命陣
打ち落とされた拳を、ラーニャはそのままの速度で地面に打ち下ろしていく。拳は体を回転させる運動エネルギーとなり、ラーニャの蹴りが間髪入れずに飛んでいく。
だが、アレンは最短距離で剣――正確には鞘の先で、突きを放っていた。
「せぃやっ!」
気合の声を挙げたアレンの突きは、上体を反らしたラーニャの鼻先を通り抜けていく。蹴りはアレンの脇腹を直撃している。
だが、アレンの体が光り輝いていた。
「……光の魔力適正……」
そう呟いたカトリンは、二人の攻防に全くついていけていなかった。
魔力強化には、どの適正であっても肉体強度を底上げする効果があるはずだ。アレンは瞼をピクリと動かしながら、不敵な笑顔を崩していなかった。
「かたい! 前より頑丈なんじゃない?」
ぴょんぴょんと飛び跳ねながら距離をとったラーニャは、アレンの笑顔を見て更に笑みを深める。
カトリンには分からなかった。この二人が、なぜ笑っているのか。
戦いは楽しいものではないはずだ。いくら模擬戦とは言え、相手を傷付けなければならないから。そんなものを嬉々としてやるなんて、頭がおかしいとしか思えなかった。
カトリンはその場にしゃがむと、地面に手を当てる。
「……いま、できること……」
アレンとラーニャという、飛び抜けた強者の戦い。カトリンはそこから何かを得るべく、カトリンに出来る戦い方を模索していた。
リリットから教わった「生き残るための戦闘技術」は、すでに己の深くまで根付いている。
「……流石に早ぇな。それに重い……」
アレンがちらりと振り返ってくる。
「カトリン、あんまりマジになる必要はないけど、俺の背中を任せてるんだ。頼むぜ?」
「分かってます……!」
仕込み一つ目は終わり。地面から手を離し、大きく息を吸い込む。
「……『浄湧霧』」
いくら無詠唱で使用可能な魔法でも、仲間と戦うとき、特別な意図がない限り無詠唱での使用は厳禁。魔法戦闘の基礎技術だ。仲間を誤射するのが、最も避けるべきミスだと、アルディオスの魔法戦担当教官が口酸っぱく言っていたのを思い出す。
カトリンの口から漏れ出た白い煙が周囲を濃く覆い隠していく。
だがラーニャは霧が全てを覆い尽くす前に、アレン目掛けて突進していた。
「あははっ!」
高い笑い声が響く。
「……! らぁっ!」
アレンはラーニャの拳を、先程と同じように打ち落とそうとした。だが寸前で引っ込んだ拳に剣は空振りする。
「なに……っ!?」
「ざんねんっ!」
ラーニャの頭が、アレンの腹を突き刺していた。身長差で顎には当たらなかぅたものの、もし顎に当たっていれば一発で終わりだったはずだ。
「……ぐ、ぅ……離れろ……っ!」
膝でラーニャの顔面を狙うが、素早く身を引いたラーニャは霧の向こう側に姿を消した。
「あっははは! おそいおそい〜!」
カトリンは素早くアレンの元へ駆けていく。
「アレンさん……! こっち!」
手を引いて、移動する。ゴツゴツした手は、何の抵抗もなくカトリンに導かれた。
「この霧はなんだ……? 何も見えないが君の魔法か……?」
「はい、私だけはこの中のことを大雑把に把握しています。今から作戦を話します」
「おう、頼むぜ」
何の躊躇もなく頷いたアレンに、少し呆れる。いくら背中を預けると言っても、ほとんど何も知らないカトリンに対してここまで信頼を置くものだろうか。
「……アレンさんは、私が指示する位置で陽動の光を発してください。さっきこっそり爆発する魔法陣を仕込みました。ほとんど虚仮威しですが、爆裂光が霧に反射して視界は一瞬真っ白になります。そこを地面に押し倒してください。これで、模擬戦は終わりです」
カトリンは出来るだけ早口で言い切った。不安げにアレンの顔を見つめている。
アレンは、つまらなさそうに顔を顰めていた。
「……確かに、そりゃ勝てるやり方だな。無駄が無い。でもそれじゃあ楽しくない」
「……楽しさなんて、戦いには不要では?」
「違うんだよ。俺がやりたいのは……ああ、上手く説明できないな……」
アレンが頭をポリポリ掻いていた。霧の向こうから、ラーニャが「どこ行ったの〜!?」と騒ぐ声と、地面が砕ける音が聞こえた。
「……君にはいま戦う意味が無いもんな。そうなって当然だ。悪かった」
「……戦う意味なんて、生き残る以外に必要ですか……?」
「要るな。特に、俺みたいな剣の道に生きる人間と、ラーニャみたいに戦いしか生きがいが無い人間には――ラーニャは人間じゃないか、まあ良い」
アレンは、カトリンから目線を外す。向いた方向は、ラーニャの声がするほうだった。
「カトリン、この霧、解いてくれ」
「でも……」
「いいから。解いてくれよ。これから楽しいところなんだ」
意味が分からない。
戦いは手段だ。目的じゃない。この人たちは、手段と目的が逆転している。
「……分かりました」
カトリンは小さく『解除』とだけ言った。霧がゆるゆると薄くなっていき、ラーニャの不機嫌そうな顔が見え始める。
「あ〜! いた!」
「悪かったな、出てきたぜ。あと、カトリンはやっぱやめるってよ。一騎討ちだ。分かったか?」
「え、やめるの、カトリン?」
ラーニャが意外そうな顔でカトリンを見つめる。
「……うん」
霧を手で払いながらじっとカトリンを見つめていたリアは、カトリンに手招きした。どこか嬉しそうな笑みだった。
「……ではカトリンさん、こちらへ。一緒に見学しましょう?」
・・・・・
再開された攻防を目で追い切ることは不可能だった。リアも見えていないらしいが、熱心に見入っている。
アレンが袈裟斬りを仕掛け、ラーニャが躱し、蹴りや拳を放つ。だがリーチの長いアレンは間合いを詰めさせない。
ラーニャは雷の魔力を身体の強化にしか使っていない。だが、アレンの魔力の使い方は実に巧みだった。
「……あれが聖剣でしょうか?」
リアがぽつりと呟く。多分カトリンに聞いたのだろう。
アレンが振るたび空中に光の筋が残り、時に強く発光してラーニャの視界を奪っては、突然光を失って視界にぼやぼやとした染みを残す。
ただの剣が「光の勇者」に相応しい武器に変わっていた。他ならぬアレンの技量のみで。
「あれはただの剣……」
カトリンもリアと同じくらいの声量で返す。
「アレンさんが振れば何でも聖剣になるんだ……」
今は鞘に収められていても、その剣はかつて魔王を貫き、リリットを切り裂いた刃だ。
どう思えば良いのかカトリンには分からなかった。
「どらぁっ!」
ラーニャの拳を皮一枚で捌き切ったアレンが、剣を囮にしてラーニャを蹴った。避けきれずにラーニャは手で受け止め、後ろへざりざりと地面を削りながら下がっていく。
「……あっはは! いた〜い!」
「ふぅ……ふぅ……俺も体中痛いぜ……何発殴られたか数えてねぇよ……」
「でもちゃんと当たったの、ちょっとだけだよ?」
「そのちょっとが問題なんだがなぁ……」
アレンは、鞘を地面に突き立てる。光り輝いていた体から、全ての光が失われた。
「どうしたんでしょう……?」
隣でリアが心配そうに呟いた。だが、カトリンは額に冷や汗を流している。
「……全身から魔力が溢れて渦巻いてる……? あれは……」
異様な雰囲気を察したらしいラーニャが口角を高く吊り上げた。今攻撃すれば良いのに、ラーニャは動かない。
「……ラーニャ、知ってるか。魔法使いには奥義があるって」
「なにそれ、しらない」
「……人生をかけて魔法を極めた奴の脳みそには、そいつだけの魔法陣が刻まれる。そして、それは稀に剣士や戦士にも起こり得る」
「ふ〜ん」
ラーニャはニヤニヤとしてじっとしたまま話を聞く。
「それを『命陣』って呼ぶんだ」
カトリンには心当たりがあった。厳しい訓練と、豊かな才能を持つ、ごく限られた物のみに発現する魔法陣。通常使用不可能なほどに複雑な陣を、その当人だけは使える。
空気が、変わる。
「――『命陣・幽冥加光』」
どろりとした光がアレンから溢れ出した。周囲が暗くなったかと勘違いするほどの眩しさは、不思議と目を痛めつけない。
光が、アレンの背後に集まっていく。
もぞもぞと蠢く光の塊は、やがて五つの巨大な剣を象り、アレンの背後に浮かび上がった。
ラーニャが歯を見せて笑っている。
「あは、あはは、それがアレンの一番つよい技?」
「――そうだぜ。お前に使うためだけに、殺さないやり方を研究したんだ。だから、全力で戦える」
アレンが突進する。だが間合いに僅かに届かないところで剣を振った。ラーニャは避けようとしなかった。
「……届いてな――っ!?」
不意打ちの一撃。アレンの背後から空中を飛び回る剣が横薙ぎしている。ラーニャはまともに喰らっていた。
何度も地面をバウンドして飛んでいく。
カトリンは目を見開き、リアは口をぽかんと開けていた。
「……一撃ですべてが決まる戦場で最も大事なのが何か、君には分かるだろ? 答えは間合いだ。そしてそこは……俺の間合いだ」
膝に手をついて立ち上がろうとするラーニャの真上から光の剣が振り下ろされる。
「……っ!?」
寸前で気付いたラーニャは、慌てて飛び退いた。だが光の剣は五本ある。
飛び退いた先にも剣。ラーニャは避けられない。
アレンが力を抜いて笑った。だが次の瞬間、アレンは驚きに目を見開いていた。
「なに……!?」
「……わざと食らったんだよね……!」
ラーニャが光の剣を掴んで笑っていた。ぎりぎりと抑えつけられた剣は、動けていない。
あっという間に跳び上がったラーニャが加速しながら地面を剣ごと足で貫く。
剣は砕け、霧散していった。辺りを包み込む優しい光が少し弱まる。
「……これで消えるんだ! よし、もう勝てるね!」
「……はん、化け物かよ……」
力なく笑うアレンは、だがまだ闘志を失っていなかった。
光の剣が次々にラーニャを襲う。加速したラーニャさえ捉え切る光の剣は、捉えたとしても打ち砕かれてしまっていた。
残り、一本。
「……うらぁっ!」
気合一閃。アレンが踏み込んで上段から振り下ろす。だが、ラーニャは滑りながらアレンの足の間を抜けていく。
「ざんねん賞あげる!」
「は……?」
振り向いたアレンが見たのは、ラーニャが光の剣を振り下ろすところだった。
ニヤつくラーニャが振り下ろした剣に、アレンは白刃取りを仕掛ける。
ラーニャは、空中に浮く剣を支点にまるで矢のように突き刺す蹴りを放つ。そして、それはアレンの腹に直撃した。
「あはっ!」
「ぁ……ぅぐ……!」
思わず膝をついたアレンが、脂汗を流しながらラーニャの顔を見上げ、笑った。
「……参った……俺の負けだ……」
「やったぁ! 勝った!」
無邪気に飛び跳ねるラーニャを見て、カトリンは思っていた。
もし、アレンの命陣が相手を殺すためのものだった。きっとラーニャは殺されていた。もし、アレンの剣が刃を剥き出しにしていたら。勝敗は変わっていたかもしれない。
拍手するリアの横で、カトリンは一人口を真一文字に結んでいた。




