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気が付くと、俺は見知らぬ部屋にいた。
キングサイズのベッドで寝かされていた俺は、戸惑いながらも部屋を見渡し状況を確認する。
その部屋は、六畳程の広さで綺麗に整頓されていて、一見簡素な部屋に見える。しかし、寝具や机などの家具には上品な装飾が施されていて、シンプルながらも洗練された部屋だった。
ここは、何処だ?
部屋に、ハーグの姿は無い。
あれ、俺......あの後どうなったんだっけ?ハーグがブラックホールに飛び込んだ後、ビビり過ぎて気絶したんだっけか??
ダセェ......ダセェよ俺......。
ビビってほとんど無抵抗に拐われたんですけど。ピー〇姫か。
そっと耳をすましてみてみるが、人の気配は感じない。
ここがどこであれ、大人しくしている気は毛頭ない。あんな拐われ方されて、きっと皆心配している筈だ。俺の脳裏に、スギナの悲痛な表情がちらつく。
あいつには、俺の警備隊の一人になって貰うって約束したんだ。言い出しっぺの俺があいつをサポートしてやらないと。
ベッドから降りてゆっくりとドアに近付き耳を押し付ける。
水を打ったように静まり返っていて、何も聞こえない。
普通に部屋から出てみるか?
いや、どんな構造の家か分からない以上、下手に動くのは不味い気がする......。
窓から出れそうか?
ドアから離れ、ベッドの近くにある窓辺に近付き窓を開けて外の様子を伺ってみた。
もし、そんなに高くなければ飛び降りるなりシーツを使って伝い降りるなり、逃げる方法はあると考えたのだが......。
「なんだ......これ......」
窓の外には何も無かった。
例えも出来ない、ただ、真っ暗な渦を巻いた虚無な空間にぽっかりと家が浮かんでいた。
何だこりゃ......。
見たとこ、ハーグが逃げる時に使ったブラックホールに似てる......。
「あまり身を乗り出すと危ないよ」
ビクゥッ!!
背中から突然声を掛けられ、肩を大きく跳ね上がらせた俺は慌てて後ろを振り向いた。
そこには、ハーグの姿をした謎の人物が朗らかな笑顔で俺に笑いかけていた。
一見、人畜無害そうな笑顔を湛えているが、フェルムット達に対する所業と俺の前世の名前を知っている怪しさから、その笑顔が胡散臭く見えてくる。
男は俺の横まで歩み寄ると、静かに窓を占めた。
「ここは異空間になってるから、うっかり落ちたりでもしたら永遠に出てこれなくなってしまう。気を付けてね」
「異空間......?」
突拍子の無い単語に俺がオウム返しをすると、男はにっこりと笑い「そうだよ」と、どこまでも優しい声色で返す。
異空間......て、どういう事だよ。
「ここは......お前の家なのか?」
「ん? 違うかな、俺のって言うより、この身体の実家だよ」
訳が分からない。
説明不足すぎて頭が可笑しくなりそうだ。
「お前......誰だよ......ハーグ先生じゃないだろ......」
男から距離を取り、壁に背を着けて身構える。
彼は相変わらず笑みを浮かべたまま、怠慢な動きでベッドに腰を降ろした。
「確かに、俺はハーグじゃない」
「じゃあ......誰だよ、何でハーグ先生と同じ顔してんだ」
「俺が誰かだなんて、気にする必要ないよ」
男は飄々と俺の質問をかわす。
聞きたい事をまともに答えようとしない男に、俺は段々腹がたってきた。
何が気にする必要ないだ。気にするっつーの!!
「ふざけんなよ......フェルムット達にあんな事して、俺を無理矢理こんな所に連れて来て、どういうつもりだ」
「どうもこうも、俺は皐月と一緒にいたいだけさ」
出た、それだよ。俺が一番この男を気味悪がる原因。
誰も知らない筈の俺の名を、何故かこの男は知っている。それも、遠い昔から知っている友人のように。
「なんで、その名前しってんだよ! お前は本当に何者なんだ!」
恐怖を振り切って吼えるように怒鳴り付けると、男は何故か、少し哀しそうな顔をした。
眉を潜め、瞳を伏せながら自嘲気味に小さく笑う。
な、何だよ、何でお前がそんな顔するんだよ。
「皐月の事はずっと前から知ってるよ......何者か、について答えると、君をここに呼んだ張本人ってとこかな」
「俺を、呼んだ......?」
俺を、この世界に呼び寄せたって事か?
最初にここに来たときの事を思い出してみる。
薄暗い、本や物で散らかった小さな部屋に、女の人と腰の曲がった老婆。
女の人はローザリーお母様で、もう一人は魔術師だった。どう考えても、俺を呼び寄せたのはあの老婆だ。
沢山の子供の命を使って、ニベウスを生き返らせようと黒魔術を施した後、自分だけ姿を消したあの不気味な老婆。
あの老婆と、目の前に座る男は似ても似つかない全くの別人だ。性別も違う。
「嘘つくなよ......俺をここに呼んだのはお婆さんだった。間違ってもハーグ先生のような若者じゃない」
「若者ね、そう言って貰えるのも何年ぶりだろう......」
男は喉の奥でクツクツと笑うと、ゆっくりと立ち上がり俺に歩み寄って来た。
逃げようにも背中は壁で、金縛りにあったかのように身動きがとれなくなる。
こ、怖い。
「あの身体はもう年老いていて、そろそろ別の身体に変えようかと思ってたんだ。それに、あれじゃあせっかく皐月と再会出来たのに、いざって時に皐月を守れないだろ?」
身体を変える?
再会?
さっきから、何を訳の分からない事を言ってるんだ。
男の顔が目の前に迫り、壁に手を突かれて完全に包囲された。
あ、壁ドンされてる。
「あれからずっと、君を見てたよ。皐月、この身体の事気に入ってたよね?」
この身体?ハーグの事か?
ハーグの事は......確かに気を許してはいたけど......それが、何だって言うんだ?
「俺はね、肉体を変えながら何百年も生き続けてきた魔術師なんだ......でも、成人した魔術師の身体に入れ代わるのは骨が折れたな......お陰で、皐月を迎えに行くのに時間が掛かっちゃったよ」
「......は?何言ってるのか......全然分からない」
震える声で、男の妄言みたいな話しに俺は心臓を捕まれたような恐怖に陥っていた。
分からない、なんて言ったけど、本当は薄々理解している。
こいつは肉体を入れ替えながら何百年も生きて来たと言った。
あの老婆の姿も、その一つなんだろう。
その老婆の肉体を捨て、次に選んだ肉体が......。
「俺がその老婆だよ。皐月に受け入れて欲しくて、なるべく君が気に入っていた人間の身体を選んだんだ」
ね?嬉しいでしょ?
耳元で囁いた男の言葉に、俺は身の毛がよだった。




