第3話 【アルセリア】蒼の騎士たち
【王暦元年 秋/アルセリア王国】
(前回のアルセリア:父を討たれたレイドは十九歳で即位し、「誰も泣かずに済む国」を誓った)
即位から三日後、レイドは城の作戦室で大きな地図をにらんでいた。
アルセリア王国が押さえている城は三つ。王都アルセ、北の守りの要であるベルン、そして南の森に接するリーフ。広い平原は麦の実りに恵まれているが、山も川も少ない。つまり、攻め込まれれば守る壁がないということだ。
「北はヴァルガ帝国、南はシルフィードの大森林。東のバルドは、今はどこの国にも属していない空き城……」
「毎日そうやって地図を眺めていたら、穴が開いてしまいますよ、陛下」
頭の上から、落ち着いた声が降ってきた。顔を上げると、白い鉢巻きをした金髪の娘が、お茶の盆を持って立っていた。
弓兵隊を率いるセシルだ。即位の朝以来、なぜか毎日こうして様子を見に来る。物静かで、あまり感情を顔に出さない。だがその弓は、二百歩先の飛ぶ鳥さえ射落とすと言われている。
「……そんなに見てたかな」
「朝から三度、お茶を替えました。一口も飲まれていません」
レイドは苦笑して、冷めたお茶を一気にあおった。
そこへ、扉を開け放ってガウェインが入ってきた。その後ろに、蒼い軍服に白いズボンの若い騎士と、フードの魔導師が続く。
「陛下、報告です。東のバルド城、やはり空っぽだそうですぜ」
「空っぽ?」
「前の城主が逃げ出して以来、守る者がいないんですよ。北のヴァルガも、東のドルムントも、狙ってるはずだ」
若い騎士が、一歩前に出た。レイドと同じ年頃の、黒髪の青年だ。
「ロランです。騎兵隊に配属されたばかりですが、先陣はぜひ私に!」
声が大きすぎて、作戦室の窓が少し震えた。ガウェインが額を押さえる。
「こいつはこういう奴で。腕は悪かないんですが、まっすぐすぎる」
「まっすぐなのは、悪いことじゃないよ」
レイドが笑うと、ロランは顔を真っ赤にして、なぜか敬礼を二度した。
最後に、フードの魔導師がそっと口を開いた。紫がかった黒髪が、フードの奥からこぼれている。
「宮廷魔導師のノエルです。……バルドへの道は平原ですから、騎兵なら三日もかかりません。ただ、北の稜線からヴァルガに見られます」
「見られたら、どうなる?」
「空き城を取り合うことになります。でも……先に入ってしまえば、攻めるのは向こうです」
ノエルはそう言って、地図の上に細い指を置いた。王都からバルドへ、まっすぐに伸びる街道。
レイドは、四人の顔を順に見た。古参の将、弓の名手、若い騎士、そして魔導師。父が残してくれた、この国の剣だ。
「――行こう。バルドを取る」
◇
出陣の朝。王都の城門の前に、五つの部隊が並んだ。
先頭にレイドの騎兵隊。続いてロランの騎兵、ガウェインの重装歩兵、セシルの弓兵、そして最後尾にノエルの魔導兵。この国にそろう、すべての兵種だ。
「歩兵は騎兵に強く、騎兵は弓兵に強く、弓兵は歩兵に強い」
馬上で、ガウェインが独り言のようにつぶやいた。
「先王がよく言ってましたよ。強い部隊がひとつあっても、勝てるとは限らん。相手に合わせて将を出せ、と」
「……だから父上は、いつも大勢を連れていたんだな」
「そういうことです。五人でひとつの軍。誰かが倒れても、次がいる」
レイドは後ろを振り返った。ロランが緊張で手綱を握りしめ、セシルが空を見上げて風を読み、ノエルが小声で呪文の練習をしている。
「――出陣!」
蒼い旗がひるがえり、馬蹄の音が平原に響いた。
◇
二日目の夕暮れ、軍は小さな川のほとりで野営した。
レイドが馬に水を飲ませていると、ロランがおずおずと近づいてきた。昼間の威勢はどこへやら、手綱をいじりながら、なかなか口を開かない。
「どうした、ロラン」
「あ、いえ……その。陛下は、騎士団の見習いの頃のこと、覚えておられますか」
「少しはね。俺も十二の歳から、二年だけ見習いの宿舎にいた」
「はい。私は陛下より二つ下の組でした。……陛下は覚えていらっしゃらないと思いますが、一度、木剣の稽古でお相手をしていただいたことがあります」
レイドは首をかしげた。正直なところ、覚えていなかった。
「すまない。そのとき、俺はどうだった?」
「三合で、私の木剣を弾き飛ばされました」
ロランは、なぜか誇らしげに言った。
「そのとき、隣で見ていた同期に言われたんです。『あの人の剣は、相手を倒すんじゃなくて、相手が倒れないように止めてる』って」
「……ずいぶん、よく見ている同期だな」
「はい。カインといって、同期で一番の腕でした。南の生まれで、口数は少ないけど、誰よりも稽古をする奴で」
ロランの声が、少しだけ沈んだ。
「三年前、母親の病がひどくなって、騎士団を辞めて南へ帰りました。ネフェルの施療院に母親を預けたと、一度だけ手紙が来ました。それっきりです」
川面に、夕陽がきらきらと揺れている。
「……今度、陛下の騎兵隊に入ったと知らせたら、あいつ、どんな顔をするかなって。それだけです。すみません、つまらない話を」
「つまらなくないよ」
レイドは、ロランの肩を軽く叩いた。
「いつか会えたら、俺にも紹介してくれ。俺の剣をそんなふうに見てくれた奴に、礼を言いたい」
ロランは顔を輝かせて、また敬礼を二度した。
その様子を、少し離れた焚き火のそばで、ガウェインが苦笑しながら眺めていた。
◇
バルド城に着いたのは、三日目の昼過ぎだった。
ガウェインの報告どおり、城には誰もいなかった。門は半分開いたままで、中庭には枯れ葉がたまっている。ただ、城下の村には、まだ人が住んでいた。
村人たちは、蒼い旗を見ると家に閉じこもった。窓の隙間から、怯えた目がいくつもこちらをうかがっている。
「……怖がられていますね」
セシルが、小さく言った。
「当然ですよ。軍が来るときは、たいてい何かを奪いに来るときですから」
ガウェインが肩をすくめる。レイドは馬を降り、村の真ん中の井戸の前まで歩いていった。そして、周りの家々に向かって声をかけた。
「アルセリア国王、レイドだ。今日から、この城はアルセリアが守る」
返事はない。
「税は、先の城主の半分にする。兵には、村のものに手を出させない。もし破る者がいたら、俺に言いに来てほしい」
しばらくして、一軒の戸がきしんだ。出てきたのは、腰の曲がった老婆だった。老婆はレイドを上から下まで眺め、それから、しわくちゃの手で小さな包みを差し出した。
「……若い王さま。焼きたてじゃあないけど、麦のパンだよ」
レイドは、両手でそれを受け取った。まだ少し温かかった。
「ありがとう。……大事にいただく」
そのやり取りを合図のように、あちこちの戸が少しずつ開いていった。
後ろで、ロランが鼻をすすっている。ガウェインはその背中を乱暴に叩いて、だれにも聞こえない声でつぶやいた。
「……先王より、口がうまいや」
◇
その夜、レイドは城壁の上から、北の稜線を眺めていた。
月明かりの下、雪をかぶった白嶺の山々が、青白く浮かび上がっている。父が死んだグランの峠は、あの山並みのどこかにあるはずだった。
「陛下、冷えますよ」
ノエルが、毛織りの肩掛けを持って上がってきた。フードを少しだけ後ろにずらすと、まだあどけなさの残る顔がのぞいた。
「ありがとう。……ノエルは、魔導学院の出だったな」
「はい。……成績は、ずっと二番でしたけど」
ノエルは、少しだけ苦い顔で笑った。
「一番だった子は、今、北の帝国にいます。いつか、戦場で会うことになるかもしれません」
レイドは、何と言えばいいか分からなかった。この大陸では、そういう話がめずらしくない。昨日の友が、今日は別の旗の下にいる。
「……そのときは、俺も隣にいるよ」
「陛下が隣にいたら、余計に緊張します」
ノエルが真顔で言ったので、レイドは思わず吹き出した。
城下の村に、ぽつりぽつりと灯りがともっている。昼間はあれほど固く閉ざされていた窓が、今は少しだけ開いて、夕餉の煙を夜空に流していた。
こうしてアルセリア王国は、血を流さずに四つ目の城を手に入れた。
だが、その知らせは、北の雪山の向こうにも届いていた。
本作は、ブラウザで遊べるシミュレーションゲーム『Last Sovereign of Eldia ―六王戦記―』の小説版です。
ゲームでは六つの国から好きな君主を選び、武将を率いて大陸統一を目指せます。
レイドたちと一緒に戦ってみたい方は、ぜひ遊んでみてください。
▼ゲームはこちら(PLiCy/無料・ブラウザですぐ遊べます)
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