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彼岸回帰録~巻き戻った世界が人外魔境だった件~  作者: 瑠衣
1章

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48話 試験結果

 中間テストの返却日。


 数学の教師が答案の束を教卓へ置いた途端、教室のあちこちから声が上がった。


「もう返ってくるのかよ」

「早くない?」

「早い方がいいだろう。忘れないうちに、間違えたところを確認しておくように」


 教師はそう言い、一枚目の答案へ目を落とした。


 名前を呼ばれた生徒が、順に前へ出ていく。

 答案を裏返したまま席へ戻る者もいれば、近くの友人へ点数を見せている者もいる。


 俺は机の上へ問題用紙を出し、自分の名前が呼ばれるのを待った。


「桐生」

「はい」


 席を立ち、教卓へ向かう。


 差し出された答案の右上に、赤い数字が見えた。


 百点。


「よくできていたな」

「ありがとうございます」


 答案を受け取り、席へ戻る。


 座ってから、改めて全体へ目を通す。

 最初から最後まで、赤い丸が並んでいた。


 試験が終わった時にも、かなりの手応えはあった。

 だが、実際に丸がついているのを見ると、また違う嬉しさがある。


 思わず口元が緩んだところで、横から小さな声がした。


「颯斗、どうだった?」


 慧だった。


 まだ答案を配っている教師へ目を向けてから、紙を少し傾ける。


 数字を見た慧が、目を丸くした。


「……満点?」

「うん」

「まじか」


 その声に、健人までこちらを振り返った。


 俺は答案を机へ戻し、口元へ指を立てる。

 詳しい話は、授業が終わってからだ。


 慧は前へ向き直ったが、一度だけこちらを見た。


 ——


「見せろ」


 授業が終わると同時に、健人が机の横へ来た。


「はいはい」


 答案を渡す。


 健人は右上の数字を見てから他も確かめた。


「本当に全部丸だ」

「だから言っただろ」

「いや、分かってるけどさ……」


 慧も横から覗き込む。


「早く終わってたの、こういうことか」

「見直しても、間違いは見つからなかったから」

「一個くらい見落としてるものじゃないのか」

「間違えてて欲しかったのかよ」

「そういうわけじゃないけどさ」


 健人が苦笑し、答案を返してくる。


 浩透も近づいてきて、机の上へ目を落とした。


「お、満点だったんだ」

「うん。浩透は?」

「最後ので少し引かれてた」

「ああ、ここ?」


 見せてもらった答案には、条件を書き足すよう赤字が添えられていた。


「答えだけ合ってても駄目だったな」

「途中の式は合ってるのに」

「まあ、次は書くよ」


 浩透はあっさりと言い、答案を折らずに重ねた。


「次、英語も返ってくるんだっけ」

「うん」

「そっちも楽しみだな」


 俺のことなのに、健人が妙に楽しそうだった。


 ——


 英語も、百点だった。


 授業が終わってから答案を見せると、今度は慧も健人も、すぐには何も言わなかった。


「……二枚目?」

「そうなるな」

「ちょっと待て。今回、そんなに簡単だったか?」


 健人が自分の答案を見る。


「俺に聞かれても」

「いや、だって、こっちはちゃんと間違えてるんだぞ」

「ちゃんと間違えるって何だよ」


 浩透が呆れたように返す。


 理科も、社会も満点だった。


 数字を伝えると、健人は俺の机へ手をつき、慧は小さく息を吐いた。


「もう驚き方が分からなくなってきた」

「俺、満点ってそんなに続けて見るものだと思ってなかったわ」

「俺も、こんなに取れたのは初めてだよ」


 それだけは、本当だった。


 前の人生でも、得意な範囲ならいい点を取れたことはある。

 だが、どの教科も満点という経験はなかった。


 そして、最後に返ってきた国語。


 答案の右上には、九十九と書かれていた。


「あ」


 小さく声が漏れる。


 減点された箇所を探すと、記述問題の一部へ赤い線が引かれていた。

 内容の間違いではない。

 書いた漢字が略字になってしまっている。

 

 ……ここか。


 何度も見直したつもりだった。

 だが、書いた内容が合っているかばかり気にして、文字の方を見落としていた。


「どうした?」


 授業後、近づいてきた慧へ答案を見せる。


「一か所、落とした」

「九十九点じゃん」

「うん。ここ、やらかしたわ」

「……それで、そんな顔してるのか?」


 言われて、顔を上げる。


「そんな顔?」

「めちゃくちゃ残念そう顔」

「いや、惜しいだろ。分からなかったわけじゃないんだから」


 健人が俺の肩へ手を置いた。


「颯斗。今までの全部、思い出せ」

「覚えてるよ」

「それでそんな漢字一つ、悔しがるほどでもないだろ」

「ここまできたら、全部満点がいいだろ」


 五教科を合わせて、落としたのは一点だけ。

 満点の答案の上へ国語を重ねると、九十九という数字が、かえって目立って見えた。


 ——


 総合の成績表が配られたのは、その後だった。


 教科ごとの得点と平均点。

 五教科の合計点。

 そして、学年順位。


 並んだ数字を上から辿り、最後の欄で目が止まった。

 

 学年順位、一位。


 思わず二度見してしまう。

 見間違いではない。


「……おー、やっぱお前が一位か」


 隣の慧が納得したように言った。


 少し遅れて、健人がこちらへ身を乗り出した。


「何、一位?」

「……みたいだ」

「そりゃ、あの点ならそうなるわな」

 

 健人は頷きながら、成績表をまじまじと見ていた。


 近くで話していたクラスメイトが、こちらを振り返る。


「桐生、一位だったの?」

「うん」

「まじで?お前、結構休んでたよな」

「急にどうしたんだよ」


 机の周りへ、何人かが集まってきた。


 成績表を見せると、合計点を見た誰かが短く声を上げた。


「うわ、四百九十九って、ほぼ満点じゃん」

「いつ勉強してたんだ?」


 聞かれて、少し返事に迷う。


 昔、一度習っているから。

 そう言えれば、一番分かりやすいのだが。


「普通に授業聞いて、休んだところは浩透のノートを見てたよ。試験前にも確認したし」

「それだけで、この点になるか?」

「俺もノート借りたら取れるかな」

「いや、俺のノートにそんな効果はないぞ」


 浩透がすぐに口を挟む。


「颯斗も、あんまり俺のおかげみたいに言うなよ。俺より取ってんだから」

「でも、助かったのは本当だろ」

「それはいいけどさ」


 笑いながら言われ、つられて俺も苦笑した。


 皆が疑問に思うのも無理はない。

 本当の理由を話せない以上、説明できることには限りがあった。


 ふと、成績表に記された一位の文字がまた目に入った。


 戸惑いはある。

 それでも、嬉しくないわけがなかった。


「で、慧たちは?」


 俺が尋ねると、慧は自分の紙を広げた。


「二十位」

「結構いいじゃん」

「数学、教わったところ取れたからな。あれ落としてたら、もう少し下だったと思う」


 慧の声は、どこか弾んでいた。


「次の試験も、分かんないところ教えてくれよ」

「いいよ。俺で分かるところなら」

「今の点数で、それ言う?」


 健人が呆れたように言う。


「健人は?」

「二十五」

「お、俺の勝ち」


 慧が得意げに言った。


「五つしか違わないだろ」

「五つも違うんだよ」

「次は抜くからな。颯斗、勉強する時は俺も呼べ」

「別にいいけど、試験の朝に全部聞くのはやめろよ」

「それは分かってるって」


 健人は言いながら、慧の答案を覗き込んだ。


「お前、ここ合ってた?」

「うん。そっちは?」

「間違えた。こっちは取れたけど」

「あ、そこ俺が落としたやつ」


 二人が答案を並べる。


 少し前まで順位で言い合っていたのに、今は互いの間違えたところを確かめていた。

 俺も横から説明を加え、浩透が問題用紙を引き寄せる。


 気がつけば、いつものように四人で机を囲んでいた。


 ——


 放課後、中間テストの上位者一覧が掲示板に貼り出されていた。

 その前には、既に何人もの生徒が集まっている。

 

 浩透と並んで一覧を確認すると、一番上に自分の名前があった。


 一位、桐生颯斗。

 二位、篠原雪。

 三位、七堂玲央。


 その下にも、見知った名前が続いていた。


 四位は天鬼紗奈。

 五位は九重浩透。


 六位には四組の双子の名前が並び、同じ順位が記されていた。


「……身近なところに、こんなにいたんだな」

「何が?」

「成績いいやつ」

「その一番上にいるやつが言うなよ」


 思わず言葉に詰まる。


「……でも、お前も五位じゃん」

「まあ、悪くなかったな」


 浩透は一覧を一通り見ると、それ以上気にする様子もなかった。


「桐生くん」


 声をかけられ、振り返る。


 篠原さんが、少し離れたところに立っていた。


「一位だったんですね。おめでとうございます」

「ありがとう。篠原さんも二位じゃん。すごいね」

「桐生くんに言われると、少し複雑ですね」


 そう言って、篠原さんは自分の成績表へ目を落とした。


「ほとんど満点だと聞きました」

「国語で一点だけ」

「記述ですか?」

「うん。でも、内容じゃなくて漢字。略字で書いちゃってね」

「それは……惜しかったですね」


 篠原さんは、素直にそう言ってくれた。


「だろ?」

「こいつ、それだけずっと気にしてんだよ」


 浩透の言葉に、少しだけ恥ずかしくなる。


「もうそんなに気にしてないって」

「さっきの、ちょっと嬉しそうだったぞ」

「……分かってもらえたからな」


 篠原さんの表情が少し和らいだ。


「私は国語の記述で、説明が足りませんでした。分かっていても、短くまとめるのは難しいですね」

「ああ、最後のやつ?」

「ええ」

「条件を二つとも入れると、文字数が厳しかったよな」


 浩透も頷く。


 話しているうちに、お見舞いへ来てくれた時のことを思い出した。

 あの時も、篠原さんは試験に出そうなところをよく把握していた。

 二位という順位を見れば、あの分かりやすさにも納得がいく。


「私も、次はもう少し丁寧に見直します」

「俺も。漢字までちゃんと見る」

「では、お互いにですね」


 篠原さんと話を終えたところで、今度は聞き慣れた声がした。


「颯斗!」


 紗奈がこちらへ歩いてくる。

 その少し後ろには、七堂もいた。


「本当に一位だったんだね!」

「こんなことで嘘つかないって」

「知ってる。でも、球技大会でもあれだけやれて、今度は勉強まで一位?」


 紗奈が俺の顔を覗き込む。


「いつの間に、そんなに勉強してたの?」

「その質問、何回目だろうな」

「そりゃ、皆気になるでしょ」

「紗奈だって四位じゃん」

「うー、私だって真面目に勉強してたもん。次は負けないからね!」


 紗奈は悔しそうに唇を尖らせる。


「桐生、一位おめでと」


 七堂がこちらへ軽く手を上げた。


「ありがとう。七堂も三位、おめでとう」

「ありがと。まあ、俺も悪くはなかったかな」

「三位で悪かったら、大半が困るだろ」

「それ、一位のお前が言う?」


 隣で紗奈が吹き出し、七堂も肩を竦めた。


 掲示板へ視線を戻す。


 皆と並んで見上げる一覧の、一番上。


 そこに自分の名前があることが、ようやく少しずつ実感として湧いてきた。


 ——


「ただいま」


 家へ帰ると、ばあちゃんが居間から顔を出した。


「おかえりなさい、颯斗さん」

「うん」


 靴を脱ぎ、鞄を持って上がる。


 そのまま自分の部屋へ行こうとしたところで、ばあちゃんに声をかけられた。


「そういえば、試験の結果は返ってきましたか?」

「ああ。今日、順位も出たよ」

「どうでした?」


 鞄からファイルを取り出す。


「結構よかった」


 成績表を手渡す。


 ばあちゃんは座布団へ腰を下ろし、成績表に目を通した。


「まあ……」

「数学と英語と、理科と社会が百点。国語だけ一点落とした」

「学年で、一位なんですか?」

「うん」


 ばあちゃんの表情が、ふっと和らいだ。


「よくできましたね」

「まあ、今回は分かるところが多かったから」


 学校でも何度も褒められたはずなのに、ばあちゃんに言われると、また違う照れくささがあった。


 俺も向かいへ座る。


「お休みが続いていたでしょう。授業についていけているのか、少し心配していたんです」

「浩透たちがノートとかプリント、持ってきてくれたから。分からないところも聞けたし」

「そうでしたね。皆さんに、きちんとお礼は言いましたか?」

「言ったよ。浩透には、自分のノートのおかげにするなって笑われたけど」


 ばあちゃんも小さく笑った。


「お友達に助けてもらえて、よかったですね」

「うん」


 それは、間違いなかった。


 一度学んだ知識が残っていたから、今回の範囲を難しく感じなかった。

 それでも、休んでいた間を埋められたのは、浩透たちのおかげだった。

 今回の結果は、自分一人で取れたものではない。


 ばあちゃんは、もう一度成績表へ目を落とした。


「後で、もう少し見せてもらってもいいですか?」

「いいよ。置いとこうか?」

「ええ。ありがとうございます」


 一位と書かれた欄を見つめる横顔が、どこか誇らしそうだった。


 それを見ていると、俺までまた嬉しくなった。


 ——


 夕食を終えて自室へ戻り、返してもらった成績表を机へ置いた。


 四百九十九点。

 学年一位。


 試験前に想像していたよりも、ずっといい結果だった。


 前の人生で、同じ中間テストを受けた時は、どうだっただろう。

 細かな点数も、返ってきた日のことも、もう思い出せない。


 けれど、今日のことは忘れそうになかった。


 指先で紙の端を揃え、国語の答案を一番上へ置く。

 赤く直された漢字を見ても、昼間ほど悔しくはなかった。


 次は、落とさないようにしよう。


 そんなことを考えながら、成績表を透明なファイルへ差し込む。

 皆とあれこれ言い合ったことまで思い出し、少し口元が緩んだ。


 ファイルを閉じると、机の引き出しへしまった。

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