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彼岸回帰録~巻き戻った世界が人外魔境だった件~  作者: 瑠衣
1章

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47話 中間試験

 中間テスト当日の朝。


 教室へ入ると、いつもより多くの生徒が机へ向かっていた。


 教科書を開いている者。

 ノートに顔を近づけ、何かを繰り返し呟いている者。

 友人へ問題を出しながら、自分も答えを確かめている者もいる。


「昨日徹夜した」

「同じく」

「おいおい、日頃から準備しとけよ」

「そういうお前も、目の下に隈できてるぞ」


 そんな会話を聞きながら、自分の席へ向かう。


 慧と健人も、机を挟んでノートを覗き込んでいた。


「おはよう」

「お、颯斗。丁度いいところに」


 慧が顔を上げる。


 鞄を机の横へ掛けるより先に、開いたノートをこちらへ向けてきた。


「ここ、もう一回だけ教えて」

「この前やったところか?」

「そう。昨日はできたんだけど、こっちになると、何か違う気がして」


 指された問題を見る。


 前に教えたものと、数字や式の並び方が少し違っていた。

 だが、考え方は同じだ。


「これも、まず括弧の中から。途中を飛ばすと、どこで符号が変わったか分からなくなるだろ」

「ああ、そっか」

「ここまで計算したら、後はこの前と同じ。やってみて」

「ちょっと待って」


 慧がシャーペンを走らせる。


 隣から覗いていた健人も、自分のノートへ何かを書き始めた。

 二人の手元を見ながら、俺は椅子へ腰を下ろす。


「……これ?」

「うん。合ってる」

「よし。思い出した」

「俺も合ってる?」


 健人が差し出したノートへ目を向ける。


「途中は合ってるけど、最後、ミスってる」

「うわ、ほんとだ」

「そこ間違えるなよ」

「お前も今教わってただろ」


 慧に言い返しながら、健人が答えを消す。


 そのやり取りに笑っていると、浩透も近くへ来た。


「朝から先生やってるな」

「少しだけだよ」

「颯斗、自分の分はいいのか?休んでたところ、抜けてねーか?」

「大丈夫。昨日、もう一度確認したから」


 筆箱を取り出し、机の上へ置く。


「浩透のノート、説明も書いてあったし。あれで十分分かったわ」

「ならいいけど」

「ありがとな」

「どういたしまして。俺の書き間違いまで覚えてないといいけどな」

「それは困る」


 浩透が笑う。


 昨日は、教科書と借りていたノートを並べ、試験範囲を一通り見直した。

 曖昧だった言葉を確かめ、問題集も幾つか解いている。


 どれも、考え方は分かった。

 暗記部分も問題ない。


 細かな間違いにさえ気をつければ、何とかなりそうだった。


「颯斗、余裕だなぁ」


 慧がノートを閉じながら言う。


「そんなに焦っても変わらないだろ」

「それはそうだけどさ。始まる直前になると、急に何も分からなくなる気がしない?」

「分かる。さっきまで覚えてたやつ、もう忘れた気がする」


 健人が教科書を開き直す。


「気がするだけだって。今できたところは、そのままやればいいから」

「おう。そこだけは落とさないようにする」


 慧が頷いたところで、予鈴が鳴った。


 それぞれが自分の席へ戻っていく。

 俺も机の中を確かめ、必要なもの以外を鞄へしまった。


 ——


 一時間目は数学だった。


 前から回ってきた問題用紙と答案用紙を一枚ずつ取り、残りを後ろへ渡す。

 裏返した紙を机へ揃えると、教室が静かになった。


 教師が時計へ目を向ける。


「それでは、始めてください」


 一斉に紙を返す音がした。


 名前を書き、最初の問題へ目を通す。


 基本的な計算問題。

 式を見た時には、もう解く順番が浮かんでいた。


 余白へ途中の計算を書き、答えを解答欄へ移す。

 符号を確認して、次へ。


 シャーペンを持つ手は、殆ど止まらなかった。


 特別に難しいことをしているわけではない。

 式を整理し、必要な計算をする。

 文章問題も、何を求められているのかを確かめれば、止まることなく手が進んだ。


 前にも、こんな問題を解いたことがある。


 昔受けた中間テストの内容を覚えているわけではない。

 ただ、一度学んだ考え方は残っている。

 その後も使ってきた計算なら、なおさらだった。


 当時より、今の方が解き方の意味も分かる。


 問題文を読み直してから、最後の解答欄を埋めた。


「……」


 紙の下まで目を走らせる。


 これで終わりか。


 顔を上げ、黒板の上にある時計を見る。


 まだ、二十分も経っていない。


 試験時間は五十分。

 半分にも届いていなかった。


 ……早すぎないか?


 もう一度、問題用紙へ目を落とす。

 小問の飛ばしや解答欄のずれがないか確かめ、最初から計算も見直した。


 空欄はない。

 答えも変わらない。


 再び時計を見る。

 それでも、まだ半分にもなっていなかった。


 ——


 シャーペンを机へ置く。


 周りからは、紙の上を芯が走る音が聞こえていた。

 問題用紙を捲る音に、消しゴムを使う振動が混じる。


 俺は背筋を伸ばし、肩の力を抜いた。


 やることがない。


 見直しも済んでいる。

 何となく最後の問題を読み返してみたが、答えは変わらなかった。


 時計を見る。

 一分ほどしか進んでいない。


 ……こんなに長かったっけ、五十分。


 試験中に時間が足りなくなったことなら、前の人生でもあった。

 最後の問題を考えているうちに終了の合図が鳴り、慌てて数字だけ書き込んだこともある。


 だが、今は逆だ。


 巻き戻ってからというもの、知らないことに振り回される方が多かった。


 怨屍に襲われる。

 死神や霊力について教わる。

 彰さんとの鍛錬では、何度やっても上手くいかず、地面へ転がされる。


 前の人生で覚えたことが、そのまま役立つ場面は、思っていたほど多くなかった。


 けれど、学校の勉強なら違う。


 ようやく、二度目であることの恩恵を、分かりやすく実感できた気がする。


 試験前でも鍛錬を休む必要はない。

 彰さんにそう答えた見込みは、間違っていなかったらしい。


 それは嬉しい。

 嬉しいのだが。


 ……暇だ。


 頬杖をつきかけ、やめる。

 姿勢を変え、答案の名前を確かめる。


 当然、ちゃんと書いてあった。


 教師と目が合い、何となく問題用紙へ目を戻す。

 

 早く終わっても、何かできるわけではない。

 仕方なく、余白の計算をもう一度辿った。


 ——


「そこまで。筆記用具を置いてください」


 ようやく終了の声がかかった。


 後ろから集められた答案が、前の席へ送られていく。


 試験そのものより、待っている時間の方が長かった。


 教師が答案を持って教室を出る。

 途端に、あちこちから声が上がった。


「最後、時間足りなかった」

「あれ、どうやって解くんだよ」

「途中まではできたんだけどなぁ」


 俺が筆箱を寄せていると、慧が机の横へ来た。


「颯斗、さっきの出た」

「朝やったところ?」

「そう。数字は違ったけど、同じやり方でいけた」

「ならよかった」

「教わってなかったら、あそこで止まってたわ。助かった!」


 慧は満足そうに問題用紙を畳んだ。


 答えられたと聞くと、こちらまで少し嬉しくなった。


「符号は間違えなかった?」

「そこは気をつけたって。健人のおかげで」

「俺を失敗例にするなよ」


 ちょうど来た健人が口を挟む。


 その手には、折り曲げた問題用紙が握られていた。


「それより颯斗、お前、途中から全然書いてなかっただろ」

「え?」

「前向いた時、ずっと時計見てたからさ。分からなくなったのかと思った」


 そんなに見ていただろうか。


 少し考えてから、首を振る。


「いや。もう終わってた」

「……何が?」

「問題。全部」


 健人が黙った。


 隣の慧も、俺の机に置かれた問題用紙へ目を落とす。


「全部ってまじ?」

「うん」

「見直しは?」

「したよ。それでも時間が余って」

「まじかよ……」


 慧が、引いてきた椅子へ腰を下ろした。


「俺、最後まで書くので精一杯だったんだけど」

「分からないところはなかったと思う」


 答えると、健人が自分の問題用紙を開いた。


「じゃあ、最後のこれ、どうなった?」


 指された問題を覗き込む。

 余白に残っていた俺の計算を見せると、健人は眉を寄せた。


「何でそこで、その式になるんだ?」

「最初に書いてある条件、こっちでも使うから」

「最初?」


 健人が問題文へ目を戻す。


 俺はシャーペンを取り、求めるものを文字で置くところから順に説明した。

 文章に書かれている関係を式へ直し、整理する。


「ああ、そこからか」


 横から声がした。


 いつの間にか、浩透も机の前へ来ていた。


「俺、先にこっちを求めたから、ちょっと面倒になった」

「それでも解けるだろ?」

「まあな。答えは同じ」


 浩透が自分の問題用紙を広げる。


 辿った順番は違ったが、最後に書かれた数字は俺と一致していた。


「……二人ともできてるのかよ」


 健人が肩を落とす。


「どこまで書いた?」

「この式までは」

「なら、途中点はあるかもしれないだろ」

「それを信じるしかないな……」


 慧も覗き込み、自分の余白と見比べていた。


「颯斗、前から数学こんなに得意だったっけ?」

「前よりは分かるようになったかな」

「分かるようになったってレベルか?全部解いて、見直して、それで半分くらい暇だったんだろ?」

「まあ、そうだけど」


 慧と健人が顔を見合わせる。


 浩透も俺の計算を見てから、少し意外そうに笑った。


「教わるなら、今度から颯斗だな」

「浩透は教わらなくても解けてるだろ」

「もっと楽な解き方があるなら、知りたいじゃん」


 そう言われると、何とも返しにくい。


 昔から得意だったわけではない。

 今は、一度覚えたものを使っているだけだ。


「次、英語だっけ」


 話を変えるように尋ねると、健人がはっと顔を上げた。


「やば。数学の反省してる場合じゃなかった」


 自分の席へ戻り、鞄から教科書を取り出す。


 慧も立ち上がりかけたが、途中で俺を振り返った。


「颯斗、英語も余裕?」

「受けてみないと分からない」

「数学もそんな感じで受けたんだろ」

「……まあ」


 慧は何か言いたそうな顔をしてから、自分の席へ戻っていった。


 ——


 その後の教科も、思っていた以上に順調だった。


 英語は長文も大きく迷わず、理科や社会では前日に見直した用語がそのまま役に立った。

 国語の記述だけは少し考えたが、それでも時間には余裕があった。


 毎回、最後まで解き終えては時計を見る。

 見直しても、まだ余る。


 休み時間になるたびに健人から、「今回も終わってた?」と聞かれるようになった。


 頷くと、決まって何とも言えない顔をされた。


 そんな顔をされてもと、苦笑した。


 ——


 最後の試験が終わると、教室の空気が一気に緩んだ。


 机に突っ伏す者もいれば、椅子の背へ大きく寄りかかる者もいる。

 俺も筆記用具をしまい、伸びをした。


「終わったぁ……」


 健人が、机へ額をつけたまま呟く。


「お疲れ」

「颯斗は疲れてなさそうだな」

「ずっと座ってたから、それなりに」

「疲れてる場所が違う」


 慧が笑いながら鞄を持ち上げる。


「でも、数学は思ってたよりいけたわ」

「朝の確認が効いたな」

「おう。返ってきて駄目だったら、笑ってくれ」

「まだ分からないだろ」


 浩透も支度を終え、俺たちは揃って教室を出た。


 廊下でも、試験の答えを確かめる声が聞こえていた。

 誰かの答えに喜ぶ声と、間違いに気づいたらしい悲鳴が混じっている。


 昇降口で靴を履き替え、外へ出る。


 校舎の中から解放されたせいか、風がいつもより心地よかった。


「社会のあそこ、最後まで出てこなかったなぁ」


 校門を出たところで、健人が言う。


「教科書の右上に書いてあったのは覚えてるんだよ」

「場所だけ覚えててもな」

「そうなんだけどよ。またこれが、終わった後に思い出したんだよ。最悪」

「あるある」


 慧が頷く。


 俺にも覚えがあった。

 試験中はどうしても出てこなかった言葉が、教室を出た途端に浮かんでくる。

 あの時の悔しさは、今でも何となく思い出せる。


「颯斗は、どんな感じだった?」


 浩透に聞かれ、今日の問題を振り返る。


「結構できたと思う」

「結構、ね」

「何だよ」

「いや。お前の結構が、どのくらいなのか気になって」


 浩透の口元が僅かに緩んだ。


 健人も、すぐにこちらへ顔を向けた。


「返ってきたら見せろよ、答案」

「別にいいけど」

「数学だけじゃなくて、全部な」

「そんなに気になるか?」

「そりゃ気になるだろ。あんなに早く終わってたんだから」


 慧まで頷いている。


 見直した限りでは、変な間違いはしていない。

 かなり手応えはある。


 それでも、自分では気づいていないミスがあるかもしれない。


「期待しすぎるなよ」

「さっき結構できたって言ったじゃん」

「できたつもりでも、間違ってることはあるだろ」

「じゃあ、返ってきてからのお楽しみだな」


 浩透の言葉に、俺も小さく笑った。


 試験が終われば、ひとまずそれでいいと思っていた。


 けれど、三人にあれこれ言われているうちに、返ってくる答案のことが気になり始めていた。

 

 鞄を肩へ掛け直し、三人と並んで歩く。


 あれだけすらすら解けた問題に、実際には幾つ丸がついているのだろう。

 前の人生では、答案が返される日を楽しみにした覚えなど、あまりない。


 今回は少しだけ、早く返ってこないかと思っていた。

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