ろくでなし
「ねえカトリン、めっちゃ人いる!」
三叉路の街ファチスには人がごった返していた。人間ばかりが街を埋めているが、その中には少ないとは言えない亜人種や魔族が歩いている。
「ねえカトリン、あれって魔族じゃない? 戦ってきてもいい?」
「だめ。全部の魔族が悪い奴ってわけじゃないんだから」
「じゃあ魔王は?」
「……魔国は、悪魔族っていう魔族の一種が作った単一民族国家なんだよ」
「……?」
「魔王と関係ある魔族はもう存在しないってこと。……悪魔族は、八年前の目撃情報が最後だから」
「それってどこ? どんなヤツだったの?」
「……さあ?」
カトリンは硬い表情で窓の外を見ていた。蜥蜴のような鱗を持つ大男や、頭に角の生えた女、その他にも多種の魔族がちらほらと見え隠れしている。みなリリットのように目が赤かった。
「『皆の敵』は、もういないの」
「ふぅん」
ラーニャはもう興味を失ったように曖昧な返事をした。
「アーベライン様、もうすぐ上級街ですな」
ランドルフが低く呟いた。その目はラーニャに向けられている。上級街でトラブルを起こすわけにはいかないが、だからといって誰も力ではラーニャを止められない。
「そうだね。……ラーニャ、街の中では戦うのは禁止だよ。いい?」
「え〜……! おそわれたら戦ってもいい?」
「……おい、あんまり……我儘を言うなよ。……アーベライン様を困らせるな」
ランドルフが声を震わせながらラーニャに言った。ラーニャが不可解な面持ちでランドルフを見つめると、ランドルフはすぐに視線を背けてしまう。
「……ランドルフ、無理しなくていいよ」
カトリンが気遣うように言うが、ランドルフは眉を寄せて下を向いてしまった。ラーニャが茶化すように笑いながらランドルフの顔を覗き込もうとする。
「あは。なに? 怖いの?」
「ラーニャ、あんまりランドルフをイジメないで。約束は守れそう? 襲われたら戦ってもいいけど、それ以外は禁止。いいね?」
ラーニャは途端に叱られた子供のような顔になると、小さく返事をした。
「……は〜い」
カトリンは小さくため息をついた。
・・・・・
宿の部屋は二人で泊まるとは思えないほど広かった。ベッドも一人では持て余してしまうだろう。
ラーニャは早速ベッドに飛び込むと、まるで犬が地面に体を擦り付けるかのごとくゴロゴロと転がる。
カトリンはバッグを下ろしながら部屋の中をぐるりと見渡した。
「流石はファチスって感じ」
魔導服を脱ぎ、ラフなネグリジェ一枚になると、カトリンはラーニャが転がっているベッドに座る。
「ねえラーニャ」
「なぁに?」
「あなたの魔法を調べたいんだけど、いいかな?」
「魔法調べるの? 今?」
ラーニャが寝転がったまま真横までモゾモゾとやってくると、カトリンが腰を下ろしている所まで少し沈み込む。ラーニャの頭を撫でると、ラーニャは目を閉じて受け入れた。
「そうだよ。いま」
「馬車ん中で読んでた本は?」
「ああ、『王家の歴史真版』のこと? 一通り精読も終わったし、あとは帰ってゆっくり分析すればいいからね。今はあなたの方が優先」
「ふーん……」
ラーニャは仰向けになってカトリンを上目遣いで見た。あざといが、ラーニャがやると自然に見える。
「どうやって調べるの?」
「……えーっとね」
カトリンはラーニャから手を離して顎に人差し指を当てると天井を見上げた。頭のなかに描いていた流れを、改めて整理しながら口に出していく。
「あなたは無詠唱で使ってるみたいだから、仮想魔法陣を脳内にイメージしてるはずで、つまり仮想魔法陣を客観的にビジュアライズできれば私にも分析ができるはずだから、まずは魔法陣を構成する魔法式を推測・特定しないといけなくて……」
段々と熱が乗り始め、カトリンはどんどん早口になっていく。天井を見ているのに、頭の中に描くフローチャートしか見えていないようだ。
「一応これまでの間で魔法式の推測は終わらせてあるんだけど、現状確認できている超常から推測できる魔法式だけではあなたの魔法に説明はつかなくて、したがってそれは未知の魔法式を構成要件に含んでいる可能性が高いと言うことだから、今回はかなり難しい分析にはなってくるんだけど、カルネの推定理論を使って地道に解き明かしていけば時間はかかっても何とかできるはずで――」
「……カトリン、カトリン……!」
カトリンがラーニャの声に気付くと、ラーニャが困惑した顔でカトリンを見ていた。
「……ん? なに?」
「……むずかしい話しないで……」
「あ、ああ、ごめん……ごめんね……」
ラーニャの頭をポンと触るが、ラーニャの顔は晴れないままだった。
「超簡単に言うと、私が上手いことやるからラーニャは気にしないでね」
「わかった……」
「じゃあまずはあの加速魔法を使って――」
カトリンがそう言いかけたその時、扉がノックされる。カトリンは眉を顰めると、ため息をついてから扉に向かって歩いていった。
扉を開けながら、ノックした本人であるユリアンにジトッとした目線を向ける。
「……なに? いま良いところだったのに」
ユリアンはその理不尽な目線に一瞬たじろぎ、目線を泳がせてからそっぽを向くと、そのまますぐに咳払いをして元の調子に戻った。なぜかそっぽを向いたままだ。
「ごほん……申し訳ありません、アーベライン様。領主様からの使者が来ています」
「領主様……? トリデンティ伯爵?」
「ええ。使者殿のところまでお連れしたいので……着替えていただけますか?」
カトリンは自分の服を見下ろす。ネグリジェのままだ。ラーニャの魔法を分析するのに夢中なあまり、こんな格好でユリアンの前に立ってしまっていた。
アワアワと手を暴れさせると、ドアノブを乱暴に掴んで思い切り扉を締めた。
「ちょ、ちょっと待って……! すぐ着替えるから……!」
「……カトリンって意外とおっちょこちょいなんだね」
ラーニャがベッドに寝転がりながら、白い目でカトリンを見ていた。
「う……うるさいっ……!」
カトリンは慌てて魔導服を取ると、裾に頭を突っ込んだ。
・・・・・
「アーベライン様。彼女は?」
「流石に貴族の使節と会わせるわけにはいかないでしょ……。部屋に置いてきたよ……」
カトリンは少し疲れたような顔をしながら、白い魔導服を着て廊下を歩いていた。
ユリアンはまるで何事もなかったかのように、澄ました顔でカトリンの後ろを歩きながら頷く。
「確かにその通りです」
「……宿の応接室にいるんだよね?」
「ええ。使いの方にはそこでお待ち頂いています。ランドルフは置いてきました。彼はまだ見習いですので」
「別に相手は伯爵本人じゃないんだし、いいんじゃない?」
「怪我もまだ治っていませんから、無駄に連れ回すよりは寝かせておくべきでしょう」
「……確かに。……そんなことより、何の用なんだろうね?」
「さあ。何も聞いておりませんが、突然貴族から使いが来るときは大抵ロクな用事ではありません」
「さすが。貴族のことはよく分かってるね」
「……私は末弟ですよ。貴族のことなど、嫌な部分しか知りません」
ユリアンの表情は揺るがなかったが、声はいくらか沈んだ。
二人は廊下の奥、両開きの扉の前で立ち止まる。
「ここだよね?」
「ええ」
カトリンは一度深呼吸してから扉を三度ノックする。ユリアンは背中で手を組みながらカトリンの後ろに立っていた。
「アーベラインです」
「どうぞ」
中からすぐに声が聞こえる。ドアノブに手をかけて扉を押すと、広い机の向こうに仕立てのよい服を着た紳士が座っていた。紳士はカトリンの姿を認めてから立つと、軽く頭を下げる。
「……トリデンティ伯に仕えております、ライマー・アスムスと申します」
「宮廷魔導師のカトリン・アーベラインです。こちらはユリアンです」
カトリンは頭を下げなかったが、ユリアンは頭を下げた。
「ユリアン・リーバーと申します」
「リーバー……と申しますと、東の?」
ライマーはユリアンを鋭い目で見つめる。ユリアンは無表情でライマーを見つめ返した。
「……ええ。ですが、末子です。お気になさらず」
「それはそれは。……どうぞ、お座りくださいませ、お二方」
カトリンとユリアンはそれぞれ椅子を引くと、座る。ライマーは二人が座るのを見てから自分も座った。
「今回あなた方のもとを訪れたのは、主の意向によるものです。我が主は、宮廷筆頭魔導師サラ・アスピヴァーラ様の弟子であるアーベライン様と親交を結びたいと仰せです」
「……私と? 何も提供できませんけど……」
「ええ、それで構わないのです。主は、とにかく面会したいと。……あなた方は帝都に戻る途中と聞いております。出発はいつ頃に?」
「明日の朝、すぐに」
カトリンが答える前に、ユリアンが間髪入れずに答えた。カトリンは横目でユリアンを軽く睨んだが、ユリアンは意にも介していない。
「随分と性急ですな。少しゆっくりされていっても宜しいのでは?」
「いえ、今回の調査の結果を早くまとめたいと考えておりますので」
「ほう。どのような結果が得られたのですか?」
カトリンがユリアンの太ももを軽くつねると、ユリアンは頬をピクリと動かした。『言うな』と伝わっただろうか。
「……まだ、評価できておりません」
ユリアンはそれだけ言った。カトリンはユリアンの太ももから手を離す。
「……そうですか。結果が出ればぜひ聞きたいものですな」
「皇帝陛下にお伝えした後なら、構いませんよ」
カトリンはよそ行きの顔を作って言った。皇帝を盾に使えば貴族関係者は簡単に口を出せなくなる。サラ直伝の処世術だった。
「……では、楽しみにしておきましょう。面会はいつ頃可能でしょうか? 我が主は、『今すぐにでも』と仰せですが」
「残念ですが……」
ユリアンが断ろうとした時、カトリンがユリアンの言葉を遮る。
「構いません。今からでも」
「……アーベライン様……?」
怪訝な顔でユリアンが見てくる。だがカトリンは気にもとめずに続けた。
「トリデンティ伯ともあろうお方の誘いを断るなんて、考えられません。せっかく『親交』を求めてくださっているのですし」
「そうですか。では、馬車を用意しておきましょう。準備が終わりましたら呼びに参りますので、よろしくお願いします。では、一旦失礼します」
ライマーは立つと、一度頭を下げてから部屋を出ていった。扉が閉まるのを見届けた後、ユリアンが責めるような視線をカトリンに向けてくる。
「……つねっておいて、行くのですか?」
「言わないことと、誘いに乗ることは別でしょ。トリデンティ伯を怒らせたらどうなるか考えなよ」
「当然分かっています。研究に邪魔が入る恐れもあります。ですが、我々は皇帝陛下の私的な財布から研究費を賄っているではありませんか。伯爵をいくら怒らせたところで……」
「それもそうだけど、あなたの家がどうなるか考えなよ。せっかく名字を言わないでおいてあげたのに、自分から言っちゃうなんて」
「……」
ユリアンは虚を突かれたような顔をしてから、右の拳で頭をコツンと叩く。
「……確かに、その通りです」
「まあ、何を言われても上手いこと突っぱねよう。どうせロクな用事じゃないんでしょ?」
「……その通りです」
「しっかし、あのライマーって人、油断ならないよね。多分めっちゃ強いし」
「分かるのですか?」
「立ち方がちょっとね。歩き方も、重心が全然ブレてなかった。ただの使者じゃない感じがする。魔法ばっかりのユリアンには、ちょっと分からなかったかな?」
「……全く分かりませんでした」
「あはは。まあ私だって武術家じゃないから、確定とは言えないけどね。でも、小さい頃に叩き込まれたから多少は心得があるんだ」
「魔法使いなのに、ですか?」
「魔法使いだから、だよ。近付かれたら為す術なくやられる魔法使いはすぐに死んじゃうからね」
「そうですか……?」
ユリアンは納得いかないように首を傾げた。カトリンは気にせずに微笑んだまま立ち上がる。
「とにかく、準備しよっか。サクッと行ってサクッと帰ってこよ。早くラーニャを調べたいし」
そう言うと、カトリンはさっさと部屋に戻っていく。ユリアンも、カトリンの背中を追っていった。




