幾年ぶりの邂逅
「ん〜……こっち……? 右の道をまっすぐ進むんだよねぇ……? あれぇ?」
言われた通り進んだはずなのに、その先には森しかなかった。それもそのはず、サラは礼拝堂を出たあと、少し進んでから右に曲がったのだ。『すぐに右の道を』というフロリアンの言葉を、忘れてしまっていた。
「おっかしいなぁ……リリットさんに会いたいのになぁ……」
途方に暮れて来た道を引き返そうとすると、道の脇にある家の庭からサラを見ている視線に気付く。サラがそちらを見ると、そこには女の子が隠れながら様子を伺っていた。その子はサラと目が合った途端に、家の中へ入ってしまう。
だが、扉がわずかに開いて頭がサラを覗いていた。
「ねぇ、お嬢ちゃん。リリットさんのお家ってどこにあるか分かるぅ?」
サラはしゃがんでニコニコと微笑みながら聞いた。むかし魔王討伐の旅をしていたとき、聖職者セヴァンから子供への対応はこうやると教えてもらったのだ。
だが、女の子は話しかけられた途端に扉を閉めてしまった。
「……あれ?」
サラは微笑みを浮かべたまま顔を固めた。
「……セヴァンめ〜……嘘ついたなぁ? 後でお手紙書いてやるんだからぁ……」
サラはしかめっ面を浮かべて立ち上がると、小石を蹴って歩き出した。
「もう一回フロリアンさんのところ行くかぁ……」
その時だった。
「あ、あの!」
後ろから話しかけられた。
「んん〜?」
サラが振り向くと、そこには先ほどの女の子が立っていた。緊張しているのか、指先が少し震え、顔は強張っている。
サラは柔和な笑みを浮かべながらしゃがんだ。
「どうしたのぉ?」
「……っ! え、えっと、あの……リリットさんのとこ……行くんですか……?」
「そうだよぉ。ちょっとご挨拶したいなぁって思ってぇ」
「な、なら! 私が連れてってあげます!」
女の子は自分の服の裾を掴みながら、サラの目を見た。女の子はなぜか泣きそうだった。
自分はそんなに怖い見た目をしているのか、とサラは思わず苦笑してしまう。
「……う、ふふ……あ、ありがとねぇ……じゃあお願いしようかなぁ」
「……!?」
女の子は突然笑ったサラを警戒するように後退りした。サラは目を大きく開き、そして手をひらひらさせて柔らかく笑った。
「あ〜ごめんごめん……うふふ……はぁ、私はサラって言うんだぁ。あなたは?」
「わ、私は……カトリン……」
「そっかぁ、カトリン。よろしくねぇ? じゃ、行こっかぁ」
「……う、うん……こっち、です……」
カトリンはサラを先導するように前を歩いた。ちらちらと後ろを確認しながら歩く姿が何故か可愛らしくて、微笑みが浮かんでしまう。
「あ、あの……お姉さんは、勇者様の仲間だったの……?」
カトリンは恐る恐るといった様子で聞いてくる。
「そうだよぉ。アレンと、ガルヴィレーズと、セヴァンと、私で、魔王を倒したんだぁ。懐かしいなぁ。五年前だねぇ」
「……じゃ、じゃあ、お姉さんは、魔法使いのサラさんなんですよね……?」
「そうだよぉ?」
サラはにこやかに首を傾げてカトリンの顔を覗き込んだ。
「あ、あの……今日は、私のお家に泊まっていってほしいなぁ……って思って……」
「はぇ?」
サラは情けない声を出してしまった。泊めてくれるのはありがたいが、いきなりそんなことを言われても。
「お母さんとかお父さんには言ってあるのぉ?」
「ま、まだ……ですけど! 説得するから! お願い!」
カトリンは振り返っていた。サラはその押しの強さに面食らっていた。
「……そ、それはいいんだけどぉ、ちゃんとお父さんお母さんに言っておくんだよぉ?」
カトリンの顔はパッと明るくなる。
「分かった!」
そしてご機嫌に歩き出した。
「もうすぐリリットさんのお家です! あ、あそこ!」
カトリンが指さす先には、小さな小屋が建っていた。暴風が吹けば飛んでしまいそうなほど、ボロボロの小さな小さな家だった。
「わぁ……絶対変なヤツが住んでる……」
サラはそう呟いていた。その口角は知らず知らずの内に吊り上がっている。
「じゃ、じゃあお父さんとお母さんに言ってくるね! バイバイ! またね!」
カトリンは慌てて走り去っていく。サラは思い出したかのようにカトリンに手を振って見送った。
カトリンが角を曲がり、姿が見えなくなると、リリットの小屋の方へ視線を戻した。
「……ん。やっぱりここか」
サラの口調は硬かった。降っていた雪がサラの周りだけを避けていく。
サラは迷いなく小屋に近付いていくと、入り口の扉を叩く。そして無言で待った。
やがて中からガタガタと物音がしだすと、すっと扉が開かれる。
「……誰?」
そこにいたのは、真っ赤な髪の毛の女だった。黒い包帯で両目を隠し、大きな黒いローブを身に纏っている。どこをどう見ても、隙のない立ち方だった。
「やっぱり」
サラは無意識にそう呟いていた。
女からは濃厚な魔の気配がした。かつて魔王の国、魔国で感じたあの気配だった。
「私はサラ。サラ・アスピヴァーラ」
サラはそれだけ言った。そしてリリットの反応を観察する。
リリットは表情を変えなかった。だが、その手は少し力んでいた。
「サラ・アスピヴァーラ……」
リリットは噛み締めるようにその名前を繰り返した。黒い包帯の奥で、驚きに目を見開いているようだった。
「ふぅー……それで? 何の用?」
「この周辺に、僅かに魔の気配があった。五年前に飽きるほど感じたあの気配だ。だからこの村の『用心棒』に会いに来たの。」
サラは一度そこで言葉を区切り、リリットを見た。リリットの魔力は、固く握られた拳に集中していた。
息を吸ってから続ける。
「あなた、悪魔族だよね?」
リリットは身体を硬直させる。
そして深くため息をついた。ゆっくりと黒い包帯に手をやると、ほんの少しだけズラした。
包帯の下には、赤く光る両目が、確かにサラを睨みつけている。
「……かつての英雄が、残党狩りにでも来た?」
その声には殺意が込められていた。声だけで殺すには十分なのだと錯覚してしまうような低い声だった。
「違うよぉ」
サラは両手を挙げながら、あっけらかんとして言った。
「は?」
リリットは呆気にとられ、眉間にシワを寄せる。
「あなた、この村の用心棒なんでしょ? 村人を襲ったりしてないってことでしょ? なら、殺し合いなんてする意味ないよねぇ」
「……」
リリットは怪訝な目でサラを睨み続けていた。
「なら、なぜここに来た?」
「アレンが言ってたんだぁ。『悪魔族は生きようとしてただけなのに』ってぇ。だから、本当にそうなのか確認しに来たのぉ」
「……ふざけているのか?」
リリットはギリリと歯を食いしばった。
「いくら英雄とは言え、お前一人程度ならば殺せる。かつての敗走のツケ、ここで払わせてやってもいいんだぞ……?」
サラはリリットの赤い目をまっすぐに見つめ返した。
「そうだねぇ。あなたの顔、見覚えがある。最後の将軍、ヴァスラディ将軍でしょお? なら、私一人じゃ勝てないかなぁ」
リリットは肩の震えを止められなかった。
「なら、なんで……?」
「……言ったでしょ? 私は、今なら悪魔族とも仲良く出来ると思うの。だから、お茶でもしたいなと思って」
「……ふざけるな。帰れ……!」
リリットは力任せに扉を閉めた。小屋全体が揺れた。
サラは扉の奥に向けて構わずに声をかける。
「私さぁ、この近くにいる野盗を倒しに行くんだけど、多分あなたの食料源ってその野盗だよねぇ? 全滅させないほうがいーい?」
小屋の中から返事はなかった。サラは小さくため息をついた。
「りょうか〜い。頭領だけ倒してくるねぇ」
そう言ってサラはさっさと離れてしまった。
小屋の中でリリットは蹲りながら、唇を噛んでいた。リリットの声が小さく小屋の中で反響する。
「魔王様……」




