お茶会
約束の夕方、雲一つない空を傾いた陽が赤く染めていた。少し肌寒い中をサラは歩いて、村の外れへと向かう。時折すれ違う村人たちは、今やサラに親しみを込めた目を向けていた。
サラは小屋の扉をトントンと叩く。
「来たよぉ〜」
ほとんど間を空けずに扉が開かれ、目隠しの包帯をしたままのリリットが姿を見せた。口を真一文字に結んでサラを見つめている。
「本当に来るとは思っていなかった」
「嘘だぁ〜。だって扉の前で待ってたでしょ?」
リリットはピクリと頬を引きつらせると、扉の前から退いた。
「……入れ」
サラは遠慮なく中へと入る。多少の生活感を残した小屋の中には、暖炉が焚かれていた。
リリットは無言で椅子を指差すと、さっさとお茶の準備を始めてしまった。サラは指定された椅子に遠慮なく座り、リリットの様子を眺めている。
「その包帯って見えてるのぉ?」
「……見えている」
リリットは湯気を立てた紅茶のカップをサラの前にトンと置くと、サラの向かいに座った。自分の分のカップを傾けながらサラの顔を見ている。
「……土産は持ってきたんだろうな」
「お〜そうだったぁ」
サラはごそごそとボディバッグの中を探ると、小さな瓶を取り出した。高級感のある意匠がところどころに施されている。
リリットは怪訝そうに眉をひそめながら、黒い包帯の奥で瓶を見つめているようだ。
「それは?」
「香水だよぉ。帝都の富裕層に人気の高〜いヤツ。使いかけでごめんねぇ。私にはちょっと甘過ぎたかなぁ」
「……」
リリットは差し出された香水を受け取ると、机の上に置いた。
「すっごく『女の子』って感じの匂いなんだよねぇ。ほら、私ってそういう感じじゃないでしょぉ?」
「……見た目はむしろそういう感じに見えるが」
サラは愉快そうに首を反らせて笑った。
「あなたってこういう会話に乗ってくるんだぁ」
「黙れ。お前が望んだんだろう」
「あはは、ごめんごめん」
ひとしきり笑ってからリリットに向き直った。
「……それで、なぜこれを私に?」
リリットは指先で瓶をくるくると回しながら聞いた。
「だって、流石に食べ物をあげるわけにはいかないでしょお? だって人しか食べれないし。あ、亜人でもいいんだっけ? まあ、亜人でも無理だけどぉ。食べ物以外のお土産って難しいんだよねぇ」
まるで友達に話すかのようにペラペラと話す。サラは身ぶり手ぶりを交えて楽しそうにしていた。
「それに、あなたから甘い匂いがしたら面白そうじゃない?」
冗談めかして言う。だが、リリットはもう冗談に乗る気はないようだった。
「……なぜそんなにヘラヘラしていられる?」
冷たい声は、困惑しているように聞こえた。
「へ?」
「私たちは、かつて殺し合いをしたんだぞ」
「でも今はしてないじゃん」
「……」
サラはまるで面白い冗談でも聞いたかのような顔をしていた。リリットは困惑して眉を八の字にしている。
「あ、そうそう。土産と言えばもう一つ。土産話があるんだよねぇ」
「……なんだ」
「実はさぁ、カトリンちゃんっているでしょ?」
「……ああ。よく付き纏ってくるガキだ」
「あの子、魔法の才能があるんだよねぇ。気付いてるでしょ?」
「……ああ」
サラは「やっぱり」とでも言うかのようにニヤリと笑う。リリットはやはり、眉にシワを寄せたままだった。
「私ねぇ、あの子が三年魔法の修行を続けられたら、魔法学校への推薦状書いてあげるって約束したんだぁ」
「……私に何の関係がある?」
「三年続けるのって大変でしょ? 逆に三年続いたらその後も続くと思うんだよねぇ」
「……早く本題を」
「あなたにあの子の修行を手伝ってほしいの」
一瞬時が止まった。リリットはカップを持ったまま硬直していた。サラは面白そうにそれを見ながらお茶を啜った。
「……な、んだって……?」
「あの子の修行を手伝ってほしいの」
「……なんで……私が……」
「カトリンちゃんねぇ、あなたに懐いてるんだよぉ。魔法の才能があるって知ってもあなただけは変わらなかったから。まあ、悪魔族のあなたが魔法云々で変わるわけもないよねぇ、あはは」
サラは手で扇ぐようにして笑った。
「私はねぇ、ずっとこの村にいるわけにはいかないんだよねぇ。研究もあるし、そもそも一つの場所に長居して帝国に見つかったら『仕事しろ』って怒られちゃうし。だから、あなたが修行つけてあげてよぉ」
「……私は……悪魔族だぞ……? 魔王軍の、生き残りだぞ……?」
「知ってるよぉ?」
サラはまるで純粋であるかのように首を傾げた。リリットはその動作に、苛立ちを隠せず舌打ちをする。
「お前は英雄だろう。人間の子供を私に預けるのか?」
「何か問題でもぉ?」
「……っ! ……それは……私が翻意して村人を襲うかもしれないだろう」
「あなたって意味ないことしないでしょ。だからきっと大丈夫だと思うんだよねぇ」
リリットは言い返す言葉を失ってしまった。力なく手を落とす。
「それに、もしもう一回戦うんなら今度こそみんなで決着付けに来るよぉ。できればやりたくないけどねぇ」
「……はっ。そうか」
呆れたように鼻で笑うしかなかった。
「なら、その時は全力で殺してやる。魔王様の敵討ちだ」
「え〜やだぁ。湿っぽいのは好きじゃないんだよねぇ。もっと明るくやろうよぉ」
「殺し合いに明るいも暗いもあるものか。馬鹿め」
「うふふ……」
サラは楽しそうにお茶を啜った。気付けばもうお茶は無くなりそうだった。
リリットはそれに目敏く気付いた。
「……お代わりは?」
「う〜ん、もういいかなぁ。楽しかったし。案外優しいんだねぇ?」
「黙れ」
「あはは、一回一回は短く済まそうよ。また来るからさぁ。あなたってどうせ私より長生きなんでしょ? なら、十年後にでもまた来るよぉ」
「お前みたいな奴は十年に一度がちょうどいいくらいだな」
「そうだねぇ、うるさいよねぇ、私。ごめんねぇ、あはは」
リリットは微笑みそうになって、すぐに頬を引き締めた。サラはそれを見て、ほんの少し目を細めた。
「さてと。もうそろそろ行こうかな」
「……ああ、帰れ。うるさくて敵わん」
サラは立ち上がり、忘れ物がないかを確認する。荷物を全て持ち、玄関扉へ行こうとしたとき、リリットが口を開いた。
「……最後に一つ。聞いておきたいことがある」
「……? なぁに?」
「魔王様は最後に、何か言い残していなかったか?」
「……」
リリットの顔には、切羽詰まったものがあった。サラは無表情にリリットの顔を観察している。
「……確か、あなたを追い詰めた時、助けるみたいに魔王が出てきたんだよねぇ。どういう関係?」
「黙れ。質問に答えろ」
スッとサラの目が細まり、目の中の光が消えうせる。
「何も言わなかったよ。でも魔王にトドメを刺す時、アレンが『もう沢山だ』って言ってた。魔王はそれ聞いて、死ぬ直前に何か考えてるみたいだった」
「……そうか」
リリットの瞼が、包帯の奥できゅっと上がった気がした。
「……魔王様は、強かったか?」
「そりゃあもう。死ぬかと思ったのはあの時が初めて。あ、それは嘘。それより前にも何回か死ぬかと思ったなぁ。まあでも、魔王が一番強かったよぉ。ガルヴィレーズなんか利き手失くしちゃったんだからぁ。アレンも私もセヴァンもフラッフラだったよぉ」
「そうか……」
「……何だか、わざと殺されたみたいに見えたよ。あの時の魔王は」
「……そう、か……」
リリットはそれきり黙りこくった。
サラは無視するかのように玄関扉を開き、外に出ていった。扉を閉める直前、小屋の中に残すように言葉を発した。
「またねぇ。カトリンちゃんのこと、よろしくねぇ」
「……次は茶菓子でも持ってこい」
「どうせ食べれないくせにぃ」
「黙れ」
あはは、と楽しそうに笑いながら、サラは扉を閉めた。
リリットは足音が完全に聞こえなくなるまで扉の前で立ち尽くしていた。




