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あの日から、5日が過ぎていた。
当日に織屋くんと話は出来なかった。顔は合わせたものの、話す暇がなかったのだ。織屋くんは織屋くんで忙しそうだったし、私にも新聞部部員としての活動があった。幸いにも雪梨先輩は私のペースでやってくれて構わないって言ってくれた。ただ、八王子先輩と織屋くんに行った昨日の取材は早めに記事にして欲しいという。当然、他役員の取材もである。
そのため、当日は生徒会との顔合わせと他役員の取材、その後は新聞部に戻り桃井先輩のアドバイスを受けながらの記事の作成――で1日が終わってしまった。
それからはどうも話すタイミングを逃してしまい、ズルズルと5日も過ぎてしまった、という訳だ。
変わったことがあるとすれば、香奈恵と神宮寺さんとお昼をともにする事が増えた。といってもまだ5日しかたっていないから、合わせて三回だけだけど。香奈恵と織屋くんは私が知るかぎり、あの夜から顔を合わせていないようだった。代わりに、っていうのも変だけど同じクラスの真中と椎名くんとは順調に仲が良くなってる。香奈恵のクラスを覗くと二人と会話する香奈恵の姿をよく目にする。
「……」
良い傾向なのに、私の心は浮かない。何でだろう、だなんて惚けるのは無理だった。私は、香奈恵と織屋くんの事が凄く気になってる。全てが私の記憶にあるゲームと同じじゃないはわかっているけど、だけど、どうしても気になる。
まっさらなページに書かれた相関図。
本人たちには似ても似つかない似顔絵なのはご愛嬌だと自分を慰めて、私はその相関図をじっと見つめた。
そこへ一つ書き加えてノートを閉じる。あと数秒で授業終了の鐘がなる。気の早い生徒が筆箱をしまい、鞄を取り出す。授業はもう終わりだ。あとは各々の放課後が始まる。
今日から本格的に新歓の準備が始まると言っていたから、私も生徒会に行かなきゃならない。
私は閉じたノートの表紙を撫でると、鞄に持ち帰るものを詰め込んで生徒会室に向かった。
***
「おはようございま……す」
生徒会室のドアを開ければ、全員が揃っていた。ただ、生徒会役員以外の姿も見え、何やら慌ただしく立ち回っている。何事だろうかと室内に目を走らせると、机の上に置かれている物があった。
恋咲学園の模型だ。
確か、科学工作部が造った力作の筈だ。学園の細部まで作り込まれた代物で、その完成度の高さから来賓室のオブジェとして普段はガラスケースの中に飾られている。それが、今は生徒会室に運び込まれていた。
「くれぐれもっ!くれぐれも大切に、大切に扱ってくださいよ!!」
科学工作部の部員が身を乗り出して言い募る。
「わかっている」
八王子先輩が頷くと、他の役員も倣うように深く頷いた。そこでようやく科学工作部も納得したらしい。科学工作部が生徒会室を退室したのを見届けると、八王子先輩が怠そうに言った。
「長くなるとうるせぇからな、始めるか。秋島、そこに座れ」
「は、はい」
私に気付いていたらしい。模型の置かれた机を囲むようにして着席している役員に混じり、指された席に座る。所謂お誕生日席に八王子先輩がいて、両サイドに二人ずつ、といった形だった。右側には織屋くんと三年の書記さん。左側が同学年の男子生徒で会計くんと私。
この中に交じって、というのが場違いすぎて居心地が悪い。そのうち慣れるかな、と落ち着きなく座り直しながら、手渡された新歓の資料に目を落とした。私は当初の目的を忘れてはダメだと、取材用に作ったノートも取り出しておく。
その時、一瞬だけ織屋くんと視線があったけど、すぐに逸らされてしまった。
「じゃあ、まずは出し合った新歓の内容についてだけど――」
織屋くんが音頭をとって話し合いが始まる。そっと織屋くんを窺いながら、私は頭の中で計画を練った。
***
本日の新聞部の活動を無事に終えた私は、計画を実行に移した。新聞部という立場をフル活用して――と言うと聞こえはいいけど、現実は生徒会で八王子先輩に頼み事をされていた織屋くんの会話を盗み聞きしたのである。都合よく使用率の高くない備品などをしまう倉庫に向かうようで、私は先回りして織屋くんを待ち伏せていた。
ズバッと言うと、不意打ちで織屋くんを襲撃した。
だって、このままじゃ前にも後ろにも左にも右にも行けない。曖昧なままで済ますって事がどうしても出来なかった。
いきなり空き教室から現れた私の姿に織屋くんはぎょっと目を剥いたけど、私はそのまま人気のない教室に織屋くんを引き込む。
「秋島さん」
織屋くんは眉をハの字に下げて、申し訳ないような困り果てた顔をしている。でも、そんな顔をしたいのは私だって同じだ。同じなんだから。私は精一杯、『怒ってます』というポーズをとった。
「話があるの」
それに織屋くんなら簡単に腕を振り解けた筈だ。そうせずに、いまこうしているって事は織屋くんも私と話したいことがあるからに決まっている。そう思っておく。
織屋くんはちらりとドアの方を見てから、静かに私を見下ろした。
「……そうだね。話そうか」
定期的に掃除がされているとはいえ、使われなくなって久しい空き教室はちょっと埃っぽくて、息苦しい。窓を開けたくても、運動場からよく見える教室だ。窓へ近寄らないに越したことはない。私は我慢することにして、机を挟んで織屋くんと向き合った。
先に言葉を発したのは織屋くんだった。
「ごめん」
そう言って、言葉を続けた。
「秋島さんには本当に悪いことをしたと思ってるんだ。会ったばかりの奴にあんなことされて、怒るのは当然だし」
「うん」
「誤解を生むような真似してごめん。あのあと、もし秋島さんがあいつと一緒にいた男のことを好きだったらとか、考えたんだ。そしたら、本当に悪いことしたと思って君と目を合わせられなかった」
「……」
「……ごめん」
「真中はいい友達なだけだから、大丈夫だよ。心配しないで」
「そっか、……良かった」
ほっと織屋くんは息を吐いた。私は、私はゆっくりと息を吐いた。
覚悟を決めるのよ、秋島姫乃。
――踏み込む、覚悟を。
「私、もう怒ってないから。織屋くんもちゃんと謝ってくれたし」
これは本当のことだ。素直にそう言える。ただ、この先は……私はぐっと覚悟を決めて顔を上げる。
「でもね、一つだけ教えて欲しい。どうして、香奈恵に辛くあたるの?」
「……どうして、そんなことを?」
「知りたいの」
しっかりと織屋くんの目を見て祈るように言った。織屋くんは私から目を逸らしてしまう。
「君には悪いと思ってるよ。それは本当だけど、君にそんなことまで話すつもりはない。わかるだろ」
「うん。でも知りたいの」
「どうして!」
織屋くんが激昂して声を荒げる。
「どうしてだよ!――俺の取材に面白みがなかったから、話を聞いて書こうってことか?」
「違うっ!織屋くん、私はっ」
「じゃあ何なんだよ!」
「見たくないの!!」
あの日見た香奈恵の顔が脳裏を過ぎる。
「見たくないの!香奈恵のあんな顔、私、私は……」
ぐるぐると色々な事が頭と心の中で渦を巻いていた。何だか口の中がカラカラだ。
「香奈恵の友達だから」
「――」
心臓の音が織屋くんに聞こえるんじゃないかってくらい、うるさい。
「それに、さっきの織屋くんの話を聞いてて思ったの」
――もし秋島さんがあいつと一緒にいた男のことを好きだったらとか、考えたんだ。
「織屋くんの、方じゃないのかって。誤解したのは織屋くんじゃないの?」
教室は水を打ったように静まり返った。




