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馬での旅は想像していたのとは違った。
もっと優雅で楽なイメージがあったのだが、電車の柔らかい座席と違い硬い鞍に股がり長時間上下に揺らされると尾てい骨に衝撃が直接響いて痛い。衝撃で腰まで痛くなって来る。馬で移動って聞いた時は、異世界っぽくてテンション上がったけど今は駄々下がり。これなら馬車で移動したかった。
だからこそ、夕方から雨が降った事で宿に泊まり休憩できたのは本当に救いだった。貴族の息子を野宿させるつもりはなかったから、宿をあらかじめ手配はしているらしい。良かった。野宿はしないですみそうだ。
休憩が必要なのは馬も同じで、一人は馬のメンテナンスで部屋には殆ど居なかった。車と違って、マッサージとか餌とかやらなきゃいけないから、馬の旅って結構大変なのだと思い知った。
二人の軍人は対照的な二人で、一人は寡黙で厳格、昭和の頑固親父を連想させる黒髪刈り上げの男性で、もう一人は正にゆとり世代のど真ん中です。みたいな若い金髪チャラ男だった。俺への挨拶も「チース!プリヒュ教会まで護衛するナグルっす!短い間っすけどしくよろー」って、軍人にあるまじき挨拶をしてきた。
ここ異世界だよね?ゆとりとかあるはずないのに、なんだこの月曜日から〇更かし観てるみたいな感覚。
と、呆然としている俺の目の前で金髪チャラ男は刈り上げに拳骨を喰らっていた。
刈り上げはヤードと名乗り「道中、どんな不測な事態が起こるかわかりません。プリヒュ教会に到着するまで、私の言葉に従って行動して下さい」と注意を受けた。
拳骨を喰らって悶絶している金髪を尻目に、見た目通り、怒らせたら恐そうな人だと密かにびびっていた俺は、ふざけないで大人しく言うことを聞こうと誓った。
そして現在宿屋の部屋。しとどと降る雨を部屋にあった椅子を窓辺に移動し、そこからボケーと眺める。ゲームも無ければ漫画もない。非常に暇である。
バッグを開ければハーグから貰った本があるけど、今は読書をする気になれない。思ってたより疲れてるせいか、なにもする気になれず椅子に股がりひたすら雨の景色を見つめていると、後ろから肩をたたかれた。
振り向くと、金髪チャラ男のナグルがニヤケ顔で真後ろに立っていた。
「....なんすか?」
部屋に残ってたのはナグルだった。
でも、ぶっちゃけ俺はこの人が苦手である。ハーグの爽やかな笑顔とは比べ物にならないねとっとしたニヤケ顔は、何だか寒気が走る。今も、俺を舐めるような目付きで見つめてくる。キモい。イケメンだけどキモい。
「ニベウスさまって、マジ美人っすよねー。我慢出来なくて話しかけちゃいました」
「......はぁ」
俺美人には目が無いんすよー。と勝手に語り出したナグルを適当にあしらう。
美人て.....全然嬉しくねーな。俺男だし。確かにニベウスは美形だけども。
「ねぇニベウスさま、そんな雨なんか見ないで俺と話しましょうよ。何でしたら、飯でも食いに行きます?」
「結構です」
「結構ですって!かってぇー!なーに真面目ぶってんすか?今は誰も居ないんすから肩の力抜きましょうよ!」
うっせーな。こっちは疲れてんだよ。話しかけんな。
「ニベウスさまの噂聞きましたよ〜。屋敷のメイドレイプしてたんすよね?いやー実家に性奴隷が居るとはやっぱ貴族は違うな〜」
いきなりくそみたいな下ネタぶちこんで来たぞこのチャラ男。
バカ?こいつバカなの?
「俺、記憶喪失なんで」
「またまた〜。本当は覚えてるんでしょ?どんな具合だったか教えて下さいって!」
死ね。市ねじゃなくて死ね。
なんで俺の護衛がこんなアホ男なんだ。嫌がらせか。
俺はナグルを無視してバッグから小瓶と本を取り出した。こんなに絡まれるくらいなら本を読んでた方がましだ。
フレア教会からプリヒュ教会まで二日はかかる。その間俺は浄化の儀式が出来ない。その変わりに渡されたのがこの聖水だ。
司祭様が自ら祈りを捧げた聖水は、気休めでも毒の影響を和らげてくれるらしい。教会で儀式を受けて三日間。眠気はだいぶましになってたけど、気を抜くとまた寝てしまいそうだ。
俺は小瓶の聖水をクイッと飲み干してベッドに座り本を広げた。
「無視しないで下さいよー。なーに読んでんすか?」
うっせ邪魔すんな!
人の読書を邪魔するとはやはりチャラ男は悪!!滅びろ!!!
俺がガン無視決めてるとナグルはゴミ箱に捨てた小瓶を拾ってじろじろと眺めた。
「これ!なんすか!?」
「......持病の薬みたいなもんです」
「へー!あ!あれか!黒魔術の毒ってやつ!」
テメー何の為に俺をプリヒュ教会まで護衛すんだよ。忘れてたな。
「身体に溜まった魔力を浄化するってやつ。こーんなのでちまちまやらなきゃいけないなんて大変すねー。もっと一気に出来ればいいのに」
......確かに、最初は一回か二回浄化をして貰えば直ぐよくなると思ってたのに、やたら時間がかかるし、いつになったら毒が無くなるのか分からない状態だ。
もっと楽に直ぐ浄化出来ればと思ってはいた。
「あ、でも、身体に溜まったもんを無くすってやつ。あれに似てますね」
「あれ?」
「あれっすよー、オナニー!あれも溜まったの無くす行為でしょ?似てるじゃないっすか!」
「......」
あのね?俺も男だから分かるよ?
休み時間とか三代と下ネタで盛り上がってたし、卑猥な話題が楽しい気持ちもスゲー分かる。
でもさー。
空気、読んで?
俺にとってこれって結構深刻な問題だから、ネタにされるのは不愉快。マジでどっか行って欲しい。
こんなのが軍人で大丈夫なのこの国。
心のシャッターを閉店がらがらした俺はナグルを完全スルーして読書に専念した。俺の反応が悪いのに飽きたのか、ナグルは暫くすると部屋を出ていった。おい、護衛はどうした仕事しろ。まぁ、いない方がせいせいするけどな。
ヤードが居ればナグルは大人しいし、不快な思いをしたのは初日だけで翌日の旅は順調に進み、更に翌日の昼過ぎにはプリヒュ教会のあるボシュルーの村にたどり着いた。
山を切り開いた道を越え、川を渡ると辺りは自然豊かな野山が広がっていた。畑にポツポツと立つ民家。遠目に真っ白い教会が見え、海外の田舎の写真を見ている気分になる。優しい風がさらさらと畑の草木を揺らして俺の肌を撫でた。いいね。田舎。村人達は畑仕事で夢中だから俺の事なんか全然気にしてないし、誰も変な目で見てこない。注目されないのは実にいい。
無事にプリヒュ教会に着いた。フレア教会に比べると小さい教会だ。外観も古ぼけていて、真っ白く見えた外壁も近くで見ると黒ずんでいる。
「うわボッロ!化け物屋敷っすか?」
「口を慎めナグル!歴史あるプリヒュ教会を冒涜するな。バチが当たるぞ!」
率直な感を述べるナグルにすかさずヤードが叱責した。バチはネフェリーナが当てるのかな?
ヤードが扉を叩くと、暫くして一人の女性が教会から出てきた。年の頃は二十代半ば。栗色の髪をアップに纏めて、真っ白いシスターのような服を着ている。
「お待ちしておりました、ニベウス様。遠路はるばるお疲れ様です。護衛の方々も、お勤めご苦労様でございました」
「いいえ、任務をこなしただけの事です
、それでは、我々は戻りますので後の事はよろしく頼みました」
「はい。では、道中お気をつけて。お二人にネフェリーナ様の加護があらんことを」
ヤードが俺に敬礼し、颯爽と馬に乗り込む一方で、ナグルが「えー......」と気の無い声をあげた。
「もう帰るんすかヤード隊長ー、ここで少し休みましょうよー」
「府抜けた事を抜かすな馬鹿者!士官学校に戻されたいのか!」
「げっ!それは勘弁」
ナグルは俺の前まできてヤードのように敬礼をすると、あの嫌なニヤケ顔を浮かべた。
「今回はヤード隊長が居たから"仲良く"出来なかったけど、次会った時は容赦しないっすよ?」
無視しても、無駄っすから。
そう耳元で呟くと馬に乗って去って行った。
.....は?何今の......。
キッッッッッッモ!!!!何耳元で囁いてんだ気持ちわりぃな!ポッポ肌が、ポッポ肌が治まらないよ!!!仲良くって何?容赦しないってどういう事?無視しても無駄って、初日はヤードを気にしてあれ以上ちょっかいかけて来なかったって事?
あいつやべーやつだな。あのニヤケ顔、顔つきが完全サイコだったし。何であれが軍人...。採用試験はどうなってんだ。絶対面接で落とされるだろ。
「ニベウス様」
寒気で二の腕を摩っていた俺に、シスターが声をかけてきた。
女性はパッとした派手な容姿ではないけど、万人受けしそうな顔をしていた。卵形の輪郭にぱっちり二重のエメラルドの瞳、唇は薄くて大人しそうな顔つきをしている。そして、やせ形だけど胸がでかい。そう、胸が、でかい。
「はじめまして。私はプリヒュ教会の助神官を勤めております、リディアルと申します。気軽にリディとお呼び下さい」
「あ、どうも、ニベウス・マーシュマロウです。お世話になります」
お辞儀をしたリディの胸がゆれる。
肌を見せない禁欲的な服装がむしろエロさを引き立たせていた。
て、何観察してんだ。
慌てて視線を逸らすと、リディがじと目で俺を見ていた。やっべ。
「え、えーと......」
「......では、お部屋にご案内致します」
にこりと笑顔を作ったリディが怖い。
「......よろしく、お願いします」
教会の中に入ると、外観と同じく古ぼけた礼拝堂が迎えた。
ニスと塗装が剥げて本来の木が見えている木造のベンチ。壁紙が所々剥げ落ちた壁。祭壇は磨かれているけれど年季が入っている。フレア教会に比べると教会の神聖さってのが抜け落ちてるようだ。空気も何だかどんよりしてて、清々しくない。
文句ばかり言ってても仕方ないか。今日からここでお世話になるんだから。厄介者の俺を自ら引き取ってくれた神官様には感謝しないといけない。
そうだ、神官様。リディは自分を助神官って言ってたけど、神官じゃないのか?なら、神官様は何処に?
「あのー、リディさん。聞きたい事があるんですけど......」
リディの背中に問いかけると、ピタリと彼女の足が止まった。
礼拝堂の奥にある戸を開けたまま直立している。
「あのー......」
「......あー......」
リディは肩を落としてため息を吐くと、くるりと身体を翻して俺に作り笑いを向けた。
なんか、嫌な予感......。
「ニベウス様のお部屋はあちらでございます」
「はぁ」
あちら、と手を向けた方を見ると。
「........」
短い廊下に等間隔に三つの戸が並び、反対側にはフォックが付けられていて、リュックや袋、雨かっぱがぶら下がっている。学校の渡り廊下を彷彿させる景色だった。
そしてリディが向けた先、三つの戸のうち、真ん中にある戸の前で三人のガキが立ち塞がっていた。
何だ、あいつら。
「あのー、俺の部屋って、あそこですか?」
「はい」
「なんか、チビッ子がいかにも誰も通さねぇっ!て気合いの入った顔で立ち塞がってるんですけど」
「困りましたねー」
困りましたねー、て、笑って無いで何とかしてよ。
「昨日、子供達に新しい仲間が増えるとは伝えていたんですけど」
ここでも孤児が住んでたんだな。どうやらこの世界では教会は孤児院も兼ねているらしい。しかし、あれは何だ。
「きっと子供たちなりに歓迎してるのでしょう」
「歓迎って感じしてませんけど。還元って感じですけど」
返す的な意味で。
いやほんと、腕を組んで仁王立ちしている姿はさながら牛若丸を匿う弁慶のようである。
弁慶がどんなだったかは知らんけど。
「まぁ、子供の遊びですから、適当に相手をして差し上げて下さい」
「いや、リディさんが注意して下さいよ」
三人とも十に満たない年の子供だ。大人のリディに叱られたら退散するはずだろ。しかし、リディにその気がないのか、肩を竦めて首を横に振るだけで何もしようとしない。
「私の言うことを聞く子達ではないのですよ。ですので、ニベウス様。頑張って下さいね」
頑張るって、何を?
それを聞く間もなく、リディはそそくさと教会の外へ出ていった。
逃げたな。




