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クムルサレアの果てた後  作者: 北里有李
第三章 艶髪光背

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発火点

 南の森は管理された森だった。恐らく豚を放しておくための場所なのだろう。凹凸は少なく、すいすいと歩いていける。


 ラーニャはその中をまるでスキップでもするように跳ねながら進んでいく。


「ラーニャさん……場所は分かってるんでしょうか……?」


 心許なさそうに眉を歪めるリアは、カトリンにコソッと話しかけてきた。カトリンは辺りをキョロキョロと見渡していた。


「どうかな〜……分かってなさそうだよね」


「え?」


 リアは間抜けな声をあげながら思わず立ち止まる。カトリンも一瞬止まってから、「行こう?」と声をかけてすぐに歩き出した。リアは慌ててその後をついていく。


「早く止めないと……! どんどん行っちゃいますよ……!?」


「大丈夫だよ。間違ってたら止めてるもん」


「へ……?」


「私、魔力を見る魔法を使えるんだよね。魔物には二つ種類がいて、魔物学だと初期発生型と後期発生型っていう分類がされるんだよ。初期発生型は魔力の残滓が見えるくらい体内に貯蓄された魔力量が多いのが特徴」


 カトリンは段々と早口になってきていた。舌がよく回る。


「初期発生型は化石が見つかってるんだけど後期発生型は化石なんて見つかってなくてそれどころか魔力を操る能力が無い生物から進化したっぽいんだけど、つまり最近魔力を操る能力を開花させたって意味ね? でも後期発生型は魔力操作が繊細っていう特徴があって魔力量の大小だけで簡単に強さを分けられるわけではないんだよね、それで魔物学の権威たちは結構立場が分かれていることが多くてよく議論が起こるんだけどいつ頃進化が起こったのかは詳しく分かってなくて古代魔族文明の時代だっていう説もあるしそれ以前だって説もあるし色々な立場があるって感じなんだ、まあ私は魔物学は専門じゃないからすごく詳しくは知らないんだけど、それで最近話題の議論としては人間や亜人も同時代に進化したのではないかっていう話があって――」


 口をぽかんと開けたまま歩いて聞いていたリアは、もはや関係のない話が始まったと判断したのか、ついにカトリンから目を離してしまった。カトリンは気付いているのかいないのか、構うことなく話し続けていた。


 やがて少し先を歩いていたラーニャが何かに気付いて太い木の後ろに隠れ、こちらを向いたのに気付くと、リアはラーニャを指さしてカトリンを見た。


「――つまり人間と亜人はイデオロギーによって……」


「……カトリンさん、ラーニャさんが何か見つけたみたいです」


「……!」


 声を潜めてカトリンを見るリアに、カトリンはハッとしてラーニャの方へと視線を投げる。ラーニャは呆れた顔をしていたが、二人がこっそり近づいてくるのを見て木の幹から少し顔を覗かせた。


「……ラーニャ、何か見つかったの?」


「うん、ほら見て。あそこ」


 ラーニャが指さした先に、ペンの先ほど小さく魔狼の群れが見えた。かなり遠くにいるが、黒ずんだ色の角を持った魔狼たちは、四本脚で立ち上がって辺りを警戒している。特に大きな個体の額に生えた角が白く輝いていた。あれが群れのボスだろうか。


「……カトリンがおっきな声で話してるから、近くにいるのバレちゃってるよ?」


 責めるような目でカトリンを見たラーニャに、恥じるように視線を落としたカトリンは、小さく「ごめん」と言った。


「……いきなり飛びかかるんじゃなくて、待ってくれてありがとうね、ラーニャ」


「だってカトリンが『勝手に行かないで』ってよく言うもん」


 顔をむくれさせていたが、ラーニャは魔狼から目を離さない。


 リアは一際大きく、白い角を携えた個体を指差す。


「あれが群れのボスです。通称ホワイトホーン……あれは魔法を使いますよ。気をつけましょう」


「だって、ラーニャ。気をつけてね」


 リアは一瞬黙って聞いていたが、後で何かおかしいと気付いたらしく、遅れて首を傾げた。


「はい……? 三人でやるんじゃないんですか……?」


「だって、ラーニャの暇つぶしで来たんだもん。ね、ラーニャ?」


「そうだよ! あれは殺してもいい?」


「いいよ。でもあんまり長く苦しめたりはしないであげてね」


「分かった!」


 途端に飛び出していくラーニャ。リアはその背中に手を伸ばそうとしたが、ラーニャはとっくに魔狼に蹴りを放っていた。


「あ……ちょっと……!」


「大丈夫。私たちも行こっか」


「え……!? な、何を考えてるんですか……!? 危ないですよ!」


 慌てて走り出そうとしたリアの肩を軽く掴み、カトリンは遠くで繰り広げられる光景をぼんやりと見ながら歩いていく。


「あれ見て、手伝おうって思う?」


「え?」


 そこで起きていたのは、凄惨な殺戮だった。ホワイトホーンが風を吹かす魔法を使っても、すでにそこにラーニャはいない。それどころか、ホワイトホーンの周りにいた魔狼たちが次々と体の部位を撒き散らしながら倒れていく。


 必死に応戦するホワイトホーンを軽くいなしながら、瞬く間に魔狼たちの数が減っていく。


 ラーニャの笑い声が森に響いていた。


「あれは……」


「言ったでしょ? ラーニャは私より強いって。あの魔法が何なのか分かれば、多分魔法理論に革命を起こせるんだけどな〜……」


 まるで当然のことであるかのように、カトリンは歩いて近付いていく。リアは少し遅れてその後を追った。


「なんなんですかあれは……!」


 掠れた声をあげたリアに、カトリンは振り向かなかった。


「さあ? 分かりたいんだけど、まだ分からないんだよね。でもいつか分かるようにしてみせるよ」


「そ、そういうことではなくて……」


 狂犬。ギルド長の言葉が思い出される。血に塗れながら笑うラーニャに、リアは背筋が凍る思いをしていた。


「楽しいんだって。『どうせ殺すなら楽しく』って言ってたよ」


「た、楽しく……?」


 リアは不安げな顔で、カトリンをまじまじと見つめる。


「……あれが……?」


 ちょうどホワイトホーンの角がラーニャの拳で折られる音が、森に響いた。



・・・・・



「ラーニャ、楽しかった?」


 折られて地面に突き刺さった白い角を回収しようと腰を折ったカトリンが、顔だけ上げて聞いた。ラーニャは手を閉じたり開いたりしながら、目を入りそうになっていた返り血をもう片方の手で拭う。


 その光景を見て顔を青くさせていたリアは、駆け出し冒険者の証である銅色のEランク冒険者バッジを指先でほんの僅かに触った。


「楽しかったけど、これで終わり?」


 まだ足りないといった様子のラーニャは、辺りの死体を見渡している。


「依頼は『南の森に巣食う魔狼の群れの討伐』だったでしょ? もうこの辺りに魔力の残滓は無いし、これで戦いは終わり。依頼主はこの辺の貴族だったから、そこそこ良い報酬ももらえるよ。全部ラーニャのお小遣いにしよっか」


「やったー!」


「今日は何食べよっか? リアも一緒にどう? ここまで成り行きでついてきてもらっちゃったし、私がお金出すよ」


 白い角をギルドから支給されたポーチに入れ、腰に提げた後、カトリンは魔狼の死体の足を持って角を失ったホワイトホーンの死体の近くまで引っ張る。


「あ、ありがとうございます……じゃあ、せっかくですしご馳走になろうかな……」


 リアも無言でカトリンと同じことをし始めた。

「二人とも、何してるの?」


 死体を集めることに意味を見いだせなかったラーニャは、困り果てたように二人を見つめている。


 カトリンは死体を引きずる足を止めると、軽く息をついてから額の汗を拭った。


「『戦いは終わり』だけど、まだ全部は終わってないよ。戦った後の後始末まで依頼のうちなんだから。全部集めて燃やさないと」


「えー!? めんどくさい……」


「ここまでやらないと、報酬もらえないよ? お小遣い減っちゃうの、嫌でしょ?」


「……それはイヤ!」


 ラーニャはしぶしぶ近くにあった魔狼の死体の尻尾を掴むと、ずるずると引きずり始める。


「ラーニャさん、お小遣いをもらって何に使うんですか?」


「ん? ん〜……なんだろ? 分かんない」


「分からない……ですか……そうですか……」


 理解することすら面倒になったのか、リアは自分を無理やり納得させたように見えた。


 しばらく三人は黙々と魔狼の死体を集め続ける。やがて二十匹程度の群れが、山のように積み重なっていた。


「オイルとマッチを持っているので、私が火をつけますね」


 そう宣言してから、リアは肩から提げているバッグの中をあさり始める。だが、カトリンはそれを手で制した。


「そういう資源使っちゃ勿体ないから、私がやるよ」


「あ、カトリンさんも持ってらっしゃるんですね。じゃあお任せします」


 リアはバッグから手を抜くと、一歩後ろに下がった。代わりにカトリンが自分のリュックを下ろし、中を探し始める。


 しかしカトリンが取り出したのは、筒状に巻かれた一枚の紙だった。


「それが……燃料ですか?」


「違うよ。これはね、魔法陣を描いた紙。ほら」


 巻かれていた紙をくるくると回し、伸ばしていく。伸ばした紙は、さらに折り畳まれていた。それを広げると、中に描かれていたのは確かに魔法陣だった。


「それは……?」


「魔法は魔法陣によって発動するのは知ってるでしょ? なら当然、紙に描いても問題なくて――」


「……カトリン、早く!」


 ラーニャの促すような声に、カトリンは悲しそうに眉を寄せる。


「……分かってる……えっと、つまり、これは火の魔法陣。無詠唱はサラさんでも七つ暗記するのが限界だからね。私も五つしか暗記してない」


 まるで布団でも干すかのようにバサリと音を立てながら、大きな紙を魔狼の死体に被せる。


「詠唱でも私は二十個くらいしか暗記してない。これでも普通よりは暗記してる方なんだけど、その中に水以外の系統はないんだよね。でも、そういう時のために魔法陣を携帯してるんだ」


 カトリンは指先で魔法陣に触れる。そのまま魔力を流し込んでいく。


 頭から指先まで、心地よく冷たい感覚が走る。サラやリリットの魔力とは違う、カトリンの魔力適性。水の魔力の冷たくも優しい感覚。

 カトリンはこの感覚が好きだった。


 やがて、魔法陣から魔力が押し戻されてくる。充填されたらしい。


「さ、いくよ」


 カトリンが指先を離すと、紙を中心に死体の山全体に火がついた。


 カトリンは「あちち……」と言いながら、さっと離れてラーニャとリアの横に並ぶ。


「あつ〜い!」


 ラーニャは両手をあげて火を見ていた。外から見ると、ラーニャの青い目に赤い炎は、青くなって反射している。


「これって、もしかして自作のスクロールですか!?」


 リアは少し興奮したようにカトリンに詰め寄る。


「そ……そうだよ」


「すごい! このレベルなら、かなり高く売れるんじゃないですか!?」


「そうなんだけど……まあ……宮廷魔導師の作るスクロールは、一般には売っちゃダメってことになってるんだよね……」


「あ、そうなんですか……」


「基本的に戦争に使われてるらしいよ」


 その途端、カトリンには、リアの目が少し光ったように見えた。


「『らしい』ですか?」


「え? うん。戦争には行ったことないから」

「へ〜……そうなんですね」


 だが、リアは一瞬にして元の顔色に戻っていた。カトリンは軽く首を傾げてから、燃えていく魔狼の死体を見る。


「……このまま放っておいても大丈夫そうだけど、森で火事になったら洒落にならないから一応見ておこっか。ラーニャ、もう少しだけ待ってね」


「いいよ!」


 あっさりと肯定したラーニャは、火の様子に見入っていた。


「……私も子供の頃は、火を見てるの好きだったな」


「『私"も"』って……ラーニャさんって二百歳なんじゃないんですか……?」


 ぼそりとリアがつぶやくと、カトリンは小さく苦笑した。


「エルフは人間とは違うんだよ。きっと」


「そうな――」


「だ、誰か! 助けてくれ!」


 リアが困惑を深くしながら聞き返そうとした時、森の奥から男の叫び声が響いた。


「いるんだろそこに! 煙が見えてるぞ! 助けてくれよ!」


 もはや攻撃的な口調にまでなっている誰かは、必死に叫んでいた。


 リアとカトリンは素早く声の方を向いたが、姿は見えない。もっと遠くにいるのだろうか。


 だがラーニャは不機嫌そうにカトリンを見上げていた。


「ねえカトリン。あいつ殺しちゃダメ? なんかムカつく」


「……ダメ。人はダメ。人だけじゃなくて、亜人も魔族も殺しちゃダメだよ?」


「ちぇ〜……」


 呑気な二人に、リアは緊迫した声をかける。


「早く行ってあげましょう!」


「うん。そうしよっか」


 そして二人は走り始める。


 今度はラーニャが二人を追う側だった。

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