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シーツを被っていたから視界が悪かったのだろうか、スギナは目を見開いて硬直し、俺、と言うよりニベウスの容姿を目の当たりにして驚愕している。
てか休んでいいすか?
「リディは男が来ると言っていたのに、どういう事だ!」
「男ですけど」
「お前のような可愛い男が居るか!!」
はぁ、そうですか。
君の価値観はどうでもいいから休ませてくれ。浄化を二日間やらなかったせいなのか、ベッドに座って気を抜いた途端眠気が襲って来た。やはり聖水を飲んでも毒の作用を完全に打ち消す事は出来ないみたいだ。三十分でもいいから仮眠をとらせて欲しい。
「何故男と偽ってここに来た!何か深い訳があるんだろ!?」
「無いし、だから男だっての......」
あー、もう無理、頭回らない。
瞼が鉛のように重い。とてもじゃ無いが彼の話しに付き合えそうに無かった俺は、話しもお座なりにベッドに横たわった。
案の定、スギナが喧しく騒ぎ立てる。
「おい!話しは終わって無いぞ!!」
「本当ごめん......後にしてくれ」
「初対面でその態度は失礼なんじゃないのか!せめて名を名乗れ!」
最後の最後でまともな事言い出したぞこいつ。つーかお前もそれブーメランじゃね?
「おやすみなさい」
「おい!」
目をつぶって三秒も経たずして、俺は泥のように眠りに着いた。
どれくらい眠っていたのだろうか。
の〇太をも凌駕する入眠を果たし、深い眠りについていた俺の意識は、突如として浮かび上がった。
しかし、目が覚める事は無い。俺の中にある魔力の毒は、目覚めようとしていた俺の意識をギリギリの所で捕まえて離さなかった。
目覚めを阻害され、意識を保ったまま眠りの深層をただよう感覚は、何とも形容しがたい心地好さだった。
ただ闇の無空をふわふわと浮かび漂う、そんな寝心地のいい睡眠。
もしかしたら、ずっとこのまま眠り続けるのかもしれないと、ぼんやりとした意識の中そんな事を考えた。
ああ、それもいいかもしれないな。
これ程にまで気持ちのいい。安らかな眠りはそうそうない。
なら、面倒事なんか忘れて、ここまま眠り続けようか。
一度浮かび上がった意識が、またゆっくりと底に沈もうとしていた。
その時だった。
突然、"息が出来なくなった"。
「――――――っ!!??」
始めに聞こえたのは、何かが水に打ち付けられる音。同時に身体に衝撃が走り、服の中に冷たい液体が入って来る不快感が俺を襲った。
一気に体温が奪われたショックで目を覚ますと、視界は清んだ水で覆われていた。水草が生え、小魚がちりじりになって泳ぐ姿がしっかり見える。
って、のんびりお魚観察してる場合じゃねぇ!!ベッドで寝ていた筈なのにどうして着衣水泳してんだ!?
パニックになった俺は状況が読み取れず息を吸おうと水中で口を開いてしまった。当然息はゴボゴボと空気の泡となって水面に上り、かわりに大量の水を飲み込む。
しょっぱく無い。淡水か?海の水って飲み込んだらしょっぱ過ぎて気持ち悪くなるよね。昔海水浴で吐いちゃった事あるんだよな。ちょっぴりトラウマ。
..........だから呑気に思い出に耽ってる場合じゃねーんだっつーの!!!しょっぱく無くても息出来ないから苦しい!めっさ苦しい!!!
俺は水面に浮かぼうと慌てて手足をばたつかせた。今日程学校の水泳授業に感謝した事は無い。
「ぶはあっ!!!」
恵みの酸素を肺一杯に吸い込み急いで辺りを目視すると、目の前に岸が見えた。速攻泳いで岸にたどり着き身体をあげる。
あぶねぇ、死ぬとこだった......。
「げほっげほっ!はぁ、はぁ......い、一体何が」
立ち上がる事が出来ず、四つん這いで息を整えていた俺は、落ち着いて来た所でようやく周りの状況を確認する事が出来た。
俺は外に出ていた。
それも森の中だった。目前には鬱蒼とした樹木が直下たち、地面には草が繁茂している自然豊かな森だ。背後には俺が溺れかけた澄んだ池が日光を反射してきらきらと輝いている。今にも精霊が出てきそうだった。
しかし、何故俺はこんな所に?俺の寝相が酷すぎるのか?いや、そんな訳がねぇ!誰かが寝ている俺をここまで運んで、池に放り投げたに違いない。くそ!一体誰がこんな事を!!!
と、俺が激昂する間もなく、その"誰か"は直ぐに見つかった。
目の前で、切り株に腰を下ろした男性が煙草を吹かしていたのである。
「......よぉ、お目覚め?」
「......」
いや、お目覚め?じゃねぇだろ。
「だ、誰?」
思わず問いかけるが、よくよく見ると男性の服装には見覚えがあった。
白い司祭服だ。ハーグが着ていたのと同じ、袖口の狭い司祭服の袖を肘下まで捲し上げている。しかし、その服を着ている男の容貌はとてもじゃないが聖職者には見えなかった。
ボサボサの黒髪は無造作に襟足までのび、長い前髪から覗く男の青い目はどんよりと雲っている。無精髭を生やしプカプカと煙草を吸う男の目元には小さな小皺があり、男の年齢を高く見せた。多分四十路出前か?そんな彼はヤンキーのように足を開いて膝に肘を付き、俺の問いかけに怠そうな態度で口を開いた。
「誰って、見りゃ分かるだろ」
いやいやいや......。
確かに服装がそうでも、見た目が思ってたの違うんですけど。社会に疲れた離職中のおっさんに見えるんですけど。
「......もしかして、プリヒュ教会の神官様ですか?」
「せいかーい」
当たってしまった。
こんな、中年ヤンキーみたいな人が神官だなんて......。イメージが壊れる。ハーグとのギャップありすぎだろ。
「あの、神官様が俺をここに?」
「他に誰が居るんだよ」
「......えっと、どうして......俺は水に落とされたんでしょうか?」
池にぽちゃんされた俺は怒ってもいいのに、何でこんな恐縮してるの?
てか、さっきからこの人全然悪びれもせず煙草吸ってんですけと、どういう神経してんです?
「どうしてって、丸洗いに決まってんだろーが」
丸洗い??
あー、俺ここに来るまで汗掻いたり泥着いたりしてたからなぁ。確かに汚れてたわ。なるほどなるほど、神官様はそれで俺をまるごと洗おうとこの泉に。
いやおかしいだろ。
「それって寝てる時にいきなりやらなくても良くないですか!?危うく溺れる所だったんですけど!!!」
この外道!絶対許さないんだから!
「何度も起こしたのに起きなかったのはそっちだろ」
あらー?
どうやらぐっすり眠っていたせいで神官様に起こされていたのに気付かなかったらしい。
「や、でも、寝てるのにあんな事したら溺れ死ぬじゃないですか」
人間膝下まで水位があったら溺れるって言うからな。あの池結構深さあったよ。俺が金槌だったら絶対助からなかった。
「あのまま寝てたら、お前毒で死んでたぞ?」
「........え?」
男の言葉に俺は思考が停止した。
毒、と言うワードが俺の脳内に反響する。毒、毒、毒。
俺にとって、毒とは黒魔術の作用による毒しか当てはまらない。つまり、魔力の毒で死んでたって事か?
男はさらっと言ったけど、死ぬってのは穏やかじゃない。ここに来るまでは何とも無かったのに、どうして。
「.......確かに二日間は浄化の儀式が出来なかったけど、代わりに聖水飲んでましたし、ここに来るまでそんなに酷い眠気はありませんでした。なのに、どうして急に.......」
眠気はここに着いてからだ。確かに気を抜くと眠りそうにはなっていたけど、抗えない程の眠気はほとんど無かったし、浄化は出来なくともちゃんと聖水が毒の影響を止めてくれていたと思っていた。
男は俺の話を聞きながら煙草の灰を落とし、口からプカリと煙りを吐いてまた煙草をくわえた。
「向こうさんも、オメーの身体に溜まった魔力を毒として認識してたから、儀式が出来ねぇ分は聖水で持たせられると考えたんだろうがよ......、俺からすりゃ、オメーのそれは"呪い"だね」
「の、呪い?」
禍々しいワードが出てきたぞ。
何だよ呪いって。
「昨日オメーの身体を調べさせて貰ったが、微かに魔力から感情のようなもんを感じた。意思、とまでは行かねーが、ありゃほっとくと成長する。そのうちオメーを殺しにかかるだろうよ」
男の物騒な物言いに俺は身を震わせた。
こわ!!!この人の話しを信じるなら、俺の身体にある魔力の毒が、今や呪いに変わって俺の命を狙ってるって事!?
そういえば、あの金髪ねーちゃんが今後どんな症状に変化するか分からないって言ってた気がする......。その変化がこれなのか?こ、怖すぎる。せっかく生き返ったのに、また死にたくはない。
戦々恐々とする俺だったが、ふと、男の言葉に違和感を覚える。
「.......ん?あの、さっき昨日身体を調べたって言いましたよね?」
男は、だから何?みたいな面倒くさそうな表情で俺を見るが、俺は今日ここに着いたばかりなのに、昨日調べたってのは語弊なんじゃないだろうか。
「俺、今日ここに着いたんですけど」
「あー......」
男は怠慢な動きで後ろ頭を掻くと、衝撃の事実を口にした。
「オメーが来てから一日たってんぞ」
「はい!?」
な、何だってー!?
「まさか、あの後一日中寝てたって事ですか!?」
「そうだよ」
「い、今って何時です?」
「朝の七時」
わぁ、早起き何ですねー。
言ってる場合じゃない。軽く十五時間は寝てたって事じゃねぇか。ある意味怖いわ。
「だから言っただろ。あのまま寝てたら死んでたってよ」
「はぁ......」
俺はぼんやりと、眠っていた時の事を思い出していた。
あの、天国のような気持ちのいい眠り。あれが呪いだったのだろうか。
あのまま眠っていたら、そのまま呪い殺されていたのかもしれない。そう考えると、身体から血の気が引くような気がした。
うぅ、何だか寒気も出てきたぞ。つーか、寒い。びしょ濡れで外気に晒されていたせいか体温が駄々下がりで身体も震えて来た。
「へーっくしょんっ!!」
盛大なくしゃみを炸裂した俺に、男は一瞬ぽかんと呆けるが、ぶるぶる震える俺の姿にはたと気が付くと煙草を吹かし煙りを吐き出した。
煙草の呼出煙は空気に溶け跡形もなく消えたが、フワリと温かい風が生まれて俺の身体を包み、たちまち竜巻のような激しさに変わった。吹き飛ばされそうになるも、風は一瞬で消えて無くなり、代わりに俺の身体はすっかり乾いていた。
こ、これは......!!
「一丁あがり。ま、ともあれ起きたんなら浄化の儀式が出来るって訳だ。さっさと教会に戻るぞ」
「......え、あの、これって魔法!魔法ですよね!」
「そーそー魔法。ほれ行くぞ」
よっこいせ、とおっさん臭い掛け声で立ち上がった男は、煙草を地面に落とすと火を踏み消して歩き出した。
魔法らしい魔法を目の当たりにしてテンションが上がった俺に対して、男はローテンションで流してしまう。背中が面倒くさいからこれ以上騒ぐなって言ってた。
ハーグのようにご親切に説明はしてくれないようだった。俺も黙ってその後を追う。
あ、煙草のポイ捨て......。
「あのぉ.......」
「あん?」
この世界にはポイ捨ての概念はあるのだろうか。無いんだろうな。仮にもこの人聖職者な訳だし。他の世界の価値観を押し付けるつもりはないが、やっぱり気になるから拾う事にした。
火はちゃんと消えてるけど、万が一ってのがあるからな。
「何でも無いです」
「あっそ」
また歩き出した男の背を確認して、俺は煙草を拾ってから後を追った。
よく人が行き来するのだろうか、森には整備された道が造られていた。歩きやすく草を刈られたなだらかな坂を下ると、石造りの階段が表れた。四十五度の階段を慣れた足取りで降りる男に置いてかれそうになりながら、何とか付いていく。
それにしても、この急な階段を一人で俺を担いで登ったとすると、あの男はなかなかに身体を鍛えているのかも知れない。将来マッチョになるのを目指している俺にとって、是非とも鍛え方を教えて欲しい物だ。
山道は教会の裏口に繋がっていたらしく、森を出ると直ぐに教会に着くことが出来た。男が裏口を開けて中に入ると、使い込まれた簡素なキッチンがあった。小さい流し台と作業台、釜戸には鍋が置かれ、美味しそうなスープが出来上がっていた。そう言えば、俺って一日寝てたから絶食状態って事だよな。それに気付くと何だか腹が減ってきた。スープのうまそうな香りに腹の虫が鳴りそうなのを堪えて男についてキッチンを出ると、初日に通った礼拝堂に出た。
「お帰りなさいませ、フェルムット神官。ニベウス様」
爽やかなラベンダーに似た香りが漂い、前日のどんよりとした空気は消え、清々しい空間に生まれ変わった礼拝堂の祭壇の側に、控えるような形でリディが待ち構えていた。
「んじゃ、始めるとするか」
祭壇の前に連れていかれ、水晶のような石で出来た数珠をリディに首から下げられると、神官は祭壇に立った。
「ま、死にたくなけりゃ必死に祈るんだな。こっちはやることはやるからよ」
フレア教会の司祭に、浄化の儀式で俺がやるべき事は、真心を込めて祈る事だと聞かされた。あの時は両親の無事を祈っていたけれど、今やその祈りさえ無くなった。何に祈ればいいのかなんて分からない。
「祈るって、何に祈ればいいんですか?」
「あ?決まってんだろ」
リディから聖書を受けとった神官は、不敵な笑みを浮かべて一言放った。
「神だよ」
愚問だった。




