夢
サラは蔓を千切りながら森を奥へ奥へと進んでいく。白い魔導服に、緑色の汁が付いてしまった。
「うげぇ〜、こういうのはガルヴィレーズの仕事なのにぃ……」
ごしごしと服を擦るが、緑色が広がっていくだけだった。サラは少し唸りながら諦めて先へ進むことにした。
「どこかなぁ……早めに終わらせたいなぁ……。もう魔法使って探しちゃおっかなぁ……いやダメダメ、森の植物に影響出したら怒られちゃう……」
森は薄暗かった。厚い雲が空を暗くしているだけでなく、分厚い葉が地面に落ちる光を遮っている。
ため息をつく。だが、その時サラの耳に僅かに笑い声が聞こえた。下品な笑い声は、奥の方から響いてくる。
「おぉ、見っけ。ラッキ〜」
サラはにっこりと微笑みながら声の方へと進んでいく。
葉や蔓を退けながら進む。しばらくすると、少し開けた場所が現れた。汚れた木箱の上に硬貨を置いて、カードゲームをしている男たちが笑っていた。
「お前の負け〜! 金は全部もらっとくぜ」
「ちっ。取り返すまでやるからな!」
「はっ! 元手がないくせにどうやって……あん?」
男がサラに気付く。サラは最後の蔓を退け、おっとっと、と躓きそうになりながら男たちに目を向けた。
「……二……三……。……八人かぁ。ま、余裕かなぁ」
ぱっぱっと魔導服を払うと、服についていた細い枝がパラパラと落ちる。
「おい、ねぇちゃん。何しに来たんだよ、おい」
ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら、賭け事をしていた男が立ち上がる。だが奥にいた男は警戒した表情で「ボスを呼んでこい」と囁いていた。
「あなたたちが野盗で合ってるぅ?」
「おーおー、合ってるぜ。野盗の根城に女一人で何の用だよ。遊びに来てくれたのかぁ? ねぇちゃんと遊ぶのは楽しそうだな、おい」
男は腰を振りながら下品に笑った。何人かの男たちは、その男を指さしながら笑っていた。
サラは口に手を当てて苦笑してみせた。
「うーん、ちょっと興味ないかもぉ」
「そうかよ。なら無理やりやるしかないよなぁ?」
男は剣を抜くと、ニヤニヤとサラににじり寄った。だがサラは慌てることさえなく、ゆっくりと杖を構えた。
「じゃ、おやすみぃ。『夢の底に誘え』」
捻じくれた杖を男たちに向けると、甘い匂いが辺りを満たす。男たちの黒目が上を向くと、膝が力を失って倒れていく。一瞬の内にイビキがうるさく響き始めた。
「よぉーし。じゃあボスは誰かなぁ?」
「……おい! 何事だよ!?」
暗い洞窟の奥からしゃがれた声をあげながら男が慌てて走り出てきた。その後ろには部下らしき男たちも付いてきている。
「お、あなたがボスかなぁ?」
「あぁん? 誰だよ、お前。コイツラに何しやがったんだ?」
男は腰を低く落として剣を抜いた。戦い慣れた男のやり方だ。
「ちょっと眠ってもらっただけだよぉ。明日には起きるかなぁ」
「……テメェ。魔法使いか?」
「そうそう。魔法使いだよぉ。よろしくねぇ。そしてさよならぁ。『夢の底に誘え』」
「……は……? ぅ……ぐ……」
ボスの男は頭を抱えながらフラフラとしだす。周りにいた男たちはあっという間に眠ってしまった。
「おやぁ? なかなか耐性が強いみたいだねぇ」
「……ざけんな……っ!」
フラフラと歩きながら、剣を構えてサラに向ける。だが剣先は揺れて安定しなかった。
「最近さぁ、眠りの魔法を研究してるんだよねぇ」
サラは突然語り始める。困ったように眉を寄せていた。
「眠りが浅くて困っててさぁ。でもちょうどいい具合が難しいんだよぉ。やりすぎると眠りすぎちゃうし、ネズミで実験したら二度と起きなかったりしてさぁ。困っちゃうよねぇ」
「……なにが……言いたい……!?」
「これ以上強くすると、死んじゃうかもしれないからさぁ、もう起きなくなっちゃったらごめんねぇ? 『夢の世に取り率れ』」
「あ……ぐ……」
男は耐えようとして頬を叩いた。だがすぐに剣を取り落とすと、倒れてしまう。そしてイビキをあげ始めた。
「よぉーし。じゃあこの人連れて帰るかぁ。もうそろそろ夜だし。カトリンちゃん、お父さんとお母さんにちゃんと言ってくれたかなぁ……。『浮き漂い従わせよ』」
ボスの身体が何者かに掴み上げられたかのように浮かび上がると、サラの後ろに付き従う。サラはそのまま、来た道を帰っていった。
・・・・・
コンコン、と扉をノックする。サラは陽気な声で中に呼びかけた。
「リリット〜? いるでしょ〜?」
少し時間を置いて、ギィ、と顔が覗く程度に扉が開く。リリットは目隠しの包帯をしたままサラを見た。
「……何を考えてるの?」
その声には困惑の色が隠せていなかった。
「いやぁ、野盗のボス捕まえたんだけどさぁ、他は放置してあるんだぁ」
「……それで?」
「あなた、どうせ野盗を食べて生きてるんでしょ? ボスだけ捕まえたから、あとは好きにしてねぇ」
サラはそれだけ言うと踵を返して村の方へ向かおうとした。後ろには野盗のボスが眠ったまま浮かんでいる。
「ちょっと」
リリットは呼び止めると、扉を大きく開いて外に出た。
「自分の言いたいことだけ言っていくな」
「えぇ? でもお話したくないでしょお?」
「……ふざけるな。なら初めから来るな」
ふぅ、と長く息を吐いてから、リリットは静かに言葉を紡ぐ。
「……お前は人類の英雄でしょう? 私は人を食べる悪魔族。なんで、それを許すの?」
サラは考えるように人差し指を唇に当てた。そして背後に浮かぶ野盗のボスの頬をぺちぺちと叩く。
「この人たちって悪人でしょ? 悪人を成敗するなら、その後どうしようが構わないかなぁって思うんだよねぇ」
「……は?」
「だって、あなたはこの村を守ってるんでしょ? ならいいんじゃないかなぁ?」
リリットは呆れたような声を無理やり絞り出す。
「……意味が分からない……」
「そうかなぁ? 割と明確じゃない?」
「……なら、なぜ私たちを滅ぼした?」
「え?」
サラは不思議そうにリリットを見た。その黒い包帯で隠された目があるはずの場所を。
「……私たちは、秩序を保って人間を食べてきた。不要な侵略もせず、必要な分の人間を繁殖させ、計画的に食べてきた。足りない分は狩りをしていた。……いま私がやっているよりも随分と理性的に」
サラは黙ってリリットの話を聞いていた。
「人間の国と外交もした。侵略しない代わりに人間を定期的に寄越してほしい、と。……なぜあのときは許さず、いまの私のやることは許すの?」
「……」
サラはしばらく返答しなかった。サラの目から、一瞬光が消えたように見えた。後ろで浮遊する野盗がふよふよと呼吸に合わせて僅かに上下する。
「……一貫性がないって言いたいの?」
サラの硬い声にリリットは頷いた。サラは一瞬目線を落としてから、もう一度リリットを見た。サラは声を硬くさせたまま続ける。
「……私も……私たちも、変わったんだ。あの頃はあなたたちのことを化け物だとしか思ってなかった。でも蓋を開けてみたらどう? 私には、私たちとあなたたちの何が違うのか、本質的には説明できない」
サラはリリットをじっと見つめる。リリットは何も言ってこなかった。サラは軽く息を吸うと、話を続ける。
「私たちは、決して相容れない。だって捕食者と被食者だから。戦いは免れなかった。でも、個人としては別。国としてあなたたちを許すわけにはいかなくても、あなた個人が悪人を殺して食べることに、何の文句もつけられない。だって、人殺しは私たちも同じだから」
「……お前も?」
「そう。私も。アレンもガルヴィレーズもセヴァンも。私たちはあの旅で、たくさんの人を殺した。悪魔族以外にもね。人を困らせている賊だったり、私たちに否定的な国の軍隊だったり。……食べないだけで、私たちのやったことと、あなたが今やってることは同じ。でしょ?」
サラは首を傾げて同意を求めた。リリットは返事をしなかった。
「……だから、あなたが村人を守る限りは、私からあなたの行いを否定したりしないよ。同類だからね」
二人の間に奇妙な空気が流れた。「同類」という言葉が空虚に響いている。
「……気持ち悪い」
リリットは吐き捨てるように言った。
「……勝手に同類扱いして、悟った気になるな。お前たちは永遠に私の敵だ」
「……そうだね。私たちはかつてあなたを殺しかけた。すんでのところで逃げられたけど。……でも、もう戦いは終わった。敵だとしても、今度一緒にお茶くらいしたいなぁ」
「……」
リリットは黙っていた。サラは畳み掛けるように言った。
「それとも、魔王の敵討ち、したい?」
「……黙れ」
リリットはぎりぎりと歯を食いしばった。だが、体中を強張らせていた力は、すぐにどこかへ抜けていってしまった。
「……明日の、夕方。来るなら相手してやる。土産でも持ってこい」
「……! いいのぉ?」
「二度は言わない」
リリットは吐き捨てるように言った。嫌悪感を隠さず、だがその声には嫌悪以外の何かが混ざっているように聞こえた。
「そっかぁ。じゃ、楽しみにしておくねぇ。ふふ、またねぇ」
サラはひらひらと手を振って、野盗のボスを連れて村の方へと歩いていった。
リリットはその背中を見送りながら、なかなか小屋の中に入る気になれなかった。




