は私が運ぶから、寝かしたままにしましょう」
「......いいのか?」
「ええ......」
前のオッサンだったら絶対断ったけど、今の優しそうなオッサンだったら頼んでも良さそうだ。リディとフェルムに心を入れ替えるって宣言もしていたし、もうこのオッサンは悪者じゃない。
俺は素直にオッサンの言葉に甘える事にした。
「じゃあ、頼む」
オッサンは朗らかに笑うと、優しくトニーを抱き上げようとフェルムの身体越しに腕を伸ばす。
そこに、あの憲兵が不自然な声をあげた。
「え............?............アドロック教官??」
外に出ていったかと思っていた憲兵は、ロープを握ったまま唖然とした状態で口を開きオッサンを凝視していた。オッサンを見れば、こちらも目を見開いて憲兵を見ている。
知り合いだったのか?
「ナグル......あなた、ナグルなの!?」
「うわっ! マジで教官だった!? こんな所で何してんすか!?!?」
憲兵は興奮したのか声を高くしてオッサンに駆け寄るが、その声にアンジュが小さく唸りながら身動ぎをした。
空かさずオッサンが人差し指を口に立てて憲兵にジャスチャーする。
「久しぶりに会えて嬉しいけど、先ずはこの子達を寝かしつけてくるわね」
「あ......はい」
面食らった様子の憲兵は俺とおっさんがアンジュ達を部屋に運ぶのを大人しく見届け、礼拝堂に戻ると同じ場所でおっさんの事を待ち構えていた。
この人、上司に見張りを言い付けられていたのに仕事はいいんだろうか。
「あれ? 君は寝なくていいの?」
「......眠れそうにないから」
「ふーん......それにしても、本当に久しぶりっすね! 士官学校辞めてから何してたんすか!?」
邪魔だって事かな?
憲兵は俺を居ない者として扱うつもりなのか、つまらなそうな表情から一転、おっさんには嬉しげな顔で再会を分かち合っている。
このまま引き下がるのも何となく癪に障った俺は、おっさんがフェルムの隣に座ったのを見計らってさりげなく俺も隣に座った。憲兵もおっさんに習って目の前に座る。
「辞めたんじゃなくて、クビになったの......私の正体がバレてしまって居られなくなったのよ......」
「あー......やっぱ中身が女って言っても理解出来る奴って少ないっすよねー」
「あなたくらいよ、ちょっと話しただけで私の正体に気付いたどころか、変わらない態度で接した人間なんて......」
おっさんの心が女だと、士官学校で不都合でもあるのかな?ていさい?ってやつか?
軍とか大人の話しは難しい。でも、おっさんが軍の士官学校で先生をしていた事は分かった。
そうか、このおっさん、軍人だったのか。
「ナグルこそ、よく軍を続けていたわね。てっきり辞めたとばかり思っていたわ」
「えー? 俺ってそんなに信用ないっすか?」
「そうじゃなくて......ほら、あなた例の行軍雪中事故で......」
「あー......」
おっさんと憲兵がまた難しい話しをしていたが、俺には二人の会話は耳に届いて居なかった。
おっさんが元軍人で、士官学校の元教官。
この事実に、俺は今までの出来事を思い出していた。
それは、おっさんが従えていたゴロツキの下っぱどもの事だ。
確かに俺は弱いけど、あの下っぱ達はそこそこ強かったように思えるんだ。武器も使わず、仮にも木刀で襲いかかってくる相手に怯みもしないで片手を器用に使い俺の木刀を払い退けていた。その手捌きの滑らかさと無駄の無い動きはこの目に焼き付いている。
多少の荒さは目立っていたけど、ゴロツキ集団は統率もとれていたし、何よりも上下関係がしっかりしていた。
もしかしてだけど、このおっさん......あのゴロツキ達を鍛えていたのか......?
俺の横で話しを続けていた二人の会話にも熱が入り、特に憲兵の方はニベウスについておっさんに語っていて、その会話に俺は思わず反応した。
「――――で、またニベウス様に会いたいな〜、何て思ったからせっかくの王都駐屯所属からこんな片田舎に移動申請したってのに、いざ来てみたらニベウス様誘拐されてんすよ!! マジ無いっすよねー!」
「ニベウス様って......もしかして銀髪の綺麗な子の事かしら......誘拐されたの?」
最後の方でおっさんに問われて俺は黙って頷いた。すると、おっさんの表情が険しくなり迫力が出る。
「......私のフェルムットさんを傷付けただけじゃなく、人さらいまでするなんて......なんて奴なの! 魔術師の風上にも置けないわ!」
魔術師はネフェリーナ様の教えに従い、人々の為に使う物として広がっているからな。だから私利私欲に使うのはご法度となっているし、犯罪に使う奴や黒魔術に手を染める奴を取り締まる為に魔術憲兵ってのがあるから......。
こんな風に教会を滅茶苦茶にして、ニベウスを誘拐して......あの男は許せない......。許せないし、ニベウスが心配だ。
俺はさっきまで自分の目標と希望を失ってしまった事に絶望していたけど、時間がたって冷静さを取り戻したお陰か、自分の事よりもニベウスの心配が出来るようになっていた。
それと同時に、どうしてもニベウスを助けたくなる。
何も出来ないと頭でわかっていても、気持ちがニベウスを助けたくて仕方がなくなるんだ。




