再創星 第五節
「できた」
その一言を呟いたのが誰だったのか、その場にいる人間たちにすらわからかなった。その言葉は、この研究室にいる全員が内心に思い浮かべたものであったためだ。それどころか口にした当人すら、それが自分の言葉だったのか自信が持てなかったほどなのだから。
全員が満足げに、自分たちが思い描いた青地図を眺める。魔工の長として長年勤めた者、最も優れた機械頭脳を持つ者、そして、星を越えて生き続ける古代の英雄の転生者。全員が目の前の計画書を素晴らしいと認めていた。
不安が無いと言えば噓となるが、議論と調整をし尽くし、改案を重ねたその計画書は、今の自分たちが出せる最善のものであると、誰もが確信していた。
「しかし、この計画書を、果たして世界政府は受け入れてくれるでしょうか」
ヨベクがそう呟くと、その創造主であるネーパットが自慢げな表情でこう返す。
「はは。そこはわしとクトゥンの政治的手腕を信用してもらうしかあるまいな」
ネーパットは、一度世界政府の中枢に、クトゥンと共に赴き、根回しを済ませている。研究所ではどのようなやり取りがあったのかを口にはしないが、彼女の纏う楽観的な雰囲気からは、けっして話し合いが悪い方向には進まなかったことを伺わせた。
研究者たちが満足げに居座っていると、突然研究所の通信機から電子音が鳴り響く。
『こんにちわ。皆さんお揃い……というようではなさそうですね』
投影された通信先の映像には、世界政府の中で働くクトゥンの姿があった。彼からもこちらの様子は見えているため、今研究室には、今回の騒動に関わった全員の姿がないこともわかっていた。
「竜因は、竜語復元中。サネトくんとリャージャくんは里帰りだ」
ネーパットがそう答えると、クトゥンは何か手を動かし始めた。映像には胸から上しか映っていないため、はっきりと何をしているかを通信先から捉えることはできなかったが、彼が何らかの端末への入力を行っていることはうかがえた。
『わかりました。皆様へ連絡です。他の方にはお戻りしだい、伝達してただければ問題ありません。先日の件ですが、追って詳細を要求するが、概ね計画は承認という方向で全会一致となりました』
その報告を聞いて、魔工たちやヨベクが、驚いた表情を見せた。
「お前、本当に俺たちの計画概要を伝えたんだろうな?」
一応の計画の発案者であるはずのレアケすら、議会の反応は想定外だったようで、白い目でネーパットを睨みつける。
「ああ、勿論。伝えたよ。<紅玉星>そのものの魔転化、だろ?」
呆気なく答えるネーパットに対して、レアケはクトゥンに目配せをする。
『隣で私も報告をお聞きしましたが、特に隠し事などはありませんでした。星そのものを全て魔に属するものへと変えるという計画概要、そして失敗した場合の危険性なども含めて告知されましたよ』
ネーパットが、世界政府に赴いたのは、レアケらが、計画を完成させる前であったが、本来は彼女の原案なのだから、その計画の概要や、危険性は既に知っていた。
『ところで、皆さん、あれから計画の方はどれほど進んだのですか?』
「概ね完成しました。報告はできますが、どうしますか?」
セスケトがそう答えると、クトゥンは少し思案したのち、こう返した。
『いえ、一旦、計画書を私の方にお送りいただければそれで問題ありません。私の方でももう少し調整を詰めなければいけませんので』
彼は軽く会釈した後、クトゥンは通信を切っていった。
「おーっす、戻ってきたぞー!」
そんな折、研究室の扉が開き、サネトとリャージャが戻ってきた。
「ふむ。では、一度、竜因たちも集めてきてくれ。今後の計画を説明しよう」
ネーパットの即席の研究室に、サネトら三名と、竜因七名、魔工七名、そしてこの部屋の主のネーパットが椅子に座っていた。彼らの前には巨大な画面があり、そこには今後の作戦概要が分かりやすく記載されていた。なお、この会議は、クトゥンら世界政府の要人にも遠隔で参加していた。
「さて、まず皆に作戦の概要を伝えるよ!レアケたちのやることは、星の魔力化。この手法は既存の星神の構造を破壊するという点では、魔導星核とは変わらないけど、根本的な違いとして、星の上の生命や生態系には、一切の被害がでない、という点で異なるよ!むしろ皆魔力が漲っていい感じになるくらいだと思う!」
もっとも液晶に近いレアケが、今回の作戦概要についていつもの調子で解説していく。
「まぁ、そのせいで魔獣災害が増えるがな」
「もう!クスベムちゃん!それのためにレアケたちがいるんでしょ!話を戻すと、なぜ星そのものの魔力化ならば、被害が出ないのか。これは結果は同じだけど、過程が全く違うから。魔導星核は星神の座、と呼ばれる形而上の存在を代替するものだったの!けど、星神の座を作り替えてしまうと、結果的に座と、この星の生命との繋がりを断つことになり、大絶滅を起こしてしまうわけ!でも、ここで発想の転換!星の生命と座の繋がりが問題なら、その繋がりさえも作り替えてしまえばいい!」
そう言いながら、レアケは手元の端末で画面を切り替える。
「星神の座を魔転化させて、魔の星にするのではなく、先に魔の星にしてから、星神の座を魔転化させる。それがレアケたちの計画概要だよ」
世界政府の要人たちからの返事は特には無いが、彼らの方からは口々に疑念の声が漏れてくる。
「ふふーん。『そんなことは本当にできるのか?』といった感じだねぇ?これが可能なのです!さぁこちらをご覧ください!」
レアケは再び画面を切り替えると、そこには巨大な機械の設計図があった。
「これこそ、魔導転化装置くん!これを等間隔に配置して、起動させることで、装置の範囲内の全ての生命の星との繋がりを、魔力化させていくよ!合計七本あれば、この星全ての生命を魔力化させることが計算上可能だよ!」
官僚たちは手元の小型端末で、その設計図をじろじろと眺めている。彼らも、魔導については高度な学習を受けているが、それでもなお、理解の及ばない高度な装置で、判断しあぐねていた。
「……危険性、はないのですか?」
ある官僚が、ふとそんなことを口にする。するとレアケは、その質問を待ってました、と言わんばかりに顔を輝かせ、嬉々として椅子から立ち上がる。
「そういう意見もあると思ったから!こんなのを用意したよ!」
再び画面が切り替わると、そこにはこれまでの静止画ではなく、今度は動画が再生された。
「この動画は、魔工、及び竜因の代表者で、この転化装置くんの試作機の試験をした記録だよ」
官僚たちから、更にどよめきが起こる。
「待ってください。計画書が完成したのは昨日のことですよね?なぜもう試作機ができているんですか?」
「そりゃ勿論、レアケたちには、旧星の英雄様がいるんだもの。考えが纏まったら、もう、完成しているようなもんだよ」
「いえ、そもそもです。我々に許可を取らずに、実験を行ったのですか?」
「許可なんていらないでしょ?レアケたちが、自分自身に実験を行っただけだもの」
レアケがあっさりそう言ってのけたのに、クトゥンは悩ましそうな唸り声をあげる。
「わかりました。それで、結果は?」
「見ての通りだよ!ぴんぴんしてるし!特に問題なし!」
実際、レアケの言う通り、被験者である、魔工と竜因たちには、特に変わった様子は見受けられない。
「しかし、その先行実験は、星神の座への悪影響などは問題ないのですか?」
「当然だろう。一体、この星にどれだけの星神の座との繋がりがあると思っている?そのうちの14本が魔力化したところで、問題はないよ。そしてこれで実証された。座との繋がりは、魔力化させても断絶されないということが」
ネーパットが、官僚たちからの問いかけに、そう答えた。
「しかし、我々には、その星神の座とやらも、繋がりとやらもすべてが初耳で、どのように判断をすればよいか」
世界政府の官僚たちの、どこかまごついた反応の正体は、ある男性の官僚の発言により、言語化されることとなった。彼らは決して、魔工たちの訴えを信じていないわけではなく、理解が追い付いていないのだ。
「ならば、一番説得力のある存在を呼んでやろう」
ネーパットがそう言うと、突如、その場にいた全員と映像の向こう側にいる官僚たちの目の前の景色が切り替わる。彼らの視界は白い光に包まれた、何もない空間だった。
「ここは……」
サネトはあたりを見渡すが、先ほどまで共に腰かけていたはずのリャージャやヨベク、そして魔工や竜因たちも見当たらない。
その代わりに、目の前にただ、赤色の人影のようなものが、その漠然とした空間にぽつりと立っていた。
「こんにちわ」
その声に、サネトは覚えがあった。
「まさか、あんた<紅玉神>か」
「はい。サネトさん。またお会いしましたね」
サネトは、自分の胸に魔導星核を植え付けたときのことを思い出した。その時もはっきりと姿を捉えられたわけではないが、纏う雰囲気と、その声色で気づくことができた。
「ところで、ここは?他の皆はどうなってるんだ?」
サネトは周囲をぐるりと見渡すが、自分以外の姿は見当たらなかった。
「他の者たちは、サネトさんと同じく、個々の意識世界で、私と会話をしておりますよ」
「ははぁ、器用なこったな」
「そりゃあ私は神様ですから!」
表情は見れないものの、その声からはその神の気やすい性格のようなものが伺い知れた。
「で、その別々のアンタは、他の連中に何の話をしてるんだ?」
「そうですねぇ。あー、私が本当に星神なのか、とか、その証明をせよ、とか、あとは、うん?あはは、そういうのは神様にはあんまり聞かないでほしいなぁ、みたいなことを聞いてる人もいますねぇ」
顔がないのに、百面相をしているのがよくわかるのは、サネトには奇妙で、それでいておかしな光景だった。
「で、俺は何を聞いたらいい?アンタとは会ったこともあるし、今回の一件で特に疑問もないわけだが……あ、いや、そういえばあんた、前に自分には協力者がいる、って言ってたけど、あれは誰だったんだ?」
「あー、あれですか。あれはヨベクさんですよ。実は、あれ、いえ、彼女の頭脳の中にあった、施設の設計や情報、また機械工学の知識などを拝借させてもらっていたんです。私一人では、工房の改造なんてできませんからね」
サネトは、それを聞いて、少しだけ首を傾げた。
「それって、協力というよりは、単に勝手に頭の中覗いて知恵を盗んでいただけだろ」
「ありゃ、そうなっちゃいますかねぇ?」
紅玉の神の言葉からは、特におどけたような雰囲気はなく、サネトにはどうやら其が、今の今まで本当にヨベクとは「協力関係」であったように思いこんでいたことを察した。
「ところで、一つ聞きたいことを思いついた。あんた的には、今回の作戦、どう思ってるんだ?」
彼がそう問うと、紅玉の神の雰囲気が僅かに重苦しいものに変わる。
「そうですね。正直に言えば、あまり賛同はしていません」
それを聞いて、サネトは少しばかり、不安を覚えた。しかしその不安を察してか、紅玉神はすぐさま慌てて言葉を取り繕い始めた。
「あ、いえ、あの。計画が失敗しそうだとか、危険性があるから、とかではなくてですね。なんといえばいいか。皆様に私の不甲斐なさゆえに、余計な面倒をおかけしたことへの後悔の念とか。皆様が私の庇護から外れることへのちょっとした寂しさとか。そういう個人的なことです」
「あー。まぁ、あんまり気にすんなって」
正直に言って、サネトには神のそうした感覚を十全に理解できたとは言えない。星を守ってきた神の価値観なんて、たかだか数十年生きただけの男に共感できるはずもなかったのだ。
「しかし、一方で、嬉しさもあります。なんというか、この星の生命らしいというか。誰かに支配され、誰かに守られるのではなく、生命が皆、この星の主となって、全員で主体的に守っていく。そういう生き方を是としてきた皆様だからこそ、得た結論かと思います」
一際寂しそうに、星の民を賞賛する星の神の姿を見て、サネトは少しだけ憐憫の情を覚えた。
「そっか。あんたも休む日が来たのかもな」
「そうかもしれませんね」
どこか遠くを見ている星の神の視線にサネトは気づきつつも、彼はあえてそれ以上は踏み込まないようにした。
「おや、どうやら、概ねみんなの疑問には答え終わったようだよ」
紅玉の神は、まるで話題と気持ちをを切り替えるかのように、ぱんと手を叩いた。
「あら、意外と早かったな。もうちょい皆、気になることがあると思っていたが」
「そうですねぇ。どうやら、皆、聞きたいことは他にもありそうですが、色々委縮しちゃっているようですよ」
それを聞いて、サネトもまた、ちょっと前の自分であれば、こんな事態に巻き込まれれば、混乱していただろうなと思い返す。自身の肉体を魔に転換したうえ、友は竜の世界から帰還し、機械の従者は、無機生命体となっていた。そしてそんな彼らと共に神話の英雄と死闘を繰り広げた。そんな突拍子もない経験があったからこそ、今、これだけ落ち着いていられるのだろうと。
「なるほどね。それじゃあ、そろそろ俺も……これは、どうやったら戻れるんだ?」
「ふふ、すぐに戻りますよ。では、サネトさん。今後とも、よろしくお願いしますね」
紅玉の神がそう言い終えると同時に、サネトの視界がもとに戻る。彼が周囲を見渡すと、再び元の研究室に戻っていた。どうやら全員ほぼ同時に視界がもとに戻ったようで、ネーパットを除き、皆が周囲を不思議そうに見渡していた。
「なぁリャージャ、お前は何を話した?」
サネトは小声で、隣のリャージャに声をかける。
「ちょっとしたこと。竜の力の話とか。ほら、新星界書では、紅玉の神って、元は海龍の巫だったって話じゃない?ならどうして神ではなく、初めから竜の力でこの星を治めなかったんだって。私たちは今まで、竜は神の被造物であって、まさか魔の創造主とは知らなかった。だから特に海龍の巫が星神になったって聞いても特に疑問に思わなかったわけでさ」
「え、おいおい、すげー重要そうなこと聞いてんじゃねえか。それで答えは?」
リャージャは少し悩ましい顔をした後に、口を開いた。
「いやーその辺。ちょっと話が難しくてさ。凄い簡略化して、私の理解で話すと、今の紅玉神は、元となった海龍の巫でもなければ、なんだっけ。魔王の一部でもない。新たに神という形に鋳造された、何か、なんだってさ。だから、神気しかない<天藍星>でも、問題なく、天龍の巫だったはずの存在が、星神になれたんだってさ」
「うーん。たしかに。よくわからん話だ」
でしょ、と、小声でリャージャが呟くと同時に、今回の作戦の説明係を務めていたレアケが、咳ばらいをする。
「はいはい。おしゃべりはいったんやめてー!説明の続きをするよ」
その後、レアケが、紅玉の政治家や専門家たちを相手に、今後の星の復興計画について、説明していった。一通り説明を終えた後、多くの質疑が交わされることとなった。はっきり言って、最初の説明だけでは、全く納得がいっていない人々が多数派だった。
しかし、レアケとネーパットの繰り返しの説明により、一人ずつ説得されていき、そして、一時間程度の論戦の後、ほぼ全ての参加者から、反対意見は飛んでこなくなった。ネーパットはほぼ全ての疑問を事前に想定していたようで、疑問に対しては全く間髪入れず返答していた。
「ふぅ。では、もう議論は尽くしたかな?この計画には時間も重要だ。各々がた、今後、よろしく頼むよ」
そう言って、ネーパットは重い腰を上げて、研究室から立ち去った。
「相変わらず人使いの荒い奴だなぁ」
サネトが不平を漏らしている中、他の出席者もそれに続いて退席をしていく。
「なあリャージャ、今回の作戦、結構俺たちの負担大きそうだけど、どう思うよ」
「うーん。どうだろうね。やったこともないし。そもそも、ネーパットとヨベクの話では、私たちの仕事はただそこにいて、耐えればいい、って話だし。余計な技術や知識を問われない分、楽なんじゃないの」
それもそうかと、サネトは半分納得した様子で、立ち上がる。
「それじゃあ、それまでやることもないし、ちょっと走ってくるわ。新しい体にもまだ慣れきってないし」
「お、じゃあ、私も付き合っていい?軽く組み手でも……」
「ダメです」
二人のいつもの会話にヨベクが割って入った。
「おいなんでだよ」
「なんでって、今のお二人は自身の実力を軽く見過ぎです。軽く組み手といっても、今の魔力規模では、災害級の衝撃になりますよ」
そう聞いて、サネトとリャージャは互いの体を見合う。
「でもそう言ったらヨベクだって。まだその体、馴染んでないんじゃないか?」
「馴染む馴染まない、という感覚はよくわかりません。ですが、単に魔力の循環や動作を確認するだけであるなら、そのような組手なくとも、こう、なんというのでしょうか。自分の肉体以外から認識を断つといいますか。えっと」
ヨベクが適切な言葉を選ぶのに四苦八苦していると、そこにリャージャが割って入った。
「集中する、ってことかな?」
「あ、そうです。集中です。目を閉じ、己の肉体に集中すれば、見えてくるものがありませんか?」
ヨベクの言う通りに、サネトとリャージャは目を閉じる。魔にその身を転換させたためか、意識をすると確かに自分の身に血脈のように流れる魔力を認知できる。
サネトらは自分たちの魔力の流れを、指先など体の末端から、確認していく。中心にいくにつれ、その魔力量と経脈の大きさは増し、最後、その中心にまでたどり着く。
だが、その中心は不思議なことに、自分の肉体にはなかった。
その意識の深遠、奥底にあったのは、何か別の高次元の存在へと繋がるなにか。
サネトは赤いものを、リャージャは白いものを見た。それは光学的な色ではない。ある種の魂の形である。
「なんだ今の」
あまりに見慣れぬものを見て、サネトはつい目を開けてしまう。一方のリャージャは慣れたように落ち着いて目を開いた。
「サネトも見えたの?」
「ああ。なんか、赤いものが」
「……サネトは赤竜なんだね」
リャージャは何か知った顔でサネトを見る。一方のサネトは未だ戸惑った様子だった。
「魔力の根源は竜なんだから、私たちの力の起源も竜に通じるわけだよ」
「いや、俺は竜因じゃないけど」
「竜因と、竜術の使い手はまた別物だよ」
突然会話に割って入ったのは、退席していたはずのネーパットだった。
「いやそれはわかるけどよ。竜術だって、俺は復元竜語口ずさんでも一個も成功しなかっただろ。赤竜だって試したぞ」
「うーん、なんて言えばいいか。サネトくんはね、竜の力を、知識として使うより、肉体として使っているんだ。知ってるか?<天藍星>にいる巨人族の話を」
「あー。噂程度には。神術は使わないけど、神気だけは凄い連中だよな」
サネトは、頭をかきながら記憶を手繰り寄せ、曖昧な知識を口にする。
「ああ。他にも、一部、遷者が魔術式を口にせず、魔力を動かせるという話は聞いたことあるだろう。常人でも肉体に多少魔力を纏わすことはできるが、自在に扱えるのは才覚を必要とする。君の今の状態はそれに近い。実際、わしと戦ってるときは、途中から一度も術式唱えてなかっただろ」
「あーそういえばそうだった」
サネトは無我夢中の自分の先日の戦いを振り替える。確かに、魔転化して以降は、一回しか術式を唱えていないことを思い出す。
「恐らくあれは君の走るという行為によって、術が起動していたのだろうな。ある意味でわしの手話による起動に近いが、いや、恐らくもっと原初的な動作だろうな」
「じゃあ竜因でない人間と、竜因との間の違いって何があるんだ?」
サネトの疑問に対して、ネーパットは再び口を開く。
「うむ。竜因の場合はより竜に性質が近い人間だ。だから竜のように力を自在に操れる。リャージャ君は実際、かなり白竜の力を制御していたね。でもサネト君。君の場合は、力は強いが、応用はきかない。本来生命を司るのが、赤竜にとって、身体強化はそのごく一部でしかない。活殺自在、自己の周囲の生命さえも支配するのが赤竜の権能だ。でも君は恐らく、今後どれだけその力に習熟しても、高速移動以外のことはさほどできないだろうね」
「うーん。だとしたら俺は基本的にはリャージャたちより弱いのか」
「いや、そんなことはないさ。君の場合出力はリャージャ君より上だよ。出力に秀でるサネト君、制御に優れるヨベク、両者ともに得意なのがリャージャ君。といったところかな。ま、わしは君たち三人より出力も制御も上だがね!」
がっはっはと豪快な笑い声をあげるネーパットに対し、冷めた目つきのサネトたち。それに気づいてなお、彼女はそのわざとらしい高笑いをしばらく続けていた。




