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3日ってのはあっという間だった。
その間、俺はほぼハーグの部屋にとじ込もっていた。
ハーグも、俺と子供たちを接触させるのは危険と思ったのか、毎回食事を運んでくれたのもあり、俺が部屋から出るのはトイレに行くときと入浴だけと言う、完全にニート生活を送っていた。
浄化の儀式は1日に一回、朝の6時に行っていたから早寝早起きしてたのは健康的だったけど、お父様とお母様の事が気掛かりで筋トレは出来なかった。
風呂も、教会の浴室は二畳程のスペースに小さい風呂桶が置かれているだけで、せいぜい大人一人が入れる位の広さしかない。教会に住む司祭様やハーグ、子供たちが入り終わったのを見計らってこっそり入浴していた。日中はハーグの部屋で見つけた小説を読んで過ごした。500年前に起きた戦争を終わらせた謎の少年魔術師を題材にした冒険譚は、本人の詳しい資料が無いだけあって、それはそれは勇敢で正義感に溢れる王道主人公として描かれていた。
俺も、ここに来たばかりの時はチートを期待してこんな冒険を夢見てたんだけどな。
今や教会の部屋で引きこもり生活である。
塞ぎごみだった俺をハーグは常に気にかけてくれた。
ハーグが仕事を終えて部屋に戻ると、俺の知らない事を教えてくれたり、食事を一緒にとってくれた。
魔術憲兵の事も教えてもらった。
魔術師は攻撃的な魔術を禁じられているけれど、黒魔術師に襲われた時に正当防衛として使う事が許され、魔術憲兵に関しては黒魔術師を捕らえる為なら直接的に攻撃魔術を使うのを許可されているらしい。それを聞いた俺は、もしかしたら魔術バトルが見れると思うと少しだけわくわくした。
ハーグのそんな話は俺をいつも楽しませてくれたし、気持ちを楽にしてくれた。
司祭様は確かに優しいけど、浄化の儀式意外あまり接点は無いし、子供たちは俺に常に敵意剥き出しだったから、ハーグが唯一の味方な気がしていた。
そうして3日たった夕方。
ハーグの部屋で寝泊まりするのに、物置小屋から出して貰った畳式ベッドで横になって小説を読んでいた時だった。
「ニベウス様」
何時もの爽やかな笑顔では無く、何処か陰りのある表情をしたハーグが部屋に入って来た。
後ろには、金髪ねーちゃんでは無く、ゴツい髭面のおっさんが立っていた。
「ご両親の裁決が決まりました」
俺はこの時、ハーグの表情であまり好くない結果になったことは予測していた。
ハーグと髭面おっさんは位置を入れ替わり、がっしりとした体型のおっさんに見下ろされた俺は結果を静かに聞いた。
「ルキウス・マーシュマロウ伯爵、及びその妻ローザリー・マーシュマロウは我が国を脅かす黒魔術師と共謀し謀反を企て、罪無き幼い命を身勝手な理由で奪ったその行いは、貴族としてあるまじき行いである。よって、ルキウス・マーシュマロウは爵位を剥奪、両者、明日の正午に斬首の刑に処し、その首を我が国の威厳と今後の諌めとするため、王都セリアスにて晒し首とする。以上が、ご両親に下された処罰でございます」
俺は髭面おっさんの言葉を茫然と聞くことしか出来なかった。
斬首、斬首って....首切るって事だよな?
てことは、死刑じゃん。
「俺も、死刑なんですか?」
謀反の罪で死刑なら、息子も死刑になるんじゃないのか?日本の歴史でも、復讐を恐れて一族子供まで根絶やしにする話はよく聞く。
両親が死刑と聞いて自分の心配をする辺り、やはり俺はあの二人の息子では無いのだと実感した。
俺の問いに答えたのは、ハーグだった。
「いいえ、ニベウス様は夭逝のご報告は受けていましたが、葬儀は行われていません。ですので、まだ死者としては教会に登録されていませんので、爵位相続権はお持ちのまま。ルキウス殿のご子息はニベウス様しかおりませんし、子供がまだ未成年の場合、親の罪状で子供を裁く事は出来ません」
つまり、俺は無罪放免?
それじゃあ、おれは今後どうなるんだ?
「ニベウス様は爵位相続権を確かにお持ちですが、教会から報告された魔力の毒はかなり深刻とされています。加えてニベウス様は貴族としての教養も自覚も足りなく、伯爵としての爵位を相続するには余りにも不釣り合いと判断された為、当分は特例としてルキウス殿の弟ぎみのユリウス様が代理として伯爵の実務を請け負う事が決まりました」
ニベウス信用無さすぎワロエナイ....。
てか叔父さんが居たとは知らなかった。
「ニベウス様には先ず、身体の毒を浄化することに専念して頂きます。その為に明日にはプリヒュ教会に移動して貰いますので、急ですが、それまでに準備をしておいて下さい」
髭面おっさんの言っている事がよく分からなかった。
移動する?ここから離れる?
ハーグと離れるのか?
そう理解した途端、俺は急に恐ろしくなった。
ここに来てから今までの事を思い返す。
異世界にきても不安が無かったのは、いつも俺を守ってくれるお母様が側に居たからだ。教会に来てからも、面倒見のいいハーグが気をかけてくれたから、不安はあっても辛く無かった。
周りが俺を拒絶していても、常に受け入れてくれる人がいた。
でも、この人の言う通りに別の教会に行けば、そこで俺は本当の意味で一人になる。
明日の正午でお父様とお母様はこの世の何処にも居なくなる。ハーグだって教会から離れる訳にはいかない。
メイドや教会の子供たちの顔が脳裏に浮かび上がった。
あんな、白い目で見られる毎日を送らなきゃ行けなくなるかもしれない。
そんなの、俺には耐えきれるとは思えなかった。
「俺、此処に居たいんですけど。どうしてもその教会に行かなきゃ駄目なんですか?」
浄化ならここでも出来ていた。なら、わざわざ移動する必要は無いじゃないか。自分でも幼稚な理由だとは分かっていても、不安と恐れで押し潰されそうになっていた心を律する事が出来なかった俺は、子供のように駄々をこねるしか出来なかった。
しかし、そんな俺の身勝手な言い分は却下される。それも、ハーグによって。
「それは出来ません。残念ですが、ニベウス様をフレア教会で引き取る事は出来ないのです」
きっぱりと言い切るハーグに、俺は勝手に裏切られた気持ちになった。
どうしてだよ。あんなに親切にしてくれてたのに。
ハーグの無表情が、やけに冷たく見えた。
「件の事件で、フレア教会、及び被害のあった教会に暮らす子供たちは深い傷を負いました。実際、ニベウス様に被害がふりかかりかけたのも否めません。プリヒュ教会は、フレア領で被害の無かった教会の一つで、そこの神官が自らニベウス様を請け負うと申し出てくれました。プリヒュ教会は都心から離れた地域にありますので情報もそれほど早くはありません。ここよりは安全ですから、どうか理解して下さい」
つまり、ど田舎にお払い箱したいって事か。
そりゃそうか、ハーグにとって俺より此処にいる子供たちのほうが優先なのは当たり前だし、世間では俺は罪に問われないとは言え犯罪者の息子だ。そんな奴を引き受ければ、教会側も風評被害に合うだろう。
頭では分かっていても、俺は釈然としない態度をとってハーグから視線を反らした。
「....分かりました。明日には出ていきます」
投げやりな言い方をしてしまった。
完全に拗ねた子供。ダセェな、俺。
「....ご両親から伝言を預かっておりますが、お聞きになりますか?」
「....会わせては貰えないんですか?」
「それは出来ません」
最後に会うことも許されない。
一目だけでも会いたかったのに。もう、あの二人とはお別れなのか....。
だから、お父様もお母様も伝言を預けるしか無かったのか。
せめて、二人が遺してくれた言葉を知りたい。
「じゃあ、伝言を聞きます」
「はい。では、ご両親からの言伝てでございます。愛している、どうか、ニベウスの行く末が笑顔で満ちる生である事を祈る。以上でございます」
「....それだけ?」
「はい」
短くね?
しかも内容的にお父様っぽいし、お母様からはないのか?
「他には無いんですか?」
「ありません。以上でございます」
そうか....。
お母様、どうしたんだろ。
いぶかしむ俺に髭面おっさんは気を使ったのか、伝言が簡潔な理由を教えてくれた。
「謀反を企てた罪人は彼の意志を継がせない為に伝言でも発言を制限されるのです。これは、ローザリー死刑囚とルキウス死刑囚の言葉を要約したものでございます」
しかし、その理由は俺には理解し難い物だった。
「要約って、伝言じゃねぇだろそれ!ちゃんと教えてくれよ!!」
「出来ません」
髭面おっさんの冷静な返事が更に俺を苛立たせた。
明日には濡れ衣で殺されるってのに会えない話せない伝言もまともに伝えて貰えないだと?
ふざけんなこの髭面。
ガムテでビッてしてやろか!?
「いい加減にしろよこのやろう!!駄目です出来ませんばっか言いやがって、あんた何だったらできんだよ!!」
ここ数日で溜まっていたストレスが爆発した。
俺は元々インドア派だけど、人の目を気にした生活はフラストレーションが溜まるのである。
「落ち着いて下さいニベウス様!興奮されてはお身体に障ります!」
「怒りはデトックスじゃボケェッ!!!こっちはストレスでとっくに障ってるっつーの!!!」
「ニベウス様....」
「もー知らん!出てけっつーなら今すぐ出てってやるよこんな所!バーカ!お前の母ちゃん出べそ!!」
「は....!?」
硬直化した髭面おっさんとハーグの間をすり抜けて俺は教会を飛び出した。
俺はこの時、頭に血が上って怖いもの無しになっていた。
さっきまでボッチにビビっていて事なんかすっかり忘れて敵だらけの外へ飛び出した俺は、町を行き交う人々から案の定白い目を向けられ、こそこそと陰口(微妙に聞こえる)を言われ、耐えきれずに適当な建物の陰に隠れるしか無かった。
勢いで飛び出したから教会には戻りづらいし、屋敷に戻っても誰も居ないだろうし....。
この世界に、俺の居場所は無くなった。
「........はぁ〜〜......」
ボッチつらたん。
お家に帰りたい。日本の実家に帰らせて下さい。




