8話 霊珠と刀
屋敷の外へ出ると、草木一つ生えていない荒野が、どこまでも続いていた。
風はなく、辺りはしんと静まり返っている。
屋敷の庭からつながっているとは思えないほど、景色が違っていた。
「霊珠は、怨屍と戦うための武器になる特殊な石なんだ。霊珠を武器として具現化することを顕現。そして、顕現した武器の総称を死神の鎌という」
彰さんの耳元に並ぶピアスの一つが、淡い光を放つ。
そこから溢れた光が右手へ集まり、一本の長い柄を形作った。
続いて、先端から大きく弧を描く刃が現れる。
やがて光が収まると、彰さんの手には巨大な鎌が握られていた。
魂を刈り取る死神が持つ鎌。
そんな言葉が、自然と頭に浮かぶ。
「……死神?」
思わず聞き返す。
「その話まで始めると長くなるからね。今は、霊珠の扱いを覚える方が先だよ」
彰さんは苦笑すると、大鎌を淡い光へ変えて消した。
「ただ、その前に霊力について説明しておこうか。霊珠を扱うには必要な知識だからね」
そう言って、右手の掌を上へ向ける。
そこに暖かな光が浮かび上がった。
小さな炎にも似た光が、ゆっくりと揺れている。
「霊力は、生命力とは異なる、いわば魂の力なんだ。誰でも大なり小なり持っていて、魂そのものを形作る力でもある。今見せているのは、それを目に見える形へ変えたものだよ」
「魂の力、ですか」
彰さんが手を閉じると、光も掻き消えた。
昨日から、常識では考えられないことばかり起きている。
とはいえ、怨屍も霊珠から現れた武器も、この目で見たばかりだ。
今さら魂の力が存在すると言われても、頭から否定する気にはなれなかった。
「普通の人間が持つ霊力は、それほど多くない。けれど、神に連なる血族は、生まれつき霊力が高い傾向にある。もちろん、例外はあるけれどね」
神に連なる血族。
昨日も、似たような言葉を聞いた覚えがある。
「もしかして、それが昨日話していた、青の血族と関係しているんですか?」
「お、勘がいいね。その通りだよ」
感心したように、彰さんの眉が上がる。
「死神の始祖と呼ばれる神がいる。青の血族は、そのうちの一柱が現世で人との間に子を成したことで生まれた血族なんだ。その子孫も、普通の人間より遥かに高い霊力を持ちやすい」
「神と人との子孫って……そんな話、本当にあるんですか?」
「もちろん。君自身が、その証だからね」
自分の祖先に神がいる。
そう言われても、まるで実感が湧かなかった。
怨屍や霊力の存在は、実際に目にしたことで受け入れられる。
しかし、自分の血筋まで神に関係しているとなれば、話は別だ。
二十六年も生きてきて、そんなことを考えたことすらなかった。
「ふふ。君は、思っていたより頑なだね」
どうやら、顔に出ていたらしい。
「それなら……青の血族には、髪や瞳に始祖の色が現れることが多い。君の瞳も、瑠璃色だろう?」
彰さんが自分の目元を指す。
確かに、俺の瞳は瑠璃色だ。
一般的な色ではないが、母さんやばあちゃんも同じような色をしていたため、これまで疑問に思ったことはなかった。
「そうですけど……母さんやばあちゃんも同じ色でしたよ」
「桐生の血筋なら、そうだろうね」
「てっきり、外国の血が入っているからだと思っていました」
「ふふ。そう考えるのも無理はないね。でも違うよ。それは、始祖から受け継がれた色だ」
そう答えた直後、彰さんの目が僅かに見開かれた。
「あれ……?」
「どうかしましたか?」
彰さんが身を乗り出し、俺の目を覗き込んでくる。
真っ直ぐに注がれる視線に、妙な落ち着かなさを覚えた。
「……青だけではないな」
「え?」
「瞳の縁に、別の色がある。これは……紫か」
さらに顔が近づく。
「紫?」
「うん。正確には、竜胆に近い色だね。珍しいな」
しばらく観察したあと、彰さんが不思議そうに首を傾げる。
「へえ……桐生の家に紫とも縁があったのか」
その呟きが気になった。
「何か意味があるんですか?」
「……いや、少し気になっただけだよ」
彰さんはそう答えると、身体を離した。
青だけでなく紫まで。
自分の瞳にそんな色があることすら、今初めて知った。
詳しく聞きたいところだが、今は何を聞いても新しい疑問が増えるばかりだろう。
それより、まずは自分の身を守る術を覚える方が先だ。
「……それで、霊珠はどうやって使うんですか?」
「ああ、そうだった。話が逸れてしまったね。まずは、首から下げているリングを指に嵌めてみようか。慣れないうちは、その方が霊力を注ぎやすい」
服の内側からチェーンを引き出し、リングを外す。
母さんが身につけていたものだ。
俺の指には小さいのではないかと思ったが、右手の中指へ通すと、抵抗なく根元まで収まった。
緩くも、きつくもない。
まるで、初めから俺のために作られたかのように馴染んでいる。
「それじゃあ、早速顕現させてみよう。その霊珠に、霊力を注いでみて」
「霊力を注ぐ……?」
「リングへ力を集中させるように意識すればいい。最初は難しいかもしれないけれどね」
力を集中させるとは、どういう感覚なのだろう。
ひとまず、右手を強く握り締めてみる。
しかし、何も起こらない。
「ああ、身体に力を入れるわけじゃないよ」
彰さんが苦笑する。
「身体の奥にある力を、指先へ集めるように想像してみて。そのまま、リングへ流し込むんだ」
「身体の奥にある力……」
握り締めていた手を緩め、意識をリングへ集中させる。
目には見えない何かが身体の中を流れ、指先へ集まっていく。
そんな光景を思い浮かべた。
すると、指先からじわりと熱が広がり始める。
「っ……!」
青い石が淡い光を帯びた。
直後、リングが無数の粒子へほどけるように指から消えていく。
光の粒子が宙へ集まり、一振りの刀を形作った。
「わっ!?」
鞘に収まった刀が、宙から落ちてくる。
慌てて両手を伸ばし、どうにか受け止めた。
黒に近い紺色の鞘。
柄も深い紺色で統一されている。
恐る恐る柄を握り、刀身を引き抜いた。
現れた刃は、青く澄んだ光を宿していた。
刀身を抜き切ると同時に、鞘が淡く輝き、音もなく粒子へほどけていく。
「消えた……!」
「お、できたね」
彰さんが嬉しそうに目を細めた。
「今回は意識しやすいように指へ嵌めてもらったけれど、顕現に慣れたあとは、またチェーンへ通しておいても構わないよ」
「あ、はい」
返事をしながら、刀へ目を落とす。
母さんの形見が、こうして武器になるなんて。
青く輝く刃を見つめていると、不思議な気分になった。
ひとまず、霊珠を顕現させる感覚は掴めた。
あとは、これを元のリングへ戻す方法だ。
「あの、これはどうやってリングに戻すんですか?」
「武器を消す時は、心の中で『隠』と唱えればいい。それだけで霊珠へ戻るよ」
「それだけですか?」
「そう。やってみるといい」
刀を握ったまま、心の中で言葉を唱える。
隠。
直後、手にあった重みが消えた。
刀は跡形もなく消え、中指には先ほどのリングが嵌められている。
「戻った……」
指先で石に触れる。
硬く冷たい感触は、これまでと何も変わらない。
つい先ほどまで刀だったとは、とても思えなかった。
今の感覚を忘れないよう、顕現と隠を何度か繰り返す。
初めは多少時間がかかったが、次第に意識するだけで顕現できるようになった。
抜き身の刀を思い浮かべれば、鞘のない状態で出すこともできる。
「大丈夫そうだね」
彰さんが感心したように頷く。
「あ、そうだ。一つだけ、注意しておいてほしいことがある」
「何ですか?」
話を聞くため、刀をリングへ戻す。
「死神の鎌を顕現させている間は、一般人からは君の姿が見えなくなる。これを幽隠というんだ」
「姿が見えなくなる?」
「そう。そして、幽隠を解除するには、武器を霊珠へ戻すしかない」
思わず、リングへ視線を落とす。
武器になるだけでなく、姿を隠すことまでできるらしい。
「では、人目につく場所で顕現や隠を使わない方がいいってことですか?」
「その通り。傍から見れば、君が突然消えたり、何もないところから現れたりしたように見えてしまうからね」
確かに、住宅街の真ん中で人が突然消えれば大騒ぎになるだろう。
今の時代、誰かに撮影でもされれば、すぐに映像が広まってしまう。
「ちなみに、幽隠の状態でも、霊力のある人には見えるんですか?」
「うん。そうでなければ、戦う時に連携が取れないだろう?」
彰さんは当然と言わんばかりに頷いた。
「幽隠は、あくまで一般人の目から姿を隠し、現世へ余計な影響を与えないためのものなんだ」
「ああ、確かにそうですね」
怨屍が見えない一般人からすれば、何もない場所で刀を振り回す人間がいたところで、危険人物にしか見えない。
ましてや、現代の街中で刀を持ち歩いていれば、すぐに通報されるだろう。
「ひとまず、顕現と隠については問題なさそうだね」
彰さんの耳元にある黒い石が光る。
次の瞬間、昨日と同じ刀が右手へ現れた。
光を吸い込むような黒い刀身が、陽光を鈍く反射する。
彰さんは刀を軽く振り、俺へ向き直った。
その口元が弧を描く。
「それじゃあ、鍛錬を始めようか」




