18
此方に来てまだ一週間しかたってないのに、チート開拓どころか田舎に左遷されるなんて...。
あーあ、生きてたら今頃ディ〇ニーで遊んでる筈だったのになぁ。〇ンディー〇ョーンズ乗りたかった。優月もあんなに楽しみにしてたのに。俺が受験終わったらディ〇ニーホテルに泊まろう計画。妹と一緒になってわくわくが止まらねぇ状態だった母親は2月頃には俺の合否より旅行の準備に熱が入っていた。まぁ、それも俺が死んだせいでおじゃんになったんだろうけど。
三代とも遊ぶ約束してたのにな。
三代で思い出したけど、あいつ俺が死ぬとき俺の事呼んだ気がするんだが、俺が引かれそうになってるのに気が付いたんだろうな。きっと。つーことは、三代は友達トラックに轢かれる瞬間見ちゃったって事でない?
うわーキッツいわー。トラウマもんだわー。すまんな三代。嫌なもん見しちまって。
てか...。
何で俺、轢かれたんだろ?
歩行者信号ちゃんと青だったよな?
トラックが走って来ていたのは覚えてる。でも、車道の信号は赤に変わってたから気にせず横断歩道を渡ろうとしたら....。身体が飛んで....。
「まさか....タイムリープ....!?」
俺、飛べんじゃん。
しかし異世界転生だから全然タイムリープとは言えない....。
異世界に飛んでるからタイムスリップですらない。
あの時、確かに死んだ感覚があったから俺の身体はもう駄目になってるだろうし、仮に日本に帰れたとしてもこの姿では家族に俺だと認識して貰えるとは思えない。
せめて、俺も飛ぶ事が出来たら良かったのに。そうしたら天ぷらだって上手に作れたのに。未来人の同級生と甘酸っぱい青春をおくることが出来たのに。
「俺が未来から来たって言ったら....笑う?....なんちって」
「ニベウス様、未来から来たんですか?」
「ひぇっ!?」
現実逃避してたら痛い独り言を誰かに聞かれてしまった。恥ずかしい。
建物の間にある物陰に隠れていた俺はそろそろと顔を上げた。
そこには、爽やか笑顔のハーグが立っていた。
「....えっと」
飛び出した時、俺何て言ったっけ?
スゲーバカっぽい事口走った気がする。
「ニベウス様、未来から来たって本当ですか?」
「は?いや、ただのふざけた独り言ですけど」
「....そうですか..」
なにちょっとがっかりしてんだ。あんたは涼宮何とかさんか。
「あの、どうしてここに?」
「ニベウス様を追いかけて来たんです。お一人にするのは危険ですから」
さいですか。
きっと、別の教会に移すまでは俺に何かあったらフレア教会の責任になるからだろう。御勤めご苦労様です。
「でも、よくここに居るのが分かりましたね」
結構奥まで入ったから誰にも気付かれないと思ってたんだけど。
「ニベウス様は足がおそ....、直ぐに追い付いたので、ニベウス様が何処に隠れたかは見ていました」
「今足がおせぇっつった?」
「いいえ」
ハーグは得意の爽やか笑顔で否定する。
だから笑顔で誤魔化そうとすんな。
誤魔化せてねーから。
「さぁ、ニベウス様。直に日がくれます。身体が冷えてしまいますから、教会に戻りましょう」
「..........」
あんな捨て台詞吐いて戻りにくい....。
仕事とはいえ、せっかくハーグが迎えにきてくれたのに、変な自尊心が邪魔して素直に頷け無かった。
ハーグにとっちゃいい迷惑だろうな。部屋を貸して散々面倒かけてさっきは悪態ついた挙げ句、飛び出したのを迎えに行けばむくれて帰ろうとしない。
俺だったらいい加減キレてるかも。
「戻りたくありませんか?」
「....いや、その....」
今更自己嫌悪で煮え切らない返事をした。
ハーグは膝を抱えて座っている俺と目線を合わせる様にしゃがみこむと、いつもの爽やかではなく、目尻を下げて優しい笑顔で笑いかけた。
「では、寄り道をしましょう」
「よ、寄り道ですか?」
「はい。行きましょう」
てっきり連れ戻されるかと思ってたのに、ハーグは叱りもせずに俺の手を握ると何処かへと歩きだした。
何処へ行くつもりだ?
寄り道っつったって、ゲーセンなんて無いだろうし....。ここの街の人達は俺を嫌ってるし....。
物陰から出て道に出ると、案の定一斉に視線が集まった。
身体に穴が空きそう。そんなに見ちゃいやん。
「大丈夫ですよ」
「え?」
「堂々としていればいいのです。ここはいずれ貴方の街になるのですから」
ハーグが少しだけ繋いだ手に力を込めた。
一人で街に出たときは耐えきれなかった視線。
遠巻きに囁かれる陰口。
――やっぱり、生き返ってたんだわあのバカ息子。
――ルキウス様もローザリー様も可哀想、あんな子のために死罪だなんて....。
――今はユリウス様が代理で治めてくれるからいいが、そのうちあれが爵位を継ぐんだろ?世も末だな。
うるさい、俺は何も悪くない。
でも、そう叫んだって誰にも分からない。
それが辛くて隠れたけれど、今はハーグが隣に居てくれた。
大丈夫ですよ。
そう言って手を握ってくれただけで、俺の不安は吹き飛んでしまった。
俺も手を握り返す。
ハーグに笑いかけると、安定の爽やか笑顔で返してくれた。
手を繋いだままハーグに導かれるまま、噴水のある広場に着いた。
金髪ねーちゃんに連れられた時の広場とは違う。教会ではなく、時計塔が立っていた。教会程高くは無いけど、それなりに立派な時計塔だ。
ハーグはその塔の裏に回ると、勝手口をノックした。中からハゲ頭で髭を伸ばしたおじいさんが出てくる。
「おやハーグ様。またおいでになったので?」
「はい。いつもありがとうございます」
「いえいえ、どうぞ好きな時にお越しくだされ....おや?」
おじいさんは俺に気付くと不思議そうに首を傾げる。
「今日は、僕の教え子を連れてきました」
「ほう、教え子....そうですか」
おじいさんはそれ以上はなにも聞かずに塔の中に入れてくれた。
歯車が絶えず回る様を眺めつつ階段を登って行くと、次第に俺の体力が尽きてきて息切れをしてしまう。何度かハーグにおぶりましょうか?なんて聞かれたけど、男の意地で何とかてっぺんまで登りきる事が出来た。
「し、しんどい....」
「よく頑張りましたね、ニベウス様」
全く息が乱れていないハーグと死にそうな息継ぎをしている俺。
ニベウスの身体が弱すぎるだけか。
「ニベウス様、此方へどうぞ」
塔の頂上部は吹き抜けの展望台になっていて、手すりの側により外を眺めると、夕陽に照らされたノアの街がひろがっていた。
木製の住宅街が建ち並び、煉瓦造りの工房の煙突からは煙が立ち上っている。街路には絶えず人が歩き回り、所々でポツポツと灯りが灯りだした。遠目に連なる山脈の谷間に、夕陽がすっぽり収まっているのが見える。
日本にも展望台はある。
ここよりも、もっと高くて遠くまで見える展望台。
でも、ここから見える景色は日本のコンクリートのビルや車ばかりじゃなくて、暖かみのある異国の街だ。
ビルの8階位の高さだろうか。
これくらいの高さだと、人の動きが見れて情緒的な景色になっている。
さっきまで、敵だらけと思っていた街が、何の変鉄の無い普通のいい街に見えた。
「僕のお気に入りの場所なんです」
ハーグが手すりに肘をかけて、景色を眺めながらそう呟いた。
「....彼処の煙突のある工房。彼処は魔道具工房なんです。僕は幼い頃から魔技術師になるのが夢だったんですけど、親に反対されまして....。神官としてここに来たばかりの頃から、此処に来ては彼処の工房を眺めていました」
ふーん....。
親に反対される職業なのか。技術者って、収入安定してないのかな?
「でも、何度も通っているうちに此処から見える景色その物が好きになってたんです。以来、暇を見つけては此処で景色を眺めているんですよ」
「へー....」
教会からそんなに近く無いのに、そんなに気に入ってるのか。
確かにいい景色だけども。
「初めて誰かとこの景色を見ます....。どうですか?」
「どうって、....うん、素敵な景色だと思います。....夕陽も綺麗だし」
「そうですね」
月並みの事しか言えない俺に、ハーグはがっかりも呆れもせず、笑顔で同意してくれた。
「ニベウス様が行くプリヒュ教会はあの山の梺です。馬で行くとなると二日はかかります」
「....遠いんですね」
中指サイズになっている山脈を眺めて俺は茫然と呟いた。
これは気軽には帰ってはこれないだろう。
「大丈夫ですよ。きっと、良いところです」
「他人事だと思って....」
まぁ、他人事なんだろうけど。
「いいえニベウス様。あなたなら大丈夫です」
自信まんまんで言い切るハーグだけど、何を根拠に言ってるんだ?
人の圧にビビってこそこそ隠れるような小心者なんだけど。
「本当の貴方を知って貰えば、皆ニベウス様の事を好きになってくれます」
「なん....だと....?」
本当の俺?
妹に「このアニオタ!変態!!そんなんじゃ一生彼女作れないんだから!!」
と言わしめた俺を知らないからそんな事が言えるのだ。
「女子から嫌われる未来しか見れません」
中学時代、まともに女子と会話なんか出来なかった非モテ人生。
オタトモだって三代くらいしかいなかったし。誰か俺にコミュ能力を分けて下さい。300円あげるから。
「ニベウス様ならモテそうですけど....」
「無理です」
即答する俺にハーグは不思議そうに首を傾げた。
「僕は好きですよ」
「....はぁ、ありがとうございます」
社交辞令ですね分かります。
「本当です。ニベウス様と勉強する時間はとても楽しかった....それに」
ハーグの横顔が、夕陽に照されて憂いを帯びた表情に魅せた。
「貴方は強くて、優しい人だ」
「いやー、強くは....」
無いけど。ビビりだし。優しくも、無い。
「....お母様とお父様が死ぬのに、自分の心配しかしてないし....」
やっぱり、あの二人を親とは思えなかった。もし、日本の両親が無実の罪で殺されるとなれば、俺は土下座をしてでも会わせてくれと頼んだだろう。間違っても、あんな風にキレて出ていったりはしなかった。
あの二人の前では自分なりに貴族の息子ってのを演じていたから、本当の意味で心を通わせていた訳でもなかったし、両親は最後まで俺をニベウスと思って接していた。仮にも、お母様の息子として生きて行こうと思ってたのに、我ながら薄情な人間だと思う。
「ご両親の事は本当に残念です....。ですが、ニベウス様には記憶が無いではございませんか。記憶は、絆とも言える代物です。それを無くしているニベウス様が、二人に親身になれないのを気に病む事はありませんよ」
「..........でも、三日間は確かに二人は俺の親でした。しかも謀反の罪で殺されるなんて......悲しいし、悔しいです。会いたいのに、助けたいのに、それが無理だと分かるとあっさり諦めてる自分が居るんです。それが....嫌っていうか...保守的になってるのに嫌気がさすっていうか....」
俺の中で燻ってた思いが、つらつらと口から零れる。
こんな事、言うつもり無かったのに、どうもハーグには気を許してしまうみたいだ。
「だから、別に強くも優しくも無いです。本当はそんなヒーローみたいなのに憧れてたんですけどね....」
異世界チートをするなら、この世界に名を轟かせるヒーローになれるかも、なんて想像をしたりしなかったり、ラジバンダリ。
自己顕示欲強すぎワロタ。実際は魔力を持たないもやしっ子だったんですけどね。
「ヒーローですか....確かに、一度は誰もが憧れる存在ですね」
「ですよねー....」
「でも、ヒーローとは万民の産み出した理想像です。成ろうとして成れる者ではありませんし、仮に成ったとしても、ヒーローと言う名誉はその人から人間性を奪ってしまう」
ハーグが急に哲学みたいな事を語りだした。
ヒーローとは何か。
この世界の人達にとって、ネフェリーナとか戦争を終わらせた少年魔術師が当てはまるんだろうか。
「自分より、他人を慈しむ姿は美しいかも知れません。でも、己れを殺してまで行わなければならない善行ではありません」
つまり、無理すんな、って事ですか?
難しい話をされても良くわからん。
「ずっと、不安だったでしょう?ローザリー様が捕まってから、ご自分がどうなるのか。子供たちにも目の敵にされ、明日には見知らぬ土地に裸同然で投げ出される。不安で、怖かった筈です」
「..........」
ハーグは俺の痛い所を容赦なく突き刺した。
そうですよ。浄化の儀式で二人の無事を確かに祈った。でも、心配する気持ちの裏で、二人が居なくなると自分の居場所が無くなると想像してた。
教会を離れたくないのだって、知り合いの居ない場所で右も左もまともに分からない世界で一人にされるのが嫌だからだ。
全部、自分の為だ。
「それが人なのです。自己愛は、我々人間が生まれ持った感情です。皆、それと向き合いながら生きている」
ハーグは俺の考えを見透かしたように言葉を続けた。
「ニベウス様は、ご両親よりご自分を案じる事に罪悪感を持っているようですが、それは違います。恥じる事も、卑下する必要もありません」
何となくとしか理解出来なかったけど、要は、you 開き直っちゃえよ!って事ですな?
すげーざっくりとした解釈だけど、ハーグの言葉は少しだけマイナス思考になっていた俺の考え方を変えてくれた。
俺は、二人を何とかして助け出そうと考えもせず、自分の心配ばかりしている自分の事を酷く身勝手な人間な気がしてた。けど、異世界転生(?)しただけで中身はただの中卒男子だ。
両親が死罪になっても、それを覆す力も知恵も人脈も無い。そして、自分を犠牲にしてでも助けたいとまで、思わない。
それが、俺だ。
なら、俺はそんな自分を認めるしか無い。
ここで両親の死を享受するのなら、意地汚くても生きようとする自分を愛さなくてはいけない。
俺は、あの二人の命を足場にして、生きる道を選んだのだから。
それでどんな仕打ちを受けても、俺はそれを受け入れるべきなんだ。
俺はチート開拓出来ない。
ヒーローには成れない、ただの凡人だ。
「ありがとう。ハーグ先生」
お陰で腹を括る事が出来た。
生きる為の決意を固める事が出来た。
俺は右手を差し出して、硬い握手をする。
「ニベウス様なら、大丈夫です」
同じ言葉なのに、その言葉は俺を勇気付けてくれた。




