不至友
勇者一行と呼ばれ、華々しい出発を迎える直前だった。パレードが始まり、外では楽器の音が鳴り響いている。
馬車に乗らされ、待機している三人の中で、サラがぽつりと言った。
「……このパレード、何のためにやるか知ってるぅ?」
「そりゃ、『勇者』の出発を祝うためだろ」
アレンが即答すると、サラはまるで教師が生徒を褒めるようなわざとらしい褒め方をした。
「その通りぃ。よくできましたぁ。じゃあ、なんでわざわざ祝うんだと思う? 王家が庶民のためにこんなにお金をかけて豪華な馬車を用意した理由、分かるぅ?」
半ば無理やり勇者にされてしまったアレンは、その質問に答えられなかった。なぜ、自分はこんな目に遭っているのか。
その疑問に答えは出ない。
「それは俺たちに発破をかけるためだな!」
ガルヴィレーズが豪快な声で言った。鼓膜が揺れた気がした。
サラは眉間に深い皺を寄せながら、ガルヴィレーズを睨む。
「……うるさいんだけどぉ。おまけにざんね〜ん。五点減点ねぇ」
「なにっ! 何の点数だ!」
「零点になったら私、怒るからねぇ。一人の持ち点は百」
「むぅ、悪いが計算は出来ん! 素直に言え!」
まるであり得ないものを見たかのように目を見開いてドン引きしたサラは、ため息をついた。
「……とにかく、残念でしたぁ。これは生贄のための儀式なのぉ。最近、魔国周辺の国々で起きてる問題は知ってるぅ?」
「……知らない」
ガルヴィレーズも首を振った。
「魔国の王様がねぇ、『もう戦争はしません』って言ったんだぁ。周辺国と国交を結んで、魔法技術の提供を申し出てきたんだよぉ。で、対価は何だと思う?」
「……魔国ってことは、悪魔族だろ? 悪魔族ってことは……」
最悪の可能性が頭によぎり、アレンは顔をしかめた。
「……人間か?」
「せいか〜い。周辺国は、その条件を飲んだんだよねぇ。でも、流石に自国から人間を悪魔族に渡すわけにはいかないでしょ? だから、さらに周りの国から人を攫うようになったんだぁ。それが、この国。この国からは、人が消えてるんだよねぇ」
「そんなの、貴族たちが許さないだろ」
農民として過ごしてきたアレンは、貴族たちが農民をどう扱うか知っている。貴族たちにとって、農民は財産だ。人が減れば、則ち税が減る。
そんなことを貴族が許すとは思えなかった。
「そうだよぉ? 貴族は怒って、王様に直訴したんだよねぇ。でもさぁ、魔国と組んでる国と戦争したらどうなっちゃうのかなぁ?」
「それは……」
想像だにしたくない、凄絶な光景が巻き起こるだろう。下手をすれば、貴族まで巻き込んだ全国民が、悪魔族の「家畜」になる恐れまであった。
「そうそう。だからねぇ、王様はおんなじような被害にあってる国と手を組もうとしてるのぉ。でも貴族はそんなの待っていられないでしょ? 何もしない王様に従う貴族は多くないよぉ。だから王様は、時間稼ぎのためにある策を打ったってわけぇ」
「……それが俺たちということだな!」
「そういうことぉ。一点だけ加点してあげるぅ。……王様は、死んでも問題ない上にそこそこ強い人間を魔国に送り込めば、貴族たちの不満を一次的に解消できると思ったんだと思うよぉ。……アレンの実力は、御前試合で沢山の貴族が知ってるからねぇ。『あいつならもしかして』って思ってもらうことが大事なんだよねぇ」
ガルヴィレーズが訳知り顔で頷いていた。今知ったばかりの耐え難い事実を簡単に受け入れているのが、アレンには信じられない。
「おまけみたいに、アルディオス首席卒業の私と、冒険者最強の呼び声名高いガルヴィレーズが呼び出されてるぅ。どっちも、死んだって大して問題ないよねぇ?」
「……それ、自分で言うのかよ」
「自分を俯瞰するのは大事なことだよぉ? だから、『もし死にそうなら尻尾巻いて逃げよう』って思えるんだもん。あなたたちはどう? 意味の無い大義のために死ねるぅ?」
「俺は死ぬのはゴメンだな! 逃げるぞ!」
真っ先に誇りを語って死にそうな見た目をしているガルヴィレーズが、豪快な声でそう言い切った。むしろ思い切りが良い。サラは鼻で笑っていた。
「……そんなことしたら母さんが……」
アレンはぼそりと呟く。
「お母さんと一緒に逃げればぁ? それか、『勇者アレンは旅の途中で死んだ』ってことにして心機一転頑張るとかはぁ?」
「……バレたらどうすんだよ」
「割り切りは大事だよぉ」
「……俯瞰と割り切り、どっちが大事だ?」
「自分で考えてよ、ちょっとはさぁ」
面倒臭そうに手を振ったサラの声を最後に、アレンたちの出番がやって来る。
勇者一行の旅は、耳を劈くような音とともに始まった。
旅は案外楽しかった。
途中で立ち寄った教会では、セヴァンという聖職者から熱烈に同行を請われた。治癒の奇跡が使える味方なんて貴重だから、三人はそれを喜んだ。
魔国までの道のりを半分ほど行ったところで突然背の低いエルフから喧嘩を売られた。
「おいお前ら! 強そうだな! 私と戦おう!」
舌足らずな挑戦に、アレンは口角を緩ませていた。だがガルヴィレーズだけは、いかめしい顔でエルフを睨む。
「おいお前、滅多なことを言うものではないぞ!」
「お前ら強そうだもん! だから戦え!」
「ふざけるな! 親はどこにいる!」
「……いないし!」
エルフの姿がブレた。だが、アレンの目ははっきりとエルフの姿を捉えていた。
ありえない速度で加速し、ガルヴィレーズを殴るところを。
「……ありえねぇ」
アレンは思わず呟いていた。
「……むん!」
大したダメージも負わず、ガルヴィレーズはその筋肉に覆われた腹でエルフの拳を弾き返す。だが、その後少し痛そうに擦るのを、アレンは見逃さなかった。
「なるほど、ただの子供じゃないらしいな! あっはっは!」
楽しそうに笑うガルヴィレーズを他所に、アレンは一人興奮していた。
「……どうするんですか?」
「別に良いんじゃなぁい?」
セヴァンの困惑した声と、サラの気の抜けたような声。
「……俺も、良いと思うぜ」
知らないうちに、アレンの口角は上がっていた。
「じゃあ決まりね! いくぞ〜!」
「ちょ、ちょっと待ってください……! 殺しは禁止です。いいですね? あと、あなたの名前は?」
「殺し禁止? ん〜……まあいっか」
軽々しく了承したあと、そのエルフはニコリと笑った。
「私、ラーニャ! それじゃあ、ヨーイ……ハジメ!」
ラーニャの姿がまたブレる。今度の狙いはアレンだった。
アレンは身体に魔力を纏った。熟練の剣士は、筋肉を動かしているうちに自然と魔力を扱えるようになる。それが魔力だと知らず知らずのうちに。
アレンの魔力適正は光だった。
アレンが光り輝き、ラーニャの視界を遮ると、小さな拳はアレンの目の前を素通りしていった。
「うわ……っ!」
「らぁっ!」
アレンは、鞘にしまったままの剣でラーニャを殴った。ガルヴィレーズの方へ飛ばす。ガルヴィレーズはラーニャを巨大な剣で叩き潰そうとする。
「むんっ!」
「あっ、おい殺すな……!」
そう言おうとした時には、ラーニャはその場にいなかった。
視界の外から声が響く。
「思ってたよりも強いじゃん……」
慌ててそちらを向くと、口から血を流しながら笑っているラーニャが立っていた。その瞬間に、アレンはゾッとした。ゾッとしながら、ワクワクしていた。
「私も本気になっちゃおうかな!」
また、ラーニャの姿がブレた。今度は目線が追いつかなかった。
ラーニャとの勝負が決したのは、それから大体一時間後だった。サラは地面に膝をつき、ガルヴィレーズは気絶し、セヴァンはガルヴィレーズを必死に治癒していた。アレンだけがまだ立っていた。
地面に寝転がるラーニャを、息を荒くして見下ろす。
殺したいわけじゃない。だが、他人を殺すために磨いた技を他人に仕掛ければ、殺してしまう。だから、ラーニャに奥義は見せられなかった。
「……はぁ……はぁ……強いね、四人とも……」
肩で息をするラーニャは、額から血を流して笑っていた。足は震えてもう立てないらしい。
アレンも似たような状況だった。
「……ふー……ふー……まさか、俺より強い奴が実在するなんて、思ってなかったよ……。……次会うときは……もっと面白いもん見せてやる……」
「……ほんとに?」
「ああ……約束してやる。だから、いつかまた会ったら再戦しようぜ」
久し振りに心から楽しい剣を振った。技の粋を極められることは、比べるべくもない娯楽だった。
旅は、たった一年で終わった。
魔国と国交を結んだ国では、アレンたちは賞金首になった。何度も人間を殺した。その度に浴びた血の温かさは、もう忘れられなさそうだった。セヴァンの祈りも、死んだ彼らに届いているとは思えなかった。
それらを越えた先で、サラとセヴァンが魔国を本気で滅ぼすにはどうするべきか作戦を考えていた。
「……冷静に考えれば、たった四人で国を滅ぼすことは不可能です。しかし、可能だとすれば一つだけ可能性があります」
「う〜ん。もしかして、国の中枢だけを破壊する、とかぁ?」
「その通りです。魔国と長年激しく争っている民族がいるのはご存じですか? ……遊牧民族ドラン。彼らは、優れた馬と弓術、そして機動戦術により、魔国という強者とでさえ一進一退の攻防を繰り返しています。私たちで魔国中枢を滅ぼせば、統制を失った軍隊はあっという間にドランに飲み込まれるはずです」
「じゃあそれに決定だねぇ。異論は許しません、いいねぇ?」
サラがアレンとガルヴィレーズを指さす。世間では勇者一行と持て囃されていても、実際にはサラが他の三人を尻に敷いていた。
いや、セヴァンだけはサラと対等だったかもしれない。はじめは豪放磊落だったガルヴィレーズも、旅の終わる頃にはサラに逆らえなかった。
サラは商人の娘だったから金勘定が上手かった。だから、一行の権力を瞬く間に握ったとも言える。
魔国中枢の大方を奇襲によって壊滅させた勇者一行が出会ったのは、ヴァスラディ将軍と呼ばれた大幹部だった。彼女と出会った時、アレンは額に脂汗を浮かべていた。
この化物には、一人では絶対に勝てなかった。
ラーニャと戦った時、アレンは仲間を頼ることを覚えていた。だから、ヴァスラディ将軍を相手にして、何とか勝利を収めることができた。
だがその後に出てきた魔王の圧力を前にして、アレンは生まれて初めて絶望した。
「……おい嘘だろ……俺たち、殺されるぜ……?」
なぜかアレンは笑っていた。三人は信じられないというような顔で、アレンに視線を向けていた。
だが魔王と目が合った瞬間に分かった。
こいつは俺と同じだ、と。
だから、殺したくなかった。話し合えば分かり合えた。それどころか、友にすらなれたかもしれない。
それなのに魔王は殺されることを望んだ。アレンたちを蹴散らした後、まるで手加減でもするように立ち上がったアレンの接近を許し、その腹を貫かせた。
血は、やはり温かかった。
こんなのは、もう沢山だ。
魔王を殺した後、死体をそのまま放置してヘルメリア王国へ逃げ帰った。
褒美を貰うときの、あてが外れたような王の顔は滑稽で、四人は後で笑い合った。
「まさか俺たちが本当に魔王を倒すなんて、思ってもなかったんだろうな。無駄な努力だったな、王様!」
その日の酒は美味かった。全てを忘れるために飲んだ酒が身体に染み渡っていた。
翌日、三人に別れを告げて故郷に帰る。
王からは第三王女との結婚を持ち出されたが、拒否した。強すぎて制御できない相手を政治的に押し込めるための策だ、とサラとセヴァンが言ってくれたから、躊躇いなく断れた。
帰ってみれば、村中のみんなが歓迎してくれた。
だが、その中に暗い顔をしている女がいた。隣の奥さんだった。
「……なぁ、母さんは?」
隣の奥さんは、アレンの目を真っすぐ見た。そして手を引かれて案内されたのは、父親の墓の隣に立った、母親の名前が刻まれた墓石だった。
「……ダメだった。預かったお金を使って聖職者を呼んでみたけど、どうにもならなくて……。……あんたのお母さん、あんたに出来るだけ金を残したいからって、もう治療も嫌がってね……」
アレンは、その晩ずっと、その墓を見つめていた。培った体力は残酷で、立っているだけではいつまで経っても疲れることすら無かった。
アレンには、一人では使い切れない金と、一本の剣と、たまに手紙のやりとりをする友だけが残った。
・・・・・
「……悪いな、結局湿っぽい話になっちまった」
アレンは苦笑しながら頭をポリポリと掻いた。プラチナブロンドの髪の毛からフケがぽろぽろ落ちる。
「ダメだな、歳を食ってから湿っぽくなっちまって……」
「いえ……ありがとうございました……」
カトリンはほんの少しだけ頭を下げた。横目で見たラーニャは、話の中盤あたりで体を投げ出して眠りこけてしまっていた。
気まずい空気が流れた。カトリンは、何と言えば良いのか分からなかった。
アレンもそれを察していたらしく、わざとらしい明るい声を挙げた。
「そんじゃあ、次は君の番だぜ。……そうだ、君たちが何でここに来たのか聞いてなかったな。まさか手紙を届けるためだけじゃないだろ?」
「はい。イゼンベルという街の跡地を調査するために来ました」
「イゼンベル……? 聞いたことないな。この辺にあるのか?」
「ええ、数百年前に住民が全員殺された街です。ここから少し西に行った所にあるはずです」
「そりゃ物騒だな。誰が殺したんだ? 戦争でやられたのか?」
「いえ……『不死の魔女』と呼ばれる、謎の人物だそうです。私は、悪魔族について調べたい。その過程で『不死の魔女』を調べる必要が出てきました」
「ふぅむ……『不死の魔女』ねぇ……」
じょりじょりとした顎を撫でるアレンは、ちらりと部屋の隅を見た。カトリンもそこを見ると、古びた剣が立て掛けられている。
「あれは……?」
「ああ、あれが俺の剣だ。物語じゃ『聖剣』って言われてるらしいな」
鼻で笑った後、立ち上がったアレンは剣まで近付いていき、手に取って抜いた。
隙間から微かな光線となって入ってくる日の光に照らされたそれは、何の変哲もない鉄の剣だった。少なくともカトリンの目にはそう写った。
「俺もついてってやるよ。サラと……まあ、君の師匠に免じてな」
アレンは少し得意げに笑った。




