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クムルサレアの果てた後  作者: 北里有李
第三章 艶髪光背

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見えない奴ら

「……本当に、眷属とは何の関係も無いんですね?」


 疑わしい目を向けるリアに、ふよふよと浮かんだヴィートが付き合いきれないといった顔をした。


「だから……なんだよ、その『眷属』って」


 浮遊の魔法を維持しながら、カトリンは一行を先導するように歩く。道は何となくしか分からないが、だからといってリアに道案内を頼めるような空気じゃない。方向さえあっていればいずれ街に着くはずだ。


 ラーニャは興味なさそうに足元を見ていた。蜥蜴のような小動物が足元を素早く這うと、視線が持っていかれていた。


「リア、私も『眷属』について知りたい」


 顔だけ振り向かせる。リアは浮かない表情で前だけを見ている。その目にカトリンは写っているのだろうか。


「……すみません」


 何故謝るのか、分からなかった。ヴィートに謝るのならば分かる。だが、カトリンが謝られる道理はない。


「……眷属のことは、よく分かりません」


「ならなんで――」


 唐突にリアと目が合った。何かが瞳のなかに揺らめいている。カトリンは目を離してしまった。


「……仇、なんです」


 ぼそりと聞こえてきた。草木を踏む音に紛れてしまいそうなほどに、小さい声だった。


「仇?」


「はい……私の……えーっと……家族の」


 わざと濁されていたように思える。


「昔、家族が私を守るために、眷属の奴と戦ったんです。そのとき眷属の相手は、ちょうどヴィートさんのように左腕を切り落とされました。ですが……私の家族は、同時に胸を貫かれました」


 影が落ちた顔の表情を窺い知ることはできない。


「……眷属は逃げました。切り落とされて残された腕には、紋章入りのブレスレットがつけられていました。調べたら……眷属と呼ばれる組織だと分かりました。少し、ダブージ教の復讐の神のシンボルと似ていました」


 下を向いたまま、視線だけをヴィートに向ける。


「……重ねて聞きますが、本当に――」


「だから知らないって。……いってぇ……」


 うんざりした声色でリアに怒鳴ろうとしたヴィートが、体を縮こまらせる。


「……すみません。早とちりでした」


 リアはさらに顔を下に向ける。もはや首は直角にまで曲がってしまっていた。


「ねぇ、カトリン。あれほっといていいの?」


 全く空気を読まずにいつもの調子で聞いてくるラーニャは、後ろを少し離れてのそのそと歩くホワイトホーンを指さしていた。相変わらず獲物を見る目だ。ボスという自認だろうに、他人に行き先を決められることに文句の一つもないらしい。


「まあ〜……街には入れられないけど……」


「……悪いが、殺さないでやってほしい。俺を助けてくれた命の恩人なんだ。いや……恩狼か? ――なんでもいい。とにかく、頼むよ」


 手足をだらんと垂らして空に浮かぶヴィートは切実に言った。


 魔物が人間に従うなど、聞いたこともない。放っておいていいのかさえ判断がつかない。だがとりあえず、一匹のホワイトホーンくらいならばラーニャがいれば何の問題もなく片付くはずだ。


「……今は放っておいていいかな。もし何かしでかしそうなら止めよう」


 名残惜しそうにホワイトホーンに視線を残しながら、ラーニャは唇を突きだした。


「……はーい」


 この子の戦闘欲求はどこから来るのだろう。


 ふと、カトリンの頭に去来する。奴隷に敏感だったり、楽しそうに血に塗れていたり。ここまでの間に追求する時間はいくらでもあったが、かと言って無遠慮に聞くことはできなかった。


 この子の地雷は、どこにあってもおかしくない。今なら多少であれば許してくれそうな気もするが、暴れないという保証もない。少しは扱いも上手くなった気がするが、何事も急いてはいけない。


 結局、何も聞けないということだ。いずれポロっと零すかもしれない。ラーニャが同行してくれているうちに聞けたらいいのだが。


 もやもやを打ち消すように、カトリンは背後に浮かぶヴィートへ話しかける。


「……街が近くなったら降ろすけど、それでいいんだよね?」


「ああ……流石に、コイツを街には入れられない。だろ?」


 ホワイトホーンが鼻で息を吹いた。言葉が分かっているのだろうか。


 魔物をこんなに近くで観察できる機会は無いが、かと言って魔物学者にやり方を教えたとしても、腕一本が代償で、しかも確実ではないのなら、誰もやろうとしないだろう。


「……もし安全にできるなら魔物学も飛躍的に進むんだけどな」


「カトリン、何か言った?」


 ぐるぐると思考ばかり回していたら、口に出ていた。ラーニャが顔を覗き込んでいる。カトリンの方がほんの少し身長が高いので、下から覗き込むような感じだった。


「あ……ああ、何でもないよ。こっちの話」


「いっつもよくわかんないことばっかり言う。もっとわかる話してよ」


 頬を膨らませる。これで血塗れでなかったら、可愛らしかったのだろう。


「……街に入る前に、体洗わないとね」


「え〜……あったかい水にして?」


「分かってる」


 森の天井となっていた木々が段々と減り始めていた。もうすぐ森の出口だ。


 途端、パチンと小気味良い音が響く。驚いて振り向くと、リアが両方の頬を赤くして微笑んでいた。頬を叩いた手を体の横に垂らすと、きゅっと握る。


「もうすぐ街ですね」


「あ……そうだね」


 意識的に意識の外へ出していたリアが、もう出会ったときの調子を取り戻していた。


「ホワイトホーンの角も手に入れましたし、今日の報酬は美味しいはずです。せっかくだから美味しいものを食べましょう!」


「リア、どうしたの……?」


 ラーニャが何か不気味なものを見るような目でリアを見ていた。だがリアは意にも介さない。


「どうもしてませんよ? 楽しみましょう、ね?」


「うん……」


「そうだね、せっかくだから楽しもっか。今日はお肉が食べたいな」


 リアの顔は、ひどく作り物めいて見える。出会ったときと何一つ変わらない笑顔。そのはずなのに、今はもう何か違っていた。初めからそうだったのだろうか。


 ちょろちょろと水の音が聞こえる。


「ちっちゃな川かな……」


 つま先立ちになったちょこちょこ歩きながら、岩の向こうを覗くと、細い水の流れがあった。


「ヴィート。この辺でいい? 見た感じ、多分ここの水は綺麗だよ。傷も洗えるし、水にも困らない」


「……ああ、助かった」


 ヴィートの手を取ってゆっくりと地面に下ろす。痛みに耐えるような顔をしながら地面に立ったヴィートは、唸りながら座り込んだ。


「食べ物はどうするの?」


 ラーニャがヴィートの横に座り込む。


「意外。そういうの気にするんだ」


 そういうの、とは他人のことだ。ラーニャが他人に興味を示すことなど滅多にない。


「ちがうし。そこのオオカミ食べるんなら、私がやってあげよっかなって思って」


「あ、そう……」


 やはり、ラーニャはラーニャだった。

 リアは思わず吹き出していた。


「……コイツに獲ってきてもらうさ。俺の言うことは聞いてくれるから」


 ホワイトホーンは少し離れた箇所に座ると、舌で川の水を飲んでいた。ヴィートと同様、乾ききっていたのかもしれない。


「一応ホワイトホーンってボスでしょ? あなたが群れの一員ってことじゃないの?」


「さぁ?」


 ヴィートはニヤけながら肩をすくめる。随分と余裕が出てきたようだ。


「俺がホワイトホーンになれって言ったわけじゃないからな。勝手にこうなったんだ。俺にも分からん。……宮廷魔導師のほうが詳しいんじゃないのか、学者だもんな」


「悪いけど魔物学は専門じゃないから、そんなに詳しくないよ。……そもそも――」


「カトリン!」


 気持ち良く話し始めようとしたところを、ラーニャの声が止める。


「カトリンのお話長い。はやく帰ろ?」


「う……」


「はは! あんたは話が長いのか。じゃあ遠慮しとくわ」


「確かにあれは長かったですね……」


 ラーニャのうんざりした声、ヴィートのからかう声、リアの実感こもった声。


「……ごめんね!」


 当てつけのように謝ると、リアが苦笑していた。


「……もう……! 行こっか」


 拗ねたような声でぷいっと顔を背ける。


 こうすると、場が和やかになる。アルディオスでもそうだった。

 気まずい時、これはよく使えるテクニックだ。今ならリアの顔も真っすぐ見られる。


「あ……そうだ。教会に手出ししないって約束、忘れないでね」


 思い出したかのようにヴィートへ言う。ヴィートは「へいへい」と返事をした。


「じゃ、元気でね」


 リアがヴィートに会釈するのを後目に、カトリンは街へ向かって歩き始めた。


 リアの足音が続き、遅れてラーニャが隣まで走ってくる。


「ねえカトリン」


 耳元でラーニャが小声で囁く。


「なに? どうしたの?」


「やっぱ、あいつ殺したほうが良かったんじゃない?」


「え、なんで?」


「だって、あいつなんか変な目してたもん」


 カトリンはぎくりと肩を震わせた。

 リアはその様子をじっと見ていた。



・・・・・


 ラーニャの体を洗ってから街に入ると、活気に溢れていると言うほどではないものの、ある程度の人通りのある道を歩く。


 ラーニャを乾かしてあげようとしたのに、濡れたままの方が良いと拒まれたので、ラーニャはびしょびしょのままだ。地面が足跡に黒ずんでいく。


「そういえば、私冒険者じゃないから、これはリアかラーニャが持ってくれる? ギルドの受付の人が混乱しちゃう」


 そう言いながら、白い角が入った袋を差し出す。


「私が持つ!」


 ラーニャが率先して手を伸ばした。リアも一瞬受け取ろうとしていたが、ラーニャが手を伸ばした瞬間に手を引っ込めていた。


 手から重みが消える。同時に、視界に違和感があった。


「……ん?」


「……どうかされたんですか?」


 リアが心配そうに顔を覗き込んでくる。


 カトリンの視界には、さっきよりも明瞭に魔力の流れが見えていた。ずっと発動していたはずの魔力を見る魔法が、息を吹き返したようだ。


「……これは……ゆっくり変化したから気付かなかった……?」


 顎を指で摘む。


「カトリン? 大丈夫?」


 ラーニャも覗き込んでくる。


「あ、うん。多分その角、魔力を少し乱す……というよりも、周囲の魔力を微弱に吸い取り続けてるのかな……?」


 二人には意味がよく分からなかったらしい。二人して首を傾げている。


「あ、ええと、つまりね、魔力を見る魔法が妨害されていたかもしれないってこと」


「それってどういうことですか?」


 リアがすかさずに聞いてくる。ラーニャはまだ理解に戸惑っている。


「その角を拾ってから、魔力を見る魔法が上手く機能してなかった……かも。……魔力って光を反射しないからこの魔法は微弱な魔力の広がりを感知してるんだけど、例えば嗅覚と近いかな、それを目でやるっていう魔法なんだ、それで――」


「あの……カトリンさん」


「――だから……え、あ、うん。なに?」


「魔力が見られなかったことで、何か問題がありましたか?」


「あ〜……いや、特にない。多分」


「なら、問題ないですね」


「うん。でも魔物学でこんなの聞いたことない。ホワイトホーンの角は割と研究機関なら出回るけど、魔力を見る魔法を常に使ってる人なんて滅多にいないからこの発見はまだされてなくて、もしかしたらこれを発表したら――」


「ねぇ、カトリン」


 ラーニャが口を挟んでくる。


「つまり、なに? どういうこと?」


「特に問題ないってこと」


「え、そうなの?」


「うん。でも後で論文に起こさないと。帰ったらやることいっぱいだ〜うふふ」


 呆れたような、面白がるような顔で、リアがラーニャを見ていた。


「じゃあ、早いところギルドに行って報酬をもらっておきましょうか」


「うん……」


 騙されでもしたかのような表情をしたラーニャが、どこか間抜けで、カトリンは思わず笑ってしまった。

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