28
*スギナ視点*
真っ暗な俺の世界に、光が射し込んだ気がしたんだ。
「なんかじゃねぇよ。スギナがいいんだ」
叩かれた胸と共に、ストンと落ちて来た言葉は氷のように固まっていた俺の心を温かく溶かしてくれた。
ニベウスの拳から、俺の胸にじわりと熱が伝わる。
人肌の温度だけじゃない。これは、俺自身の高鳴りがそうさせていたんだ。
自分の心臓が、こんなにも力強く脈打つのは初めてだった。
だって、嬉しいんだ。
誰かに必要とされるのが、特別に選ばれる事が、こんなにも嬉しいだなんて知らなかった。
涙が込み上げる。
さっきまで暗く落ち込んでいた俺の視界が、一気に彩り輝きだした。
目の前で微笑むニベウスの綺麗な笑顔から、徐々に色付く景色はまるで魔法をかけられたみたいで不思議な感覚だ。
そうか、魔法だ。
きっと俺は、ニベウスに魔法をかけられたんだ。ニベウスにしか使えない魔法。
俺は選んで貰えたんだ。この美しい人から。
そう理解しただけで涙が止まらない。
悲しい時以外で泣いたのは初めてだった。
この喜びを、この感謝を、どうやってニベウスに返せばいい ?
って、警備隊に誘われたんだったな。
それなら、頑張って強くなろう。誰よりも強くなって、俺がニベウスを守るんだ。
もう落ち込んでいる暇もいじけてる時間もない。
だって、俺には必要としてくれる人がいる。
頼りにしてくれる人がいる。
ニベウスの為に、一分一秒も無駄に出来ない。強く、強くなるんだ!!
たった一言で、ニベウスは俺に生きる力を与えてくれた。
だから、この力は全部ニベウスに使う。俺の命、全てを使ってこの人を守る。
そう決めたのに。
なのに、奪われた。
突然現れた魔術師に、ニベウスは拐われた。
俺は何も出来なかった。リディの背に守られて、連れていかれるニベウスを黙って見ている事しか出来なかった。
また、俺の世界が暗くなった。
ニベウスを失った。
頑張って強くなろうと思ったばかりなのに、無力な自分を改めて思い知らされた。俺は......何も出来ない人間だった。やっと拾い上げてくれた人を守る事が出来ない......ちっぽけな人間だったんだ。
「こちら憲兵隊です。魔術師の襲撃があったとお聞きしましたが、状況を説明出来る方はいらっしゃいますか?」
めちゃくちゃになった礼拝堂の真ん中で、気絶したフェルムと元ゴロツキのおっさんを介抱していたリディが音も無く立ち上がり、憲兵隊と名乗った男に駆け寄った。
「私が......後、怪我人も居るんです。それから、誘拐された子も......」
あれから、喪失感に打ちのめされた俺はろくに働かない頭をもて余しながら、リディに頼まれて無心のまま憲兵を呼びに隣町にある駐屯所へ走り出した。
数人の憲兵を引き連れてフレア教会に戻ると、どっぷりと日が暮れた真夜中になっていた。
誘拐の言葉に一番年上に見える憲兵が怖い顔をしてリディを見る。
「誘拐......場所を変えましょう。ナグルとフォルマンは警備を頼む」
「は!!」
やっぱり、一番年上だからこの人が偉いんだな。リディと偉い憲兵がもう一人の憲兵を引き連れて食堂に繋がる扉に入って行った。
残された二人の憲兵のうち、一人がフェルムとおっさんの容態を確かめる。
二人とも、気絶してるだけみたいだったから、大丈夫だとは思うけど......。
「あっれ〜? せっかくフレア教会に来たのに、ニベウス様居なくないっすか〜?」
教会の扉に黄色いロープを張っていた憲兵が、一息ついて俺達を一人一人確かめるように見詰めると、首をかしげて変な口調で喋り出した。
この人、ニベウスを知ってるのか?
「おいナグル! 無駄口叩いてるとまたどやされるぞ」
「だって、ニベウス様目当てで来たのに当人が居ないと来た意味ないじゃないっすかー。あ、もしかして、誘拐されたのってニベウス様?」
へらへらした男と目が合った。
ギクリと身が強ばり、ぎこちない動きで頷く。
俺の返答に、憲兵は大袈裟な動きでのけ反った。
「ええー! それ不味いじゃないっすか!? 貴族の跡継ぎみすみす誘拐されたとか、超責任問題っすよ!? やっべーウケる!!」
ウケる?何だろうそれ。でも、何となく良い意味じゃない気がする。
もう一人の憲兵も呆れた顔をしていた。そのまま無言でロープを潜ると、警備の為外に出て行ってこの人の相手をしようとはしない。
でも、この人は大して気にもせずに話を続ける。
「あーあ、ニベウス様に会う機会が増えると思ってこっちの駐屯所に移動申請したのに、これじゃ意味ないっすねー......ねぇ君」
また俺と目が合ったかと思えば、今度はちゃんと話しかけられた。
憲兵に会うのも話しかけられるのも初めてだった俺は、つい緊張して返事もろくに出来なかった。
それでも構わずこの人は続ける。
「フレア教会を襲ったのが魔術師ってんなら、どうせここを担当するのは魔術憲兵になるんだよね。俺達はそいつらが来るまでの"つなぎ"。これ、どういう意味か分かる?」
魔術憲兵って、聞いた事ある。
魔術師が起こした事件を専門にしている憲兵達の事だ。
でも、魔術憲兵って数が少ないから部署も王都にしか無くて、ボシュルー村に来るのにもかなり時間がかかる。だから、それまでの現場を取り仕切るのはこの人達のような通常の憲兵。
それは、本で読んだことがあるから知ってるけど......それがどういう意味かって聞かれても。この人は何でそんな事を俺に聞くんだ?
「わ、分からない......」
「んー? そっかぁ分からないかぁ......正解は、俺達が真面目に仕事する意味が無いって事」
え?そうなのか?
軍の仕事とか良く分からない......。でも、この人がそう言うならそうなのかな。
不思議に思っているだけで反応を見せない俺に憲兵は興味が失せたのか、やっと仕事を始める気になったのか、俺に背を向けると口笛を吹きながら教会の扉に向かって歩き出した。マイペースな奴だ。
「う、う〜ん......フェルムットさん......」
そんな時、元ゴロツキのオッサンが目を覚ました。
うめき声に気付いて振り向くと、オッサンが大柄な身体を起こしている所だった。




