03 馬鹿と天才は紙一重
長い休暇が終わり新学期が始まって間もなく。
「試験の結果張り出されているよ!」
友人のルナ・イーグレットが話しかけてきた。
新学期早々に行われた定期試験の結果が出たのだ。彼女と共に試験結果を確認する。
ララは学年でもトップクラスに優秀だ。
名前が書かれているのも、勿論てっぺんの……
「流石ララだね、今回も学年2位!!!」
「ぐっ!!!!」
ガンっと両拳で壁を叩く。
ピッタリ下の、2位だった。
今回の試験の出来は我ながらよかった。
その期待通り自己ベスト、過去最高得点を取ったにも関わらず、1位に届かなかった。
「今回こそはって思ったのに...!!!」
悔しさを隠そうともせずに、ぎりぎりと1位の名を睨みつける。
会心の出来、予習復習も我ながらバッチリ。
殆どの科目、満点か満点に近しい点数を取っている。
ところどころ満点を落としているのは、最後の問題が解けてないからだ。
定期試験名物でもある、各科目毎に用意されているチャレンジ問題。
学生が解けない前提で組み込まれた、専門性が高く先生の趣味が半分入ったチャレンジ問題。
解けなくても仕方ないから間違えても特にペナルティはないけど解けたらプラスで加点しますよ、まぁ、解けるもんならですがね!と言った具合で、用意されている問題があるのだ。
多分だけど、学生が解けない前提どころか、お前ら小童には解かさねぇからな?くらいの勢いで出題していると思う。
実際、ララでも正答率は4割くらいになる。
今回は正答率6割まで持っていたのに、ダメだった。
特に数学の最後の一問は、こんなの誰が解けるんですの?と思ったほどだった、のに。
「流石だね〜ウィル王子、今回も満点だぁ。」
なのに、あいつは当然のようにフルスコア、一問の欠けもない数字を取っている。
「ええ、本当……。あの舐めた態度の男にどうして、どうして!毎回負け越さなければならないのかしら!!」
「ええ〜、ララだって毎回2位じゃん。
私なんて36位だよ?前回より成績上がったのにー。」
そう不満を漏らせば、充分すごいとルナは褒めてくれる。
けれどそれで気が晴れるほどこの因縁は浅くない。だって、この学園に入学して一度も、1位と2位の名前が変わることはなかったし、入れ替わることもなかったのだから。
「そもそも私は、1位を取りたいのではなくて、あの舐めた態度の男に負けるのが気に食わないの!」
「あーまぁ、うんその気持ちはわからなくはない。」
ララの怒りにルナも同意する。
そもそもララはウィルのことを気に食わないと思ってはいる。だが、人の努力を妬むほど醜い人間ではないつもりだ。
ならば何故と思うかもしれないが、それはとても単純な話で、あの男は全く努力をしていないからだ。
授業中は最後尾の席で熟睡をかまし、試験準備期間に皆が必死に復習をしている中、教科書のひとつも開かない。
真剣に授業を聞くのは、ティアに関係する話が出た時だけだ。
入学してもう3年目、あの男、一回でもノートを取ったことがあったかしら!!!
「この話、頭が痛くなるからこれ以上はやめとくわ……。
それよりも、36位ってとっても凄いじゃない!
私が言うと嫌味っぽくなっちゃうかもしれないけど、チャレンジ問題以外の間違いは殆どなかったのでしょ?一緒に勉強頑張った甲斐があったわね!」
「そう、かなぁ?」
「そうよ!それに貴方は紙面の成績よりも───」
そこで話が途切れた。
「イーグレットは実技がぶっちぎりだからな。紙面の成績で勝てなきゃ、1位を取れないお前と違って別に秀でたとこがあるわけで。」
目の上のたんこぶである件の男が、満面の笑みで話しかけてきたからだ。
「あら、上に立つものが下々を見下す狭量さを隠しもしないとは、崇高なる騎士ヴィルの子孫とは思えませんわ!」
「はっ、こっちから願い下げだね!
お前こそ、その嫌味な言い回しも口調も心優しきティア様と同じレオナール家の者とは思えないな!」
「何処の何の本を読んだら悪女が心優しき女になるんですの?その沸いた頭に負けているという事実で余計に腹立たしくなってきましたわ!」
「まーたやってらぁ。」
2人の口論に蚊帳の外へと追い出されたルナが呆れる。
当然のようにララの横に立ち、煽るように彼女に声をかけたウィルと、その口車に簡単に乗せられて、口論を始めた2人を見てルナはため息をつく。
「いーっつもこれだぁ、
馬鹿と天才は紙一重ってやつ?」
顔を合わせればすぐ口論になるくせに、ウィル王子はララにちょっかいをかける事をやめないし、ララはララで、スルーすればいいのに謎の対抗意識でつっかかっていく。
「お似合いだよ、色んな意味で。」
似たもの同士のいつもの口論を、他人事とばかりに眺めていれば
ゴンっ!!!!!!
と教師からの制裁の拳が2人の脳天に落ちた。
口論に終止符が打たれたのだ。
悶絶する2人をニコニコと笑顔で見下ろす教師に、ルナは心の中で合掌する。
これもまた、いつものことだった。
この残念な天才たちは、さらにとても残念なことに王子と貴族だった。家格の高い2人の口論に口を挟める身分を持つなんてこの学園には殆どいない。
入学当初、ひょんなことから今日みたいな口論が勃発したが、そんな状況だ。周りはオロオロとして、誰1人動けないでいた。
だんだんとヒートアップしていく2人の喧嘩に、ただひとり立ち向かう新任教師がいた。
「もうこうなったら、拳で止めるしか無いと思いました。」と後に語った彼は、周りの見えなくなった2人の脳天に思いっきり拳を落とした。
────あれは、本気だ。
「喧嘩は両成敗です!」
そう言われた2人は、先生の顔を見るなりヒッと声をあげて正座した。
どんな顔をしていたのかは2人にしか分からないが、以来彼らの喧嘩は、愛ある拳が終わりの合図となったし、2人が先生に逆らうこともなかった。
これが、王立学園の日常を超えて名物となっている一連の流れだ。
「はぁ、貴方達はどうして…。
王立学園の首席と2位がこれじゃあ、他のものに示しがつきませんよ…………。」
よよよ、とハンカチで涙を拭う仕草をする我らが教師だが、涙は一滴も流れていない。
この先生は先生でなんか、おかしいんだよなぁ…とルナは思いつつも、深掘りするのは深淵を覗きそうなのでしないことにしている。
「いつも、お疲れ様です!」
「なんとなく反面教師になってるから大丈夫です先生!」
「あの2人が諍ってくれるお陰でなんか仲良くしなきゃなって気分になれるっす!」
一連の流れを見ていた生徒達がおだてるように教師に向かって言う。本心半分、こっちにターゲットが向かないようにの保身半分といったところだろうか。
この王立学園は、国が優秀な人材を発掘、育成する為に創立されたため、身分による制限がない。
優秀である事を前提としているため、狭き門ではあるが、逆に成績さえ良ければ貴族でなくても入学が可能だ。金銭面に余裕がない場合でも、卒業まで手厚く支援してくれるので、この狭き門をくぐりたいと挑戦する平民はそこそこいる。
身分による制限がないという事は、当然この学園に身分制度は通用しない。
貴族だから優遇されることも、平民だから冷遇されることもない。
そんな建前上は平等を謳う学園だが、身分制度の中で生きてきた生粋の貴族達と平民達の間にある隔たりは、簡単に消せる者ではなかった。
───平等にしなければ、表面上は。
そんなギリギリなバランスの上で成り立っている関係。大事に至る事はなくとも、差別意識だったり、疎外感だったりはうっすらと皆感じていた。
それを粉々に吹き飛ばしたのがウィルとララだった。
入学早々、首席と2位が口論からの大喧嘩を始めたのだ。
あまりにも激しい大喧嘩は、徐々に口論から手が出るようになり、剣と魔法の応酬にまで発展した。
整備されたグラウンドに土埃が舞い、爆発、そして穴が空く。
何事かと物見遊山で見物客が集まれば、ヴィルを貶しただの、ティア様は素晴らしい方だの、実に下らない内容を叫んでいるのだから意味がわからない。
てっきり、かつての王家と現王家の末裔が因縁を掲げ、争っているのかと思えば、怪文書のような言い争いをしているため見物人達は呆気にとられた。
そして収集がつかなくなった頃、当時新任だった例の教師が拳を振るった。
先生の影が伸びたと思えば、暴れる2人をがっちりと拘束して拳から放たれる重い一撃が脳天に入った。
あまりにも見事なコンボ技だった。
かくしてこの争いは一時決着した。
以降、この新任教師は『救学の英雄』と呼ばれ、優秀な問題児2人の専属担任(丁度良いと押し付けられた)となるのだがそれはまた別の話。
因みにこれ以降、2人は学園内での死闘と救学の英雄の許可なしでの魔法と剣の使用は禁止となった。
そんな一連の流れをぽかんと眺めていた周囲は、まだこの争いが日常の一部になる事を知らなかった。彼らは幼少期からこれをずっと続けていたのだから、当然といえば当然なのだが。
他人の振り見て我が振り直せとはこの事。
あの争いを見ていたもの達は皆、身分の隔たりとかどうでもよくなっていた。というよりも、あの拳のターゲットになるになることを恐れた。
頑丈そうなあの2人じゃなければ、普通に息の根が止まるのでは……?という恐怖がよぎったからだ。
それくらいあの日の先生は怖かった。
だって、おどおどとした風を装っていた割に、暴力までの一連の流れがすごく手慣れていたというか……。
とまぁ、かくして王立学園は身分の差など気にせずみんな仲良くしようというのが暗黙の了解となった。そして、決してあの先生を怒らせてはいけないという絶対的ルールも出来た。
因みにこの一件で「何だあの子おもしれぇ!」ってなったルナが釣れたので、ララは学園ぼっちを回避する事もできた。
もしルナがいなければララの学園生活は、ウィルとの口論で終わっていたであろう。あの騒動を起こした人間にわざわざ絡みたい物好きなんてほぼほぼ居ないのだから。
………まぁ、ウィルがいなければまともな学園生活が送れていただろうというのは、そこはそれ。
一応、ファインプレーである。
「お前のせいで怒られただろ。」
「あら、不必要に突っかかってくる貴方のせいではなくて?」
暫く拳に沈んでいた2人は顔を合わすなり、懲りずに言い合いを始める。
これだけ何度も痛い目にあってきているのによくやるなぁと逆に感心してしまうほどだ。
「本当に、貴方達は変わりませんね。
いい加減、堪忍袋の尾が切れてしまいそうですよ。」
「え、まだ切れてなかったんですか?」
事態を諦観していた生徒は、本日何度目かの拳をふるいながらため息をつく救学の英雄に再度恐怖を覚えるのだった。




