2
相手をしろって言われても......。面倒くさ。
早く部屋で休みたい。ここに来るまで食事は携帯食のビスケットと水だけだったから腹も減ってるし、あんな小さい子供を相手にする体力も残ってない。しかし、このでかいバッグを持ったまま立ち尽くしている訳には行かないし。
うだうだ文句たれてても仕方ねぇ。
俺は疲れきった身体に鞭打って、よっこらせとバッグを持ち直すと部屋に向かった。木造の廊下は歩く度にギシギシと音を鳴らし建物の古さを物語っている。ほんの数歩で部屋の前に着き、バッグを脇に置いて子供達の真ん前に立つと、三人の子供達は一斉に俺を見上げた。
「来たな悪者!!」
センターで腕を組んだ小僧が開口一番にベタいセリフを吹っ掛けてきた。
パッと見八歳くらいの男の子は坊主頭に真っ白いタンクトップと半ズボン、膝小僧には絆創膏が貼られてて見るからに田舎の悪ガキと言う印象を受ける。
「ここから一歩も通さないぞ!通りたかったらオレ達を倒してから行け!!」
フンッ!
と鼻息荒く捲し立てた坊主は両手を広げて通せんぼのぽーず。
両脇には気の弱そうな眼鏡のチビと赤毛を肩口に切り添えた五歳位の女の子が立っていたが、俺の顔を見た途端顔を赤らめて坊主の後ろに隠れた。
「悪者でも無ければお前らを倒すつもりもない。後で遊んでやるからそこ退きなさい」
「遊びじゃない!これはスギナ兄ちゃんからたくされた大切なにんむなんだ!!」
「スギナ兄ちゃんって誰?」
「オレ達の兄ちゃんだ!!」
あーはいはい。つまりお前らの他にもう一人居るって事ね。おk、理解した。
「俺は悪者じゃないし、今日からここに住むから俺もお前たちの兄ちゃんになる。だから兄ちゃんの言うことを聞いてそこを退きなさい」
「な、何だと!嘘をつくな!スギナ兄ちゃんが言ってたんだぞ!今日ここに来るやつは悪者だって!」
そのスギナ兄ちゃんって奴は何を根拠に俺を悪者扱いしてんだ?
んー、でも、俺がここに至る経緯とか、ニベウスのたちの悪い噂をそのスギナって奴が知っていたら、ろくでも無い奴がやってくると警戒して何かしら仕掛けてきてもおかしくは無いのかも。
とはいえ、こんな子供染みた真似で俺を本気で追い返せるとでも思ったのだろうか。嫌がらせにしては幼稚だし......。もしかすると、そのスギナって奴はこの子達とそう年が変わらないのかも知れないな。
子供達はスギナのことを疑いもなく信じて悪者の俺を追い返そうと張り切っている。だが、こっちもそれなりの理由でここに来たのだ。黙って引き返すつもりは毛頭ない。早くベッドで寝そべりたいのだ。
「そうか、ならば仕方ない」
自慢では無いが、俺は子供の相手をするのにはなれている。
高嶋家の長子として産まれ、お盆や年末に親戚一同が集まると、一番年上だった俺は幼い従兄弟の面倒を見るのが役目となっていた。戦隊ごっこからおままごとまでどんとこいだ。そして、このタイプの男の子はある程度体当たり乱闘ごっこをすれば直ぐに打ち解ける。
全力で遊びの相手をしてくれる年上の人間は小さい子供にとって貴重な存在なのだ。
「正々堂々と、勝負だ!」
やれやれ、異世界に来てまでお子ちゃまのお守りとは......。
いいぜ、見せてやんよ。皐月兄ちゃんのスペシャルハリケーンフラッシュをな!!(抱えてぐるぐる回るだけ)
「喰らえ!!!」
そう叫んだ坊主はズボンのポケットに手を突っ込むと、何かをぶつけて来た。
うっかり体当たりしてくると思っていた俺は避けることが出来ず、それをもろに食らう。
しかし、痛くない。代わりに、身体中に真っ黒い毛むくじゃらの虫がうねうねと動きながらはい回っていた。
そう、毛虫だ。
「うおおぉぉぉお!!んだこれ!キッモ!!!」
慌てて払い落とす。
虫は苦手でも無ければ嫌いでもない。しかし、好きでもない。だから不意討ちで毛虫をぶつけられると普通にびびる。
くそ!全部落とした筈なのに身体がむずむずするぞ!!
慌てふためく俺に、坊主はしてやったりと笑い声をあげた。
「ハーッハッハッハ!どうだ!参ったか!?とっとと悪の組織に戻れ悪者め!」
このガキ!!
田舎のガキ大将はポケットに虫を忍ばせてるっ噂は本当だったのか!
「あわわ......キレイなお兄ちゃんが......」
「ボーン、女の人にそれは酷いんじゃ......」
「悪に女も男も関係無い!!悪い奴は正義がやっつけるんだ!!」
えへんっ!
胸を張る坊主をよそに、赤毛幼女と眼鏡男児がお互いを睨み合った。
「何を言ってるんだよアンジュ、あの人は女の人だよ」
「違うよトニー!男の人だもん!」
女の人!男の人!
俺の性別で仲間割れが始まった。ニベウスの声は確かに高いけど、ちゃんと声変わりしてるから喉仏だって(少しだけ)出てるし、聞けば男だと分かる程度の声色な筈なのだが、どうやらニベウスの場合、その中性的な容姿のせいで声を聞いても尚、女性と勘違いされてしまう場合があるようだ。声がハスキーな女の人って居るからな。俺もつい股間に手を当てて確認しちゃった事あるしね。
「あんなに綺麗なんだよ?絶対女の人だよ!」
「あのお兄ちゃんは妖精の国から来たからキレイなの!妖精の国の王子様なの!」
「そんな国無いよ!」
「あるもん!!」
ヒートアップする口論。そしていつの間にか幼女の中で俺は妖精の王子となっていた。テラファンダジー。
しかし、二人が喧嘩をしてるお陰で相手は一人になった。三人同時に相手するとなると骨が折れるが、一人なら何とかなる。俺は坊主にジリジリと詰め寄った。
「くっくっくっ!どうした、もう終わりか?」
出血サービスで悪役の台詞を吐いてやると、坊主は「くっそぉ!」となかなかのいい表情で悔しそうに叫んだ。ノリがいいな。
「無いのなら、今度はこっちの番だ!」
俺は坊主が反対側のポケットに手を突っ込んだのを見逃さなかった。まだ何かを忍ばせていたのだろう。だが、そうはさせない。坊主を素早く捕まえて抱き抱えると、ニベウスのもやしみたいな腕で持ち上げる。
「スペシャルハリケーンフラッシュ!!(抱えてぐるぐる回るだけ)」
「な、なに......うわぁあああああああ!!!!!」
生前、これをやると幼稚園児の従兄弟がバカみてぇに気に入って何回もやらされた記憶がある。あの時は肉体が皐月だったから何度でもやれたけど、ニベウスのヘボい肉体だとそう何回も出来ない。五回程回して坊主を放り投げた。
一応頭を打たないように気を使ったけど、坊主は目を回してふらふらになりながら床に倒れた。ふっ、勝負あったな。
「わぁ!何あれ!わたしもやりたーい!」
眼鏡と喧嘩していた筈の赤毛幼女が俺のスペシャルハリケーンフラッシュを目撃したらしい。
物珍しかったのか、目をきらきらさせておねだりをしてくる。
「ねぇねぇキレイなお兄ちゃん!次はわたしにやって!」
そう言われても、無理......。
ニベウスの身体だと一回が限界だ。しかも長旅で疲れてたから、これ以上無理出来ない......。
「さ、先に部屋で休ませて、......後でやってあげるから......」
「やだ!今やって!!」
ぐぬぅ......!
やはり来たかいやいや攻撃。
このくらい年の子を言い聞かせるのって大変なんだよな......。下手すると泣き出すし。
「駄目だよアンジュ、お姉さん疲れてるんだから」
「やだ!今やって欲しいんだもん!あとお姉さんじゃなくてお兄ちゃん!!」
「お姉さんだよ!」
「お兄ちゃん!!」
そこも譲らないのか。
しかし、眼鏡っ子のお陰でまた性別口論が始まった。俺がこっそり部屋の戸を開けようとドアのぶに手をかけても全く気づかない。俺はしめしめと戸を開けて漸く部屋に入る事が出来たのであった。
あー終わった終わった!これでやっと休めるぜ!
見事お子ちゃまを撃退した俺は、早速バッグを放り投げると目当てのベッドを探す為に部屋を見回した。8畳程の広さしか無い部屋の隅に、二段ベッドが設置されているのを発見。他の家具は二段ベッドの向かいの壁に備え付けられているクローゼット以外、特に見当たらなかった。
しかし、家具こそ無かったが、誰かが生活している痕跡がこの部屋からは見てとれた。壁に立て掛けられた謎の木刀や、あちこち傷や穴の空いた壁と、床に乱暴に脱ぎ捨てられた衣類が散らばっていて、ついさっきまで誰かがこの部屋で生活していたのを物語っていた。
そんな生活臭漂う汚部屋に、一際異彩を放つ存在がいた。ずたぼろになった等身大の人形が天井から吊るされていたのである。
「なんだこれ......」
へのへのもへじの顔には黒々とした髪の毛がワカメみたいに貼り付いており、不恰好な服を着た身体からは所々綿が飛び出している。満身創痍。恐らく壁に立て掛けられている木刀で叩きのめされて来たのだろう。ぼろぼろで天井に吊り下げられている姿は、人形とは言え、痛々しいと思わざるを得ない憐れな姿だった。
沈黙を守る異様な人形の存在に部屋をこれ以上踏み入るのを躊躇っていると、ガチャリと、クローゼットが独りでに開いた。
軋む音を鳴らして全開に開かれたクローゼットの中には、明らかにシーツを頭から被った人であろう物体。お化け擬きが悠然と立ち尽くしていた。
「わが屋敷に踏み入る不届き者は、貴様か、試練を乗り越えし悪の手先よ」
「......」
お化け擬きは胃が引き裂きそうな痛い台詞を恥ずかしげもなく言い放つ。
まーーーた面倒くせぇのが出てきやがった。
「ここで暮らしたければ、我が試練を受けよ!!我が名は――――」
「あ、そう言うのいいんで」
お化け擬きの言葉を遮り二段ベッドに向かう。ベッドは下段は使われずに整理されていた。ここを使わせて貰おう。
「俺、下でいいよな?」
「ま、待て!誰が使う事を許した!!」
お化け擬きは慌ててクローゼットから出てくると、二段ベッドに入ろうとする俺の腕を掴んで引き留めた。
面倒くせー、シ〇マルじゃなくても面倒くせー。
「何?」
「ここで暮らすには俺の試練を受けなければならないんだ!それを受けずして我々の仲間には成れない!!さぁ!我が試練を――――」
「疲れてるんで、後にしてくれる?」
「なっ......、くっ......いいだろう、俺は寛大だからな、せいぜい怪我をしないよう英気を養うがいい!」
お化け擬きは両手を挙げたのか白いシーツが逆三角形に伸びた。
とりま、これでやっと休めそうだ。
「だが、俺の名を聞いてからにしろ!我が名は―――」
お化け擬きがシーツを勢いよく払いのけると、その中身が姿を現した。
中学生くらいの金髪碧眼少年が、どや顔でふんぞり返り仁王立ちしている。威風堂々と言う言葉がしっくりする態度で胸を張る少年は、ちょっと興奮しているのか頬が赤くなっていた。
「我が名は魔術剣士スギナ!!またの名を―――」
楽しそうに自己紹介を始めたスギナ少年は、不自然に言葉を切るとベッドに腰かける俺をじろじろと眺め始めた。
どしたん?またの名を言いたくて引き留めたんだろ?もったいぶらずに教えて頂戴!
硬直していたスギナはたっぷりと間を開けると、
「女が来るなんて聞いて無い!!!」
声を裏返して絶叫した。
やだこれデジャビュ。




