↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クムルサレアの果てた後  作者: 北里有李
第二章 暗雲青雷

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/48

私は正義の味方じゃないから

 夜はとっくに更けていた。コオロギの鳴き声がそこかしこで響いている。


 ラーニャは目を大きく見開いてカトリンの顔を覗き込んだ。瞳は揺れている。


「カトリン……」


 カトリンは優しく見えるように微笑む。


「大丈夫、ラーニャ。敵じゃない」


「でも……」


 ラーニャは憮然としてクルトを見る。クルトは腫れ始めた頬を抑え、口に溜まった血をペッと吐き出す。


「何を考えてるんですか……宮廷魔導師殿……」


「もう敬称とかいらないから」


 カトリンはクルトに近付くと、腕をとって無理やり立たせる。クルトはよろめきながら立ち、後ろで気絶している男たちを一瞥してから、ラーニャを恐る恐る見た。


「いい? あのエルフを格安で売って。これだけなら今出せる」


 カトリンは腰に巻いていたポーチから鼠色の袋を取り出した。中からは金属が擦れる音がする。

 クルトは受け取らずに袋を見て目を細めた。


「それ、金貨かい?」


「そう」


「ふざけろ。そんなんで足りるもんかよ。エルフだぞ?」


「そっか。じゃあしょうがないね。謎のエルフが現れて警備員と出品者を殺した後、エルフ奴隷を連れ帰ってしまいましたってことにしよっか」


「おい……それ……」


 二人はラーニャを見た。ラーニャは目をパチクリさせている。


 クルトは歯ぎしりをしてカトリンを睨みつける。


「こんなのが通るかよ……!」


「通らないなら無理やり通すんだよ。帝国はそうやって大きくなったんだ。私も帝国の宮廷魔導師だからね」


「……っ!」


 クルトは悔しそうに鼻息を荒くさせる。


「……帝国のやり方はよく知ってる」


「……ただで済むと思うなよ……! トリデンティ卿が知ったら……!」


 そこに近付いてくる足音がした。カトリンは警戒して振り向き、ラーニャは目を輝かせて振り向いた。クルトは勝ち誇ったように笑う。


「ほら見ろ、援軍が来たぞ……! このことは全部報告してやる……!」


 だが、檻車の群れを通り抜けてきたのは、ユリアンだった。ユリアンは眉間にシワを寄せてこの惨状を確認すると、すぐにカトリンへ近付いてくる。


 ユリアンの後ろには、ランドルフも顔を青くさせて付いてきていた。


 クルトは苦々しい顔で二人を睨んだ。


「アーベライン様、何があったんですか」


 ユリアンは責めるようにカトリンへ聞いた。ランドルフは警備の男たちの首に手を当て、脈があることを確認するとほっとしたような顔をしていた。


「生きてる……良かった……」


「……ランドルフが上級街を、我々を探して彷徨っていました。『あのエルフが大勢殺してしまう』と泣きついてきたので急いでここに来ましたが……?」


「それは何とか止めた。今はその後の話をしてるの。で……どうするの?」


 クルトはこめかみに青筋を浮かべている。


「そんな条件飲めるはずないだろうが……! 俺がどれだけエルフの仕入れに金をかけてると思ってる……! 俺には嫁も子供もいるんだぞ……!」


 クルトはカトリンが差し出していた金貨入りの袋を叩き落とすと、息を荒くしてカトリンを睨む。


 ラーニャはカトリンの袖を引いて言った。


「ねえカトリン。やっぱ殺そ?」


「ダメ。それは最後の手段」


 きっぱり言うと、ラーニャは肩を落とす。カトリンは思わずくすりと笑ってしまった。


「やっぱあなたのことはまだよく分からないね」


「……?」


「これからきちんと知るんだから」


「何言ってるの?」


「気にしないで」


 カトリンがラーニャの背中に優しく手を置く。ラーニャは怪訝な顔でカトリンを見ていた。


 その時、倒れている男たち全員の生死を確認し終えたランドルフがカトリンの横に立った。


「ランドルフ。顔が青いぞ」


 ユリアンがランドルフを下がらせようとするが、ランドルフはユリアンの手を振り払って前に出た。ユリアンは振り払われた手を目を丸くして見ていた。


 ランドルフは震える目でクルトを見た。大男が震えている姿はどこか滑稽だった。


「な、なあ……アンタ……」


「なんだよ……!?」


 クルトが声を荒らげる。


「アンタ……エルフ狩りとつるまない方がいい……」


「はあ……!? これが俺の仕事だ!」


「……でも、アイツら言ってたぞ。アンタの嫁と子供を拉致ればいいって……」


「……っ!」


 クルトが息を呑む。その言葉が正しいのか探るような視線がランドルフを射抜く。


「そいつらは、殺したのか……?」


「……ああ……でも俺じゃないぞ……?ラーニャがな……。でも一人生きてる。俺が逃がしてやったから……」


 途端にラーニャが「あ!」と大声を出してランドルフを指さした。


「おじさん! アイツどこやったの!? まだ殺してないのに二人で勝手に逃げちゃって!」


「……お前がこの奴隷市に気を取られている隙に、衛兵に突き出したよ。一応俺は宮廷魔導師の見習いだから、俺の言葉の方が信じてもらえる。『ならず者同士の抗争で死にかけてたのを保護しました』って。……まあ俺一人の名前じゃ信じてもらえなかったから、アスピヴァーラ様の名前出したけど……後で謝らないとな……。あの衛兵、相当怪しんでたし……」


「もう! あの人たちは殺してもよかったのに!」


「ラーニャ、殺しちゃダメだよ」


 カトリンが呆れたように言うと、ラーニャは下唇を突き出していた。


 カトリンは優しく微笑んでランドルフを見上げる。


「ランドルフも頭使うようになったね。でも、怪しまれてたんなら、今後はあなた次第ってとこかな、クルトさん?」


 クルトは顎を摘んで考え続けていた。やがて顔を上げると、ランドルフを真っすぐ見据える。


「……アイツらが俺の妻子を拉致るって言ってたってのは、本当なんだな……?」


「本当だよ……ラーニャも聞いてるはず……」


 チラリとラーニャを見てから、ランドルフは頭を横に小さく振った。


「いや、聞いてないかも……。とにかく、アンタの支払いが滞ったらそうやって脅すって、笑いながら言ってた」


「……そうかい」


 クルトは小さく舌打ちをした後、カトリンを見る。


「分かった。その話に乗る」


「いいの? 伯爵に言いつけたりしない?」


 カトリンは試すようにクルトに言う。クルトは鼻で笑ってから続けた。


「真正面からそれを聞く馬鹿がいるかよ。……いいか? 伯爵は俺経由でエルフ狩りに資金を流してたんだ。だけどな、伯爵の金払いが最近少し悪かったんだよ。エルフ二匹売ったときも値下げしろってうるさくてな。そろそろ潮時かもしれん。伯爵に言いつけたところで、俺の家族がエルフ狩りのならず者共に殺されてオシマイだ」


 カトリンは唇を噛んでから、低い声で言う。


「あの伯爵……カマかけてきてたんだ……」


 ユリアンは合点がいったように頷いていた。


「なるほど。資金提供をチラつかせて、研究成果を横取りして儲けようと……細部は違うかもしれせんが、そういう意図だったのでしょう」


「なに? どういうこと?」


 ラーニャは首を傾げてばかりいた。ランドルフが呆れてため息をつく。彼は今日一番の苦労人かもしれない。


「ラーニャは気にしなくていいよ」


 カトリンはくすくすと笑いながら、先ほど叩き落とされた袋を拾い上げると、クルトに差し出す。クルトはそれをおもむろに受け取った。


「……軽いな。これ金貨だろ? 全部で十リナイ弱ってとこか。とんでもない赤字だ。やってくれたな」


「でもこの街から離れるための資金にはなるでしょ?」


「……ちっ……。ああ、そうだな。家族そろって街から出ていくには十分だ」


 クルトが背中を向けて舞台の方へ歩いていく。檻車の中のエルフが不安げにこちらを見ていた。


 ユリアンが静かにカトリンの耳元へ囁く。


「アーベライン様、ここに倒れている男たちはどうしますか?」


「あ〜……傭兵か冒険者ってとこだろうから、放っておいても大丈夫だと思うよ。それに、クルトさんと口裏を合わせれば、ならず者の言葉なんて誰も信用しない」


「そうでしょうか……?」


「ユリアンは『とんでもなく強い謎のエルフと宮廷魔導師が協力して奴隷のオークションを台無しにしました』なんて言われたら、信じられる?」


「それは……無理でしょうね」


「でしょ?」


 カトリンは無理やり納得させられたような表情をしたユリアンから目を離すと、押し黙っているラーニャへと視線をやった。


「カトリン……」


「ラーニャ、今からあのエルフは私が買う。でも、すぐに解放する。どう? これで完璧でしょ?」


「でも……エルフを買う人は敵って里長が……あれ……? でも……」


 ラーニャは頭がパンクしそうだとでも言うように側頭部を抑え、困り眉でカトリンを見ていた。


「深く考えなくていいの。私は味方。分かった?」


「……うん……分かった……カトリンは敵じゃない……」


「できれば『私だから』じゃなくて『理解したから』になってくれると嬉しいけど、それはまた追々ね」


 釈然としないラーニャに苦笑していると、クルトが檻車の中からエルフを連れてやってくる。流石にラーニャを前にして、乱暴な振る舞いはしていなかった。


「ほらよ……持ってけ、泥棒」


 クルトは吐き捨てるようにそう言うと、エルフの背中を軽く押した。エルフは困惑してクルトを振り返る。


「お前のご主人様は今からソイツだ。分かったな?」


「は……はい……」


 か細い声で返事したエルフは、カトリンに向けて跪きながら頭を下げる。


「ミ、ミルエと申します……」


 カトリンは慌てて手をワタワタとさせながら、ミルエの手を取って立ち上がらせた。ミルエは触れられた途端に体を震わせ、怯えた目でカトリンを見上げる。


「そ、そんなことしなくていいから……! 首輪も外してあげる……!」


「え……?」


 黒革の首輪に手をやると、金具を外していく。

 ユリアンはミルエの怯えた様子を見て、嫌悪に塗れた目でクルトを見ていた。


「お前、何したんだ……?」


「ちょっと『教育』してやった。評判良かったんだぞ?」


「下衆め……」


 首輪が外れると、カトリンはそれをどうするか迷って遠くに放り投げた。ミルエは呆然とその放物線が終着した先を見つめていた。


「これでどう? もう自由の身だよ」


「……ありがとうございます」


 まるでそう言えと言われたかのような、抑揚のない言葉だった。


「……これは重症かも」


 カトリンはぼそりと呟いてからラーニャを見る。


「ラーニャ、この子知り合い?」


「うーん……分かんない。最近生まれた子とか、全然覚えてない」


「最近生まれたって……。確かに若いけど……エルフの年って分かんないからな……。……じゃあ、ミルエはラーニャのこと知ってる?」


 ミルエはびくりと震えてから小さく頷いた。人間が怖いのだろう。


 カトリンは伯爵の屋敷で見た二人のエルフを思い出した。あの二人は、震えることすらなかった。もっと酷いことをされたのかもしれないと思うと、少しだけ申し訳なくなってくる。


「……じゃあ、ラーニャはミルエと手を繋いであげて。その方が安心するでしょ」


「分かった!」


 ラーニャがミルエの手を取る。髪型以外の見た目はそっくりだ。ラーニャは短髪にしているが、ミルエは長かった。


 よく考えれば、伯爵の屋敷にいたエルフたちもラーニャにそっくりだった。エルフはそういうものなのかもしれない。


 カトリンは静かに頷くと、クルトへ視線を向ける。


「最後に一仕事頼みたいんだけど」


「なんだ……? 金とるぞ」


「やめてよ。さっき渡したので全部だし。……衛兵に言い訳するのに、口裏合わせてほしいんだよね。ラーニャは街に侵入した魔物退治に来てくれて、私と協力して倒したけど、警備員たちはみんな気絶してしまいましたっていうストーリーで」


「そんなの通るのか……?」


「ならず者の主張よりは通るでしょ。だって信じられる? あの数の男たちを一人で殴り倒すエルフがいるなんて」


「……そりゃ、無理だな」


「じゃあ行こっか。ユリアンはランドルフに肩を貸してあげて。ラーニャも、ミルエの手を離さないであげてね」


「……承知しました」


「分かった!」


 一行は広場を出口に向けて歩いていく。


 檻車の横を通る時、恨めしそうな視線を向けてくる奴隷もいたが、カトリンが足を止めることはなかった。ただ必死に見ないようにするしかなかった。


「……」


「……アーベライン様、どうかしましたか?」


 ランドルフがユリアンの肩を借りながら不思議そうにカトリンを見下ろしていた。


「え? ……あ、なんでもない。大丈夫」


 カトリンは素っ頓狂な声を上げながらも、笑顔を向けた。ランドルフの奥に、檻に入った奴隷の姿が見えて、すぐに目を逸らした。


 松明の火が揺れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。