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ハーグの部屋は礼拝堂の右手の奥にあった。俺が居た部屋より三畳程広く見えたけど、本棚に入りきらない本が床に無造作に積み重ねられていて、むしろ狭く感じる。本に埋もれるようにベッドや机が僅かに存在を主張していた。
....これ、散らかりすぎじゃね?
「では、私はまだ仕事が残って居ますので、遠慮なく寛いで下さい」
「あ、....はい」
寛ぐったって....。
ベッドもやっと一人が横になる位のスペースしか無いんですけど。これじゃあ寝返りもうてないんじゃないんですかね?
部屋に一人残された俺はこのままでは落ち着かないので本を整理する事から始めた。勝手に場所を動かすと怒られそうだけど、散らかってる本をまとめて置いておくだけだから問題ない筈だ。
先ずはベッドあたりから整理を始める。
パッと見ただけだけど聖書や歴史の本が多かった。ハーグは歴史に詳しそうだったからなぁ。
暫く片付けてやっとベッドの全体像が見えてきた。シングルだけど大きめでゆったりとしたスペースのあるいいベッドである。これをほとんど本を寝かせるのに使っていたとは、実に勿体無い。
続いて机の周りに手を出し始めた所でドアがノックされた。
入って来たのは、軍服を着た昨日の金髪ねーちゃんだった。
「おはようございます。ニベウス様。昨日の検査結果のご報告に参りました」
「....どうも」
俺は部屋を出て、昨日の検査をした部屋に遷された。
今回はハーグではなく、三人の軍人が付き添っている。
用意されていた椅子に腰かけると、俺の正面に座った金髪ねーちゃんは勝ち気な瞳を真っ直ぐに俺を見据えて口を開いた。
「結果を申し上げますと、ニベウス様は黒魔術で蘇生されたのに間違いありません」
うん、まぁそれはほぼほぼ分かってた事だけどね。
「採取したニベウス様の細胞から複数の魔力反応が確認されました。フレア教会から提供された子供たちの魔力サンプルと一致した事により、行方不明とされていた子供たちの死亡も確定となった事で、拘留されているローザリー夫人とルキウス伯爵は国法によって裁かれるかと思われます」
「あ、あの!俺、お父様が謀反の疑いをかけられて捕まったと聞いたんだけど、そんなのは嘘です!お母様は俺を生き返らせたかっただけで、謀反なんて考えていません!!」
俺は金髪ねーちゃんの言葉に被せてお父様の無実を訴えた。確かに、お母様のやった事は許されない事かも知れないけれど、お父様は何も知らなかった筈だ。
知らなかった、では済まされない事態かも知れないけれど、濡れ衣を着せられるのとは話が違う。
「残念ですが、ニベウス様はそれを証明できる立場の方ではありません。貴方は死んだあとの事は何も知らない筈です。ご両親がどのようなやり取りを黒魔術師としていたか存じ上げない以上、発言力はあまりにも0に等しい」
お父様が関わったと決めつける言い方に俺はイラついた。
何でだよ。勝手に決めつけんじゃねぇよ。
「ご両親が気掛かりなのは心中察しますが、ニベウス様はご自分の身体を心配すべきです。貴方に滞納している魔力はもはや毒とも呼べる程濁ってしまっている」
「....毒?」
「はい。魔術とは通常、魔術師が己の魔力と自然エネルギーを練り合わせて発動させるものですが、黒魔術のそれは、魔力と生命エネルギーを使ったものです。使う魔力とエネルギーが多ければ多い程、対象物には魔力が混在するのですが、それも時間がたてば無くなります。しかし、ニベウス様の身体に残っている魔力は、時間が解決できる物ではありません。最早、貴方の身体を蝕む毒として留まっています」
昨日の検査で吐き出した液体を思い出す。
あの真っ黒になったやつ?
確かに、そう言われると毒々しい色だった気が....。
黒かっただけだけとな。
「今は眠気と言う形で症状が出ているようですが、今後どのような症状に変化するか分かりません。然る所で魔力の浄化を行って下さい」
あの眠気って、毒のせいだったのか。
急に襲ってきたり、間隔短くなってきたりしてたけど、大して気にはしていなかった。しかし、毒のせいだと分かったとたん俺の皮膚はチキン肌に変わった。
なにそれこっわ!!症状変わるって、痛いのは嫌なんですけど!!
「ど、どのような症状になったりするんですかね?」
「このような例は魔術師の歴史上初めての事ですので、私には解りかねます」
「じゃ、じゃあ、どこで浄化をすればいいんですか?」
「教会です。ニベウス様はご両親の裁判とご自分の処置が決まるまで、このフレア教会で待機して頂く事になります」
え?帰れないんすか?
「昨日は1日だけって....」
「状況が変わりました。申し訳ありませんが、辛抱して下さい」
俺に決定権は無いんですね分かります。
俺はがっくりと項垂れて金髪ねーちゃんの言葉に従った。
金髪ねーちゃんは裁判は三日後に行われると言い残し帰って行った。
ハーグの部屋に戻った俺はベッドの上に倒れこみため息を吐き出す。
大変な事になった。
謀反て....。
一体どうなっちまうんだ?この国の法律なんて知らないし、黒魔術が禁じられた魔術だとするとそれを使ったお母様は相当重い罪になるんじゃ....。
でも、使ったのはお母様じゃなくて黒魔術師だよな?そう言う場合どうなるんだろう。
俺がぐるぐると考えに耽っていると、ドアがノックされて開かれた。
「お疲れ様です、ニベウス様」
ハーグがいつもの爽やかな笑顔で立っていた。
俺はその笑顔に少し癒された。
会ったときと変わらない笑顔は俺の不安定になっていた心を支えてくれた。雰囲気が三代似ているのもあって、ますますハーグの好感度は上がっていく。
俺がゲームの攻略キャラならグッドエンドには行けそうな好感度だ。しかし、俺が女だったらと言う話だけど。
「魔術憲兵の方から既に聞いているかと思われますが、ニベウス様の身柄は一時的にフレア教会が預かる事になりました。お身体の毒も、我々が責任を持って浄化して行きますので、頑張りましょうね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「では、早速浄化の儀式を始めましょう」
え?今?毒って聞いてなるべく早く何とかして欲しいとは思っていたけど、何だか急だな。まるであらかじめ準備してたような早さだ。
「儀式って、そんなに気軽に出来るんですか?」
「今やれるのは司祭様が祝詞を唱える浄化だけです。ニベウス様の毒は思っていたより深刻ですので、早く始めましょう」
御上から任せた宣言されるまで待ってたって事か?
簡単に事情を説明された後、礼拝堂の祭壇の前に連れていかれた俺は、祭壇に立っていた司祭服を着たお爺さんに頭を下げられる。俺も慌てて礼を返した。
「挨拶が遅れてしまい、申し訳ございません。私はフレア教会の取り仕切りを任されております、司祭のハグウェットと申します。このような老いぼれですが、ニベウス様のお身体の毒を浄化致しますのに全力で努めさせて頂きますので、よろしくお願い致します」
「いえ、こちらこそ!その、すみません....」
丁寧に挨拶されて罪悪感が出てきた....。
だって俺、ここにいた子達の命でこの世界で生き返った訳だし....。
「何故謝るのです?」
「え?だって....」
「貴方が罪を意識する必要は御座いません。かのネフェリーナ様はこう説かれました。汝、親の罪を子に被せるべからず。子は国の宝なり。と」
「....はぁ?」
うーん、生前にもキリスト教とかあったから教会とか司祭さんとか見ても偏見とかはしないけどさ、こう説法っての?されてもいまいちピンと来ないんだよなぁ。
「では、始めましょう」
ハーグが頃合いを見ていたのか、俺に水晶のような石のネックレスを着けると、司祭様に聖書らしき本を渡した。
いよいよ浄化の儀式が始まる。
「ニベウス様は司祭様にひざまづいて下さい。司祭様が聖女の祝詞を唱えますので、その間はネフェリーナ様に祈りを捧げるだけです」
ね、簡単でしょう?
と言いたげにハーグは言うけど、ぶっちゃけ俺に信仰心は無い。何処の宗教?と聞かれて仏教?と答える日本人だ。しかもこないだ知ったばかりのネフェリーナとやらに祈る事なんて......あったわ。
「祈りって、お父様とお母様の無事を祈ってもいいんですか?」
俺の問いに、ハーグは困ったような表情を浮かべて司祭様の方を見た。司祭様はひげと髪で殆ど見えない顔を優しく綻ばせる。
「聖女の祝詞は願いを届ける祈りではありませんが、いいでしょう。ニベウス様に必要なのは、最も真心を籠められる祈りなのですから」
こうして、俺は祝詞を唱えられている間はお父様とお母様の無事を祈った。
でも、その祝詞ってのが校長先生の挨拶より長いから途中で疲れてしまったのは内緒である。




