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男は言った。
屋敷を出るのは危険だから絶対に禁止。と。
男は転移魔術なる物が使えるらしく、その魔術を使って異空間にこの屋敷と俺を閉じ込めたのだが、男自身は転移魔術で外に出る事が可能との事だった。
マーシュマロウ邸ほどではないが俺が連れてこられた家はそこそこ立派な屋敷だった。それでも、出禁にされると息もつまる。
逃げたりしないから俺もたまには外に出して欲しいと頼んでみたが、「外は何が起こるか分からない、ここに居れば絶対に安全だから」と、エゴイストな科白と笑顔で屋敷から出す気は無いと暗に告げられた。
はい、完全に軟禁です本当にありがとうございました。
鎖に繋がれていない分、マシだと思うしかない。
「皐月、お腹空かない?」
ベッドの上で膝を抱え不貞腐れていた俺に、男は胸元を探り銀色の懐中電灯を確認しながら問いかけて来た。
......そう言えば、リディさんのスープ飲まずじまいだったな......。
突然誘拐されて空腹どころじゃ無くなっていたのが、男の言葉を皮切りに俺の腹が思い出したかのように大きな音をたてる。
くっ!堪え性の無い腹の虫め!
これじゃあ俺がアイツに返事してるみたいだろ!!
「あはは! 相変わらずだね皐月は。食堂に行こう、直ぐにご飯を用意するからさ」
笑われた......。なんたる屈辱......。
「いらない」
せめてもの抵抗に、素っ気ない態度で拒絶した。
こいつと同じ釜の飯なんか食えるか。
一生ここから出れないなら、いっそ餓死してやる。
「でも皐月、食べなきゃ元気がでないよ?」
「あんたと一緒に食べたくない」
俺の言葉に、男は見るからに傷付いた顔をした。
人を無理やり閉じ込めといて好かれる訳ねーだろ。なんでお前が被害者みたいな面してんだ。
男のそんなささやかな表情にもイラつくほど、俺は彼に対して排他的な感情しか向けていなかった。だってそうだろ?俺の恩師のハーグを殺して、恩人のフェルムットや友達のスギナ達を殺すだなんて脅されたんだ。こいつに好感を持てる要素なんて一つも無い。
なのに、どうしてコイツはこんなに寂しそうな顔をしてるんだ?
そもそも、何故ここまで俺にこだわるんだろう?
「......分かった、皐月が嫌なら一緒に食べるのはよそう。かわりに食べ物を部屋に持ってきてあげるから、何が食べたいか教えてくれる?」
「何も食べたくない」
「本当に?何でもいいよ?何でも用意するから」
ん?今何でもするって言った?
いや、そうは言ってねぇか。これだからネット脳はいけねぇ。
しかし、何でもか。ふーん......?
俺の中で、ある考えが思い付いた。
だったら、絶対に用意出来ない食べ物を要求してやったらどうだろうか。
即ち、生前の世界の料理である。
用意出来ない料理を要求すれば、コイツは対応出来ない。ちっぽけだが、俺なりの細やかな抵抗だ。せいぜい困り果てるがいい!!
「じゃあ......ラーメン!」
「......ラーメン?」
男はキョトンと呆けた顔をして、訳が分からないのか単調に単語を繰り返した。
俺はしめたとばかりに仰々しい、態度で男に命ずる。
「そうだ! こってり背油麺はストレート太麺の味噌ちゃーしゅー麺を要求する!!」
どうだ!何て言ってるか分からないだろう!!
異界人の貴様にとって、まるで呪文にしか聞こえないオーダーの筈だ。
してやったりと男を見ると、顎に手をかけ考えている素振りを見せている。
ヒヒヒッ!悩め悩め〜......。いくら考えてもお前にはたどり着けない料理......。
「いいよ」
......ん?
「ちょっと待っててね。用意してくるから」
......え?
「ちょっ、ちょい待ち!」
部屋を出ようとする男を思わず呼び止める。あっさり快諾?そんな馬鹿な。
コイツ、本当に俺が欲しい物分かってるのか?
「いいよ、って、お前......なんの事か分かってる?」
俺の問いかけてに、男は首を傾げて口を開いた。
「こってり背油麺はストレート太麺の味噌ちゃーしゅー麺でしょ?」
どもらず、スラスラと答えた男は発音も完璧にオーダーを返す。
......嘘だろ?まさか、本当にラーメンがわかって......。
「それじゃあ、少しの間だけ待ってて。美味しいちゃーしゅー麺持ってくるから」
困る処か、美味しいまで付けて......よほど自信があるのか?
男が出ていった戸口を見詰めたまま、俺は不可解な男の言動を気味悪がりながら小さく震えるしかなかった。
かゆうま。




