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「ハ、ハーグ先生は?......ハーグ先生はどこに行ったんだ......?」
震える身体を押さえ込み、拳を握って視線を床に落としながら沸き起こる嫌悪感に耐えた。
この男の話しを信じるなら、ハーグはあの老婆に乗っ取られた事になる。なら、本当のハーグはどこに行ってしまったんだ?
「さぁ? 元の魂がどこに行ったかなんて俺は知らないよ。少なくとも、もうこの肉体には居ないのは確かかな」
男は、それがどうかしたの?って言いそうな顔で平然と答えた。
何で、そんな簡単に恐ろしい事を言えるんだ?だって、それはつまり、ハーグを殺したと言ってるも同然じゃないか。
「あんた......なんとも思わなかったのか? ハーグ先生は......ハーグ先生の意思はどうなるんだよ? まさか、同意の上で身体を受け渡した訳じゃないんだろ?」
「面白い事を言うね、皐月は。自分の身体を乗っ取られそうになって抵抗しない人間なんて居ないよ。ましてや、事前に説明して同意を得るなんて、商売じゃないんだ」
やっぱり......この男は、無理矢理ハーグの身体を乗っ取ったんだ。
「今までは赤子や幼い子供に乗り換えてたんだけどね。自我が無い分、抵抗されないからスムーズに入れるんだ。その分、今回は本当に大変だったよ。お陰で熱は出るしまともに身体を動かせない日が続くしで......無理はするもんじゃないね」
あっけからんとした彼の態度に、俺は改めて男の異質さに身震いをした。コイツは、どこか狂っている。もう、人としての考え方を失っているような、そんな気がした。
「でももう大丈夫......この身体は俺の物になった。これでいつまでも皐月と一緒に居られる......」
するりと、男の長い指が俺の頬を撫でた。
そこで俺はついに嫌悪感を耐えきれず、男を突飛ばした。
部屋を出ようとドアに駆け出すが、腕を捕まれ簡単に抱きすくめられてしまう。
ひぃぃぃぃ!!怖い怖いよぉおおおコイツやべー奴だよぉぉぉぉぉ!!!!
「逃げないで」
「無理無理無理! 離せ! Ha! Na! Se!!」
きつく抱き締められながらも必死に逃げようと暴れるが、ニベウスのヘボいもやし体型ではどうしても力負けしてしまう。
それでも諦めずに暴れていると、男のすがるような声が聞こえた。
「お願い」
その声は、今にも消えてしまいそうなほどか細く、親に泣きつく子供のような幼さがあった。
今までの男の印象とはかけ離れた頼りない声色に、俺は思わず動きを止める。
「ずっと、君に会いたくて頑張って来たんだ......」
......そんな事言われても......あんた誰だか分からないし......教えようともしないじゃん......。
「この身体が嫌なら、別の身体にするよ? 女の子がいいなら、そうしようか?」
「だから、なんでそうなるんだよ!!」
やっぱり、コイツは人の命をなんとも思ってない。
何百年も身体を乗り換えてきたこの魔術師は、この世界で生きる人間をアバターのようにしか考えてないんだ。
そんな人間と一緒に居られるかよ。
「俺は! お前の事なんか知らないし、人の命を自分の都合で弄ぶような奴と一緒にいたくない!! 今すぐフェルムット達の所に帰してくれ!!」
その場の勢いでぶちまけてみたら、男の腕の力が少し弱まった。
その隙に抜け出して男から距離を取る。
戸口の横を陣取って、何時でも逃げれる体制をとった。
「皐月......」
「く、来るな! 俺を帰すって約束しろ!」
手を伸ばし俺に近付こうとする男を牽制すると、男から表情が消え手をだらりと脇に垂らした。
顔をうつむかせ、何かをぶつぶつ呟き始める。
な、何だよ......なにする気だ......?
「皐月は......そんなにあいつらがいいの?」
「少なくとも......あんたよりは......」
「そうか......そうなのか......やっぱり......」
虚ろな瞳で意志疎通出来ない様子は明らかに危険な気配を漂わせている。
嫌な予感しかしない。こいつ、一体何を考えてるんだ?
「......わかった」
......わ、わかった、て?
まさか、俺を帰してくれる気に......?
男は、虚ろな瞳をたたえたままニッコリと笑みを浮かべた。
「ちょっとあいつら殺してくるね」
「はぁ!?」
期待して無かったけど、こいつ本当にとんでも思考回路だな!サイコパスかよ!!
何コンビニ行ってくる感覚で殺人宣言してんの!?コエーよ!
「駄目だ! フェルムット達に何かしたらお前の事許さねぇぞ!!」
既にハーグを手にかけてる時点で許せてないけど、これ以上俺の周りの人達に被害を広げる訳には行かない。
「だって、あいつらが居るから皐月は帰りたいだなんて言い出すんだろ? だったら、あいつらには居なくなってもらわないと......」
「問題はお前にあるんだっつーの! 兎に角駄目! 絶対駄目!!」
何なの?サイコパスって自分に非があるって本気で気付かないって本当だったの?
頭のネジ何本かぶっ飛んでんぞこりゃ......。
何としてでもフェルムット達を守らなければ......。
「じゃあ、ここに居てくれる?」
「......は?」
「皐月がずっとここに居てくれるって約束してくれるなら、俺もあいつらには何もしないって約束する」
......こいつ......自分の都合の良いことばっかり言いやがって......。
「俺......身体に魔力の毒って言うか......呪いを持ってて......浄化してくれる人が必要なんだけど......」
「知ってるよ。それなら大丈夫。俺にも浄化魔術くらいは出来るから」
ぐっ! 断る理由があっさり解決されてしまった。黒魔術師の癖に浄化魔術も出来るってそれ何てチートだし。水と油の関係じゃねーのかよ。
男が、さぁどうする?と言いたげな顔で微笑んだ。
クッソ。お前がちょっとイケメンに見えるのはハーグの爽やか優男顔のお蔭なんだからな。勘違いすんなよ。
勿論、こんな狂人と一つ屋根の下で暮らすだなんて死んでもゴメンだ。でも、ここで俺が男の提案を呑まなければ、コイツは直ぐにでもフェルムット達を殺しに行く。
何も出来ない、無力な俺は大人しく要件を受け入れるしかなかった。
「わかった......ここに居る」
ブスッと、なるべくぶっきらぼうに言った俺の承諾に男は飛び上がって喜んだ。
子供のような無邪気な笑顔で俺に飛び付く。
「ありがとう皐月! 嬉しいよ!!」
これで、やっと一緒に居られるね!!
はじゃぐ男の腕の中で、俺はたらりと冷や汗を掻いた。
これ、言質捕られた......って事じゃね?




