再創星 第四節
「終わったか」
遠隔で全てを見ていた、世界政府の要職たちは、各々安堵の吐息を漏らしていた。
多くの者がその精神の疲弊感から、深々と椅子にもたれかかり、立ち上がることすらままならなかった。
しかしたった一人だけが、数々の資料を集め、せかせかと動き回っていた。
「おや、クトゥン殿、どこかへ行くのかね?」
「ええ、むしろ、ここからが我々の仕事ですよ」
彼の言葉の真意を、同僚は理解できなかった。しかしクトゥンは、きょとんとした顔を続ける同僚に説明をすることなく、軽く挨拶だけをして、そのまま部屋を後にした。
「科学者、竜、英雄。個としては完璧ですが、政治家がいなければ。数は動かせないのですよ」
クトゥンは足早に、既に外に手配していた飛空艇のもとへ急いだ。
「で、こっからどうするんだ」
サネトは、ネーパットが作り上げた無機質な会議室の中で、黙ったままのネーパットに向けて、やや不躾な態度でそう告げた。
「どうするかどうかは、お前たちも考えるのだろう。ほら、もう全ての情報の制限は解除済みだ。好きなだけ漁ると良い」
そう言いながら、彼女は右手で壁際の情報端末を指さした。
「協力はしてくれないのか?」
「何を言ってる。わしが辿り着いた結論は元から一つで、今も答えを変えていない。反証すべきはお前たちだ」
「じゃ、レアケが全部みちゃおっと!」
すっかりいつもの調子に戻った魔工宗匠の長、レアケが端末へと軽やかに駆けていく。
「全部って、五千年間以上の実験記録でしょう?そんな一朝一夕で」
竜因の長のラフグアが、レアケにそう語り掛けようとしたところで、レアケは懐から、手のひらに収まる程度の直方体の装置を取り出し、それを、端末に差し込んだ。
「レアケが見るわけないでしょ?セテクに全ての情報を流し込んで、必要に応じて適宜抜き出せるように、機械処理するんだよー?」
「そう……ですか?」
レアケの言っていることを理解できず、ラフグアは生返事のような抜けた声が出てしまう。
「しかし、それならしばらく竜因の我々には仕事はなさそうだねぇ」
「いえ、そうとは限りません」
ネーパットを除けば、この場で最年長であると思われるユーボスのつぶやきに、ヨベクが反応した。
「私たちは、今後に備え、竜語の復元を進めましょう。それが進めば、のちのち役立つこともあるはずです」
「しかしー、それならばネーパットさんに聞けばよろしいのではー?彼女はご存じなのでしょう?」
翠竜の竜因、アリウプクストは、砂漠の砂塵で汚れた眼鏡を拭きながら、そうこぼした。
「残念だが、そうはならん。そもそも竜語自体、そもそも人間の認知できるような言語ではない。それを無理やり、手話言語という形で再解釈したのが、わしの竜術だ。竜語の音声言語化なんぞ、聾のわしの知るところではないし、覚えておく必要もない。だから記録も残しとらん」
「とのことです」
「役に立たん英雄様だなぁ」
「音声言語などという、特定の空間での会話しか想定していないうえに、音速という光速よりも遥かに伝達の遅い、非効率な言語体系を使ってる愚鈍のことを考慮してやる必要がどこにあるんだ」
サネトがからかうように、ネーパットに突っ込んだが、その何倍も棘のある言葉で返されてしまう。
「手話で教えてもらう、というのも?」
「それも無理だろうな。お前らがわしの手話をそっくりそのまま真似たところで術は発動せん。そんなことなら、今頃寝返りを打って炎を出して家を焼き払う奴が世界中に続出する。言語として手話を機能させるのと、ただ手話を真似るのは全く違う話だ。脳の言語野を改造するなら話は別だが?」
それを聞いて、皆手話で竜語を復元するのはすぐに諦めた。
「あの、その竜語の復元には、リャージャさんは参加されないんですか?」
青い肌をした、リャージャと同じく白竜の竜因のルセッタが、細々とした声で、そう呟いた。
「あー、うん。無理。ネーパットの言うことの方が、しっくりくる。竜語を言語で解釈する、ってのが、今の私にはピンとこない。なんというか、特定の極限環境でしか固体にならない物質を使って、酒を冷やすみたいな。そういう感じ」
「相変わらず癖の強い例えをするなお前は」
リャージャの返答に、相棒のサネトがそう反応する。そのやりとりをした後、二人はじっと見つめ合いながら、お互い耐え兼ね噴き出した。
「あーあ。なんか随分久しぶりに感じるわ、お前と話すのもさ」
「わかるわー。あ、そうだ。ヨベク、私とサネトはしばらく仕事は無いって思っていい?」
リャージャは、竜語復元に務めるヨベクに向かって話しかける。
「え、ええ。恐らくまずは魔工と私で既存情報の整理と使える手段の精査、そして竜語の復元に務めますので、一時間ほどは、少なくとも大丈夫です」
「了解。ねえサネト、紹介したい人がいるんだよね。ついてきてくれる?」
「お、おお、誰だ」
サネトは立ち上がって部屋を去ろうとするリャージャに慌ててついていく。
「うん。私の両親。あとで戻ってくるって約束したんだけど、まだ一人じゃ戻る勇気がなくってさ」
「……わかったよ」
サネトは、リャージャが現世へ戻る際に家族と一瞥をかわしたことなど知らなかったため、その説明の情報を飲み込めないでいた。だがリャージャと家族の関係を過去に聞き及んでいた彼は、少しばかり不安そうに震えたその声に対して、これ以上の追及はできなかった。
即席の研究室は、扉一つ開くだけで、目の前には、隕石によって焼けただれた荒涼とした砂漠が広がっていた。
「おい、リャージャ、全力で飛んで行っていいぞ。今の俺なら、どんな速度だろうと着いていけるからな」
「言ったな?見失っても絶対止まってやんないからな」
サネトの不敵な笑みにリャージャもまた同様の挑発的な態度で答える。
リャージャは少しだけ地上から浮かび上がると、サネトが地面に落ちていた、高熱で硝子化した砂を拾い上げる。それを指で弾き飛ばす。硝子が砂に落ちた瞬間、それを合図としてリャージャは超高速で飛び上がった。サネトはそれを後ろから着いていく。やはり速度ではサネトに利があったためか、あっという間に彼はリャージャに追いついていた。
だがそれを目にして、リャージャは更に速度を上げる。サネトも同様に魔力を滾らせ、リャージャについていく。
「おいおい、星を一周するつもりか?」
サネトの発言は音速を超える二人の間には、決して聞き取れないものだった。
「あー、なるほど。音声言語がダメな理由がわかってきたわ」
サネトは再び、音に消え去る呟きをして、リャージャについていった。
一分もせずに、リャージャたちは、その家族の家の近くにまでたどり着いていた。
だが、近くの茂みの中で、二人は遠巻きから様子を見ていた。
「行かないのか?」
「うん……行く、けど」
少しは吹っ切れていたと思われたリャージャだったが、再び俯いてもじもじし始めていた。それに見かねたサネトは、両手で思い切りその背中を押した。常人なら地の果てまで吹き飛んでいてもおかしくない威力だったが、今のリャージャにはちょっとした悪戯程度にとどまるものだった。だが不意に打たれたことで、姿勢を崩し、リャージャはその勢いのまま、茂みの外に飛び出してしまう。
「あれ、リャージャ、リャージャ!」
「あ、はは、ただいま」
騒ぎを聞きつけて、こちらに駆けつけてきたのはリャージャの母だった。
「おかえり、リャージャ」
その後に続くように、リャージャの父が顔を覗かせる。その様子を後ろから見ていたサネトも、茂みから出てくる。
「そちらの方は?」
「えっと……私の相棒、かな」
リャージャは立ち上がりながら、サネトを紹介する。
「どうも。一緒に星とか救ってます」
「それはそれは。素晴らしい友を見つたね、リャージャ」
サネトの冗談めいた自己紹介を、リャージャの父は茶化すことなく丁寧に受け止めた。
「どうやら随分とお疲れのようだね。ところでリャージャに、サネトさん、二人が纏っているそれは、服なのかい?」
お互い自分たちの身なりを見合う。リャージャは蒼黒、そしてサネトは真紅の鱗のようなもので全身を包んでいた。これは魔力の装甲のようなものであったが、服ではない。
つまり
「はは、俺たち今、全裸なのか」
今になって、二人は気まずそうにし始めた。
サネトたちが去ってから、およそ三十分ほど経ったあと、即席の研究室ではいくつかの進捗があった。紫竜の竜術については、言語復元の甲斐もあり、ヨベクであればかなりの精度で操れるようになっていた。一方で、紫竜の竜因であるラフグアでさえ、竜語を用いた術の使用は叶わなかった。
「やはり、ただ言葉を知っているだけでは使えないというのは、神術と変わらないようですね」
「まぁ、私たちのなかでラフグアすら使えない、というのは、ある意味で良い発見かもしれません。仮に竜語が社会に浸透しても、悪用されることがないという意味ですから」
クスベムは、どこか悲しいような、安心したような声色でそう発した。
「いや、案外竜因と竜語は合口が悪いのかもな」
ここまで黙って作業を見つめていたネーパットの言葉に、一堂は意識を向けた。
「なんでだよ。竜の力を使える竜因の方が、相性はいいはずだろ」
「そこは竜と神の違いだろうな。秩序の設計者である神、混沌の住人である竜。知恵の象徴たる言葉を媒介とする場合、前者の方が相性が遥かに良い」
はっきりと言って、それは理論と言えるようなものではない。だが、不思議と、その説明は竜因たちにとって、腑に落ちるものだった。
「なるほど、ある意味、手話の方が適しているのかもしれませんね。体の動きで再現する。しかし言語野の問題がある以上やはり、我らが一朝一夕で真似できるものではない」
ラフグアについては、クスベムより一層、落ち込んだような声だった。自身の力の成長に心を躍らせていなかったと言われれば嘘となる。
「おーい、そこの落ち込んでる竜因どもー!!集まれー!案が纏まってきたよー!」
レアケが愛らしい声色のまま、どこか不躾な口調で、竜因たちを呼びかける。
竜因たちは不愉快そうな表情を見せながら、渋々レアケら魔工の集まりに加わった。
「これ、本気で言ってる?」
「うん!本気も本気!これしかないよ!」
レアケが一通り説明を終えると、ネーパットを除く全員の顔が蒼白になっていた。
「だって、こちらの魔導聖王さまも、同じ考えだったんだよね?」
レアケがネーパットの方へ視線を投げながら、そう問いかけた。
「まぁ、な。星を救うのに十分な案だな。わしが考えただけはある。だがわかっているのか?わしが思いついていてなお着手していないということは」
「わかってる。実現可能性が極端に低い、でしょ?でもレアケたちならできる。貴方が持っていないものを、力でも知恵でも劣るはずのレアケたちは持ってるから」
レアケがそう自信満々に言うと、研究室の外から大きな音が聞こえてくる。
「来たね。クトゥンちゃん、待ってたよ」
研究室の扉が開くと、そこから大量の資料を抱えたクトゥンが、駆け込んでくる。
「皆さまお揃いで。そして対面ではお初にお目にかかります。ネーパット様、ですね」
「天外の衛星で覗いていた趣味の悪い奴の御仲間かね?」
ネーパットの言葉に、クトゥンは愛想笑いを浮かべる。
「ええ。その節は大変失礼しました。何分、星の存亡から、人々を守るのが我々の仕事ですので」
一見すると、皮肉な言い回しだったが、ネーパットは怒るどころか、むしろ彼の胆力を気に入った様子だった。
「クトゥンちゃん、クトゥンちゃん!これ、星を救う計画なんだけど、見て見てー!」
幼子のような無邪気さで、レアケは手に持っていた計画の簡易概要書を彼に見せる。
「……」
するとみるみるクトゥンの表情も青ざめていく。
「本気で、言ってますか?」
奇しくも、先ほどラフグアが言ったものと同じ台詞を彼も吐いた。
「もう!レアケが冗談を言うと思う?」
「しかし、人権に環境、生態系、気候。懸念事項が多すぎませんか?」
「それを調整するのが、政治家、のお仕事、だろ?」
レアケが一瞬だけ、本性を垣間見せる。はたから見れば、それは殆ど恫喝の光景だった。
「どうせやるなら、秘密裏に動くしかあるまい。そんなものが、人々の賛同を集められるはずがないからな」
ネーパットが冷めた言葉を、クトゥンに投げかける。秘密裏に世界を救おうとしていた、彼女らしい発言ではあった。
「え、ダメ!駄目だよ?そんなの、レアケが許さないから」
「は、レアケ、お前何を言ってる?こんな突拍子もないことを、人々に周知したら、混乱どころの話じゃなくなる!」
ラフグアが声を荒げ、レアケに迫る。
「それじゃ、ネーパットと同じだろ」
「……しかし!」
レアケの言葉に、ハッとしたラフグアは弱弱しく引き下がっていく。
「わかりました。人々への情報公開は段階的に進めていきましょう。一度に全てを明らかにすれば終末論で世界は沸き上がり、文明生活どころではなくなるのは事実です。それでいいですね?」
「うん!最終的に全部きちっと情報が公開されるなら大丈夫!」
レアケの顔は、再び快活なものに戻っていた。
「しかし意外だな。君はもっと厭世的な科学者と思っていたよ。社会正義に拘るのだね」
ネーパットがそうレアケに語り掛けると、レアケは破顔一笑しながらこう返した。
「貴方の時代とは、科学者の志すものは違うんですよ、タミーナフ様。己の知的好奇心を走らせて、世界を滅ぼす兵器を発明する時代は、もう千年前に終わってるんですよ」
このやり取りは、似た者同士に見えた、レアケとネーパットの差を浮き彫りにさせるものだった。
「そうかね。そうだね」
意外にもレアケの応答に、ネーパットは少し寂しそうな表情を見せていた。その反応は、他の多くの同伴者にとってあまりに想像外のことであり、驚きを隠せなかった。
「まあ、とにかくです。皆さんはまだ、この計画を進めるために、種々の計算をするのでしょう。我々は、今後の情報開示や物資確保、予後の対応について協議を進めます。まぁまず議会から説得するのは大変になるでしょうが……」
「じゃあ、わしがついていこうか?」
「は?」
クトゥンが去ろうとすると、そこにネーパットが声をかける。
「い、いや、どうして?」
「お前ほどの策士がわからぬはずがあるまい。議会を説得するのに、元英傑の言葉は、それなりの価値を持つと思うが?」
確かに、彼らの提案した計画を実行する場合、説得はかなりの時間を要する。
しかし旧星の英雄タミーナフの転生者であるネーパットがいるならば、その権威性は間違いなく、今後の困難を極度に取り払うものになりうる。
「わしは、構わんぞ。だがこの星に時間制限があることを忘れるなよ」
クトゥンは居心地の悪そうな顔でレアケの方を見る。レアケは彼の視線に気づいて、顔をそちらに向けるが、そんな表情を見たレアケもまた、気まずい顔をしながら、小刻みに数度、首肯した。
「そうそう。権謀術策全てを否定しては、政治の世界では生きていけまいて」
「はぁ。そうでしたね。タミーナフ、貴方は稀代の賢者にして為政者。魔術だけでなく、政治も得意分野ですか」
「なあに。そんな褒められたもんじゃないさ」
嘆息をついたクトゥンに向かってネーパットが近づいていく。
「では我々は一度、議会へ向かいます。何か進展がありましたら、すぐご連絡を」
クトゥンはネーパットと共に研究室を後にする。
最終的に、この研究室にはヨベクと、魔工宗匠たち、竜因たちだけが残された。
「なんだか、意外な組み合わせでしたが、相性良さそうですね、あの二人」
ラフグアが、ともに竜語の復元を行っていたヨベクにそう語り掛ける。
「ええ。五千年間、付き添っていましたが、あんな雰囲気のネーパット様は初めて見た気がします」
そうヨベクが言うと、途端、はっと、自分の口に手を抑える。
「失念していました。サネト様に、ネーパットに様をつけるなと言われていたんでした」
「はは。もうお前さんは一個の生命なんだ。他人の言葉を聞き入れるかどうかは、自分の意思で選ぶと良い」
老獪なラフグアが、ヨベクの肩にぽんと右手を置いて、そう語り掛ける。
「しかし……」
「それにお前さんが本当に主人の言うことに従わねばならないなら、命令に反した発言自体ができないはずだろう」
その言葉を聞いて、ヨベクが目を丸くする。
「自由意志ですか」
「そうさ。生命体としては先輩の私が言うんだ。間違いないさ」
この会話は、時間に追われながら、世界を救う方法を追求する修羅場において、最後の雑談であった。




