掴めない
サラは案外あっさりと村を去っていった。最後の見送りさえ不要と言い切り、村人たちの気付かない内に勝手に帰ってしまっていた。サラを見送ったのは、カトリンたち一家と、フロリアンだけだった。
・・・・・
サラが村を去ってから二日後、カトリンはリリットの小屋の庭まで来ていた。地べたに座らされ、目を閉じてひらすらに集中している。
「まずは魔力を扱えるようにならなければいけない。呼吸をするようにな。そうでなければまともな修行などできん」
リリットは目を閉じて自分の内面に向き合うカトリンにそう言った。
「あの女に魔力をもらって魔法を使ったと言っていたな? ならば感覚は分かっているはずだ。次は自分の魔力でやれ。それができたら報告しろ。私は少し野暮用で出てくる」
それだけ言い残して、リリットは森の奥へと消えてしまった。何をしているのかなんて分からない。だが、カトリンがやるべきことは明確だった。
「う〜ん……!」
唸ってみる。だが魔力は掴めない。
力んでみる。だが魔力は欠片も分からない。
これまで、たまに魔法が暴発することがあった。
母の仕事を手伝っている時、水が爆発したように溢れた。あの感覚を思い出すのだ。
ふと、サラの言葉が脳裏に浮かぶ。『やりたいっていう気持ちが大事』。
何をやりたい? 魔法を出したい。
「違う……そういうことじゃなくて……もっと具体的に……そうだなぁ……水を浴びたい!」
カトリンは水を浴びて気持ちよく跳ね回る自分の姿を想像した。そうだ。それが良い。
「『水を浴びさせてください』!」
詠唱は何でもいいと、サラが言っていた。身体は川、手のひらが池。手のひらに溜まったものを放出するイメージで……。
「……あっ!」
手のひらから水がちょろちょろと噴出し、溢れ始めた。水浴びとは言えない。だが、それは間違いなく魔法だ。
「で、出た……! リリットさん、出た……!」
だが、リリットはまだ帰ってきていなかった。リリットならどう言うだろうか。頭のなかで想像したリリットが、「もっと繰り返せ」と言っている気がした。
せっかくならば、もっと色々な形でやりたい。
「えーっと……『水の玉を飛ばしたい』!」
イメージ。身体は川、手のひらが池。池を丸ごと投げつけるような、そんなイメージで……。
「えいっ!」
指先ほどの小さな水の弾が、放物線を描いて飛んでいく。
「やった! できた!」
そして放物線の落ちるところに、リリットがいた。パシャンと小さな音を響かせ、水の弾がリリットの顔に落ちる。その目隠しの包帯はわずかに濡れた。
カトリンの顔はその瞬間に真っ青になる。
「……っあ……リリット……さん……! ご、ごめんなさい……!」
あわあわとリリットに駆け寄り、拭く物を探して結局見つからず、怯えた目で平謝りするしかなかった。
「ご、ごめんなさい……」
「……」
リリットは濡れた目隠しのままでカトリンを見下ろしていた。黒い包帯で隠れているはずの目に射抜かれている感覚がして居心地が悪かった。
「……く……」
リリットがそっぽを向いて口を押さえた。
「え……?」
カトリンは上目遣いのまま呆気にとられた。
「わ、笑って……?」
「ふぅ……上出来だ。もうここまでできるか。飲み込みが早いな」
カトリンに向き直った顔は、もういつもの無表情だった。少し鉄臭い気がしたが、いつものリリットだった。
「は、はぁ……」
リリットが怒っていないと知るやいなや、カトリンは安堵のあまり息を吐いた。
リリットは自分の身体に手を当てると、重低音が響き始める。みるみるうちに包帯についていた水分がはじけ飛んでいく。
「え……それは……」
「……これも魔法だ。本来上位の実力者は詠唱などいらん。あの女は仲間がいたからな。誤射しないようにあえて詠唱するのだろう。それと詠唱したほうが確実性が高まる」
事もなげにそう言うと、顔を振ってからカトリンに向き直った。赤い髪の毛が艷やかに揺れる。
「お前はまだ無詠唱など考えなくていい。詠唱の感覚を身体に染み込ませろ。そして、毎日魔力が尽きて倒れるまでやれ。魔力量を伸ばすにはそれが一番だ」
「は、はい……っ!」
「私がやめても良いというまでは毎日続けろ。終われば次の段階へ進む。実践的な魔法の訓練だ。覚悟しておけ」
「はいっ!」
「……良い返事だ」
リリットはカトリンに触れようとして、自分の掌を眺めてからやめた。カトリンは首を傾げた。




