再創星 第六節
ネーパットの研究室における答弁の日から、およそ二週間。
星すべてを巻き込んだ計画は、ほとんど完成しつつあった。
必要な設備だけでなく、制度の制定まで、すべてが完成していた。
そして残る作業は、軽微な調整を除いて、一点のみだった。
「まさか、<紅玉星>に滞在している異星の人々を返還するのが、最後の作業とはね」
サネトは、高層建築の頂上で、神の門に連なる施設と、そこに長蛇の列をなして並んでいる、異星の人々を見ながら、そうつぶやいた。
隣にいるリャージャもまた、その光景を目にしながら、少しだけ悲哀の色をその瞳に滲ませていた。
「でも、わけあって、この星を長期間離れていた、もともと<紅玉>の出身の人たちを、星に戻す作業はあんまり進まなかったらしいよ」
「うーん。まぁ一応、星の外側にいても、座との縁は繋がったままらしいし、魔転化も問題なく行われるらしいが。ただ確証は持てない、というのが」
「いや、そうじゃなくてさ。なんか、通告を受けても戻ってこなかったってことはさ、彼らはこの星と袂を分かつ覚悟だったわけじゃない」
リャージャはそこまで言って、再び星々を繋ぐ神の門の向こう側を想像しながら、一息をつく。
「むしろ、魔転化がつつがなく成功する方が虫唾が走る、って人の方が多いんじゃないかなって」
サネトはリャージャの言わんとしていることは理解できた。だが、彼自身はそれについて語り得るものが殆どなかった。
故郷を捨てる覚悟に泥を塗るような行為だと、本当に非難されるのだろうか。
サネトが懐疑的なのはその点だった。意識すらしていなかった星との繋がり、それが存在し、未だ捨てた故郷と繋がっているという事実が衝撃的であれ、それが別の形に変わることを、それほどまで彼らが気にするものなのかと。
とはいえ、最大多数の幸福の犠牲者となることを、仕方ないと切り捨てる気にもならなかった。あえてリャージャの弁に反論しなかったのは、結局サネト自身が「故郷を捨てたもの」の境遇を計り知れないためだった。
「ま、向き合うしかねえだろ。俺たちがやったことを、後世の人間がどう評価するかなんて、わかりゃしねえんだし」
そうかもね、と軽く相槌を打つリャージャ。そんな折、二人の通信端末に、短い文面の連絡が同時に届いた。
「作戦の段取りを説明するから集まれだとよ」
リャージャはサネトに連絡の文面を読むのを任せ、自分の懐から端末を取り出さなかった。どうせ同じ連絡であることはわかりきっていたからだ。
「じゃ、戻りますか」
リャージャは空に浮かび上がり、ネーパットの工房の方を見る。
「お前、ここに来るまでの速度は覚えてるか?」
「うーん、多分」
二人は旅立つ前に、ヨベクから、人々の生活に迷惑を与えない程度の速度を、計算してもらっていた。しかし既にその加減について、記憶が怪しくなり始めていた。
「ま、その辺飛んでる、飛空艇くらいの速度なら問題ないだろ」
サネトもまた、リャージャを追いかけるように空を駆けあがっていく。
「大体一時間くらいかな」
「うーん長いな」
今の二人にとって、一時間の旅程というのは、退屈なものだった。それだけの時間があれば、全速力であれば、星の外を飛び出し、別の星へと行ける程度の時間だったからだ。
「これからはこういうの、慣れていかないとかもねぇ」
「え、あ。そっか」
サネトは少し思案した後あることを思いついた。
「なあ。これ星の外まで一度飛び出してからなら、全速力出してもいいんじゃないか?」
「お、名案だねぇ。空気があるから、速度出せないわけだもんね」
そう言って、二人はとりあえず星神の庇護圏の外から、ネーパットの工房へと帰還することにした。
しかし、そもそも自分の力で全行程を踏破しようとせず、水晶門を経由してくればよかったのではないか、とヨベクに説得されたのは、また別の話である。
それから二日後、全行程が終わり、あとは作戦を実行するのみだった。
サネトとリャージャ、ヨベクはそれぞれ、各所に配備、それ以外の関係者は、ネーパットの工房より、全装置の状態を監督していた。
『よし、ではサネト、リャージャ、ヨベク、三名は端末に手を置いて待機だ』
拠点のネーパットより、外にいる三名に連絡がかかる。三人の配置場所は、それぞれ、ネーパットの拠点より等間隔の距離、ちょうど工房と三名を結ぶと、正三角錐になるような地点だった。
「あとは、ただここで待ってればいいんだよな?」
サネトが最終確認としてそう尋ねると、ネーパットが「ああ、何があっても手を離さなければ、君たちの仕事は終わりだよ」と答える。
その言葉に、わずかな不安を覚えないわけではなかったが、おとなしく三名は手を端末に置くことにした。
三人の端末は物理的な接続がされているわけではないが、それぞれが、互いの端末及び、ネーパットの工房の方角に向けて、筒状の突起が伸びている。
これらの装置はいわば、蛇口である。端末は、水源より運ばれた魔力を、その蛇口より互いの端末に向けて放出し、その魔力を星の上で循環させる機能を持つ。星の新たな血脈となり、新たな循環器系となる。
これが蛇口であるとすれば、サネトたちは呼び水である。そして当然、その水源とは、彼らが魔に転化して、密接に結びつくことが可能になった世界、神に匹敵する魔の統率者がひしめく異界、竜たちの故郷である。
彼らの持つ巨大な魂の器は、そもそもが当初、ネーパットが星の運営に足ると考えた装置に匹敵しうるものであり、従って彼ら三人をもってすれば、星と生命の繋がりを全て魔転化するのに十分な魔力を引き出せる。
だが、それは決して容易なことではない。一から新たな星の循環系を作り直すのと、「既存の循環系」しかも、星の上の生命全てに繋がるそれを新たに別物に作り替えるのでは、訳が違う。
更に彼らは、自ら星の座に座るわけではない。本来神々が担うべき役割を、地上の全ての生命で共有する。星の有する資源を管理可能な、上位存在を座から追い出し、全くそんな権限も力も知恵も持ちえぬ存在へと任せる。
そんな前代未聞の全く新たな環境に作り替えるためには、星一つを維持するだけの魔力では足りない。神々が最も合理的に宇宙を運営するうえで最適化された環境に介入したうえ、全く新たな法則を作り出すのだから。
膨大な行数に及ぶ術式を行使、監督するのは、工房にいるネーパット及び魔工宗匠たち。竜因たちは、工房内にある類似した装置に配置されていた。彼らは自らは星を作り替えるほどの魔力を提供することはできないが、竜由来の魔力を持ち、かつ比較的大きな魂の器を持つことから、サネトらの放つ魔力の循環をより円滑に行うことが役割であった。
勿論工房外にも数多くの人間が動き、この星の大規模な作り替えに携わっている。
間違いなく、<紅玉星>史上、最も規模の大きな計画である。その中心に立つは、世界政府の中で、唯一この事件の一部始終を知るクトゥン。
彼は決して世界政府で最も地位が高い人物というわけではなかったが、本件での八面六臂の活躍もあって、すっかりこの最大級の計画の指揮を取る人物にまでなっていた。この短期間で、装置の手配、人員の配置、星の住人たちへの説明責任、異星の来訪者への危険性の周知及び帰還を達成できたのは、間違いなく彼の手腕によるものであった。
勿論文字通り彼一人でこの計画を全て完遂させたわけではない。彼の強みは、むしろ「良く知る者をよく知っていること」にあった。それぞれの分野の専門家、政治家を的確に集め、彼らに打診をする。一見簡単そうに見えて、その実、癒着や忖度を一切せずにそれを完遂するのは、政治家にとって平易なことではない。
とはいえ、クトゥンが、この計画の陰の立役者であることは言うまでもない。
かくして、この星の魔転化計画は全てつつがなく準備が終え、あとはその開始の合図をするのみであった。
結論から言えば、この計画は、問題なく成功した。
総時間、およそ2時間弱、うち半分はこの計画が成功したかどうかを入念に確認する時間であった。
そんなこともあり、星の上では、安堵だけでなく、不安の声まで漏れ始めていた。
「本当に終わったのか」と疑念を抱く者たちが、散見されたことは言うまでもない。なんならこの計画に中心として携わったものたちでさえ、不安な表情を見せていた。ただ一人、自信に満ちた顔でその終了を告げた、ネーパットを除いてだが。
「続いては、ちょうど一週間前に行われた、魔転化計画における状況の続報です。世界政府は今もなお、その後の状況についての確認を行い続けています。公的な発表では、未だその被害者は〇人と報告されておりますが、我々の独自の調査によりますと、その計画の後、医療機関で治療中であった、重病患者など数名の死が確認されております。これらの死亡と、先日の計画との因果関係について、世界政府は、未だ正式な発表を行っておりません。一部の反対を押し切り、勧められた魔転化計画について、世界政府の説明責任が問われます。……」
画面には、報道記者が淡々と原稿を読み上げる姿が映っている。サネトとクトゥンは、その様子を、世界政府のある首都の食堂で、眺めていた。
「おいおいクトゥンさん、言われてますぜ?」
「ああ、これも我々の仕事さ」
クトゥンは、政府批判の論調を聞いてなお、その表情に代わりはなく、ただ黙々と目の前の食事に手を伸ばしていた。
「星の上では一秒に一人は亡くなってるんだから、魔転化計画のその後、数日間もあれば、そりゃ死人くらい出るだろうに。全く正気とは思えんねぇ」
「ああ、そうだな」
クトゥンは、サネトの政府擁護の言葉にさえ、眉一つ動かさなかった。
「まぁ、正気を疑うっていう意味では、あんたら世界政府の決定の方がよほどだがな。マジで言ってんのか。因果関係の調査の結果、死の原因が明らかにならなかった場合、全ての死者の遺族に賠償を行うってのは」
「大マジさ」
サネトは決して、世界政府を手放しで信頼しているような人間ではないが、今回の賠償に関する決定については、明らかに行きすぎだと考えていた。勿論、それは彼がこの計画の中枢に関わっていたことと無関係ではないだろうが。
「因果関係の調査で、原因を明らかにできなかったのであれば、結局我々はこの前代未聞の計画に対して、事前調査を詰め切れなかったと言っているようなものだろう。例え旧星の英雄のお墨付きであってもだ。『副作用でない』と言い切れないならば、それは我々の責任にすべきだろう」
「問題なのは、賠償の数じゃなくて、その調査の時間だ、って言ってんだがな」
サネトの指摘はもっともである。例えばだが、余命を宣告された病人が、何らかの理由で、本来の余命より早くに亡くなることは珍しいことではない。多くの医師はそれについて、珍しいことではない。当初の想定より病状の進行が早かったと結論付けるだろう。
だが、もし「病状の進行が早まった」理由を問われたらどう答えるだろうか。普段であればただ「そういうこともある」と、少なくとも遺族にはある程度の語彙を用いて表現はやわらげつつも、同様の回答をするだろう。
しかし、その「早まった」理由として押し付けられるような重大事件があったらどうだろうか。
今回の魔転化の一件と「病状が早まった」ことを、医師は正確に無関係であると推定できるのだろうか。
むしろ多くの場合は、関係があるともないとも言い切れないと、多くの良識ある医師は答えるだろう。
であれば、恐らく、かなりの件数の死亡者についての調査依頼が舞い込んでくるのにもかかわらず、それについての調査が可能な人材はいないという状況になる。
ネーパットの意見を借りれば、間違いなくこの一件で、死亡時期が早まるなどということは決してないとはわかっている。が、それは一人の専門家の意見に過ぎないというのが、世界政府の立ち位置であり、今後も調査は続けるとの方針である。
「まあ、百年、二百年かかるかもしれませんね」
そう言い放ったクトゥンの顔にはどこかやるせなさのようなものを感じた。それは決してこの問題を面倒事と切り捨てたというよりも、むしろ将来の世代に解決の難しい問題を残してしまったことへの後悔だろう。
「百年、二百年先なら、多分俺たちはまだ生きてるし、ネーパットも生きてるだろうな」
サネトとリャージャは、既にその身は魔神を超え、竜の域に達した。ネーパットのよう次元の高さではないものの、既に余人の寿命など、彼らからすれば一つの季節程度の短さに過ぎない。
「すみませんね。貴方たちには今後も迷惑をおかけします」
クトゥンもまた遷者であるがゆえに、寿命は比較的長いだろうが、当然千年単位の寿命には追い付けない。いくら星との繋がりが健全化されたとはいえ、地上に生きる生命が、前よりも強くなったというわけではない。
この星に住む生き物は億に億を掛けて、なお少なすぎるほどに多い。例え神々の役目を生命で分担しようと、個々で受けられる恩恵はさしたるものではない。まさに先日レアケが言った通り「魔力が漲る」程度だ。いつもより少し調子が良いなと感じる程度の変化に過ぎない。恐らく多くの人にとってはそれすら感じられないだろう。
「まぁ、わからないことはわからないから、で済ませるのは、俺も好むところではねえよ」
サネトは過去に自分の相棒を失ったときのことを思い出していた。あの時、彼自身も、前代未聞の魔獣災害が起きた理由について、自分なりに調べたことがあった。それは自分の身の回りの人間の死の原因を探らないと、気が済まなかったからであろう。だからこそ不可解なもののせいで、家族を失ったのではないかという当事者の気持ちがわからないではないのだ。
「サネトさん。私の方で謝罪をしておかなければならないことがあります」
「うん?なんだ?」
クトゥンはサネトの目を見て、思い返したかのようにそう話し始めた。
「実は、今回、魔人狩りのことが分かった際に、皆さんの過去を、政府の権限で勝手に調べました。更にはそれを対策班の方にまで共有してしまいました。本来、正式な法的手続きがなければできないことですが、特殊事例ということを勘案して、例外的な対応をしてしまいました。申し訳ありません」
クトゥンは、先ほどまで食事をとっていた皿に、その長めの前髪がつきそうになるほどに深々と頭を下げた。
「あー、いいって。疑わしいことしてたのは俺らのほうだし、しかもよしんば、俺たちがネーパットの計画に気づかなきゃ人類を滅亡させてたかもしれないんだから。あんたの勘は正しかったよ」
クトゥンは垂れ下がる前髪の間から、サネトの表情を見る。怒るどころか、むしろ申し訳なさそうにしている彼の顔を見て、クトゥンもまた、これ以上の謝罪はむしろ彼を不快にさせかねないと思い、顔を上げた。
「ちなみにリャージャには?」
「はい。先日お会いした時に同様の謝罪を行いました。まぁ、反応はサネトさんとそう変わりませんでした」
だろうな、と短くサネトが相槌を打ち、再び画面に意識を向ける。
「続いて、土地漂白に関する続報です。<タヤサー砂漠>の南部で数か所発見されていた、漂白された土地に、回復の傾向がみられているとのことです。これらは一か月前に観測された境界線より、いずれも後退、縮小しており、また一部小型の漂白地に関しては既に元の土地にまで復帰しつつあるとのことです」
画面では、先ほどの報道官が、今度は土地漂白に関する話題を取り上げていた。
「おー。なんだ、意外と公平に取り上げてくれるんじゃないか」
サネトがそう呟くと、クトゥンは少し口角をあげたあと、こう返した。
「そうかな?」
クトゥンの一言の真意が読み取れなかったサネトだったが、再び報道官の言葉に耳を傾けると、その答えはすぐに分かった。
「なお、本件と、先日の魔転化計画との因果関係については、未だ不明であり……」
「あー。なるほどねぇ。そっちもそう来るかい」
サネトが少し呆れた顔をしながら、そう返した。
「とはいえ、意外と、これは公平な報道だと思うよ。やはり、それだけ今の人びとは、今回の一件について、まだまだ不信がぬぐいきれてないということだ」
「まぁ、あんたがそう言うならそうなんだろうけどよ」
サネトはその後、クトゥンと食堂で別れるまで、納得のいった顔は見せなかった。
数日後、サネト、リャージャ、ヨベク、ネーパット、及び、紅玉の神が、かつて魔導星核を作っていた部屋で集まっていた。
「それで、突然呼び出して、何の用?」
リャージャがネーパットにそう呼びかけると、彼女は首を横に振った。
「呼んだのはわしだが、用があるのはこっちだよ」
ネーパットは親指で、紅玉神の方を指す。すると其は、相変わらず表情の読み取れない顔をしながら、口を開いた。
「貴方たちの計略は、完璧に成功しました。既に私は星の座より離れ、その所有権は皆さまに移譲されているのが、何よりの証拠です」
それを聞いて、サネトたちにどこか安堵の気持ちが生まれた。今なお、この計画の成功を実感しきれてない彼らにとって、それは初めて彼らが見聞きすることのできた「成功事例」だったためだ。
「そうとなれば、私はもう、この星において、不要な存在。いえ、私自身の存在価値がもはやないと言っても過言ではないでしょう」
かつての星神の言葉には、どこか不穏な様子が混ざり込んでいた。と同時に、神の纏う雰囲気もまた、暗く、それでいて鋭いものへ変わっていくのを実感した。
「あんた、何言ってんだ?」
サネトは、僅かに震えた声で、紅玉神にそう詰め寄った。
「私とネーパットは、あなた方に嘘を一つつきました。この計画は一切の犠牲者を産まないと言いましたが、唯一、犠牲となるものがいます。それが私。紅玉の神こそが私の唯一の存在意義。座との繋がりが断たれた今、私はもう、物質界に存在できないのです」
ネーパットを除き、驚きの表情で互いの顔を見つめ合うサネトたち。その後彼らの視線は唯一の共犯者であったネーパットに向けられる。その眼が「知っていたのか」「なぜ言わなかった」と問い詰めていることは明白であったが、ネーパットは、その無言の問いに答えあぐねていた。
「この件については、タミーナフ、いえネーパットは責めないでください。話すな、と言ったのは私ですから。そして、もしよろしければ、私の最後の願いを、どうか叶えてほしいのです」
紅玉の神は一息ついた後、こう告げた。
「私と戦いなさい、星の子らよ。どちらかが、その命、散らすまで」




