悪目立ち
修行を始めて大体一年経った。カトリンは確かに強くなっていたが、それでもリリットの足元にも届いていない。
今日はリリットが修行を休んでもいいと言ってくれた。だが、カトリンは修行を続けていないと落ち着かない体になっていた。詠唱をした後、体に水を纏わせまま継続する練習を続ける。
「一……二……三……」
魔力強化した掌底を木に向かって打つ。目標はリリットの一撃。一発で木を折った、あの理想の技。
そこに、ニヤついたいじめっ子たちがやってきた。
「おいカトリン。最近ずーっと用心棒んとこ行ってんな? 何してんだよ? 教えてくれよ。おい、どんなお色気術を教えてもらってんだ? 俺たちに見せてくれよ」
「気持ち悪〜! 目の見えないやつから何教わってんだよ〜!」
いじめっ子たちは笑っていた。だがカトリンは気にすることなく、打ち続けていた。
「二十……二十一……」
「おい、聞いてんのかよ?」
いじめっ子がカトリンの肩に触れようとしたその時、いじめっ子の手がカトリンの身体を滑るように流れていった。いじめっ子はたたらを踏む。
「うわっ……なんだよこれ……!」
「三十……」
「おいフザけんなよ!」
カトリンの肩を押そうとしても、また受け流される。いじめっ子は顔を赤くして怒鳴った。
「おい!」
「……なに?」
カトリンはようやく木に向き合うことをやめ、いま気付いたかのようにいじめっ子たちの目を見た。いつにも増して澄んだ目だった。
いじめっ子たちは気圧された気がした。
「キモいんだよ……! ずっとぼーっとしやがって。エイミーちゃんが怖がってんだよ!」
「エイミーって、誰だっけ?」
「テメェ……」
いじめっ子は信じられないといったふうに目を丸くした。カトリンにはエイミーという名に聞き覚えはあっても、顔と名前は一致していない。
「アンバーさんとこの、一個下の女の子だろうが……!」
「ああ、アンバーさんの。あ、あの子か。思い出した」
カトリンは納得したように手を打った。それを見たいじめっ子たちは、途端に肩を震わせて一斉に殴りかかってくる。
カトリンは受け流しながら一人の腹に掌底を打ち込んだ。威力は大したことがないはずだ。だが、修行している者とそうでない者とでは次元が違う。
いじめっ子は腹を押さえて蹲った。
「あ……うぅ……」
「何しやがる!」
だがカトリンは聞いてもいなかった。ひたすら自分の手を見つめている。
「……強くなってる……強くなってる! あはは! やったぁ!」
カトリンは狂ったように飛び跳ね回った。いじめっ子たちは理解できないものを見る目でカトリンを見ながら、蹲った男子の肩を担いで離れていった。
カトリンがいじめっ子たちの不在に気付いたのは、しばらくしてからだった。
・・・・・
その日の食卓で、カトリンはディアナとブルーノに自慢していた。
「私ね、あいつらより強くなってたの! リリットさんに教えてもらった通りにできてたの! すごいでしょ!?」
カトリンは得意げに二人を見た。だが、二人の顔は明るくはなかった。
「カトリン……」
「……? なに?」
「あまり、暴力はよくないよ……ましてや、村の子たちだろう?」
「……なんで……?」
「なんでって……」
「私を……いじめてたのに……?」
「それはそうだけど……」
「……」
二人の顔を見たカトリンの表情は暗く沈んでいた。
・・・・・
「リリットさん、私どうすればよかったのかな?」
翌日、カトリンはリリットの小屋の前で薪に座りながら聞いた。リリットは盲目だからと、カトリンが薪割りを代わりに申し出ていたのだ。
「お前は元々、魔法の才能を持った強者だ。向こうが関わろうとしなければ、お前も向こうを知る由もない。弱者と強者は、あえて交わろうとしなければ交わらないものだ」
「……?」
「……つまり、強くなれば、そういうこともある」
「そうなの……?」
「だから、強者はそれを振りまいてはいけない」
「……なんで?」
「お前は村の中で生きているからだ。人の中で生きているからだ」
「……よく、分かんない」
「分からなくてもいい。分かったフリだけしておけ。あまり悪戯に力を見せびらかすな」
「そういうものかな……」
「そういうものだ。……そろそろ帰れ。今日の修行はもう終わりだ」
「でもまだできるよ?」
「休むことも修行のうちだ。分かったら帰れ」
「……は~い」
カトリンは不満そうに返事をすると、とぼとぼと帰路についた。リリットは黒い包帯の下で、カトリンの背中を見つめていた。
「私が言うことではないな……」
自嘲するように呟いた。
リリットは小屋の中に入ると、棚に置かれていた瓶を手に取って中に入った三つほどの粒をカラカラと転がした。目隠しの奥で、寂しそうにそれを見つめた。
・・・・・
「そうだ。良いぞ。距離が離れたら水を放て。圧縮して斬る水だ」
リリットはカトリンを軽くあしらいながら、修行をつけていた。
カトリンは確実に成長している。サラが言っていた「三年」の期限まで、あと一年。この調子なら、奨学生も申し分ないところまで進むはずだ。
カトリンはリリットに躱され、たたらを踏みながら距離を離される。そして振り返ると同時に高圧の水を無詠唱で手から噴射してリリットに浴びせかけた。だがそれはリリットの纏う振動の魔力によって霧散していく。
「いいぞ。今のは低ランク冒険者を殺せる一撃だ。続けろ」
「やっ!」
カトリンは果敢に挑み続ける。だが、やはり一撃すらリリットに浴びせることもできず、疲れ果てて倒れ込んだ。
「……よし。今日はここまでだ。帰って休め」
「……はぁ……はぁ……」
カトリンは肩を上下させながら這いつくばって立ち上がろうとしなかった。いつもならばこの状態からでも立ち上がるはずだ。
「どうした?」
「はぁ……ふぅ……ふー……」
カトリンは呼吸を落ち着けるために深く息を吐くと、顔を上げてリリットを見た。
「……リリットさん。私、最近みんなに嫌われてる気がする」
「どういうことだ?」
「……村のみんなが私を避けるの。お父さんもお母さんも、あんまり話しかけてこようとしない」
「……そうか」
リリットは自然にカトリンへ手を差し出した。カトリンはその手をとって立ち上がる。
リリットはハッとして自分の掌を見つめたあと、首を振った。
「……少し無理をさせすぎたかもしれん」
「……?」
「強い者は異端になる。異端になれば排除される。それは宿命だ」
「異端……?」
「お前は異端になりかけている。いずれアルディオスに旅立つつもりだろうから、それは構わないかもしれん。だが、あと一年と半年はこの村にいるんだ。だから、その間は大人しくしておけ」
「……せっかくいじめられなくなったのに……?」
「そうだ。強い奴は怖い。……だから、私はこんな村外れに住んでいるんだ」
「……強い奴は怖い……?」
「修行をやめろとは言わん。だが、修行を見せびらかすのはやめろ。修行をしたくなればここでやれ。ここなら村人の目はほとんどない」
「……そういうものなの?」
「そういうものだ。分かったな?」
「……は~い」
「さあ帰れ。父親の仕事の手伝いでもしてやれ。たまにはな」
カトリンは頷くと、とぼとぼと帰っていく。
修行をつけるごとに、カトリンの背中は小さく見えるようになっている気がした。
「……これでいいのか?」
そう独りごちた。リリットの頭には、サラの適当そうな笑顔が浮かんでいた。そして、魔王城での最後の戦いの時の、殺意に満ちたサラの顔も同時に浮かんでいた。サラは、どうやって孤独を回避したのだろうか。
「いや……あの女は気にしないタイプだな……」
考えるのをやめた。
そして、唐突に魔王の顔が脳に浮かんだ。
「……魔王様は……気にするタイプだったな」
懐かしい日々。共に戦い、勝利の喜びも、仲間を失った悲しみも、分かち合った。彼が魔王になってからは、隣に立つために将軍にまで登り詰めた。楽しかった戦いの日々だ。
「……」
リリットは小石を蹴り飛ばした。
「行儀が悪いですな」
突然声が響いた。慌ててそちらを見ると、そこにはフロリアン司祭長が立っていた。こんなに近付かれても気付かなかったとは、考え事に集中しすぎていた。
「……何をしに?」
「いえ、あなたに特に用があるわけではないのです」
「……」
フロリアンは一歩、二歩と近付いて、手を背中で組んだ。
「カトリンのことです。あの子はあなたが修行をつけているそうですね? ああ、いや、これは周知の事実なので確認する必要もありませんね」
「……それで?」
「カトリンには、どのような教育を?」
「……戦場で生き残るための教育だ。行儀の良い魔法は、学校で学べば良い」
「戦場で……。なるほど」
フロリアンは顎髭を撫でる。
「どこか戦場をご経験されたのですか?」
「……この目は戦場で」
リリットは黒い包帯の目隠しを触った。こういう時のために用意してあった嘘だった。
「おや、先ほど小石を正確に蹴り飛ばしていたように見えましたが……まあ良いでしょう。あなたのお陰で野盗の被害はほとんど無くなりました。感謝していますからね」
フロリアンは「ですが」と付け加える。
「あの子は少し、浮世離れし始めています。元からその気はありましたが、最近は特に。魔王がいなくなってせっかく平和になった世界で、戦場の教えを受けているからでしょうか……」
憂いを帯びたため息を、これ見よがしについた。
「ああ、文句を言いたいのではありません。カトリンのためだと言うのは分かっていますから。ただ、あまり戦場について教えすぎないでもらいたいのです。……カトリンは、怖がられています。同時にあなたもです。用心棒殿」
「何が言いたい?」
ため息をつきながら、フロリアンはリリットの蹴飛ばした小石を拾い上げる。
「村の子どもたちが私に相談してきましてね。どうもカトリンが不気味で怖いらしいのですよ。親から『あの子に近付くな』と言われてはいても、子供ですからな。前までは普通の娘だったのに、今では遠くへ行ってしまった元友達を、無視できるはずもありません。彼らなりに関わりを保とうとしているそうです。やり方には感心しませんがね……。ましてや、あなたの修行を受け始めてから、カトリンは人が変わってしまったようだ。アスピヴァーラ様の影響もあるのでしょうが……」
フロリアンは石を眺めながら言ったあと、その場にしゃがんで地面に優しく置いた。
「ともかく、カトリンは今のままでは、あの子自身にとっても良くはないでしょうね」
フロリアンはリリットの目隠しの黒い包帯をじっと見た。
「……あまり目立ち過ぎると、私でも村人を抑えられなくなります。どうかご注意を。今日はそれだけ言いに来たのです。……では、御機嫌よう」
フロリアンは手を後ろに組んだまま村の方へと歩いていった。
「『元友達』だと……? ふん……調子の良いことばかり聞かされているんだな……」
フロリアンの背中に吐き捨てるように言った。フロリアンには聞こえていなかっただろう。
「目立ち過ぎると……か。……魔王様も、そうだったのかもしれんな……」
馬鹿にしたように鼻で笑った。だが、それは明らかにリリット自身を馬鹿にした笑いだった。




