楽観
「冒険者ギルドはこの先です!」
リアは振り返りながら後ろ歩きで言った。その目はキラキラと輝き、ラーニャを見ていた。
ラーニャはと言うと、うんざりしたように背中を丸めていた。
「カトリン……なんかあの人、変だよ……」
「むっ、変とはなんですか! 私は極めて正常ですよ?」
リアは人差し指を立てて講釈でも垂れるかのように言った。
カトリンは苦笑するしかなかった。
「あはは……」
リアはくるりと背中を向けると、歩く速度を落として二人と並ぶ。
「この道を真っすぐ行けばすぐです! ところで、お二人は冒険者には見えないんですが……そちらのカトリンさんは見慣れない格好ですね? お二人はどういったご関係なんですか?」
ちらりと横目で見てくる。リアの視線は、ラーニャの首元へ向かっているように見えた。
「私は宮廷魔導師なので……この服も宮廷魔導師の服です。魔導服って言うんですよ」
「『魔導服』!? それってどんな効果があるんですか!?」
リアは目を大きく見開いていた。ラーニャは顔を渋くさせて一歩引いている。
「ああ……大層な名前だけど、大した効果はなくて……。魔力の巡りが良くなるっていう、ほとんど迷信みたいな効果があるらしいですよ。どちらかと言えば、宮廷魔導師としての箔付けの方が大きいかな……」
「へ〜。すごく宮廷って感じですね!」
これを貴族あたりが言っていれば、皮肉に聞こえただろう。だが、リアが言うと皮肉とは思えなかった。
どちらかといえば、実感さえ籠もっているように思えた。
「それで、お二人はどんなご関係なんです? 仲良さそうに見えましたけど……」
リアはラーニャの方を見ながら、その言葉の最後を淀ませた。
カトリンはその顔を見て察した。リアは帝国のエルフ奴隷文化を知っている。
宮廷魔導師は曲がりなりにも身分が高いとされる役職だ。そんな宮廷魔導師と一緒にいるエルフは、奴隷に思えてしまうのだろう。だが、ラーニャは奴隷というには自由すぎた。そこが彼女の混乱の理由なのだろう。
「私とカトリンは……えっと……えっと……ん……? ……何だろう?」
ラーニャはリアからの視線を受けて答えようとしたが、上手く言葉に出来なかったようだ。
仕方のないことだ。この関係に、名前は無いのだから。
「私とラーニャは、同行者っていうことにしておいてください。お互いに目的があって、一緒にいるんですよ」
「……そうだったんですか! じゃあ、仲良しなんですね!」
「ま、まあ……仲良し……でいいのかな……?」
カトリンはラーニャの顔を伺う。
ラーニャの顔は、その声を聞いて徐々に綻んでいった。
「そう! 私とカトリンは仲良し!」
「あら! それは良いことです、ふふ」
口に手を当てて上品に笑うリアは、ふと前に目を向けると、指をさす。
「あそこがギルドですよ。お二人は冒険者ではないんですよね?」
「あ、そうです。ラーニャが暇そうなので、ちょうど良い暇つぶしを……と」
「……『暇つぶし』……?」
唖然とした顔でリアはカトリンを見つめてくる。
「だ……ダメですよ……! そんな軽い気持ちで仕事を受けたら、死んじゃいますよ……!?」
一瞬ぽかんとしたカトリンだったが、合点がいったように笑った。
そうだ。確かに、冒険者とは命がけの仕事だと聞いたことがある。
「あはは……大丈夫ですよ。私は宮廷魔導師ですし、ラーニャはその私よりも強いので」
「そうそう! 私は強いんだよ!」
いつの間にかカトリンとリアの間を歩いていたラーニャは、大きく手を挙げてそう言った。
「そ、それなら……いいんです……かね?」
リアは首を傾げていた。
・・・・・
冒険者ギルドの中には、荒くれ者たちがぽつぽつといた。ラーニャが真っ先に入ってから、辺りを見回してがっかりとした顔になる。
カトリンはその小さな背中を見てクスリと笑った。
「ふふ、ラーニャ、どうしたの?」
「もっとみんな強そうかと思ってたのに……」
魔力を見る目をラーニャは無意識に持っているのだろうか。カトリンは常に相手の魔力を見る魔法を発動しているが、エルフには元々備わっているのかもしれない。
「私たちみたいに常に魔力強化してる人って、少数派だからね」
「そうなの……? そんなのすぐ死んじゃうよ……?」
その会話を聞いていたリアは、目を大きく開く。
「もしかして……常に魔力強化してらっしゃるんですか?」
「そうですよ」
「帝国の宮廷魔導師って凄いんですね……!」
「あはは……宮廷魔導師でも少数派ですよ。みんなどちらかと言えば、研究者だから」
「へぇ~そうなんですね! もっと戦争に関わってばかりなのかと思ってました!」
カトリンが乾いた愛想笑いを返しているうちに、三人は受付までたどり着いていた。受付の職員が眠そうな目を向けてくる。
「はい、こんにちは。今日はなんの御用ですか?」
「あっ、こちらのお二人の冒険者登録をお願いいたします!」
「はい……えーっと、現職冒険者の方からの推薦ということで……あなたはリアさんでお間違いないですよね?」
「はい、そうです! リアです!」
「では……ん?」
職員はカトリンを見て目を細めた。カトリンは気まずそうにラーニャを見てから、ラーニャが自分に興味なさそうに辺りをキョロキョロ見渡しているのを確認して諦めたように職員へと視線を返す。
職員は頭の天辺から足の先までをじっと眺めてから、ゆっくり口を開いた。
「あなた、もしかして宮廷魔導師ですか……?」
「あ……そうですけど……」
「あ〜……ちょっと待っててくださいね……」
職員はおずおずと立ち上がると、奥の方へと歩いていってしまった。
カトリンとリアはキョトンとしたままその場に立ち尽くしていた。
「ねえ、カトリン。あいつらと戦ってみたい」
ラーニャは全く気にせずに、たむろしている冒険者たちを指さした。
「え……あ〜……ちょっとだけ待っててね。今なんかトラブルがあったみたいだから、ね?」
「え〜! まだ〜?」
辟易したように軽く地団駄を踏むラーニャを「まあまあ」といなしていると、リアが腑に落ちないといった様子で首を傾げていた。
「何かあったんでしょうか?」
「さあ……?」
二人揃って首を傾げていた時、奥から職員が戻ってきた。上役らしき、図体の大きな男を連れていた。
「私では分からなかったので、上の者をお連れしました」
「……俺がギルド長だ。え〜、あなた、宮廷魔導師?」
男は低い声でぶっきらぼうに聞いてくる。
「あ、はい」
「……はあ……宮廷魔導師の冒険者登録は前例が無いんだよ」
面倒そうなため息をこれ見よがしに吐いた後、男は椅子に座って頬杖をつきながら不遜にカトリンを見上げた。指を机にトントンと当てている。
「いいか? あんたなら知ってると思うが、冒険者ギルドは国家に所属しないんだ。だがあんたは国家の人間だ」
指を動かすのを止め、男はカトリンを指さした。
「規定には書いてないが、これは俺の判断だ。悪いな。あんたを冒険者にすることはできん」
カトリンはちらりとラーニャを見た。
カトリン自身は冒険者になりたいわけではない。単なるラーニャの暇つぶしだ。
自分が冒険者になるならどの程度のランクを与えられるのかはほんの少し気になるものの、だからといって無理を通すほどでもない。
「そんな……! なんとかならないんですか……!?」
リアは悲しげな顔で手を机につきながら前傾姿勢で男に突っかかる。だが、カトリンはリアの肩を押さえて男に目を向けた。
リアはカトリンの目を見てから、シュンとして引き下がる。
「なら、私はいいです。こっちのラーニャだけ、登録をお願いします。私はこの子の付き添いってことで」
「……まあ、付き添いなら構わんが……その代わり、功績も報酬はあんたには渡さないぞ。で、そこのエルフの嬢ちゃんは何なんだい?」
「一次的な同行者です。国家の者じゃありません」
男は眉間にシワを寄せながら背もたれに深く寄りかかると、ラーニャを睨む。ラーニャは視線に気付くと、楽しそうに笑った。
「なに? 戦う?」
途端に男は、眉間のシワを深くした。何かを感じたのだろうか。
「……お前、沢山人を殺したか?」
「殺したよ?」
ラーニャはまるで今日の朝ごはんを聞かれたかのように、けろりとして言った。男の後ろの職員とリアが息を呑む音が聞こえる。
「……なるほど、狂犬だな」
「は? なに? ケンカ?」
「ちげぇよ。お前みたいな狂犬を、国が飼ってるわけねぇ。よし、いいだろう。そこのエルフだけ冒険者登録してやる。ただし、規約を破れば相応の罰が待ってる。弁えろよ……おい、後は任せた」
男は後ろの職員に声をかけると、そのまま奥に行ってしまった。去り際に「おっかねぇ」と呟く声を、カトリンは確かに聞いていた。
「あ……では、こちらにサインを……」
カトリンは職員の視線がラーニャに向かうのを遮ると、代わりにペンを取った。
「この子、文字が書けないので私が代わりに書きます。代理人なら、宮廷魔導師がやっても問題ないですよね?」
「あ……それは……その……」
職員は困り果てたように天井を見上げてから、奥に視線を向けた。申し訳なさそうにカトリンをもう一度見る。
「……少々お待ちください……上の者を呼んできます……」
奥へ走っていく職員の背中を見送りながら、カトリンは苦笑していた。
・・・・・
ギルドの扉を開けて外に出る。
ラーニャは途端に走り出していた。自己加速の魔法を使っていないということは、後ろにカトリンとリアがいることはまだ覚えているようだ。
「やっと終わりましたね……」
リアが疲れたように肩を落としながら言った。カトリンも同じように肩を落としている。
「冒険者ギルドが、こんなにややこしいとは思ってなかった……」
「……まあ、ギルドと言っても、国土を持たない大国と言われるくらいの組織ですから、煩雑になってしまうのも仕方ないことです。ギルドと呼ばれているのも、過去の名残なんですよ? 知ってました? そもそも冒険者って言う名前も――」
カトリンが困惑した顔を向けると、得意げに語っていたリアは言葉を止めて不思議そうに首を傾げる。
「なんで擁護してるの……?」
「あ、いえ、擁護をしているつもりは……その……」
自分でも不思議だと言わんばかりの顔をしたリアに、カトリンはニヤリとした笑みを隠せなかった。
「……あ。もしかして、知ったばかりのことは解説したくなっちゃうクチでしょ?」
カトリンは意地悪そうに笑いながら肘で軽くリアをつついた。リアは恥ずかしそうに下を向いてしまった。
「ふふ、若いね。私もそういう時期はあったよ」
「……そんなに変わらないじゃないですか!」
「変わる変わる。あなた何歳だっけ?」
「……十七です」
「六つも違うじゃん」
「六つ"しか"ですよ!」
カトリンは「あはは」と声を出して笑いながら、前を向いた。ラーニャがかなり先で振り返り、二人を待っている。
「ね〜ぇ〜! まだ〜!?」
不機嫌そうに大声をあげるラーニャに、カトリンは手を振ってから少し歩く速度を上げた。リアも追従する。
「ごめんごめん」
カトリンはちっとも思っていなさそうに、軽く言った。ラーニャは顔をしかめる。
だがカトリンがラーニャの胸に付いているバッジを指差しながら微笑むと、ラーニャの顔も少し和らいだ。
「そのバッジ、似合ってるじゃん」
「……そう? そうかな? ……えへへ、早く行こ?」
ラーニャは胸にキラリと輝くCランク冒険者の証しである金のバッジを指先で軽く突いてから、また背中を向けた。
Cランク冒険者は一人前と認められるラインらしい。何を見て判断したのかは知らないが、カトリンという後ろ盾と、その異様な空気感が原因だろうか。
ラーニャの背中を見ながら、リアは怪訝な顔をしていた。
そのまま小さな声でカトリンに話しかけてくる。
「……あの。ラーニャさんが人を殺したことあるって、本当ですか……?」
「あ〜……本当だよ。でも、私が見ているときは人殺しはさせてない」
「……大丈夫なんですか?」
「多分ね。私が『ダメ』って言えば、ちゃんと聞いてくれるし」
「敢えて言わないと、人を殺すってことですか?」
リアの声は少し震えていた。
「……そうだね。でも、これからちゃんと教えていくよ」
「でも……」
リアの言葉はそれ以上は続かなかった。カトリンの楽観的な表情を見てしまったからだろう。
だが、リアの顔から不安は拭えていなさそうだった。
カトリンは気付かないふりをしながら、ラーニャの背中を歩いて追いかける。
「ラーニャ。場所は分かってるの?」
「ん? 分かんない! でも、大きな道は大きな道に繋がってるって、おじさんが言ってた!」
「おじさん……? もしかして、ランドルフ?」
「そう! ランドルフ!」
「……ラーニャ。これから行く場所は、別に大きな道とかじゃないからね。近くの森の、魔狼を狩るんだよ? そういう依頼だったでしょ?」
「そうだっけ?」
あっけらかんと言い放ったラーニャを呆れた顔をしながら見つめつつも、事前に予想していたかのようにカトリンは方向を指さした。
「あっちだよ。南の方角の森って言ってたからね」
「分かった!」
それだけ聞いたラーニャは、また走り出してしまった。カトリンはどこか楽しげにため息をついてから、その後を追う。
リアは不安そうに二人の後を追いかけた。




