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ハーグと何となくいい感じにシメた後に教会に戻ると、あの髭面おっさんが扉の前で待っていた。
ハーグから聞いた話しだと、髭面おっさんは直ぐに俺を追いかけようとしたらしい。けど、髭面おっさんよりハーグとの方が面識もあるから、呼び戻すのは自分が適切だと留まるように説得したとの事だった。ナイスな判断だと思う。迎えに来たのがあのおっさんだったら俺はこんな踏ん切りつけて戻らなかっただろうしな。
髭面おっさんは俺が戻って来たのに気付くと、不適切に実情を話した事に対する謝罪をしてから明日の朝九時に迎えに来ると言い残して帰って行った。朝九時って早すぎる。こっちは着の身着のまま教会に滞在していたのだから、屋敷に戻って取りに行きたい物も......そんなに無いけど....。着替えとか欲しいし。
教会に泊まって三日。俺は一応着替えとしてハーグから服を借りていた。真っ白いシャツと黒い長ズボンは、教会で暮らしている男の子と同じ服装だった。ハーグによると、教会で暮らす孤児達の服装は決められていて、女の子は白いワンピースで男の子は俺が今着ている服装なのだとか。着る服が決められてるってまるで制服だな。
フレア教会を発つ為、準備をする際ハーグは自分のバッグを俺に貸してくれた。革製品の小旅行用のバッグは、ハーグが故郷を離れてここに来る時に使った物らしい。
「いいんですか?いつ返せるか分からないのに、大切な物なんでしょ?」
「いいんですよ。私はもう使う事は無いでしょうし、どうせならニベウス様が使って下さい。その方が、私も助かります」
ハーグの心意気に感謝し、俺はバッグを借りる事にした。でも入れる物なんてほとんど無くて、これまたハーグから二着の着替えと数冊の本を選別として貰った。いたせりつくせり。好い人過ぎる。
ハーグ先生△
「こんなに良くして貰うと、ハーグ先生に惚れてしまいそうです」
「僕は構いませんよ」
軽い冗談を言ったら爽やかエセイケメンスマイルで返された。
冗談を笑い飛ばす事も、狼狽える事もせずに完璧な笑顔と包容力で応えるハーグ。この手慣れた感じ....告白されなれてるのか....?
気を付けなはれや....。こいつは無害そうな顔して女を食う人種やで....ロールキャベツ系男子ってやつや....。
ハーグの底知れぬプレイボールスキルに戦慄した俺は、まだ見ぬ女性に関西弁で余計な助言をしたのであった。
その夜。ベッドに横たわった俺とハーグは、特に会話もせずに眠りについた。
翌日、俺は二人の軍人に馬に乗せられてフレア教会を発った。
最後に司祭様から加護の祈りを唱えて貰い、ハーグとは硬く握手を交わした。
「また、会いましょう」
「はい、また」
いつかここに戻って来るとは言え、やっぱり俺を勇気付けてくれたハーグとは離れ難かった。思わず涙ぐみそうになる俺に、ハーグは優しく笑いかけ、頭をポムと叩く。
頑張れ!
何となく、そう言われた気がした。
俺は笑顔で頷き返し、颯爽と馬に乗る......事は出来ず、軍人に抱えられながら馬に乗り込んだ。格好付かない。不安定な俺を軍人に後ろから支えられて出発する俺を、ハーグと司祭様は見えなくなるまで見送ってくれた。
この街にはほんの少ししか居なかったけど、俺にとってかけがえのない場所であるのには変わりはない。必ず帰って来る。
そして、俺が馬に揺られながら日光に照らされる正午。
お父様とお母様の処刑が執行された。
ベッドで嘆く事も、せめて処刑されるのを見送る事も出来ず、ただ馬に乗って田舎へ連れられる俺。そのせいか、あの二人が本当に死んでしまったのか実感が湧かない。正午の鐘がなって、軍人に処刑が執行されましたよ。って伝えられて、馬から降りて一緒に安らかに眠れるよう祈りを捧げても、この時の俺は、いつかまた二人にも会えるんじゃないか。そんな気になっていた。
のほほほんとした俺は、仮初めの親の死をフワッとした感覚で受け入れられず、呑気にそんな事を考えていた。
そんな考えを改める事になるのは、もう少し先の事である。
*第三者視点*
ニベウスが去ったその日の夜。
ハーグは机に向かい聖書の黙読をしていた。
夕方から降り始めた雨が窓を叩き、小さな雨音が心地よく耳に響く。
ハーグは、病にかかる前のニベウスに会った事があった。
彼が街の悪童と連れ立って巷を騒がせていた頃、教会の子供たちと度々衝突していた。その際、マリーがニベウス達に達の悪いイタズラをされた。目に余る行動に思わずニベウスと悪童達に説教をしたハーグだったが、ニベウス達は全く意に介さず、それどころかハーグの説教を鼻で笑ってネフェリーナ様の教えを貶した。
だからこそ、再会した時のニベウスの変わりようにハーグは内心で驚いていた。
人を小馬鹿にし、己を立てない人間や気に入らない物は暴力を奮い、思い通りにならなければ暴れて回りに当たり散らしていた幼稚なニベウスは、年相応のごく普通の少年になっていた。
むしろ、素直過ぎる気もする。
言葉の端々に、自分も不安で仕方がないだろうに、両親を心配する姿が取って見れた。優しい子だ。そして、周りの圧力に耐えようとする強さも持っている。彼は自分は逃げたと言ったけど、弱い人間は逃げる処か、立ち向かいもしない。感情を棄て、勝手に自分で諦めるのだ。
だから、きっと彼なら大丈夫だ。
次に会える日を心待ちにして、ハーグは聖書を読む。
―――トントン
雨の夜に、教会の扉を叩く音がした。
ハーグが部屋を出て扉を開けると、そこには真っ黒いローブを纏い不気味な雰囲気を漂わせる腰の曲がった老婆が立っていた。
闇夜に溶けていまいそうな老婆は、ハーグの顔を見ると殆ど歯が抜けた口をニヤリと歪める。
「夜分遅くに申し訳ない....すみませんが、雨宿りをさせて貰えませんかね....?」
ローブの端からポタポタと水滴が垂れ落ち、周りに小さな水溜まりが出来きる程びしょ濡れの老婆は、相変わらず不気味なオーラを漂わせている。
このままでは風邪をひいてしまう。下手をしたら、肺炎にかかって死んでしまうかもしれなかった。
神なるネフェリーナ様に仕える身として、不気味とは言え弱った老人を突き離す気にはなれなかった。
「構いませんよ。さぁ、中に入って。暖かいお茶を入れましょう」
ハーグは迷うことなく老人を招き入れ、教会の扉を、閉めた。




